第259話 『刃に魂を込めて』
林の中で若い男女が互いの剣をぶつけ合っていた。
渇いた金属音が立て続けに響く。
プリシラとガイは互いの意地をぶつけ合うように剣を振るい続ける。
こんなことをしている場合ではなかった。
おそらく平原を巡回警備中の王国兵に見つかれば厄介なことになる。
それを分かっていながら2人は剣を止めない。
プリシラはガイに攻撃を繰り出しながら、彼の動きをじっと見つめる。
ガイの不思議な剣技を吸収し我がものにするためだ。
初めのうちは余裕を持って攻撃を防ぎ続けたガイだが、プリシラの攻撃が徐々に激しさを増すため次第にそんな余裕は無くなった。
「くっ!」
歯を食いしばるガイの一挙手一投足を見逃すまいとプリシラは集中力を高めた。
(ガイの律動を読むんだ。足運び。体重移動。視線の動き。息遣いまで)
プリシラは全身全霊で彼の動きに注視した。
ガイはまるで水面に揺れる落ち葉のように不規則に動いている。
緩やかから速く、かと思えば不意に止まってはまた動く。
それを繰り返していた。
しかもその律動に一貫性がないことが厄介なのだ。
彼を相手取るとこんなにも戦いにくいのかとプリシラは痛感した。
同時に彼の動きを自分のものに出来れば、この戦いにくさをチェルシーに感じさせることが出来るとプリシラは確信する。
それはチェルシーとの戦いにおいてプリシラに大きな優位性をもたらしてくれるだろう。
そう思った矢先だった。
いきなりガイが視界から消えたのだ。
それは一瞬のことだった。
ガイの不規則な動きを目で追いながらプリシラは彼の動きを予測していたのだが、その予測に反してガイがいきなり真横に体を倒すようにして飛んだのだ。
それはまるで予測していなかった奇妙な動きだった。
次の瞬間、ガイの剣の切っ先がプリシラの首元近くに突きつけられていた。
ガイはまるで曲芸のような低い姿勢から剣を繰り出していたのだ。
「勝負ありだ。実戦ならあんたは死んでいる」
プリシラは思わず息を飲んだ。
「い、今の……どうやったの?」
「そんなことを知っても意味はない」
そう言うとガイは剣を鞘に収めた。
そして呆然とするプリシラに言う。
「こんなバカバカしい騒ぎを何度も起こされたらたまらないから言わせてもらうが、俺の戦い方を真似しようとするのは、あんたにとって益があるどころか害になる危険性がある」
「どうして?」
戦い方の引き出しが増えるのでプリシラにとっては有益でしかない。
彼女はそう思っていたのだ。
だがガイはそんな彼女の浅慮を指摘した。
「新しい戦闘技術を覚えようとして体の動きを変えると、元々あった戦闘技術の邪魔になることがある。新しいものを無理に体に馴染ませようとして、以前の技術が劣化してしまうことだってあるんだ。あんたは無理に俺の剣技を覚えるべきじゃない」
ガイの言葉の意味を理解し、プリシラは愕然とした。
慣れない体の動きに無理に馴染もうとすれば、動き方そのものが変わってしまうかもしれない。
そうなると元々のプリシラの動きに支障が出ることもあるのだ。
そしてそんなことになれば本末転倒であり、チェルシーに勝利するという目標はますます遠のいてしまうだろう。
プリシラは自らの剣を鞘に収めるとガイに詫びた。
「ごめんなさい。突然こんなことをして。あなたの言うことも分かる……悔しいけれど今のアタシのままでは勝てない相手だから、一つでも多くの引き出しが欲しいと思ったのよ」
そう言うとプリシラはやや悄然として歩き出した。
ガイの技術は確かに一朝一夕で身に着くものではないし、それを真似しようとして元々の自分の技術を崩してしまうのならば意味はない。
(なら一体どうすれば……)
悩みながら歩き続けるプリシラの背中を見つめ、ガイはようやく大人しくなったかと内心で息を吐いた。
強さを求める気持ちはガイにもよく分かる。
強くなければ成し遂げられない事がこの世には多過ぎるのだ。
かつて自分が同じようなことで思い悩んでいた時は、アーチボルトが何らかの助言を示してくれた。
言葉でハッキリと言うこともあれば、敢えて何も言わずに行動で示したこともあった。
ガイにとってアーチボルトはただそこにいるだけで、助言の塊のような男だったのだ。
(隊長……もっと多くのことを教わりたかったです)
今のプリシラには、自分にとってのアーチボルトのような存在はいるのだろうか。
そう思ったその時、ガイはプリシラとの小競り合いで感じたことを口にしていた。
「あんたの動きは律動的過ぎるんだ」
ガイの言葉にプリシラは驚いて振り返った。
「律動的過ぎる? それって動きが読みやすいってこと?」
「……読みやすいとは言わん。そもそも元の動きが速過ぎて先読みするのが難しいからな。だが不規則さがないからチェルシーのような実力が拮抗した相手からすると意外性がないんだろうな」
そう言いながらガイはアーチボルトがこれまで自分を諭すように言ってくれた言葉の数々を思い返す。
そしてプリシラに言った。
「何かひとつだ」
「えっ?」
「何かひとつだけ。相手が予想もしない引き出しを持てばいい。ただしそれを使うのは一度きりだ。二度目はおそらく読まれる。だがその一度きりが決まれば、戦局は大きくあんたの勝利へ傾くだろう」
さっきまでは彼女ために何かをしようなどとは欠片も思っていなかった。
そんな自分がなぜ今、彼女にそんなことを言うのか。
アーチボルトへの恩を一つも返せないまま、ガイは永遠にその機会を失った。
アーチボルトが言っているような気がしたのだ。
今、真に助言を欲している目の前の相手に真摯に向き合ってやれと。
「ダニアのプリシラ。剣を抜け。そして一つだけ盗め」
「……いいの?」
「地下水路で命を救われた礼だ。だが今回限り。二度はやらない」
そう言うガイにプリシラは息を飲み、そして大きく頷くと自らも剣を抜くのだった。




