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第258話 『意地の張り合い』

まぶしいっ!」 


 プリシラは思わずそう言って手の平で太陽の光をさえぎる。

 そのとなりでガイは燦然さんぜんと降り注ぐ陽光にも平然としていた。


 山岳都市イグリッドの手前から続いた地下水路は実に十数キロメートルに渡って続いており、2人は丸一日以上をかけてそれを踏破とうはした。

 途中、角山羊つのやぎ族の小集団に二度ほど遭遇そうぐうしたが、2人は持ち前の剣技で協力し合って敵を撃退し、進み続けたのだ。

 そしてついに2人は地上に出た。

 そこはすでに平原が目の前に広がっており、山岳都市イグリッドははるか後方に小さく見えている程度だ。


「ようやく日の光の下を歩けるわね」

「こっちだ」


 ガイは太陽の位置から方角を見定め進んでいく。

 平原ではあるがところどころに林が群生しており、2人は目立たぬよう木々の間を歩いた。

 ここまで一日半ほど共に行動してきたが、ガイはほとんどしゃべらない。

 初めは自分の事が気に食わないのかとプリシラは気分を害したが、単に無口な男なのだと分かった。


 しかし口もきかずに進み続けるのも精神的に苦痛なので、プリシラは彼が無愛想なのも構わずに一方的に色々と話しかけてきた。

 これまで1人旅であり、話し相手にえていたのだ。

 ガイもごく端的ではあるが聞かれたことには答えており、彼が2つ年上の15歳であることや普段は共和国首都で暮らしていることなどが分かった。

 もちろん重要なことはもくして語らないが、彼の職務上、言えないこともあるのだと理解しているためプリシラは意に介さない。


 それでも今、プリシラはガイにどうしても聞いてみたくてたまらないことがあった。

 この一日半ほどですでに三度もそのことをたずねているが、ガイは無視するか適当にかわすばかりで一向にこたえてくれない。

 それでもプリシラはあきらめずにその話をする。

 しつこいと思われようと今、これを聞かずしてプリシラは平静ではいられないのだ。


「あなたの剣って不思議ふしぎ太刀筋たちすじよね。斬った衝撃はほどんとないのに相手を簡単にスパッと斬るの。色々な人の剣を見てきたけれど、あなたみたいな剣を使う人は初めてよ。誰に教わったの?」

「またその話か……そんなこと聞いてどうする? あんたにはあんたの太刀筋たちすじがあるだろう」

「どうしても知りたいのよ。悪い? 剣に生きる者として、剣についての知らない技術や知識を得たいというのは自然な欲求でしょ?」


 プリシラは無遠慮ぶえんりょにそうたずねる。

 ガイのような男を相手に遠慮えんりょしていたら会話すらままならないと思ったからだ。

 だがガイもなかなかに揺るがない男だった。


「俺は他人の剣には興味ない」

「あなたが興味無くてもアタシが興味あるのよ。あなた、戦いの際にわざとゆっくり動いて、斬る時だけ急に速く動くわよね。相手を幻惑させるためかと思っていたけれど、一瞬の速さを高めるための予備動作としてゆっくり動き続けているんでしょ?」 


 剣で敵を斬る時に、その剣速が速ければ速いほど相手の体を鋭く切断できる。

 人が速く走ろうと思ったら助走が必要になる。

 ガイがゆるやかに動いているのは、斬撃の一瞬を最大速度にするための助走のような役割を果たしているのだとプリシラは思ったのだ。


「その剣……アタシにも教えて」

「そんなことは俺の任務にない」


 にべもなくそう言うとガイはサッサと森の中を進んでいく。

 だがプリシラはあきらめずに追いすがった。

 力強い手でガイの肩をつかんで引き留める。


「エミルを救うために絶対に倒さなければならない相手がいる。アタシが弟を助けようとすると必ず目の前に立ちはだかってくる相手が。その相手はアタシよりも強くて経験も豊富。そんな相手に勝つために一つでも多くの引き出しが欲しいの」


 そう言うプリシラの目に揺るぎない勝利への渇望かつぼうが宿っているのを見てもなお、ガイはプリシラの手を払い落す。


「俺の剣を見様見真似みようみまね模倣もほうして引き出しに出来るつもりか? そんな程度で勝てる相手なら安いものだな」

「何ですって!」

「剣に生きるとか言うなら、剣を軽く見るな。あんたがチェルシーに勝てないのは、あんたの剣が軽いからだ」


 ガイの冷たい口ぶりにプリシラは怒りを覚え、足を止める。

 彼がチェルシーとプリシラの戦いについても聞き及んでいるのだろうと思い、プリシラは悔しくてガイをにらみつけた。

 だが彼は構わずにサッサと先へ進んで行ってしまう。

 十数メートル先へと遠ざかるその背中を見て、プリシラはくちびるとがらせた。


「何よアイツ……アタシの剣が軽い? だったら……軽いかどうかその目で確かめてみなさいよ」 


 そう言うとプリシラはさやから長剣を抜き放った。


 ☆☆☆☆☆☆


(何なんだ。まったく……)

 

 ガイは少々苛立(いらだ)っていた。

 ダニアの女王ブリジットの娘であるプリシラとの突然の出会いから行動を共にしている。

 プリシラのことは任務外ではあったが、同盟国であるダニアの王女プリンセスだ。

 放っておくわけにはいかなかった。


 それにプリシラは単なる王女プリンセスではない。

 勇猛なるブリジットの娘であり、13歳にしてその剣の腕は抜きん出ていると言われている。

 実際、昨日の地下水路で角山羊つのやぎ族の集団に襲われた際は、プリシラの加勢によってガイは難を逃れることが出来た。


 彼女の強さは本物だった。

 ガイから見てプリシラの剣技はあらいものだったが、そもそも彼女は持っている馬力が常人とは大きく違う。

 共に行動すれば確かに戦力的には大きな味方だった。

 だが、無遠慮ぶえんりょに色々と質問をしてきたり、しつこく話しかけてくるその性格がガイは苦手だった。


 高貴な身分の相手だが、直属の上官でもないのにへりくだる必要はないと思い、ガイは冷たく彼女をあしらっていた。

 そうしていればプリシラもさすがにガイという人間性に失望して話しかけてこなくなるだろうと思ったのだ。

 だがプリシラはあきらめなかった。

 そして今、後方でさやから剣を抜くさや走りの音が聞こえた。


(やれやれ……俺はとんでもないお荷物を拾ってしまったのかもな)


 ガイは振り返ると同時にほんの半歩後方に下がる。

 そんな彼の目の前にプリシラの剣が突きつけられた。

 ガイは臆することなく、剣の切っ先の向こう側にプリシラの顔を見る。


「何のつもりだ?」

「あなたともっと色々おしゃべりしたいのに、どうもあなたは口下手みたいだから、それならこっちでお話ししようと思ってね」


 そう言うとプリシラは剣を鋭く突き出した。

 そこに殺気はないことから、ガイは剣を抜かずにすばやく動いてプリシラの剣の切っ先をかわした。

 プリシラの思惑は見え見えだった。

 剣で強引にでもガイを刺激して彼の剣を披露ひろうさせ、その技術を盗もうと思っているのだろう。

 だがそんな見えいた手に乗るガイではない。


「フンッ」


 ガイは本来の動きを見せず、ただ速く動いてプリシラの剣をかわし続ける。

 だがプリシラは強情だった。

 ガイにその気がないと分かっても、徐々に剣の速度を上げていく。

 次第にガイはその速度に付いていくのが辛くなってきた。


(くっ! こいつ!)


 プリシラはニヤリとしてさらに速度を上げる。


「ほら! いつまでそうやってましていられるかしらね!」


 ガイは意地で剣を抜かずにそれを避け続けるが、そこでプリシラはドンと一歩、それまでにない強い踏み込みを見せた。

 その足音がガイを突き動かしたのだ。

 ガイは反射的に剣を抜いていた。

 そしてプリシラの剣を受け止めた。


「やっとその気になった?」

「あんた……どういうつもりだ!」

「こういうつもりよ!」


 そう言うとプリシラは息つく間もなく次々と剣を打ち込んでくる。

 ガイは懸命けんめいに彼女の剣をおのれの剣で受け止めながら気が付いた。

 プリシラがガイの持つ剣をじっくりと観察していることに。


「その剣。ただの湾曲刀じゃないわよね。片刃で異様に刃が細く鋭くいである。刀身の妙な模様は飾りとは違うみたいね」


 そう言うとプリシラはガイをグンッと押し込んだ。

 ガイは無理せず後方に大きく飛んだ。

 それを追撃せずにプリシラはじっとガイの剣を見据みすえる。


「刀身の幅や厚みの割に耐久性も高い。刃も刃こぼれしていない。本当にめずらしい剣だわ。そしてその剣を何年も何年も数え切れないほど振ってきて今のあなたの剣術があるわけか」

「いい加減にしろ。こんなことをしている間にもエミル殿の救出が遅れるぞ」

「言ったでしょ。エミルの前にはチェルシーが立ちはだかっている。彼女に勝てなければエミルは救えない。だからアタシは勝利のためにギリギリまで自分を高めたいの。あなたの剣術をアタシに見せて」


 傲慢ごうまんにすら感じられるその言葉に自分が思わず圧倒されるのは、彼女が切実に強さを欲しがっているからだとガイは痛感した。 

 プリシラは武勇を誇るダニアの女王の娘として生まれ、最強になることを義務付けられているのだ。

 いずれ女王となる彼女は、自分の刃に多くの民の命がかかるようになることを、わずか13歳の身でありながらすでに理解し覚悟しているのだとガイは知った。

 だがガイとて剣に生涯をかけると決めた身だ。

 ゆえに彼はプリシラの視線を真っ向から受けて言った。


「盗めるものなら盗んでみな」


 そう言うとガイは初めて剣先をプリシラに向けて正対するのだった。

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