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第257話 『銀髪の3人』

 共和国北部の港町メンデル。

 ダニア軍の船団20せきが集まるこの港には今、3人の銀髪の女たちが集まっていた。

 ダニアの銀の女王クローディアとその従姉妹いとこのブライズ、ベリンダだ。

 3人とも出港を前に宿の一室で今後の動き方を確認していた。


「しかしアーシュラの奴、あれこれとよく思いつくよな」


 茶を飲みながらなかあきれた様子でそう言うのは銀髪を短く切りそろえたブライズだ。

 そのとなりではクローディアと同じくらいの長さの美しい銀髪を持つベリンダがこれまたあきれた様子で肩をすくめた。


「これくらいの方策ならワタシでも思いつきますわよ。プライズお姉様が頭を使わなさ過ぎなのですよ」


 従姉妹いとこなだけあって、ベリンダとクローディアは背格好がよく似ている。

 クローディアは幼い頃から見慣れた従姉妹いとこたちのやり取りに微笑みながら言った。


「アーシュラが色々と考えてくれるからワタシたちは集中して動くことが出来るのよ」 


 アーシュラもこの作戦に同行しているが、今は従姉妹いとこらと3人だけの時間を楽しめるよう気遣きづかいを見せて席を外してくれていた。

 ここから3人は二手に分かれて別行動をすることになる。

 それもアーシュラの作戦だった。


「ここからは危険な任務よ。それでも成し遂げなければ。ダニアと共和国のためだけじゃなく、この大陸のために」


 そう言うクローディアの気合十分の顔を見たブライズとベリンダは少々浮かない顔でたがいに顔を見合わせた。

 そしてクローディアに目を向ける。

 ブライズはその顔に懸念の色をにじませて言った。


「クローディア。本当にチェルシーと戦えるのか?」

「ブライズ……。それは何度も言ったはずよ。チェルシーはワタシが押さえ込むと」

「押さえ込む……か。ちょっと甘いと思うぜ」


 そう言うブライズにクローディアは思わずくちびるんだ。

 ブライズはそんな彼女をさとす様に言う。


「クローディア。ワタシらはおまえが今でもダニアで最強だと思っている。だが、おまえ自身が最強であった時と比べれば格段に力が落ちていることは自覚しているだろう?」


 ブライズの言う通りだ。

 ブリジットを差し置いて自分が今も最強かどうかは分からないけれど、自分の全盛期が5〜6年前に過ぎていることは自覚していた。

 以前ほどの力は出せない。

 確実に体はおとろえているのだ。


「チェルシーは今、16歳だ。ちょうど強くなり始める頃だろう。しかも将軍として幾多いくたの戦に勝ち続けて実戦経験を積み続けている。そんなチェルシーがもし本気でおまえを殺しにかかってきたとしたら、押さえ込む、なんていう程度の覚悟で本当に押さえ込めるのか? 手に負えなかったらどうする?」


 従姉妹いとこでありクローディアより年上のブライズだからこそ言えることだろう。

 クローディアはその言葉の重みを胸に刻む。

 ブライズの言っていることは現実だ。


「酷なようだがいざとなったらチェルシーを殺す覚悟でやらなきゃ、やられるのはおまえだぞ。クローディア。その覚悟が出来ないのなら、おまえはチェルシーに近付くべきじゃない」

「ええ。あなたの言う通りね。ブライズ。ワタシの覚悟が足りなかったわ」


そう言うとクローディアは腰に下げた剣の柄を強く握った。


「だけど……ワタシはチェルシーを殺さない。この命をかけて押さえ込む。今、言えるのはそれだけよ」


 そう言うクローディアにブライズは嘆息たんそくしつつ、妹のベリンダを見た。

 ベリンダもその顔に懸念けねんの色をにじませている。


「クローディア……チェルシーへの罪悪感は分かります。ですがくれぐれもおろかな罪滅ぼしだけは考えないで下さいまし。あなたはワタシ達の従姉妹いとこであるだけではなく、今や妻であり母であるのですから」 


 そう言うベリンダの目はじっとクローディアの目をとらえたまま放さない。

 本気で心配して言ってくれているのだと分かり、クローディアは静かに微笑んだ。


「チェルシーのことは確かにワタシにとっては重大な過ちだった。彼女を1人にすべきじゃなかったと一生後悔し続けると思う。だからと言って今のワタシ自身を軽んじるつもりはないわ。そんなことをすれば皆を悲しませてしまうもの。だから安心して。ワタシはワタシの命を捨てることもなければ粗末にすることもない。ちゃんと生きて帰るわ」


 その言葉にベリンダもブライズもようやく安堵あんどの表情を浮かべた。

 2人は心配していたのだ。

 チェルシーを前にしてクローディアが罪の意識にとらわれ、おのれの命を差し出してしまうのではないかと。


 だが、それは杞憂きゆうだったと2人は知る。

 クローディアは自分が死ねばどれだけの人を悲しませ、困らせるのかよく分かっているのだ。

 命を粗末に投げ出すことはしないだろう。


「悲しいことだけどワタシたちに残された命は短い。だからこそ最後まで生き抜くわよ」


 そう言うとクローディアはプライズとベリンダの手をそれぞれ握った。

 彼女たちの体にはダニアの女王の血が流れている。

 これまで先祖代々、この血脈に名を連ねる者たちは例外なく短命でこの世を去っていた。

 若い頃に常人離れした身体能力を発揮する代償なのか、中年期になると急激に心臓が弱ってしまうのだ。

 皆、40歳前後で死を迎えるのが避けられない運命だった。


 クローディアらは3人とも30歳を超えている。

 残された人生はせいぜい後10年足らずだろう。

 皆その運命を受け入れている。

 残りの人生が少ないからこそ、後に残る者たちのために有意義に使いたい。

 3人は人生の終盤を迎えて、そう思うようになっていたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 港町メンデルの宿。

 クローディアら3人が休憩する部屋とは別室にアーシュラは待機していた。

 出航は昼だ。

 アーシュラが発案した今回の作戦では敵の裏をかくためにはとにかく迅速じんそくな移動が求められる。


(あと数日でこの大陸の情勢を大きく変えなければならない)


 アーシュラは部屋の壁を見た。 

 そこにはクローディアが着るための軍服が用意されている。

 ただの軍服ではなく政治的な式典などで着られる華美な装飾のほどこされたものだ。

 船で王国に近付けば敵の船団と相見あいまみえることになる。

 敵に対してクローディアここにありと示す必要があるのだ。


 そして同じく壁には2つの装束が用意されていた。

 それは海で働く漁師たちが防寒と防水のために着る漁服だった。

 それらを見つめながらアーシュラは今後のことを考える。


(問題は王都に入ってからか。王城でチェルシー様と相見あいまみえた時にクローディアの安全を確保できるかどうか……)


 クローディアの希望はとにかくチェルシーに会って過去の行いを謝罪したいということだ。

 だが彼女にはその希望とは相反する役目もある。

 王都を包囲し、イライアス大統領が取り付けた東側諸国からの通告を突きつける。

 公国から全軍を退き、占領された全ての土地と公国民を解放せよと。


 それが叶わなくば、東側諸国同盟の承認と後ろだてを得た共和国ならびにダニアの全軍を持って王国に攻め入ると。 

 そしてその時までにエミルが救出されていなければエミルの解放も求めることになる。  

 もちろん王国の激しい反撃も予想された。

 過去のうらみをつのらせたチェルシーがクローディアに襲い掛かる恐れも十分にあるだろう。  

 この困難な任務を無事に終えてクローディアを共和国に連れ帰るのがアーシュラの役目だ。


(まったく。無理難題だ。せめてその時までに青狐隊ブルー・フォックスがエミル様を奪還してくれていればいいのだけれど……精鋭と言われる彼らとて失敗する時はある。それだけ厳しい任務だ)


 アーシュラは大きな難題を前にしてじっくりと頭の中を整理する。

 覚悟はとっくに出来ている。

 必要なのは火事場にあっても冷静かつ理性的に段取りを踏んでいくための精神力だ。

 アーシュラは大きく息をつく。

 するとふと脳裏のうりよみがえるのは、若き戦士たちの顔だった。


「プリシラ様。それからあのじゃじゃ馬たち。皆は今頃どうしているのかな」


 一時期アーシュラの部下だった若き女戦士たちは、今も行方ゆくえが分かっていない。

 だが、アーシュラには予感がしていた。

 皆、王都に辿たどり着く予感が。

 若い彼女たちは未熟で無鉄砲だが、その分勢いがあって絶対に苦境にくっしないたくましさを持っている。

 きっと知恵と力を合わせて王都に辿たどり着くだろう。


(その時に合流できるといいんだけど……)


 今回の作戦にはアーシュラもありとあらゆる手段を講じている。

 万全に近いと言えるだろう。

 それでも実際の戦場ではどうなるか分からない。

 アーシュラはすでにこの世を去っているダニアの戦友たちにいのる。


「バーサ様。ユーフェミア様。ジリアンさん。リビーさん。どうか……今のダニアを見守って下さい」


 そしてアーシュラは彼女たちに勝利をちかうのだった。

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