表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/129

第255話 『女たちの暗躍』

「いい子ね。ドロノキ。今日もしっかり運動して偉いわ」 


 そう言うシャクナゲにドロノキは(うれ)しそうにその顔に満面の笑みを浮かべた。

 その体は真っ赤な返り血にまみれている。

 周囲には血だまりの中に公国兵の捕虜ほりょたちの遺体が複数転がっていた。

 

 彼らはほんの数分前まで武器を手に果敢にドロノキに攻撃を仕掛けていた。

 ドロノキを打ち倒せば釈放して自由の身にするというシャクナゲの約束を信じて。

 そしてドロノキの剛腕によって全員が呆気あっけなく撲殺されたのだ。

 ドロノキの振るう鉄棍てっこんに打たれた捕虜たちは頭部が激しく損傷し、中には首が不自然に折れ曲がっている者もいた。


「今日は銃火器を使わないで敵を殺すという私の言いつけをよく守れました。ドロノキ。すごいわよ」

「えへへ~。俺すごい」


 ドロノキは嬉しそうにドタドタとその場で足踏みをして見せる。

 ここのところ連日のようにドロノキはこうして捕虜ほりょたちを相手に訓練を行っていた。

 シャクナゲが様々な条件を課して、彼をきたえているのだ。

 すでに彼に殺された公国兵の捕虜は100人近くになるだろう。


「はい。ご褒美ほうび。明日もがんばれたらご褒美あげるわよ。ドロノキ。明日もがんばれるかしら?」


 そう言ってシャクナゲから手渡される小袋こくぶろを嬉しそうに受け取ると、ドロノキは嬉しそうにそのひもを解いていった。


「俺、がんばる! ご褒美ほうびもらう!」


 そう言うとドロノキは小袋こぶくろの中から白い粉をひとまみし、それをべろりと舐めるのだった。

 その様子を少し離れた物陰から静かに見つめている男がいる。

 その男は足音を立てぬようにその場から離れていった。

 おのれの目で見たことを主に報告するために。


 ☆☆☆☆☆☆


 王城の庭園。

 その片隅にある東屋ガゼボでは、王妃おうひジェラルディーンの前に1人の男がひざまずいていた。


王妃おうひ殿下。やはりシャクナゲは何やら怪しげな粉薬を使って、怪物のような男を手懐てなずけております。そしてドロノキというその男はシャクナゲの言うことだけを聞く、人間兵器のような恐ろしいバケモノです」


 側付きの書記官の男からそう報告を受けたジェラルディーンは忌々(いまいま)しげにその顔をゆがめた。


まわしき西方の民らしい、おぞましさだわ。シャクナゲ」


 ジェラルディーンは知っている。

 夫であるジャイルズ王の夜着に、白い粉末のようなものが付着しているのを。


けがらわしい……シャクナゲも……そんな女におぼれる夫も……」


 すでにジェラルディーンの胸から夫への愛はせていた。

 これまで幾度いくどとなく妻として夫には注意をうながしてきたのだ。

 だが夫は忠告を聞こうとせず、シャクナゲに傾倒していった。

 そんな夫の姿にジェラルディーンは失望したのだ。


 そして白い粉の一件である。

 それが何か分からぬ彼女ではない。

 夫はシャクナゲによって堕落だらくさせられ、王としての誇りも失った。


 ジェラルディーンは大貴族の娘として生まれ育ち、幼い頃より貴族の誇りを叩き込まれてきた。

 そして堕落だらくした貴族がいかにみにくいかもよく知っている。

 まさか自分の夫がそうなるとは思いもしなかった。


「……ほとほと愛想が尽きたわ」

「もうひとつご報告が。シャクナゲは人質のエミルに接触をしているようです。何をたくらんでいるのかは分かりませんが……」

「何ですって? くっ。我が国にとって重要な人質に……。シャクナゲが人心を掌握しょうあくするすべは色香か薬物よ。エミルはまだ子供だからおそらく後者でしょうね」


 書記官はその顔に懸念けねんにじませて王妃おうひに問う。


「いかがいたしましょうか」

陛下へいかの影響力がある以上、下手には動けないわ。確実にシャクナゲをやり込める手段がないと……でも見張りはしっかりね。エミルに何かあった時は、すぐにシャクナゲを糾弾きゅうだんできるよう、証拠を集めておきなさい」


 ジェラルディーンはそう書記官に命じると、怒りを吐き出すように大きく息を吐くのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ヤブランは聞こえてきた会話に思わず息を飲んだ。

 エミルへの差し入れに出来るような話がないか、ここのところ色々な人から話を聞くようにしていた彼女は、庭師の話を聞いた帰りに庭園を歩いていた。

 その時にその会話は聞こえてきたのだ。


 シャクナゲ。

 誰かがその名を呼んでいる。

 それもひどく忌々(いまいま)しげに。

 それは女性の声であり、庭園のすみにある小さな東屋ガゼボから聞こえてきたのだ。


 ヤブランは思わず植え込みの裏に身を隠しながらゆっくりとその東屋ガゼボに近付くと、そのすぐ裏手の植え込みの中で息を潜めて聞き耳を立てた。

 そして声の主が王妃おうひジェラルディーンであると気付いておどろくヤブランをさらにおどろかせる話を聞いたのだ。

 シャクナゲがエミルに対して薬を用いて手懐てなずけようとしていると。


 思わず嫌悪感が込み上げてきてヤブランは無言で顔をしかめた。

 しかもジェラルディーンはそれをそれを未然に防ぐのではなく、エミルに被害が起きてからそれをシャクナゲ糾弾きゅうだんの材料にしようとしている。

 ジェラルディーンらが話を終えてその場から立ち去った後も、ヤブランはしばらく植え込みの裏から動くことが出来なかった。


(エミルが……危ない)


 おそらくすでにエミルはシャクナゲの薬物によって何らかの影響を受けてしまっているかもらしれない。

 そうだとして……果たして自分に何が出来るのか。

 ヤブランはそれがどうしても思い付かず、呆然ぼうぜんと立ち上がる。

 気付くとフラフラと庭園の中を歩き続けていた。

 そして庭園から王城内に戻ろうと植え込みの角を曲がったその時、誰かにぶつかって倒れ、しりもちをついたのだ。 


「あっ!」


 ヤブランはおどろいて思わず声を上げたが、あわてて立ち上がる。


「す、すみません。よそ見を……」


 そう言いかけたヤブランの前に立っていたのは黒髪の美しい女性だった。

 その女性はヤブランを見て目を見張った。


「ヤブラン?」

「ショ……ショーナ様」


 そこに立っていたのは、黒帯隊ダーク・ベルト隊長の黒髪術者ダークネス・ショーナだった。


 ☆☆☆☆☆☆


(もうすぐチェルシー様がジルグからお戻りになられる)


 ショーナはそんなことを考えながら王城の廊下ろうかを1人で歩いていた。

 先日、王国内に取り残されたダニア分家の末裔まつえいであるラモーナの元を訪れたショーナは一通の手紙を彼女に託した。

 その手紙は無事にダニアに到達している。

 ショーナがそれを知ったのは、ダニアからの返事を受け取ったからだ。


 つい今朝方、ラモーナがこの王城を訪れてその手紙をショーナに手渡したのだ。

 その手紙を書いたのは……ダニアの金の女王ブリジットだった。

 緊張の面持おももちで手紙を開いたショーナはその内容に落胆した。

 そこには「敵からの情報は信じるに値しない」という言葉が丁寧ていねいに記されていたのだ。


 だがショーナは黒髪術者ダークネスの力で、すぐにその手紙に込められた思念に気が付いた。

 それは同じ黒髪術者ダークネスによって込められた意図いと的な思念だった。

 それもかなり優秀な黒髪術者ダークネスの手によるものだ。

 ショーナはその紙面を指でなぞり、じっくりと思念を読み取った。

 そしてなつかしい声を聞いたのだ。 


【ショーナ。久しぶりですね。アーシュラです。あなたの気持ちが本物なら協力し合いませんか? チェルシー様を救えるかもしれません】


 ショーナはおどろきに息を飲んだ。

 アーシュラは分家時代の顔見知りだ。

 とは言っても直接(しゃべ)ったことは数えるほどしかない。

 そんなアーシュラがショーナの呼び掛けにこたえ、ある提案をしてきたのだ。


(果たして上手くやれるだろうか。ワタシ1人では難しい……)


 そんなことを考えていたその時だった。

 庭園に降りようとしたショーナは誰かとぶつかったのだ。

 ぶつかった相手はまだ子供でありながら真っ白な髪を持つ少女で、倒れてしりもちをついている。

 それはショーナが良く知る相手だった。


「ヤブラン?」


 ショーナにぶつかってきたのは、ココノエの少女ヤブランだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ