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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第205話 『人質』

 王都ハルガノン。

 ジャイルズ王が鎮座《ちんざ》する王国の都はものものしい雰囲気《ふんいき》に包まれていた。


 公国への侵略戦争において王国は勝利宣言をした。

 しかし首都ラフーガやその他の主要都市を攻め落として大公も処刑したものの、公国内にはまだ公国軍の残党が少なからず存在している。

 特に公国南部地区では残党らが反撃のために集結しつつあり、戦はまだ終わったとは到底言えない状況だった。

 王国軍が公国内の残党を一掃して公国全土を掌握《しょうあく》するには、まだまだ時間がかかるだろう。

 それだけにこの王都でも軍備を増強すべく軍事工場は連日忙しく、まだ若い訓練兵らの軍事訓練は日に日に過熱していた。


 そんな王都の中心にある王城。

 その上層階には天空房と呼ばれる牢獄《ろうごく》が存在した。

 地下にある牢獄《ろうごく》とは違い、特別な囚人《しゅうじん》を収容するための施設だ。


 牢獄《ろうごく》とは言っても床は石床の剥《む》き出しではなく柔らかな絨毯《じゅうたん》が敷《し》き詰められ、壁にも明るい色の壁紙が貼《は》られている。

 ベッドも柔らかな羽毛がふんだんに使われた豪華なものだった。

 とはいえ牢獄《ろうごく》であることに変わりなく、唯一の出入口である扉《とびら》の1メートル内側には鉄格子《てつごうし》がはめられていて、囚人《しゅうじん》が逃れる術《すべ》はない。


 エミルがこの部屋に囚《とら》われてから2週間が過ぎていた。

 共和国の港町バラーディオから船で誘拐《ゆうかい》されたエミルは数日かけてこの王都に連れてこられ、ジャイルズ王の前に引き出された後は、この天空房で過ごしている。

 着ている服も囚人《しゅうじん》服ではあるもののしっかりとした布地のものであり、食事も1日3食でしっかりと栄養が摂《と》れていた。


 オニユリに捕らわれていた時も食事は摂《と》れていたが、以前と明確に違うのは、あの時に飲まされていた不思議《ふしぎ》な味のお茶が一度も出されていないということだ。

 黒髪術者《ダークネス》の力を一時的に消してしまう効果を持つ薬が含まれたあのお茶が出されないということは、黒髪術者《ダークネス》として力を抑え込むつもりがないということかとエミルは訝《いぶか》しんだ。

 他の食料にそうした薬が入っているのかと思ったが、エミルの黒髪術者《ダークネス》の力は消えていない。

 ただ、エミルの体にすさまじい力を与えてくれるあの黒髪の女の存在はあれ以来、感じ取れなかった。

 意識の中を探ってみても一切反応はない。


(どちらにしても今の体じゃ無理だし、たとえ力を手に入れたとしてもさすがに鉄格子《てつごうし》は壊せない)


 海賊船での戦いで黒髪の女の力を借りたエミルは凄《すさ》まじい力を見せてチェルシーさえも苦戦に追い込んだが、まだ10歳のエミルの体はその力に耐えられなかった。

 左足は骨折し、両腕や右足も肉離れを起こしたり脱臼《だっきゅう》するなど損傷が激しく、あれから3週間経過した今でもエミルの体は毎日の治療が欠かせずにいる。

 治療の際は医師と助手、そして数名の拳銃を携《たずさ》えた兵士が鉄格子《てつごうし》を開けて中に入り、治療中ずっとエミルは拳銃を向けられていた。

 またエミルが暴れ出すのではないかと警戒されているのだ。


 また、鉄格子《てつごうし》の外には24時間体制で見張りの兵2名が常に立っている。

 エミルが思い詰めて自死などをしないよう見張られているのだ。

 そうした不自由さはあるものの、部屋の中を自由に歩き回ることは出来るし、その他の待遇については賓客《ひんきゃく》のごときである。

 これは抑圧された生活でエミルの健康状態や精神状態が悪化することによって、獄中死することを防ぐためだった。


「ふう……」


 エミルは昼飯を食べ終わると一息ついた。

 再び王国に捕らえられたエミルだったが、絶対に希望は捨てまいと食事と睡眠だけは疎《おろ》かにしないようにしている。

 エミルが気丈にしていられるのは、ここに来るまで幾多《いくた》の苦難を経験したからだ。

 そして姉のプリシラが多くの危機を乗り越えて自分を助けに来てくれたバラーディオでの出来事が大きく影響していた。


(姉様はきっとまた助けに来てくれる。だから……僕も負けない)


 きちんと栄養や休息がとれていることで体だけではなく心も安定していることが、エミルを落ち着かせていた。

 色々と厳しい取り調べを受けるかと覚悟していたが、ジャイルズ王の前に引き出されたのは初日だけであり、その後は普通にここで過ごしているだけだった。

 拍子抜けするくらい穏《おだ》やかな日々は逆にエミルに警戒心を抱かせる。


(これに慣れちゃダメだ。僕は……この国にとっての人質なんだから)


 とはいえオニユリに捕らえられていた頃に比べると、精神的には格段に楽だった。

 オニユリとはここに来てから一度も顔を合わせていない。

 彼女の顔を見ずに済むのはエミルにとっても何よりも助かることだった。

 しかしオニユリが来ない代わりに、エミルの元へは別の女が毎日通って来るようになっていた。


「ごきげんよう。エミル君。調子はいかが?」


 そう言って入って来たのは30代くらいの年の女性だが、その頭髪は真っ白なココノエの女だった。

 名をシャクナゲといい、ジャイルズ王の公妾《こうしょう》だとエミルは聞かされている。

 そのような高貴な立場にある女が、囚人《しゅうじん》である自分の元へ一体何の用事で足を運ぶのかと、エミルは訝《いぶか》しんでいた。


 シャクナゲは決まって昼食後のこの時間にこの場所を訪れる。

 その目的はどうやらエミルの状態を確認するためのようだった。

 シャクナゲは柔和《にゅうわ》な笑みをエミルに向ける。


「しっかり食べて、しっかり寝て、しっかり元気でいないとね。まだ、あきらめていないんでしょ? エミル君」


 自分の胸の内を見透《みす》かすようなシャクナゲの言葉にエミルは内心で驚《おどろ》いたが、それを顔に出さぬよう努めた。

 だがシャクナゲはそれを面白がるように、品の良い笑い声を立てる。


「うふふふ。もっと子供かと思ったけれど、意外に大人びているのね」


 そう言うとシャクナゲは部屋の扉《とびら》を開けて外に声をかける。


「ショーナ。入ってきてちょうだい」


 すると黒髪の女が部屋に入って来て鉄格子《てつごうし》の前に立つ。

 黒帯隊《ダークベルト》の隊長であるショーナだ。

 現在、王国で最も優れた黒髪術者《ダークネス》である彼女は、こうして毎日シャクナゲに呼ばれてはエミルの元を訪れていた。

 連日のことなので、この後ショーナが何をするかはエミルももう分かっている。


【エミル……】


 エミルの心にショーナの声が聞こえてくる。

 黒髪術者《ダークネス》の力を使い、心の声を伝えてくるのだ。

 力の強い黒髪術者《ダークネス》にだけ出来る特殊な能力だった。

 おそらくはエミルの力の状態を観測するために連日このようなことを行っているのだろう。


 何のためにそんなことをするのかエミルにもすでに分かっている。

 王国は黒髪術者《ダークネス》たちが組織化され、軍事組織として活躍している。

 おそらく自分の黒髪術者《ダークネス》の力を利用しようとしているのだろうとエミルは思った。


【僕は王国のためにこの力を使って働く気はありません】


 エミルは心の声をショーナにハッキリと伝えた。

 ショーナはそれをシャクナゲに伝える。

 その内容だけではなく、言葉が明確で伝わりやすいという、自身が受けた印象を添えて。

 シャクナゲは満足そうに頷《うなづ》く。


「かなり力が戻ってきているようね。エミル君。あなたにその力で働いてもらおうとは王陛下も仰《おお》せではないわ。安心なさい。あなたはこの王国に滞在していること自体に価値があるんだから」


 そう言うとシャクナゲはエミルに笑顔で手を振る。


「じゃあまた明日ね。エミル君」


 そう言うとシャクナゲはショーナを伴《ともな》って部屋から立ち去って行った。

 入れ替わりに部屋に入って来たのは、何やら袋を手にしたヤブランだ。

 ヤブランは見張りの兵に挨拶《あいさつ》をして、袋《ふくろ》の中身を見せた。

 兵はそれを確認して頷《うなづ》く。

 エミルはヤブランの姿に思わず、視線を逸《そ》らして下を向いた。


 ヤブラン。

 エミルと年齢が近く、姉のプリシラを彷彿《ほうふつ》とさせる彼女は、港町バラーディオでオニユリに囚《とら》われていたエミルに優しく接してくれた。

 しかし結果としてヤブランは自分をオニユリの元からチェルシーの元へと引き渡しただけだったのだ。

 自分にかけてくれた優しさも、すべて自分を王国に引き渡すためだったのかとエミルは落ち込んだ。


 それ以来、エミルはヤブランと口を利かず目も合わせなかった。

 ただ、それは彼女に対する単純な怒りや憎しみとは違う。

 ヤブランに対して怒りがないかというと嘘《うそ》になるが、怒りよりもどう接していいか分からない戸惑いのほうが大きかった。


「エミル。ここに置いておくわね」


 そう言うとヤブランは数冊の本を鉄格子《てつごうし》の間から差し入れた。

 そして言葉少なに立ち上がると、部屋を出て行く。

 彼女が去った後の扉《とびら》に目を向けると、エミルは立ち上がって鉄格子《てつごうし》に近付き、床に置かれた数冊の本を手に取った。

 エミルに何かを娯楽を与えようとしてくれているようで、ヤブランはよく本を置いていってくれる。


(ヤブラン……)


 黒髪術者《ダークネス》の力で感じ取れるのは、ヤブランが自分に対して罪悪感を抱えているということだ。

 おそらく彼女は自分の身の上に同情してくれているのだろう。

 ヤブランはどうやら身分は高くないようで、上の者たちの言葉に従うしかない立場なのだ。

 そんな彼女に対して冷たい態度を取ってしまう今の自分が、エミルは嫌だった。


(明日は……ヤブランに普通に話しかけられるかな)


 そんなことを思いながら、エミルはヤブランが置いていってくれた本の中身に目を通すのだった。

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