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第205話 『人質』

 王都ハルガノン。

 ジャイルズ王が鎮座ちんざする王国の都はものものしい雰囲気ふんいきに包まれていた。


 公国への侵略戦争において王国は勝利宣言をした。

 しかし首都ラフーガやその他の主要都市を攻め落として大公も処刑したものの、公国内にはまだ公国軍の残党が少なからず存在している。

 特に公国南部地区では残党らが反撃のために集結しつつあり、戦はまだ終わったとは到底言えない状況だった。

 王国軍が公国内の残党を一掃して公国全土を掌握しょうあくするには、まだまだ時間がかかるだろう。

 それだけにこの王都でも軍備を増強すべく軍事工場は連日忙しく、まだ若い訓練兵らの軍事訓練は日に日に過熱していた。


 そんな王都の中心にある王城。

 その上層階には天空房と呼ばれる牢獄ろうごくが存在した。

 地下にある牢獄ろうごくとは違い、特別な囚人しゅうじんを収容するための施設だ。


 牢獄ろうごくとは言っても床は石床のき出しではなく柔らかな絨毯じゅうたんき詰められ、壁にも明るい色の壁紙がられている。

 ベッドも柔らかな羽毛がふんだんに使われた豪華なものだった。

 とはいえ牢獄ろうごくであることに変わりなく、唯一の出入口であるとびらの1メートル内側には鉄格子てつごうしがはめられていて、囚人しゅうじんが逃れるすべはない。


 エミルがこの部屋にとらわれてから2週間が過ぎていた。

 共和国の港町バラーディオから船で誘拐ゆうかいされたエミルは数日かけてこの王都に連れてこられ、ジャイルズ王の前に引き出された後は、この天空房で過ごしている。

 着ている服も囚人しゅうじん服ではあるもののしっかりとした布地のものであり、食事も1日3食でしっかりと栄養がれていた。


 オニユリに捕らわれていた時も食事はれていたが、以前と明確に違うのは、あの時に飲まされていた不思議ふしぎな味のお茶が一度も出されていないということだ。

 黒髪術者ダークネスの力を一時的に消してしまう効果を持つ薬が含まれたあのお茶が出されないということは、黒髪術者ダークネスとして力を抑え込むつもりがないということかとエミルはいぶかしんだ。

 他の食料にそうした薬が入っているのかと思ったが、エミルの黒髪術者ダークネスの力は消えていない。

 ただ、エミルの体にすさまじい力を与えてくれるあの黒髪の女の存在はあれ以来、感じ取れなかった。

 意識の中を探ってみても一切反応はない。


(どちらにしても今の体じゃ無理だし、たとえ力を手に入れたとしてもさすがに鉄格子てつごうしは壊せない)


 海賊船での戦いで黒髪の女の力を借りたエミルはすさまじい力を見せてチェルシーさえも苦戦に追い込んだが、まだ10歳のエミルの体はその力に耐えられなかった。

 左足は骨折し、両腕や右足も肉離れを起こしたり脱臼だっきゅうするなど損傷が激しく、あれから3週間経過した今でもエミルの体は毎日の治療が欠かせずにいる。

 治療の際は医師と助手、そして数名の拳銃をたずさえた兵士が鉄格子てつごうしを開けて中に入り、治療中ずっとエミルは拳銃を向けられていた。

 またエミルが暴れ出すのではないかと警戒されているのだ。


 また、鉄格子てつごうしの外には24時間体制で見張りの兵2名が常に立っている。

 エミルが思い詰めて自死などをしないよう見張られているのだ。

 そうした不自由さはあるものの、部屋の中を自由に歩き回ることは出来るし、その他の待遇については賓客ひんきゃくのごときである。

 これは抑圧された生活でエミルの健康状態や精神状態が悪化することによって、獄中死することを防ぐためだった。


「ふう……」


 エミルは昼飯を食べ終わると一息ついた。

 再び王国に捕らえられたエミルだったが、絶対に希望は捨てまいと食事と睡眠だけはおろかにしないようにしている。

 エミルが気丈にしていられるのは、ここに来るまで幾多いくたの苦難を経験したからだ。

 そして姉のプリシラが多くの危機を乗り越えて自分を助けに来てくれたバラーディオでの出来事が大きく影響していた。


(姉様はきっとまた助けに来てくれる。だから……僕も負けない)


 きちんと栄養や休息がとれていることで体だけではなく心も安定していることが、エミルを落ち着かせていた。

 色々と厳しい取り調べを受けるかと覚悟していたが、ジャイルズ王の前に引き出されたのは初日だけであり、その後は普通にここで過ごしているだけだった。

 拍子抜けするくらいおだやかな日々は逆にエミルに警戒心を抱かせる。


(これに慣れちゃダメだ。僕は……この国にとっての人質なんだから)


 とはいえオニユリに捕らえられていた頃に比べると、精神的には格段に楽だった。

 オニユリとはここに来てから一度も顔を合わせていない。

 彼女の顔を見ずに済むのはエミルにとっても何よりも助かることだった。

 しかしオニユリが来ない代わりに、エミルの元へは別の女が毎日通って来るようになっていた。


「ごきげんよう。エミル君。調子はいかが?」


 そう言って入って来たのは30代くらいの年の女性だが、その頭髪は真っ白なココノエの女だった。

 名をシャクナゲといい、ジャイルズ王の公妾こうしょうだとエミルは聞かされている。

 そのような高貴な立場にある女が、囚人しゅうじんである自分の元へ一体何の用事で足を運ぶのかと、エミルはいぶかしんでいた。


 シャクナゲは決まって昼食後のこの時間にこの場所を訪れる。

 その目的はどうやらエミルの状態を確認するためのようだった。

 シャクナゲは柔和にゅうわな笑みをエミルに向ける。


「しっかり食べて、しっかり寝て、しっかり元気でいないとね。まだ、あきらめていないんでしょ? エミル君」


 自分の胸の内を見透みすかすようなシャクナゲの言葉にエミルは内心でおどろいたが、それを顔に出さぬよう努めた。

 だがシャクナゲはそれを面白がるように、品の良い笑い声を立てる。


「うふふふ。もっと子供かと思ったけれど、意外に大人びているのね」


 そう言うとシャクナゲは部屋のとびらを開けて外に声をかける。


「ショーナ。入ってきてちょうだい」


 すると黒髪の女が部屋に入って来て鉄格子てつごうしの前に立つ。

 黒帯隊ダークベルトの隊長であるショーナだ。

 現在、王国で最も優れた黒髪術者ダークネスである彼女は、こうして毎日シャクナゲに呼ばれてはエミルの元を訪れていた。

 連日のことなので、この後ショーナが何をするかはエミルももう分かっている。


【エミル……】


 エミルの心にショーナの声が聞こえてくる。

 黒髪術者ダークネスの力を使い、心の声を伝えてくるのだ。

 力の強い黒髪術者ダークネスにだけ出来る特殊な能力だった。

 おそらくはエミルの力の状態を観測するために連日このようなことを行っているのだろう。


 何のためにそんなことをするのかエミルにもすでに分かっている。

 王国は黒髪術者ダークネスたちが組織化され、軍事組織として活躍している。

 おそらく自分の黒髪術者ダークネスの力を利用しようとしているのだろうとエミルは思った。


【僕は王国のためにこの力を使って働く気はありません】


 エミルは心の声をショーナにハッキリと伝えた。

 ショーナはそれをシャクナゲに伝える。

 その内容だけではなく、言葉が明確で伝わりやすいという、自身が受けた印象を添えて。

 シャクナゲは満足そうにうなづく。


「かなり力が戻ってきているようね。エミル君。あなたにその力で働いてもらおうとは王陛下もおおせではないわ。安心なさい。あなたはこの王国に滞在していること自体に価値があるんだから」


 そう言うとシャクナゲはエミルに笑顔で手を振る。


「じゃあまた明日ね。エミル君」


 そう言うとシャクナゲはショーナをともなって部屋から立ち去って行った。

 入れ替わりに部屋に入って来たのは、何やら袋を手にしたヤブランだ。

 ヤブランは見張りの兵に挨拶あいさつをして、ふくろの中身を見せた。

 兵はそれを確認してうなづく。

 エミルはヤブランの姿に思わず、視線をらして下を向いた。


 ヤブラン。

 エミルと年齢が近く、姉のプリシラを彷彿ほうふつとさせる彼女は、港町バラーディオでオニユリにとらわれていたエミルに優しく接してくれた。

 しかし結果としてヤブランは自分をオニユリの元からチェルシーの元へと引き渡しただけだったのだ。

 自分にかけてくれた優しさも、すべて自分を王国に引き渡すためだったのかとエミルは落ち込んだ。


 それ以来、エミルはヤブランと口を利かず目も合わせなかった。

 ただ、それは彼女に対する単純な怒りや憎しみとは違う。

 ヤブランに対して怒りがないかというとうそになるが、怒りよりもどう接していいか分からない戸惑いのほうが大きかった。


「エミル。ここに置いておくわね」


 そう言うとヤブランは数冊の本を鉄格子てつごうしの間から差し入れた。

 そして言葉少なに立ち上がると、部屋を出て行く。

 彼女が去った後のとびらに目を向けると、エミルは立ち上がって鉄格子てつごうしに近付き、床に置かれた数冊の本を手に取った。

 エミルに何かを娯楽を与えようとしてくれているようで、ヤブランはよく本を置いていってくれる。


(ヤブラン……)


 黒髪術者ダークネスの力で感じ取れるのは、ヤブランが自分に対して罪悪感を抱えているということだ。

 おそらく彼女は自分の身の上に同情してくれているのだろう。

 ヤブランはどうやら身分は高くないようで、上の者たちの言葉に従うしかない立場なのだ。

 そんな彼女に対して冷たい態度を取ってしまう今の自分が、エミルは嫌だった。


(明日は……ヤブランに普通に話しかけられるかな)


 そんなことを思いながら、エミルはヤブランが置いていってくれた本の中身に目を通すのだった。

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