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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第245話 『僧院』

「ジュード。ジャスティーナ。息災のようだな」


 ガンザ僧院の院長であるガンザ3世は顔馴染(なじ)みの2人を笑顔で出迎えた。

 2人がここを最後に訪れたのは昨年のことだ。

 ガンザ3世はすでに60歳を超えているというのに、その体は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としていて、今なお頑健な様子が窺《うかが》える。

 ジャスティーナはガンザの健在な姿に歯を見せて笑みを浮かべた。


「爺《じい》さん。相変わらず年甲斐《としがい》もなく元気だな。そろそろくたばっているかと思ったんだが」

「お主は相変わらず口が悪い。腕のほうは鈍《にぶ》っておらんか? どうだ? 手合わせでも。ワシのほうが強いかもしれんぞ?」

「よしてくれ。さすがに老人相手じゃ気が引ける」

「抜かせ。まあいい。若い連中に少し稽古《けいこ》つけてやってくれ。宿賃代わりだ」


 そう言うガンザにジャスティーナは肩をすくめる。

 その隣《となり》でジュードはガンザと握手を交わした。


「院長もお元気そうで。公国がこのような状態にあるので心配していました」


 そう言うジュードにガンザはニヤリと笑う。


「王国軍もこんな辺鄙《へんぴ》な場所にある僧院を攻撃しても旨味《うまみ》がなかろう。敗戦国とは思えぬほどこの辺りは静かだよ。今のところはな」


 元々ガンザ僧院は公国領内にありながら公国政府からもあまり干渉を受けていない存在だった。

 ここにいるのは武装した僧兵たちではあるが、その人数は100人に満たない。

 そして彼らは自給自足の質素な生活を営み、蓄財《ちくざい》をすることもない。

 なおかつ公国への納税は適切に行っている。

 僧院のある場所は地理的にもさして重要な場所ではない。


 要するに国家にとっては反逆の脅威《きょうい》などの少ない相手であり、放っておいても害はないと見られていたのだ。

 そしてそれは公国を侵略し、征服した王国にとっても同じだった。

 没収するほどの財もないのにわざわざ兵を送り込んで僧兵らと戦うのは、時間と労力の無駄《むだ》だと見なされ、放置されているのが現状だ。


「それより爺《じい》さん。ここに預けたい子供らがいるんだ」


 そう言うとジャスティーナはジュードに目を向ける。

 ジュードは頷《うなづ》くと、馬車の中から4人の少年を連れてきた。

 彼らは老いてなお巨漢のガンザを見て思わず尻込《しりご》みする。


 逆にガンザは子供らに歩み寄るとその姿をしげしげと見つめた。

 子供らの肌に残る赤い痕《あと》や、その怯《おび》え方を見てガンザは悟った。

 彼らがどういう経緯でここに来たのかを。


「この童《わらべ》らは孤児か?」

「ええ。ジルグの戦災で……。彼らに生きる場を与えていただけませんか? 院長」


 そう言って支度《したく》金として用意した金貨数枚の入った小袋を手渡すジュードに、ガンザは快く頷《うなづ》いて小袋を受け取った。


「まあ。しっかり働いてもらえるならウチは大歓迎だが……」


 そう言うとガンザは子供らに目を向ける。


「お主ら。うちは厳しいぞ。だがうちで暮らせば強い男になれる。冷酷な運命にも負けない強い男にな」


 そう言われて息を飲む子供たちだが、彼らも自分に居場所が他にないことをよく分かっている。

 4人とも顔を引きつらせながらも懸命《けんめい》に頷《うなづ》いた。


「よしよし。あとな……ウチの飯はうまいぞ。料理の腕前も相当な男たちが揃《そろ》っているからな。今夜食ってみるがいい。ここで暮らしたくなるぞ」


 ガンザはそう言うと子供らを僧院へと迎え入れる。

 ああして今までも身寄りのない子供たちを迎え入れ、屈強《くっきょう》な僧兵へと育て上げてきたガンザの指導力をよく知っているので、ジュードもジャスティーナも安堵《あんど》の笑みを浮かべるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ほれ。もっと食え」


 ガンザにそう言われるまでもなく、子供ら4人は夢中で匙《さじ》を口に運ぶ。

 ガンザの言った通り、僧院で出される料理は驚《おどろ》くほど美味であり、子供らはこれまでの辛さも忘れてその食事を楽しんでいた。

 その様子に安堵《あんど》しつつジュードは目の前に座るジャスティーナに目を向けた。

 彼女からは湯上がりの良い香りが漂《ただよ》ってくる。

 つい先ほどまで僧兵らの訓練に付き合っていた彼女は、それを切り上げると湯浴《ゆあ》みをしてから食卓に着いていた。


「で、今度はどこへ行くんだ?」


 2人の卓に寄ってきたガンザが楽しげに尋《たず》ねる。

 この老人はいつも放浪の旅をしている2人の話を楽しみにしているのだ。

 ジャスティーナはスープの中に入った大きな鶏肉《とりにく》の塊《かたまり》を頬張《ほおば》りながら、ぶっきらぼうに答えた。


「王国だ。王都に向かう」


 その話にガンザやその場にいた他の僧兵らもその目を大きく見開く。

 王国は今まさに戦時中の国であり、なおかつここにいる者たちは皆、ジュードが王国を出奔《しゅっぽん》した経緯を知っているからだ。

 彼らの心のざわめきを感じ取ったジュードは、なるべく穏やかな口調でジャスティーナの言葉に補足を加えた。


「ワケあって里帰りしなきゃならないんです。そのワケは聞かないで下さい。こちらにご迷惑をおかけしたくない」

 

 そう言うジュードに皆は困惑したが、ガンザだけはすぐに快活な表情で頷《うなづ》いた。


「まあ、お主らなら大丈夫たろう。今年は西瓜《すいか》の季節になったらまた来るがいい。2人とも好んでいただろう?」


 このガンザ僧院では数々の野菜や果物を栽培しているが、中でも夏に採《と》れる西瓜《すいか》は甘くてみずみずしく絶品だった。

 ジュードとジャスティーナもその美味をよく覚えている。

 ガンザはおそらく2人がこれから危険なことをするつもりなのだと察知したのだ。


 しかしジュードとジャスティーナが危険を承知で動く時は、きっと誰かを助けるためなのだとガンザは理解している。

 だからこそ生きて帰ってこいと暗に言っているのだ。

 そんな老人の温かい心遣《こころづか》いに感謝し、2人は言う。


「それはぜひご馳走《ちそう》にならないとな。ジャスティーナ」

「ああ。私は1つや2つじゃ足りないから、たくさん用意しておいてくれよ。爺《じい》さん」


 そう言うジュードとジャスティーナにガンザは声を上げて笑うのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「閣下《かっか》。王陛下(へいか)からの文です」


 そう言うとシジマはジャイルズ王の蜜蝋《みつろう》が押された書状をチェルシーに差し出した。

 公国領ジルグ。

 ここを攻め落としたチェルシーはそのままジルグに留まり、占領統治を続けていた。

 彼女はシジマから受け取った書状を開封し、中身に目を走らせる。

 その目が大きく見開かれた。


「……王都への帰還命令だわ」


 文書に記された王の命令は、チェルシーへの王都帰還命令だった。

 すでに代わりにジルグを統治する武官を派遣しているとのことだ。

 駐留軍はそのまま残し、チェルシーは少数の側近と共に即時、王都への帰還の途に着くよう命じられていた。

 共和国への出陣を待ち侘《わ》びていた彼女にとっては、青天の霹靂《へきれき》のような知らせであったが、彼女が怒りを示さなかったのは、そこに記された内容が彼女にとって衝撃的なものだったからだ。


【ダニアの銀の女王クローディアが1万の軍勢を率《ひき》いて共和国北部の港で待機中。船団を率《ひき》いて王都ハルガノンへ攻め込んで来る気配があるため、王都防衛のため至急帰還せよ】


 兄であるジャイルズ王の命令内容にチェルシーは思わず体を震わせる。


(クローディア姉さまが……王都に!)


 チェルシーの胸の内で燻《くすぶ》る復讐《ふくしゅう》の炎が、油を注《そそ》がれて大きく燃え上がる。 


「シジマ。本日中に王陛下(へいか)が派遣なされた引き継ぎの官が到着するわ。出発は今夜だから準備をしておきなさい」 


 きっぱりとそう言うチェルシーにシジマは恭《うやうや》しく頭を下げた。


「ハッ。オニユリと部下たちにすぐさま準備をさせます」


 それだけ言うとシジマはチェルシーの執務室を後にした。

 部屋に1人になるとチェルシーは拳を強く握り締め、歯を食いしばる。


「姉さま。そちらから来て下さるのね。でも今さら母様の眠る王都の土を踏ませはしないわ。その前にワタシが姉さまを……斬る!」


 そう言うとチェルシーは腰に帯びた鞘《さや》からすばやく剣を抜いて宙を斬り裂くのだった。

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