表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/129

第204話 『憤慨するプリシラ』

「では明日の議会ではコリン公子の保護と……国境地帯の警備増強を提案し、可決を目指すこととする」


 1時間に渡る議員らとの議論を重ねたイライアス大統領はそう総括すると、一度休憩をはさんだ。

 議員らが部屋を退室していく中、イライアスは妻のクローディアと共にブリジットらに歩み寄ってくる。


「ブリジット。ボルド。申し訳ない。そちらにも戦火が及ぶことになる」


 イライアスの言う通り、コリン公子を保護したことが知られれば、王国からそれを理由に攻め込まれるかもしれない。

 そうなれば同盟国であるダニアも戦場に駆り出されることになる。

 だが、顔を曇らせるイライアスとは対照的にブリジットはおおらかな表情で笑みさえ浮かべた。


「大統領。我らは元より戦を生業なりわいとする一族だぞ。戦火をいとうようならダニアの女の名折れだ」


 そう言うブリジットだが、クローディアはその顔に懸念けねんの色をにじませた。 


「でもブリジット……エミルのことがあるから」


 エミルは現在、王国に人質に取られている。

 ダニアが王国に対して軍事行動を取れば、エミルの命の保証はない。

 イライアスはブリジットとボルドのそんな不安をぬぐい去るように明確な言葉を口にした。


「そうなる前にエミルを救い出す。コリン公子の件は時が来るまで公表しない」

心遣こころづかい感謝するよ。大統領」


 ブリジットにはイライアスの心が痛いほど分かった。

 自身も親として幼い我が子に迫る身の危険にきもを冷やしたからだ。

 そうした経験からイライアスは哀れに1人残されたコリン公子の身の上を思い、見捨てることが出来なかったのだろう。

 そこでプリシラが話に加わってきた。


「大統領。エミル捜索そうさく隊の再編成の際はアタシも参加します」


 そう意気込むプリシラだが、イライアスは静かに目をせる。


「……休憩が終わったらそのことについて話し合おう。皆の意見を聞いて総合的な判断をせねばならない」


 堅い表情のイライアスにプリシラは内心で首をかしげた。

 そして5分後、休憩を終えた議員らが席に着き、イライアスは次の議題について話を切り出したのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ど、どうしてですか!」


 プリシラは我慢が出来ずに立ち上がり、思わず声を上げていた。

 休憩をはさんだ会議の後半冒頭、イライアス大統領の発言はプリシラの思いもよらないものだったからだ。

 エミル捜索そうさく隊の再編成。

 それは共和国の人員のみで構成され、そこにダニアの女は含まれない。


「王国も当然、エミル殿の奪還に我らが動くことを警戒している。特に君たちダニアの者が動くことを」


 イライアス大統領は平静な口調でそう言った。

 赤毛で背が高く、体格のいい屈強くっきょうな女たち。

 彼女たちは目立つのだ。

 赤毛を頭巾ずきんで隠したとしても、その体格までは隠せない。


 エミルの奪還は王国の目をあざむき、裏をかく必要がある。

 慎重に慎重を重ねて行動せねばならぬのだ。

 そのため背格好から隠密おんみつ行動には向かないダニアの女たちは、今回のエミル奪還作戦からは外されることとなった。

 だがそこでアーシュラがプリシラに救いの手を差し伸べる。


「大統領。恐れながらワタシならばこの通り、ダニアの女とは思えぬ貧相な体ですし、髪を頭巾ずきんで隠せばそうそう見咎みとがめられぬかと。プリシラ様と共に捜索そうさく隊に参加すればお役に立てます」


 確かにアーシュラならばダニアの女にしては背が低く体もせ型なので、作戦に向いているかと思われた。

 しかしイライアスは首を横に振る。


「確かに君とプリシラ殿は前作戦での経験があり、なおかつ実力も申し分ない。だがアーシュラ。君は分家時代からクローディアの側近だった。王国では君の顔を知る者もいるだろう。許可は出来ない」


 アーシュラはああ申し出はしたが、こうしてイライアスに反論されるだろうことは分かっていた。

 これ以上食い下がっても良い結果が出ないことも。

 しかし収まりがつかないのは若きプリシラだ。


「納得できません! 大統領。アタシを捜索そうさく隊に参加させて下さい。アタシは赤毛じゃないし……」

「落ち着けプリシラ」


 そう言って娘の手を引っ張り椅子いすに座らせたのは母のブリジットだ。

 プリシラは悔しげに口を引き結ぶが、その顔には憤然とした赤みが差している。

 イライアスはそんなプリシラをなだめるように言った。


「申し訳ない。プリシラ殿。あなたのお気持ちはよく分かる。そしてあなたが本作戦に参加すれば、確かに作戦の成功率は上がると思う。しかしそれでも許可は出来ない」

「……理由はアタシがダニアの女王ブリジットの娘だからですよね」


 怒りを押し殺しながらそう言うプリシラにイライアスはうなづいた。


「あなたは万が一のことがあってはならないお立場なのだ」

「しかしアタシの母ブリジットは、多くの危険を臆さずに乗り越えてきて今があります。母が一族の皆に愛され尊敬されているのは、そうした勇猛さゆえです。危険だからといって安全な道ばかりを進もうとするのであれば、アタシは母のように認められることはなくなるでしょう。ダニアの女王になるのであれば、アタシだって……」


 だがそこでブリジットはそんな娘の言葉をさえぎった。


「口をつつしめ。プリシラ。大統領はそんなこと百も承知だ。大統領のお気持ちが分からないか?」

「母様……」


 そんな母と娘の様子を見てイライアスはふと表情をゆるめる。

 そこには大統領としての顔ではなく、プリシラの伯父おじとしての顔があった。

 

「今度は我らの番なのだ。プリシラ」

「え?」

「君とエミルは体を張って我が子ヴァージルとウェンディーを守ってくれた。君が危険に臆することなく立ち向かえる戦士だと私も皆も知っている。そしてエミルが自らの身をていしてでも従兄妹いとこたちを救ってくれる優しい心の持ち主だということも。その恩に報いるためにも今度はこちらが危険を背負う番なのだ。ダニアが共和国にしてくれたことを今度は共和国がダニアのためにする。それが同盟関係というものだろう?」


 そう言われてプリシラはだまり込む。

 イライアスは一国の大統領なだけあって弁舌がたくみだ。

 エミル救出のためにダニアの者が背負うはずの危険を共和国が代わりに背負うとイライアスは言っているのだった。

 それはイライアス個人として子供らを救ってくれたおいめいへの恩返しであり、共和国として同盟国ダニアへの恩返しということを示している。


 その意味が分からぬほどプリシラは子供ではなかった。

 だがそれだけに彼女の胸の内には苦しさがくすぶる。

 弟の救出を他人任せにすることが彼女には苦しくてたまらなかった。

 うつむくプリシラの肩に手を置き、ブリジットはその手に力を込めながらイライアスに目を向ける。


「大統領。温かい言葉に感謝する。我が息子のために動いてくれること、ダニアの女王として礼を言おう」


 そう言うとブリジットは立ち上がり、イライアスの元へ歩み寄って固く握手を交わす。

 会議の大筋はそれで決まった。


 ☆☆☆☆☆☆


 会議が終わるとプリシラはイライアスと目を合わせずに一礼して、他の議員らが出て行く中に紛れて議場を後にした。

 その様子を見送りながらイライアスは申し訳なさそうにブリジットとボルドの元に歩み寄る。


「プリシラに辛い思いをさせてしまった。ブリジットとボルドにも申し訳ない」


 イライアスも人の親だ。

 ブリジットとボルドがエミルを連れ去られたまま、どんな辛い日々を送っているのか痛いほど分かる。

 立場も何も考えずに自ら出兵して王国に攻め込み、エミルを今すぐに取り戻してしまいたいとさえ思う。


 だがイライアスにもブリジットにもそれぞれ立場があった。

 それが国のためにならないのであれば、たとえ家族のことでも勝手な判断を下すわけにはいかないのだ。

 イライアスは声を潜め、ブリジットとボルドに言った。


「中央諜報(ちょうほう)局の精鋭部隊を王国に送り込む。反対する声も上がるだろうが、私の意地とおいへの愛情にかけて押さえ込むと約束しよう」


 中央諜報(ちょうほう)局は大統領直属の諜報ちょうほう部隊だ。

 情報収集や潜入捜査、武力行使などを行う専門の精鋭集団だった。

 王国に潜入してエミルを取り返すという難題を解決するためには、これ以上の人選はないだろう。

 ブリジットとボルドは顔を見合わせ、イライアスに感謝の眼差まなざしを向けた。


「エミルをよろしくお願いします。兄さん。プリシラには私たちから話をしますので」


 そう言うボルドにイライアスは深くうなづいた。

 弟の思いをしっかりとその胸に受け止めて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ