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第237話 『共に行く者たち』

「アーシュラ隊長からの手紙です」


 通信文書を開いたエステルは目をいてそう言った。

 その言葉に皆が一様におどろきを見せる。

 先ほどエリカが見つけた鳥は、ダニアの獣使隊が高速通信用に飼育しているはやぶさだった。


 それは獣使隊の隊員であるオリアーナの上司、アデラ隊長がここに向けて飛ばしたものだ。

 そしてそのはやぶさの脚にくくり付けられた筒に入っていた小さな巻物状の通信文は、アーシュラが用意したものだった。

 通信文の冒頭には【脱走兵たちへ】と記されている。

 それを見た皆は困惑の表情を浮かべた。


「これ……どう考えてもアタシたちへの手紙よね」

「気持ち悪いな。何で隊長はアタシらの行く先がここだって知ってんだよ。おまえら情報でもらしたのか? アタシらのこと殺しに来ねえだろうなぁ」


 そう言って他の者たちをいぶかしげににらむネルだが、エステルはあきれてため息交じりに言った。


「隊長ならばそのくらいのことはお見通しでしょう。我々がどういう順路を辿たどってプリシラを追っているのか予測することなど、アーシュラ隊長には造作も無いことだと思います」


 そう言うとエステルは巻物状になっている文書を開いていく。

 そして息を飲んだ。


「これは……」

「何? 何が書いてあるの? 小さくてよく見えないわ」


 思わず身を乗り出してくるハリエットの顔を押し返しながら、エステルはおどろきの表情で言った。


「エミル様のとらわれている具体的な場所と、そこに至るまでの道順や警備の特徴など詳細が記されています」 

「そいつはすげえ情報だな。どうやってつかんだんだ? 黒髪術者ダークネスの力ってのはそんな遠くまで感じ取れるものなのか?」


 半分冗談(じょうだん)のようにそう言うネルに非難の視線を送りながらエステルは皆に言う。


「敵方からもたらされた情報であり、その真偽しんぎは不明と隊長は書かれています」

わなに決まってんだろ。んなもん」

「ネル。ちょっとだまって」

 

 エリカにピシャリと言われてネルは悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「エステル。あなたはどう思う?」


 そうたずねるエリカにエステルはほんのつかの間、考え込んだ。


真偽しんぎ不明の情報……それでもアーシュラ隊長は我々がここを通ると見越してこの手紙を送って来た……)


 エステルは手紙の内容を皆に見せると、それを丁寧ていねいに巻き戻して筒にしまい、ふところに入れた。 


「大事なことは隊長がこれを我々に送ってきた意味です。隊長はアタシたちの背中を押してくれているのではないでしょうか」 


 エステルの言葉に皆がだまり込んだ。

 真偽しんぎ不明ではあるが、エミルの居場所をこうして若者たちに伝えたということは、このままプリシラを追って王国に向かい、協力してエミルを救い出すのだというアーシュラからの伝言に違いない。

 全員がおどろき戸惑う中、ネルは立ち上がる。


「ケッ。それならまんまとその思惑に乗せられてやろうじゃねえか。んで、まんまとお坊ちゃんを救い出してやるよ。どうせプリシラも目的地は同じなんだから、そのうち会うだろ」


 ネルのその言葉に皆は思わず目を丸くした。

 エリカとハリエットが疑わしげな眼差まなざしをネルに向ける。


「ネルがやる気になってる……」

「アンタ。一体どうしたのよ?」

「うるせえな。放火までして国を出て来たのは、おまえらとピクニックするためじゃねえぞ。やることやりに来たんだ。アタシは」


 そう言うネルにエリカもハリエットも思わずほほゆるませてニヤニヤとしながらネルを小突いた。


「手柄を上げて放火を許してもらうつもり? 甘い甘い」

「というか放火したのはアンタなんだから、アタシ達を巻き込まないでくれる?」 

「うるっせえな! サッサと飯にしろ!」


 その夜、き火を囲んで夕食をる若き女戦士たとちの表情はいつになく明るかったのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 腹を満たした5人の女たちは、今夜は宿泊所に泊まって明日の朝一番で出発することに決めた。

 ベッドを使う前に井戸水で体を洗うため、エリカとハリエットは皆の分の手拭てぬぐいを取りに宿泊所に足を踏み入れる。

 だが、2人は不意に足を止めた。


「……気付いた?」

「うん……」


 エリカとハリエットは顔を見合わせる。

 そして腰帯にはさんださやから短剣を抜き放ち、気配を探る。

 建物の中に人の気配はない。

 2人が察したのは……ニオイだ。


獣脂じゅうしのニオイ。誰かが角灯を使ったんだ」

「でも今年に入ってからは誰も利用していないはず……」


 2人は声を潜めてそう言いながら、警戒を解かずに先へ進む。

 暗闇くらやみに目を慣らしながら進んでいくと、獣脂じゅうしにおいが強く濃くなっていった。

 角灯を使ってから何日もっていないことが分かる。

 そしてエリカもハリエットもにおいを辿たどって進むうちに、においが一番奥の部屋からただよってくることに気が付いた。


 2人ともに心臓の鼓動こどうが速くなるのを感じる。

 一番奥の部屋はブリジットとその家族が使う専用の部屋だからだ。

 普段は掃除をする小姓こしょう以外は入ってはいけない部屋だが、エリカとハリエットは暗闇くらやみの中でたがいに顔を見合わせながら思い切って奥の部屋のとびらを開いた。

 すると窓から差し込む星明かりに照らされた部屋の中の様子が、やみに慣れた2人の目に飛び込んできた。


 部屋の中は整理されていて、これといって散らかった様子は見られない。

 だがエリカは壁際に置かれたたなに歩み寄り、その上に置かれた角灯を手に取った。

 思った通り、獣脂じゅうしげた香りが強く残っている。


「多分……2〜3日以内に使われている」


 そう言うとエリカは共にたなの上に置かれた火打ち石を使って角灯に火を入れた。

 途端とたんに明かりがともり、部屋の中を煌々(こうこう)と照らし出す。

 2人はその明かりを頼りに部屋の中をあちこち見回した。

 ブリジットとその家族の部屋を勝手に見て回るという不敬さにはエリカもハリエットも気が引けたが、何者かがここを使っていたのならば調べなければならない。


 エリカはたなの上に積もったほこりの上に手形が付いているのを見て息を飲む。

 そして……ハリエットが奥の柱に描かれた絵を見つけた。

 ハリエットはそれに目をらすと思わず声を上げた。


「あっ!」


 突然大きな声を出したハリエットにエリカはビクッと肩を震わせる。


「ちょっと。おどろかせないでよ。一体何なの?」

「エ、エリカ……これ見て」


 そう言って柱を指差すハリエットにエリカはいぶかしげに目をらした。

 その目が見る見るうちに大きく見開かれている。


「……みんなを呼ばないと」


 そう言うとエリカはきびすを返し、外にいる仲間たちを呼びに戻るのだった。


☆☆☆☆☆☆


【お祖母ばあ様。アタシが行くまでエミルを守ってあげて】


 ブリジットとその家族専用の部屋につどった若き赤毛の5人は、室内の柱に描かれた絵とそのすぐ上に書かれた字に食い入るように見入っていた。

 息を飲む者たちの中で、エステルがうめくような声をらす。


「プリシラ……ここに来ていたのですね」

「考えることは同じってわけか」 


 そう言って鼻を鳴らすネルの後ろでオリアーナは立ち上がった。


「……すぐに出発しよう。今ならプリシラに追いつける」


 そう言うオリアーナだが、エステルはすぐさま振り返ってオリアーナの手をつかむ。


「落ち着いて下さい。この先の山は深夜の移動は危険です。先日、隊長と夜間移動した国境沿いの山とはワケが違います」

「すぐ行けばプリシラと合流できるかも……」


 そう言うオリアーナにエリカとハリエットも逡巡しゅんじゅんしながらたがいに顔を見合わせる。

 確かにプリシラの後を一刻も早く追いたいという気持ちを抱えたままでは落ち着いて眠れないだろう。

 だがそこでネルがオリアーナの背中をバシッと叩いた。


「アホか。足元も覚束おぼつかない中をヨタヨタ歩いていける距離なんざ、たかが知れてるんだよ。睡眠時間をけずって歩いても明日の日中に眠くなるのがオチだ。アタシらのやることは急いでプリシラを追いかけて感動の御対面を果たすことじゃねえたろ。合流なんざ王国に入ってからでもいい。最終目的はエミルの坊ちゃんを王国の連中から奪い返すことだ。そこをき違えるなよ」 

 

 以外にもネルの冷静な意見に、エステルは思わず感心して目を丸くする。

 ネルはそんなエステルをひとにらみすると、オリアーナや他の2人に目を向ける。


「つうことだから全員水浴びしてもう寝ろ。プリシラが心配で眠れないなんて気持ち悪いこと言うなよ? そういう奴はアタシがこいつで頭をガツンとやって気持ちよく眠らせてやる」


 握り拳を見せてそう言うと、ネルは井戸水を浴びるべく意気揚々(いきようよう)と外に出て行った。

 部屋に残された4人は唖然あぜんとしながら窓の外を見つめる。

 外ではネルがサッサと井戸に歩み寄ると、おけの水を頭から勢いよくかぶっていた。


「ネルの奴、何か張り切ってない?」

「プリシラがとりあえず無事だと分かって内心喜んでんじゃないの?」


 まゆをひそめてそう言い合うエリカとハリエットをよそに、エステルはオリアーナに声をかけた。


「あの口ぶりはともかく、ネルの言う通りです。しっかり休んで明日の朝一番で出発しましょう。プリシラが元気なことも分かったことですし」


 そう言うエステルにオリアーナは気を取り直し、力強くうなづくのだった。

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