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第234話 『アーシュラの推察』

「失礼いたします」


 そう言って部屋に入って来たのは獣使隊の隊長を務めるアデラだった。

 かつては本家の鳶隊とびたいとして活躍した彼女は、統一ダニアになってから新設された獣使隊の隊長職にき、部下たちを指導している。

 勤勉な彼女は本来得意としていた鳥の扱いのみならず、積極的に他のけものの扱いもクローディアの従姉妹いとこであり獣使隊の創設者であるブライズから習得した。

 今ではこのダニアに無くてはならない人材になったアデラは忙しい毎日を過ごしている。


「多忙のところ呼びつけてすまないな。アデラ。おまえに頼みがあるんだ。アーシュラ。アデラに説明を」


 部屋にはブリジットの他にアーシュラがいた。

 すでにセレストとジェマは退室しているので、アーシュラがここまでの一連の話をアデラに話して聞かせる。

 アデラはさすがにおどろいて顔色を変えていた。


「そんなことが……」

「アデラさんにお願いしたいのは、手紙を速く遠くまで運べる鳥のご用意です」


 そう言うアーシュラの背後では、数人の小姓こしょうらがそれぞれ紙面に字を書きつらねている。

 ジェマが受け取った手紙の内容にアーシュラがいくつかの文言を付け加えた文書を写させているのだ。

 複数用意させているその手紙を出来るだけ早く目的地に届けて欲しいというアーシュラの話にアデラはうなづいた。


「ならばハヤブサ便を使いましょう。公国首都まで1日、王国首都までなら2日で着きます」


 その話にうなづくとアーシュラは目的地を3つ告げた。

 1つ目は公国内で青狐隊ブルー・フォックスの3つの分隊が一度集結する場所。

 2つ目は王国内で青狐隊ブルー・フォックスが立ち寄る支援者の居住地。

 そして……。


「3つ目は……元本家の奥の里へ」


 アーシュラが口にした思いもよらぬ場所にアデラだけでなくブリジットもおどろきの表情を浮かべる。


「え? 奥の里ですか?」


 奥の里。

 かつてダニア本家の隠れ里だった山奥の集落だ。

 年老いた者や成人前の子供が暮らしていた場所だった。

 思わず聞き返すアデラにアーシュラは深くうなづき、立ち上がると壁に貼られたこの大陸の地図の前に立つ。


「ええ。プリシラ様にしてもエステルたちにしてもこの付近の捜索そうさくでは見つかりませんでした。おそらく南側の川から移動したのでしょう。そうなると王国に向かうのでしたら……公国のこの辺りを通ります」


 そう言ってアーシュラが指をわせると、そこは地図上には何も記されていないが、奥の里がある辺りだ。


「奥の里は公国南部の山奥に位置しますよね。そこから王国の国境まで山深い道が続いています。そして彼女たちは全員、元は本家の人間。プリシラ様以外は皆、奥の里の生まれです。きっとここで一休みし、山伝いに王国を目指すのではないでしょうか」


 アーシュラのその話にアデラは感心したように目を見張り、ブリジットに目を向ける。

 ブリジットはしばしば考え込むと嘆息たんそくしてアーシュラを見た。


「じゃじゃ馬たちを連れ戻すのが無理なら、逆に戦禍せんかに放り込もうということか」

「はい。けになります。しかしワタシは予感がしているのです。プリシラや他の面々はおそらく王国に辿たどり着き、自ら戦禍せんかに飛び込んでいくと。そうであれば彼女たちも情報を得ていたほうが良い方向に向かうのではないかと、そんな気がするのです」


 そう話すアーシュラの目に確信的な光が宿っているのを見たブリジットは決断した。


「分かった。緊急議案としてアタシからウィレミナ議長に話を通しておく。アーシュラとアデラで進めてくれ」


 そう命じるブリジットに2人は即座に動き出すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「七つの大木その向かい。右か左か真ん中か。右は良い良い左は怖い。真ん中進めば故郷ふるさとだ」 


 プリシラは節をつけてそう口ずさみながら山道を登っていく。

 古くからダニア本家に伝わる童歌わらべうたで、本家筋の子供は皆これを歌えるのだ。

 ただし一族の者たち以外の前では絶対に歌ってはいけないと厳しく教えられていた。

 なぜならばそれは奥の里へ至る複雑な山道を示す歌だからだ。


 奥の里。

 ダニア本家の隠れ里だった場所だ。

 プリシラの母であるブリジットの生まれた場所でもあった。

 プリシラやエミルのようにダニアの都が建造された後に生まれた子供らよりも以前に生まれたダニア本家の女たちは、皆ここが生まれ故郷なのだ。

 

 まだダニアが本家と分家に分かれていた頃。

 本家の女たちはあちこちに移動しながら平原に天幕を張って暮らしていた。 

 だが年老いて移動生活が厳しくなった者たちが静かに暮らすために隠れ里として山奥深くに作られたのが奥の里だ。

 また妊婦も奥の里に里帰りして出産し、生まれた子供たちは15歳の成人を迎えるまでそこで暮らすのが慣例だった。


 彼女たちに物資や食糧などを届けるため、歴代のブリジットたちはダニア本隊をひきいて春と秋に里帰りをしていた。

 だが本家と分家が統合され統一ダニアが誕生すると、新都としてダニアの都が建設され定住地が出来たため、奥の里に住む者たちは皆、移住したのだ。

 そうして奥の里は閉鎖された。

 里終さとじまいをする際には先祖たちの眠る墓は新都へ移され、建物などは使える資材の再利用のために取り壊されたのだ。


 だが、今も里は無人でありながら最低限の建物などが残されていた。

 ここは今も生きるダニア本家出身の女たちにとっては故郷なのだ。

 ゆえにブリジットは年に一度だけ里に眠るたましいしずめる鎮魂ちんこんの儀として、20名ほどの有志をつのってここを訪れるのだ。

 そうして一晩ここで過ごせるように宿泊施設が整えられていた。


「1人でここに来るのは初めてだから変な感じだな」


 童歌わらべうたに従ってプリシラは奥の里へ辿たどり着いた。

 外部の者に見つからぬように作られた隠れ里であるため、ここに至るためにはいくつもの分かれ道を正確に辿たどって来なければならない。

 プリシラは奥の里ではなくダニアの都生まれだが、毎年、母に付いてここを訪れていたこともあり、童歌わらべうたも覚えているため迷うことはなかった。

 無人の里は静まり返り、風の音や鳥の鳴き声だけが時折聞こえてくるだけだ。


「今夜はここに泊まるか」


 すでに時刻は夕方を迎え、ここからは王国領までは山深い道が続く。

 さすがに夜、視界の悪い中を歩くのは危険だ。

 今夜はこの奥の里で一夜を明かし、日の出とともに出発することに決めた。

 

 この日の昼過ぎまで川下りによる王国到達を目指して小船に揺られていたプリシラだったが、王国軍の検問があると付近の川漁師に教えられたため、水上移動をあきらめて山登りに変えたのだ。

 近くに奥の里があるという地理的条件も彼女にその選択をうながす要因となった。

 わずかな星明かりを頼りに宿泊用の宿舎に入り、置かれていた角灯に油を注いで火打石で火を入れる。

 途端とたんに明るくなる部屋の中でホッと息をついたプリシラは、角灯を手に宿舎の中でもブリジットと家族が使った一番奥の部屋に向かった。


 プリシラの家族専用のその部屋には、昨年も家族4人で宿泊したのだ。

 昨年のことであるというのに、もう随分ずいぶんと昔のことのような気がしてしまうのは、彼女の人生が急変したせいだろう。

 穏やかだった家族との日々が遠く感じられ、プリシラは思わずさびしさに眉尻まゆじりを下げた。

 ふと彼女は角灯を手に部屋の隅の柱に歩み寄る。


 その柱には数年前、まだ幼かったエミルが鉛筆で書いた絵が残されていた。

 幼い頃から手先が器用だったエミルが描いたのは1人の老いた女性の姿だった。

 弟がそれを書いた時のことをプリシラはよく覚えている。

 それは誰かとたずねるプリシラに、エミルは言ったのだ。

 これはお祖母ばあ様だと。


 プリシラとエミルの祖母である第6代ブリジットは彼女たち姉弟が生まれる前に他界している。

 ゆえにプリシラもエミルも祖母の顔は若い頃に描かれた肖像画でしか見たことはない。

 だというのにエミルは老いた祖母の顔を描いたのだ。

 どうしてそんなことが出来たのだと問うと、弟は言った。

 この奥の里に来るとお祖母ばあ様がいつも笑顔で自分たちを見ているのだと。


 その話を聞き、この絵を見た時にはブリジットもボルドもたいそうおどろいていた。 

 亡くなる前の晩年の先代ブリジットの特徴をよく表した絵だったからだ。

 まるで祖母に直接会ったことがあるかのようだとおどろく両親に、エミルは何度も会ったことがあるよ、と言ってあっけらかんと笑っていた。

 その時の弟の笑顔を思い出して、プリシラは思わず口元をほころばせた。


「昔から……変なことを言う子だったな。エミル」


 プリシラはその柱に背を持たれかけさせ、床に座り込んだ。

 ここまでの移動の疲れが眠気となってじんわりとプリシラの体に染み込んでいく。

 いつしかプリシラは眠りに落ちていくのだった。

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