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第231話 『戦地を行く』

「あれは……」


 ゆるやかに流れる川の幅が徐々に広がってきた。

 その流れに乗って進む小船の上でプリシラは目をらす。

 すでに公国領に入ってから丸一日が経過していた。

 戦による混乱のため共和国と公国の国境は川の支流まで警備が及んでおらず、プリシラは簡単に公国領に入ることが出来たが、その理由を彼女は目の当たりにすることになる。


 川には通行する船のための関所があり、本来であれば税などを取るために武装した徴税吏ちょうぜいりらがいるのだが、前方に見える関所にはまったく人の気配がなかった。

 異様な雰囲気ふんいきを感じつつつもプリシラは警戒しながら流れに身を任せて関所へと近付いていく。

 そして彼女は目撃したのだ。

 関所近くの川岸で、水草に引っかかる様にして浮いている兵士の遺体を。


「……」


 それは一目で死んでいると分かるほど、損傷の激しい遺体だった。

 プリシラは悟る。

 おそらくこの関所も王国軍に襲われ、守っていた徴税吏ちょうぜいりらは殺されたのだろうことは想像にかたくない。


(これが戦争に負けた国の現実……)


 プリシラは愕然がくぜんとした。

 そしてもし自国であるダニアや同盟国である共和国も敗戦国となってしまえば、この公国と同じ運命を辿たどることとなるのだ。

 そんなことは決して許せない。


「王国から絶対にエミルを取り戻さないと」 


 エミルの救出は単に弟を救い出すというのみならず、ダニアや共和国にとって重しとなる人質を取り戻すことになる。

 エミルを取り返さねば、いざ王国に攻め込まれた時にダニアも共和国も思い切った反撃が出来なくなる。

 そして恐ろしいことに、最終的にはエミルは見捨てられることになってしまうのだ。

 

 エミルの命惜しさにダニアや共和国が国全体を敗戦に追い込むことは無い。

 いざとなればエミルを見捨てて、必ず反撃に出る。

 だからそうなる前にエミルを救い出さねばならないのだ。


「あまり時間はない……」

 

 プリシラは公国の惨状を目の当たりにして、ますます危機感をつのらせるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 公国領の平原。

 そこでは今、30人ほどの野盗の集団が車列を成して走る隊商を襲っていた。

 縦一列で進む隊商の馬車は5台。

 総勢20名ほどの小規模な隊商だ。


 だが野盗らの襲撃はうまくいっていなかった。

 なぜなら隊商を護衛する用心棒の中に、1人の赤毛の女戦士がいたからだ。

 その女戦士は馬を駆って勇ましい立ち回りを見せ、野盗の集団を寄せ付けなかったのだ。


「くそっ! 何なんだ! あの女」


 野盗の頭目はそう吐き捨てるが、手下どもが1人また1人と倒されていくのを見て、胸の内に怖気おぞけが広がっていくのを抑えられなかった。


 ☆☆☆☆☆☆

  

 隊商は公国からの脱出を試みていた。

 向かう先は王国だ。

 戦になると物資が求められるため、商売が盛んになる。

 そのために危険を承知で戦地へおもむき、あきないに精を出す商人たちが後を絶たない。


 しかしこの王国商人らで組織されている隊商はつい先日、公国軍の残党らに襲撃され、何とか逃げ切ったものの用心棒の半数ほどを殺されてしまったのだ。

 そのため商売を切り上げて王国に帰るところだった。

 その途中で隊商はある2人組と出会ったのだ。

 1人はダニアの女とおぼしき赤毛の戦士であり、もう1人は黒髪の美しい青年だ。


 2人が持ちかけてきたのは、王国に向かいたいので同乗させてくれれば給金無しで用心棒を引き受けるという話だった。

 今は1人でも多くの戦士が欲しい隊商の主は、ダニアの女の筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)たる体つきと精悍せいかんな顔つきを見て即決した。

 申し出通り給金は無し。

 ただし食事は無料で支給する。

 そして護衛は王国に入る手前までという条件で2人組を用心棒として引き入れたのだ。


 そして今、隊商の主は自身の決断に心から安堵あんどしていた。

 馬にまたがる赤毛の女戦士は強く、しかも経験豊富なしたたかさを持っていて、野盗らを寄せ付けない。

 熟練の動きで敵を制し、遠ざけて見事に守っていた。

 そしてその相棒である黒髪の男はおどろくほど勘が鋭く、他の用心棒らに的確な助言を行っている。

 黒髪の男の言う通りの方角から敵が襲ってきたり矢が飛んできたりするので、少ない人数の用心棒でも何とか隊商を守ることが出来ていた。


「ジャスティーナ! 後方から3人来る!」


 黒髪のジュードがそう声を上げると、器用に馬を駆って赤毛のジャスティーナが最後尾の馬車の後方へと回る。

 ジュードの言葉通り、騎乗した3人の野盗が馬車の馬をねらって一斉に弓矢を放ってきた。

 ジャスティーナはこれらをたてで払い落とし、逆に敵をねらって次々と矢を射掛ける。

 鋭く飛んだそれらは敵兵の急所を確実に射抜いて彼らを落馬させていった。


 縦に5台続く車列の真ん中の馬車に乗るジュードは、黒髪術者ダークネスの力で敵の感情を読み取って行く。

 野盗らの中にあきらめと恐れの気持ちが渦巻うずまき始めていた。

 略奪稼業の野盗らも結局はおのれの命が一番大事だ。


 命の危険と見返りとを天秤てんびんにかけ、割に合わないと悟れば彼らは退しりぞいていくだろう。

 命を落としてまで深追いするより次の機会をうかがうほうがいいに決まっているからだ。

 ジュードのにらんだ通り、野盗たちはついに隊商を襲うことをあきらめて引き下がっていく。

 

「ふぅ。野盗の連中の規模が小さかったことも幸いしたな」


 そう息を吐くジュードの乗る馬車に、馬にまたがったジャスティーナが近付いてきた。

 相棒の無事な姿にジュードは安堵あんどして声をかける。


「お疲れ様。ケガはないか?」

「フンッ。この程度でケガしているようじゃ、私はとっくの昔にくたばっているさ」


 少し前に死にかけたことは言わないでおこうと思いながら、ジュードは肩をすくめて見せた。


「用心棒を引き受けたとはいえ、出来ればおだやかな旅がいいな。この先は」


 この公国領はすでに王国軍が占領統治しているため、王国()かかげたこの馬車は王国兵らからねらわれることはないだろう。

 そして国境の手前で隊商とは別れることになっているので、国境を警備する王国兵らに赤毛と黒髪の自分たちが目をつけられることもないはずだ。

 いざとなれば馬を拝借して2人だけで逃げればいい。

 エミルを救うため、どんな手を使ってでも王国へ到達すると決意したジャスティーナとジュードは、持ち前の能力を各々発揮(はっき)して敵地を進むのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「おのれ! 小娘め!」


 ウェズリーは怒りの形相ぎょうそうで机を叩いた。

 公国首都ラフーガ。

 この街を占領している王国軍の司令官である副将軍ウェズリーは、たった今届いた部下からの報告に声を荒げた。


 公国軍の残党が集結していた公国南部の最大都市であるジルグを、チェルシーひきいる王国軍が陥落かんらくさせたという。

 それは喜ばしい報告のはずなのだが、ウェズリーは腹違いの妹が手柄てがらを上げることに激しい怒りを示した。

 そのあまりの怒気どきに、報告した兵士は思わず顔を引きつらせている。

 そうした兵のおどろきなど一顧だにせず、ウェズリーは歯ぎしりをした。


「これではまたあの小娘が調子に乗るではないか……」


 ラフーガを占領してからというものの、兄であるジャイルズ王からの命令はここに滞在して統治に専念せよという通達で一貫していた。

 だがウェズリーは次は共和国に攻め込み、さらなる功績を挙げたいと常々思っているのだ。

 そこに飛び込んで来た憎らしいチェルシーの戦果の報は、ウェズリーをあせらせた。


(くそっ! チェルシーの奴め……)


 ウェズリーは気に食わなかった。

 王国内では明らかに自分よりもチェルシーの方が国民の人気が高い。

 地味な王弟よりも華やかな姫将軍のほうが持てはやされる。

 その事実が彼の嫉妬しっと心をあおり立てるのだ。


「おい! 兄上に鳩便はとびんを出せ。共和国への攻撃命令をうのだ!」 


 部下をそう怒鳴どなりつけるとウェズリーは壁に貼られた大陸の地図をにらみつけた。

 そして地図上の共和国を拳でなぐりつける。


「共和国をも征服し、チェルシーなどよりもこの俺の方が優秀だと、すべての国民に分からせてやる」


 虚栄きょえいの炎をその胸に宿らせ、ウェズリーは怒りを吐き出す様にそう言うのだった。

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