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第228話 『亡き先代の手紙』

 公国領ジルグ。

 攻め込んだ王国軍と守る公国兵らの戦いは熾烈しれつを極めていた。

 戦局は終始、王国軍の優位が続いている。


 撃ち込まれる大砲の砲弾に対し、公国兵らは無力だった。

 圧倒的な暴力を前に公国兵らの命はいとも容易たやすく散っていく。

 そして大砲の砲弾がようやく止んだ後、街に攻め込んできたのはチェルシーひきいる歩兵部隊だった。


 将軍であるチェルシーを討ち取れば起死回生の一手になると考えた公国兵らはたばになってチェルシーに襲い掛かる。

 だがダニアの女王の血を引く銀髪の将軍はあらしのような猛攻で、次々と敵を切り裂いた。

 そしてその将軍の周囲を白い髪の一団が常に守り、手にした銃火器で公国兵らを次々と撃ち殺していく。

 特にチェルシーの副官らしき白髪の男女は容赦ようしゃがなかった。

 白髪の男は白いくいを投げて公国兵らの首や目を射抜き、白髪の女は2丁の拳銃で敵の首や心臓を簡単に撃ち抜いていく。


 戦況は一度として公国側に好転することはなかった。

 だというのにこれほど戦いが長引いたのは、公国軍の残党たちが一切降伏しなかったからだ。

 最後の一兵まで玉砕覚悟で戦い続ける彼らの決意は、戦をより熾烈しれつで悲惨なものにしていった。

 それでもチェルシー将軍はまったくひるむことなく、敵を最後の1人までほふっていく。


 血まみれの戦いが終わり、無数の兵たちがしかばねとなってそこかしこに横たわる中、建物のかげで震えながらこの戦いを見つめていたジルグの一般市民らは戦うチェルシーの姿を見て後に語った。

 あの日、その戦場には銀髪の美しき鬼がいたと。

 鬼神のごとき強さ、その恐ろしきチェルシーの雷名があらためて公国内にとどろくのに、そう時間はかからなかった。


 ☆☆☆☆☆☆


 王国の首都ハルガノン。

 チェルシー将軍が公国の残党狩りに向かったが、今回は単純な武力行使の任務のため黒帯隊ダーク・ベルトの帯同はなかった。

 そのため黒帯隊ダーク・ベルトの隊長であるショーナも王城で普段の任務にいている。

 部下たちの訓練、そしてシャクナゲからの要請で日課となっているエミルとの黒髪術者ダークネスとしての意識接触コンタクトだ。


 そうして日々の仕事に追われていると、憂鬱ゆううつな物思いから解放されるので楽と言えば楽なのだが、これではいけないという思いは常に頭の中で彼女自身をさいなんでいた。

 復讐ふくしゅうの道へとひた進むチェルシー。

 それはチェルシーにとって破滅の道でもある。

 復讐ふくしゅうを果たしたところで彼女自身は決して幸せにならない。


 それはチェルシーの親代わり姉代わりを務めてきたショーナだからこそ分かるのだ。

 このままではチェルシーは復讐ふくしゅうのためだけに生き、復讐ふくしゅうのためだけに死ぬことになる。

 それではあまりにも悲し過ぎるのだ。

 そしてきっとチェルシーの母である先代クローディアもあの世でそんな娘のことをうれいているだろう。


 先代クローディアは身寄りの無いショーナにとっても母親のような人だった。

 そんな先代が悲しむようなことはしたくない。

 今朝もショーナは先代が悲しげな顔をしている夢を見たのだ。

 原因は分かり切っている。

  

 昨日、ジャイルズ王からショーナはあることを命じられていた。

 そのために今、彼女は先代クローディアが使っていた部屋に向かっているのだ。

 亡き先代クローディアの部屋は、ジャイルズ王の父であった亡き前国王とチェルシーの希望によりそのまま残してあった。

 だがジャイルズ王からその部屋を片付けて空けるようショーナは命じられたのだ。


 ジャイルズ王の寵愛ちょうあい目覚ましい公妾こうしょうシャクナゲが、先代クローディアの部屋を資料室として使いたいと所望したからだ。 

 ショーナは苛立いらだっていた。

 先代クローディアの部屋をわざわざ所望したシャクナゲにも、それをあっさりと許可したジャイルズ王にも。

 先代の部屋はチェルシーやショーナにとって故人の思い出にひたれる大切な場所なのだ。


(それをチェルシー様が任務でご不在にしている間に明け渡すなどと……)


 チェルシーが戻ってきたら憤慨し悲嘆すると主張し、ショーナはせめてチェルシーが戻って来てからにして欲しいと王に嘆願したが、まったく聞き入れられなかった。

 王の命令ならば従う他なく、仕方なくショーナはこの部屋を片付けることにしたのだ。

 せめて自分の手で片付けられれば、大事な思い出の品などは取っておくことが出来る。

 おそらくジャイルズ王もせめてもの情けで、自分にそうした余地を残してくれたのだろうとショーナは思うことにした。

 

 先代クローディアの部屋はダニア分家時代からの先代の私物が置かれている。

 衣服や装飾品、化粧けしょう道具や様々な書物など。

 しかし先代はそれほど多く物を持たない性分だったので、王国の貴族たちと比べると随分ずいぶん少ないほうだ。

 そしてそのどれもがショーナにとって思い出深い品々だった。


(チェルシー様のためにも全て保管しておかないと)


 ショーナは使命感にも似た気持ちで先代の私物をひとまず自室に運び込んでいく。

 そして数時間かけてあらかた片付いたところでショーナは不意に本棚ほんだな本棚ほんだな隙間すきまに何かがはさまり、床に落ちているのを見つけた。


「これは……」


 物が色々と置かれていた時はまったく気付かなかったが、隙間すきまに落ちているそれは一枚の手紙のようだった。

 ショーナは本棚ほんだな隙間すきまに指が入らないため、他の紙を使って苦労しながら隙間すきまから手紙を取り出した。

 すっかりほこりにまみれたそれは随分ずいぶんと以前に書かれたもののようだ。


 ショーナは窓辺に立つと、窓の外に手紙のほこり丁寧ていねいに払い落とす。

 そして彼女はその手紙の表紙にしるされた宛名あてなを見て思わず目を見開いた。

 それはショーナにてられた手紙だったのだ。

 差出人の名前は書かれていなかったが、ショーナは宛名あてなの字を見てすぐに分かった。

 それが見慣れた先代の字であると。


「先代が私に……?」


 ショーナは恐る恐る手紙を開き、中身を確認した。

 それはどうやら下書きのようで、鉛筆えんぴつで書かれている。

 その中身に目を通してみて、ショーナはそれが、先代が自身の死を予感しながら書いたものだと知り、愕然がくぜんとした。


【ショーナ。あなたには伝えておきたいの。ワタシはもう長くないわ。次の春は迎えられないでしょう。この頃、あなたが幼かった頃のことをよく思い出すのよ。あなたは素直で手のかからない子でしたね。子供なのに聞き分けが良くて、それが少しかわいそうに思っていたの。あなたにはたくさん我慢をさせてしまったわね。あなた自身もまだ甘えたい年頃なのに、チェルシーの世話までさせてしまって。あなたの母代わりとしてワタシには至らない点がたくさんあったことを謝りたい。無責任にこの世を去ってしまうことを許してね。そしてもしあなたが良ければ……チェルシーと一緒に幸せに生きて欲しい。あの子のことはワタシにとって最後の心残り……】


 そこで唐突に手紙は途切れていた。

 ショーナは息が詰まりそうになりながらそっと手紙に手の平を当てた。

 そして黒髪術者ダークネスとしての能力で読み取る。

 その手紙に残された故人の思念を。


 そこには幼い娘を残していくことの心残りや、この手紙を書いたことへの後悔が残されていた。

 そしてもう一つ。

 ショーナへの懺悔ざんげの念も。

 ショーナは即座に理解した。


(先代は……この手紙の途中で書くのをやめたんだ)


 チェルシーを1人残すことへの無念から、先代はショーナに娘をたくす手紙を書こうとした。 

 だが書いている途中でそれがショーナの人生を縛る残酷な言葉になることに思い至り、それ以上書き進めることを思い留まったのだろう。

 それは先代のショーナに対する思いやりだった。


 ショーナは思わず胸が熱くなるのを覚える。

 母代わりと言ってくれた言葉も嬉しかった。

 先代が自分のことを娘のように思っていてくれたことを感じ取れたからだ。


(先代……あなたの無念も心残りも……私がすべて引き受けます)


 ショーナの胸には先代クローディアの思いが染み込んでいた。

 そしてそれはある決意に変わる。

 ショーナは筆を手に取り墨壺すみつぼを用意すると、部屋に残る便箋びんせんに文章をつづっていく。

 そこに現在のエミルの居場所を克明こくめいしるし、その牢獄ろうごくに至るまでの王城の道すじを詳しく書いていった。

 それが王国に対する裏切り行為になることを知りながら、固い決意に満ちたショーナの筆は勢いを失うことはなかったのだった。

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