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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第202話 『公子コリン』

 公国の首都より東に200キロメートルほど進んだ場所にある渓谷《けいこく》を1台の粗末な馬車が進んでいた。

 そこから東に数キロメートル進めば、もうそこは共和国との国境地帯だ。

 普段は共和国との交易で盛んに人や馬車が行き交うその場所も、公国が戦火に見舞われている今は商流が途絶えていた。

 代わりに公国からの避難民の流入が増えており、共和国軍も国境警備を厳しくしていた。

 難民に紛れて王国の間者が共和国内に忍び込む恐れがあるからだ。


 しかし共和国のイライアス大統領は公国の難民は一定の入国審査を経《へ》た上で受け入れるよう全土に指示を出していた。

 王国による公国の侵略戦争に対し、共和国の姿勢は一貫していた。

 参戦も軍事的な支援も行わなかったのだ。

 明らかに王国側に正義はなかったが、共和国は他国の戦争に加担しないというのが基本政策だからだ。


 ゆえに食糧支援や医療物資の支援など、人道的な支援を行うに留めてきたのだ。

 戦火を逃れるために避難する公国民の受け入れについては積極的に行ってきた。

 今も多くの公国民が助けを求めて国境に押し寄せてくる。


 そんな中に混じって、その馬車は国境の砦に到着した。

 車内から現れたのは公国の大公の元で長年、執事を務めてきた初老の男性だ。

 そしてその馬車にはもう1人、少年が乗っていた。

 栗色の髪と青い瞳を持つその少年は憔悴《しょうすい》し切った様子だ。


 執事は馬車から降りると、一通の書状を砦《とりで》の衛兵に渡す。

 それは公国の大公であるクライブ・ラフーガ2世の刻印が押された蜜蝋《みつろう》で封されていた。

 その書状を受け取った衛兵は驚《おどろ》いて目を剥《む》く。

 そんな衛兵に執事は言った。


「こちらの砦《とりで》の責任者は国境警備隊のニコラス殿ですな。私は大公陛下(へいか)の執事長を務めるパトリックと申します。ニコラス殿とは以前より懇意《こんい》にさせていただいておりまして、お伝えいただきたいことがあるのです」


 そう言うとパトリックは衛兵に馬車の中を見せた。


「大公陛下のご嫡男《ちゃくなん》であらせられる公子コリン殿下の貴国への避難を許可していただきたいのです」


 衛兵が書状を手にすぐに砦《とりで》内へと走るのを見送ると、パトリックは馬車の中に目を向けた。

 本来ならば公国の公子が乗るような馬車ではない粗末なそれは、公子の逃亡を誰かに見咎《みとが》められぬよう、あえて用意した車体だ。

 公子コリンは秘密裏《ひみつり》に首都ラフーガから逃がされた時から、ずっと強張《こわば》った表情のままだった。

 恐怖と緊張に苛《さいな》まれているのだろう。


 赤子の頃よりコリンを見てきたパトリックは、彼が不憫《ふびん》でならなかった。

 おそらく今頃、首都ラフーガは王国軍の軍勢に攻められて陥落《かんらく》しているだろう。

 パトリックはコリンを慰《なぐさ》め励《はげ》ますべく声をかけた。


「殿下。ご安心下さい。共和国のイライアス大統領は温情に厚い方です。決して殿下をお見捨てすることはこざいません。どうか希望をお捨てにならぬよう」


 パトリックの言葉にコリンは青ざめた顔で頷《うなづ》くのだった。

 哀れなこの公子はまだ知らない。

 父である大公のみならず、母や兄、姉ら、その他の親類たちが皆すでに非業《ひごう》の最期を遂げているということを。


 ☆☆☆☆☆☆


 共和国首都。

 街の一角に設けられている墓地に今、一組の男女が訪れていた。

 金髪の美しい女性と、黒髪のやはり美しい男性だ。

 2人は夫婦だった。

 ダニアの金の女王ブリジットとその夫であるボルドだ。


 今、2人は二つ横並びになった墓石の前に立っている。

 ボルドは手にした二束の花束を、隣《とな》り合う墓石の前に一つずつ供えた。

 その顔は悲しみに沈《しず》んでいる。

 ボルドは故人の在《あ》りし日の姿を思い浮かべながら、その名を口にした。


「ジリアンさん……リビーさん……」


 ジリアンとリビー。

 どちらもダニアの女戦士だった。

 熟練の戦士であった2人は一ヶ月ほど前、作戦中に戦死したのだ。

 共和国の大統領イライアスとダニアの銀の女王クローディアの子女であるヴァージルとウェンディーの兄妹を、疎開地である港町バラーディオに送る任務の途上のことだった。


 彼女たちは王国軍のチェルシー将軍率(ひき)いる部隊に襲われ、チェルシーの手で斬り殺されてしまったのだ。 

 そんな2人の葬儀の際に見たクローディアの憔悴《しょうすい》ぶりを思い出すと、ブリジットもボルドも胸が痛んで仕方がない。

 それは見るのも辛い光景だった。


 ジリアンとリビーは統一ダニアがまだ本家と分家に分かれていた頃からクローディアのために働いてきた、ごく近しい部下たちだったのだ。

 それゆえにクローディアは自分の子供たちを信頼できるその2人に預けた。

 だが、2人はその任務のために殉職《じゅんしょく》したのだ。

 しかも2人を死に追いやったのが、クローディアの妹のチェルシーなのだという。

 それはクローディアにとってあまりにも残酷な悲劇だった。


 そしてボルドにとってもジリアンとリビーはかけがえの無い友人だった。

 かつでボルドがブリジットの元を離れていた頃、クローディアの計《はか》らいで建設中の新都ダニアでの作業に従事したことがあった。

 その時に世話になったのがジリアンとリビーの2人だった。

 

 どちらもダニアの女らしく荒っぽい性格だったが、根はとてもまっすぐな彼女たちとボルドはすぐに打ち解けたのだ。

 以来、友として長年に渡って交流があった。

 そんな2人が亡くなってしまったことに、ボルドも深い悲しみを感じている。

 

「……この世は悲しいことがたくさんあると知っているはずなのに、何歳になってもそれに慣れることが出来ないな」


 2人の墓石の前で風に揺れる花束を見つめながらブリジットはそう言った。

 ボルドは頷《うなづ》き、そんな妻と身を寄せ合う。

 クローディアは2人にとって親友であり盟友であり、家族のような存在だ。

 彼女の悲しみに暮れる顔を見て、その悲しみが我がことのように胸に差し迫ることを抑え切れなかった。


 そしてこの夫婦もまた、大きな不安と問題に直面している。

 2人の息子のエミルが、チェルシー将軍によって王国に連れ去られたまま戻ってきていないのだ。

 もう一ヶ月以上はエミルの顔を見ていない。

 それは親として耐え難《がた》い苦痛の日々だった。


 港町バラーディオにおける大騒動から3週間が経過している。

 アーシュラ率《ひき》いるエミル捜索《そうさく》隊に参加した2人の娘プリシラが、チェルシーらとの死闘の末に、攫《さら》われたヴァージルとウェンディーを奪還した。

 8歳のヴァージルと6歳のウェンディー。

 2人は今、この首都で父イライアスと母クローディアの元、手厚い庇護《ひご》を受けている。

 辛い思いを抱えるクローディアにとって、夫や子供たちと過ごせる時間があることは何よりの慰《なぐさ》めだろう。


 しかしこの奪還作戦の末に、エミルは再びチェルシーに捕らわれてしまったのだ。

 王国からはエミルを人質として捕らえているという書面がダニアと共和国宛(あ)てに送られて来た。

 共和国およびダニアが王国およびその占領地である旧・公国領に対して軍事行動に出るのであれば、エミルの命は無いという警告文と共に。

 エミルを誘拐《ゆうかい》して人質にし、共和国とダニアを牽制《けんせい》するという王国の思惑通りの展開となったのだ。


 現在、共和国とダニアは王国に占領された公国に対し、難民の受け入れ以外の行動を取れずにいた。

 エミルのこともあるが、公国を占領した王国がさらに共和国に手を伸ばして来るような気配が今のところ見られないためだ。

 自国が攻められない限り、こちらから打って出ることはしないのが共和国の方針であり、同盟国であるダニアもそれに追随《ついずい》する他ない。


 ブリジットはすぐにでも王国に出兵し、息子のエミルを奪い返したい気持ちでいっぱいだった。

 だが、現状は打つ手がない。

 王国からは幾度《いくど》かの書面が届き、エミルを人質として丁重《ていちょう》に扱っている旨《むね》が記されていた。

 もちろんそれを鵜呑《うの》みにすることなどないが、それは裏を返せばこちらが反抗の意思を見せればエミルの安全は保証しないという王国の脅《おど》しだ。


「ブリジット。ボールドウィン。会議のお時間です。大統領の官邸までお越し下さい」


 後方から馴染《なじ》み深い声がかけられる。

 友人たちの墓石の前に立つ夫婦に遠慮《えんりょ》がちに声をかけたのは、クローディアの秘書官であるアーシュラだ。

 彼女はクローディアに命じられて2人を呼びにこの墓地を訪れた。


 今日、ブリジットとボルドが普段の居住地であるダニアの都から馬車で数時間かけてこの共和国首都を訪れたのは、墓参りのためではない。

 イライアス大統領の元で開かれる重要な会議に出席するためだ。

 それは公国を占領した王国に対する共和国の今後の対処方針と、王国に攫《さら》われたエミルを救い出す作戦を決定するための最終会議だった。

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