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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第219話 『百戦錬磨』

「フンッ!」


 男の気合いの声と共に振り下ろされる湾曲大刀《グレート・サーベル》の一撃をデイジーは剣で受け止める。

 ガツンという衝撃が全身の筋肉や骨に響くようだ。

 デイジーは歯を食いしばり凄《すご》みのある笑みを浮かべた。 


「ハッ。大した腕前だ。こんな臭《くさ》い仕事を誰に依頼されたか知らねえが、きちんとどこかの軍に所属すりゃ相応の報酬《ほうしゅう》はもらえるだろうに」


 そう言うデイジーだが、男は何かを言い返すでもなく唸《うな》り声を上げて剣をさらに振るう。


「うぅぅあああ」

「チッ! 喋《しゃべ》れねえのか。奴隷《どれい》上がりだな」


 男の剣は荒々しいがとにかく速くて強かった。

 ダニアの女の中でもここまで剣を振れる者は多くない。

 デイジーも本気の剣を打ち込むが、男はこれを平然と受け止める。

 そしてこれほど強く打ち合っているというのに、男は息一つ切らしていない。


(腕力、体力ともにとんでもない化け物だ。恐らく目もいいし勘もいい)


 デイジーはこのまままともに打ち合っても男を簡単には倒せないだろうと感じた。

 時間と体力ばかり浪費するだけだ。

 それだけにデイジーは残念そうな顔を見せた。


「おまえには尊敬できる剣士がいなかったんだなぁ。私にはブリジットがいた。その差だ」


 そう言うとデイジーは男の剣を受けざま体を捻《ひね》った。 

 男からは一瞬、デイジーがまるで陽炎《かげろう》のように揺らいで見えただろう。

 不規則で変則的な歩幅でデイジーはいきなり地を這《は》うような低姿勢から剣を振り上げたのだ。

 それは……男の両腕を一瞬で斬り落とした。


「あうぅぅっ」


 苦しそうに呻《うめ》く男にデイジーは目にも止まらぬ速度で剣を一閃《いっせん》させた。

 光の糸を引くようなその剣は、男の首を一瞬で刎《は》ね飛ばす。

 頭は宙を舞い、首から下の体が地面に崩《くず》れ落ちた。


「あばよ。名もなき剣士」


 そう言うとデイジーは剣に血振りをくれて、地面に落ちた男の首を見下ろした。

 腕力も体力も剣の技術も男はデイジーとほとんど互角だっただろう。

 そして男が数多《あまた》の戦いをくぐり抜けて来た百戦錬磨の猛者《もさ》であることも間違いはないとデイジーは思った。

 だが、男に1つだけ圧倒的に足りないものは、自分よりも実力が上の者との戦いの経験だった。

 

 デイジーはブリジットやクローディアなど自分より強い者が身近にたくさんおり、そうした者たちとの戦闘経験が豊富であった。

 しかし男にはそんな経験はほとんどなかったのだろう。

 それが男にとっての不運であり、同じ百戦錬磨であるはずの2人の差となり勝負を分けたのだった。


「アーシュラ。無事でいろよ」


 勝負の余韻《よいん》に浸《ひた》る間もなく、デイジーは旧友の無事を祈《いの》って再び茶屋の中へと足を踏み入れていくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」


 男たちは確実にアーシュラを殺すべく、毒を塗った刃を振り上げて全員で襲い掛かる。

 廊下《ろうか》の袋小路《ふくろこうじ》に追い詰められたアーシュラは、行き止まりの壁を背にして立ち尽くす。

 彼女のすぐ背後には壁にかけられたヒマワリの絵画が、場違いなほど美しい色彩を放っていた。


「相手を殺す時に死ねなどと口にするものではありませんよ」


 そう言うとアーシュラは後ろ手に絵画をクルリと180度回転させた。

 すると……彼女の目の前の床が真っ二つに割れる。

 まるで観音開きの扉《とびら》を下に向かって押し開くかのように床板が下がり、アーシュラに一斉に襲い掛かって来た男たちが全員床下に落ちていく。


「うわあああああ!」

「ゲエッ!」


 彼らが落ちた先は一階……ではなく吹き抜けの先の地下一階だった。

 アーシュラはその床板の縁《へり》に立ち、下を見下ろす。

 そこは落とし穴《あな》であり、地下の一階に作られた脱出口のない四方を石壁に囲まれた小さな空間だった。

 落下した男たちは体を石床に打ち付けて動けなくなっている。

 アーシュラは彼らを見下ろすと冷たく言い放った。


「まるで墓穴《はかあな》ですね。飢《う》え死にするまでそこにいますか?」


 そう言うアーシュラの顔に冷たい微笑が浮かぶのを、男たちは戦慄《せんりつ》の表情で見上げるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 デイジーが中庭から再び建物内に足を踏み入れると、茶屋の中は静まり返っていた。

 襲撃者たちの姿もない。

 デイジーは警戒を緩《ゆる》めずに急いで2階へと駆け上がる。


「アーシュラ!」


 そう叫ぶと廊下《ろうか》の奥の方からそれに応《こた》える声が聞こえてきた。


「デイジー! こっち! 廊下《ろうか》の突き当たり!」


 その声のした方へデイジーは急ぎ駆け付ける。

 そして曲がり角を曲がったところで思わず足を止めた。


「な、何だこりゃ……」


 唖然《あぜん》とするデイジーの目の前、廊下《ろうか》の真ん中に大穴《おおあな》が口を開けていた。

 その幅は廊下《ろうか》の両端まであり、長さは5メートルほどもある。

 その穴《あな》の向こう側にアーシュラの姿があった。


「アーシュラ! 無事か?」

「ええ。デイジーも平気そうだね」


 互《たが》いにホッと息をつく。

 デイジーが穴《あな》の底を見下ろすと、そこには先ほどの襲撃者たちが十数名倒れていた。

 全員、息はあるようだが体を床に横たえて苦しそうに呻《うめ》いている。

 何が起きたのかをデイジーはすぐに悟った。


「落とし穴《あな》かよ。おまえ。この店を改造し過ぎだろ」


 呆《あきれ》れるデイジーにアーシュラは平然と言う。


「デイジー。お店の人を呼び戻してくれる? 熱した油を釜《かま》いっぱいに用意して欲しいから」


 その言葉に穴《あな》の底から恐怖のどよめきが上がる。

 デイジーは気の毒そうに穴《あな》の底を見た。


「おまえら。忠告しとくぞ。早めに知っていることを喋《しゃべ》ったほうがいい。地獄を見てからじゃ遅いぜ」

「今から高熱の油を大量にあなたたちにかけます。しかしあなたたちの依頼主が誰なのかを教えてくれるなら、油は揚《あ》げ物用に厨房《ちゅうぼう》で使ってもらうことになりますね。しかし情報がいい加減なものなら……揚《あ》げ物になるのはあなたたちです」


 追いうちをかけるようにそう言うアーシュラに、顔を青ざめさせるのは穴《あな》の底の男たちばかりではない。

 話を聞きながらデイジーも思わず顔を引きつらせている。

 アーシュラの苛烈な拷問《ごうもん》の内容をデイジーはよく知っているのだ。

 彼女はアーシュラに尋《たず》ねる。


「どのくらいの時間で情報を聞き出せそうだ?」

「1人をここから引き上げた後、10分もあれば話してくれると思う」


 アーシュラが苛烈な拷問《ごうもん》の手段をいくつも持っていることをデイジーもよく知っている。

 その彼女がそう言うのだから、10分もあれば事足りるのだろう。

 そして実際にアーシュラはこの後、代表として1人の男を縄《なわ》で引き上げ、彼を個室の中に移すと、10分で情報を聞き出したのだ。

 すべてが終わった後、アーシュラの尋問《じんもん》を受けた男は恐怖に怯《おび》え切って、しばらく震えながら泣いていたのは言うまでもなかった。

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