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第328話 『帰国へ』

「出発の準備が整いました。皆様。東門へご案内いたします」


 プリシラたちが一堂に会する休憩室を訪れてそう告げたのはラモーナとアニーだ。

 帰国に向けての出発時間となった。

 プリシラとエミルを含めて総勢12名が3台の馬車に分かれて王都から北の港町へと向かうことになる。

 今、休憩室の外の廊下ろうかではエミルとヤブランが別れを惜しんでいた。

 どちらもさびしくて離れがたいといった顔だ。


「ヤブラン。色々ありがとう。辛いことが多かったけれど……ヤブランがいてくれたからがんばれたよ」

「エミル。本当にごめんなさい。オニユリ様から助けた後のこと……あなたをここに連れてきてしまった……」

「もういいんだ。それはもういい。ヤブランには今、感謝の気持ちしかないよ。うらんでも怒ってもいない。ヤブラン……ダニアに一緒に来て欲しかったけど……」


 ヤブランはエミルと共には行けない。

 ジェラルディーンより命じられ、シャクナゲの罪について証言しなければならないのだ。

 そうなればヤブラン自身の罪も明るみに出るだろう。

 エミルを逃亡させようとくわだてた罪が。

 それでもヤブランは希望を捨てていなかった。


王妃おうひ殿下にお願いしたわ。色々なことが片付いたら……必ず会いに行くから。待っててね。エミル」

「うん……待ってる。待ってるよ。ヤブラン」


 まだ幼い2人は握手を交わす。

 胸に秘めたあわい思いを伝え合うように。


 ☆☆☆☆☆☆


 肉離れによって右足が使えないため、エステルに支えられながらプリシラはつえをついて王城の廊下ろうかを進んでいく。

 となりむねに移るためにバルコニーに出て歩いていると、ついに数時間前にここでチェルシーと激闘を繰り広げたのだとプリシラは感慨かんがい深く思った。

 そして今日までチェルシーと繰り広げた幾度いくどかの戦いに思いをせる。

 どれも厳しい戦いだった。


(よく生き延びられたわね。いつ死んでもおかしくなかったな)


 そこでプリシラはふと気が付いて足を止めた。

 数十メートル先の西側の尖塔せんとう

 その窓から銀髪の女性がこちらを見ている。

 チェルシーだった。


 クローディアを見送っているのかと思ったが、チェルシーが見ているのはプリシラだった。

 戦いの後、2人は一切顔を合わせていない。

 命を取り合うような戦いをした2人だ。

 それも当然だった。


 だかチェルシーを殺さずに、そして自分も死なずに戦いを終えられたことをプリシラは誇らしく思った。

 クローディアから大事な妹を奪うことなど出来ない。

 生き別れの果てに再会した姉妹には幸せになってもらいたかった。


(チェルシー。生きなさい。そしていつか……アタシとも剣ではなく他愛のない言葉を交わせる日が来ることを願うわ)


 プリシラはチェルシーに視線を送ると、前を向いて再び歩き出す。

 その時だった。

 少し前を歩くハリエットがふと言ったのだ。


「そう言えば……ネルは?」


 その言葉にプリシラを含めた皆が周囲を見回す。

 ネルの姿はどこにもなかった。

 プリシラを支えるエステルが不思議ふしぎそうに言った。


「休憩室に入った時にはいましたが……」

「先に東門に行っているのかもしれないわね。彼女、せっかちだから……」


 そう言うプリシラはふと視線を右に向け、その目に飛び込んできた光景に思わず大きな声を上げた。


「あっ!」


 プリシラの声におどろいて皆は彼女が見ている方角に目を向ける。

 すると中庭とは反対側の、バルコニーから見下ろす城外に、馬にまたがったネルの姿があったのだ。


「ネル!」

「あんた何やってんのよ!」


 エリカとハリエットが次々に声を上げたが、ネルは余裕の表情で馬に乗ったまま皆に向かって手を上げた。


「本物の脱走兵になるぜ。こっからは自由にやらせてもらうわ。達者でな!」


 そう言うとネルは馬を走らせて去っていく。

 皆が啞然あぜんとする中、あわてたエステルが声を上げた。

 

「た、大変です! 引き止めないと!」


 その声に弾かれたようにあわてて駆け出そうとするエリカとハリエットを引き留めたのはアーシュラだった。


「放っておきなさい。今から追っても間に合いません」

「隊長……」


 皆が困惑の表情を浮かべる中、プリシラは去っていくネルに向かって大きな声を張り上げた。


「ネル! 離れてもずっと友達だからね! 忘れないでよ!」


 プリシラの叫び声に去っていくネルは後ろを振り返らずに右手を上げて見せた。

 分かっている、というように。

 自分勝手で乱暴者の赤毛の弓兵を乗せた馬は、王都の街中を駆け抜けていく。

 プリシラを初めとする皆は、その姿が見えなくなるまでネルを見送るのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 チェルシーは尖塔せんとうから去っていくクローディアと……プリシラを見送った。

 その顔には疲れ果てたような自嘲じちょうの笑みが浮かんでいる。


「すっかりへし折られてしまったわね。姉様にも……プリシラにも」


 プリシラには情けをかけられた。

 結局、彼女はチェルシーを殺さなかったのだ。

 最初に出会った時には明らかに格下だったはずのプリシラは、最後の最後に自分を上回ったのだとチェルシーは痛感した。

 すさまじい成長速度だ。


「憎らしいくらい生意気な子。でも……ああいう子が女王になるのね」


 不思議ふしぎなほど敗北の悔しさはない。

 プリシラは常にまっすぐにぶつかってきた。

 心をねじ曲げていじけていた自分では勝てるはずもなかったのだ。

 そしていつかまたプリシラとは再会する気がする。

 その時はせめてもの意地で、普通に接しようとチェルシーはそう心に決めるのだった。 


 ☆☆☆☆☆☆


 共和国北部の港町。

 そこには今、大勢の人間が集まっていた。

 民間人、共和国政府の職員、共和国兵、そしてダニアの戦士である赤毛の女たち。


 そんな人並みの中心には共和国大統領であるイライアスとその子女であるヴァージル、ウェンディーがいた。

 さらには先ほど国境地帯から早馬で駆けつけたばかりの、ダニアの金の女王であるブリジットとその夫ボルドの姿もある。

 彼らが待ちわびる中、今まさに英雄たちを乗せた船が港に戻ってきたのだ。

 最初に船から降りてくるのはクローディア、ブライズ、ベリンダの3人だ。

 群衆からあらしのような拍手と大歓声がき起こり、3人の名前が連呼れんこされる。

 その後からはクローディアの秘書官アーシュラや若きダニアの女戦士たちが現れる。


 続いて船を降りてきたのは、脇をエステルに支えられたプリシラと、エミルの姉弟だ。

 金髪と黒髪の美しい2人にも観衆からの拍手喝采はくしゅかっさいが向けられた。

 皆、王国軍との戦いで停戦を勝ち取り堂々と帰還した者たちだ。

 共和国とダニアにとってまぎれもなく英雄たちだった。

 大統領のイライアスはクローディアを出迎え、妻と熱い抱擁ほうようを交わす。


「おかえり。クローディア。無事で良かった」

「ただいま。イライアス。ワタシを信じて送り出してくれてあリがとう。たくさん話したいことがあるわ」


 それからクローディアは愛しい子供たちをその胸に抱いた。

 甘えたい年頃のウェンディーはわんわん泣きじゃくって母にしがみつき、いつもは気丈な長男のヴァージルも感極まって涙を流している。

 4人の家族はたがいのぬくもりを確かめるように、しばし皆で抱き合った。

 一方、船から降りてきたエミルはこらえ切れずに小走りに両親の元へ向かう。

 母のブリジットと父のボルドもたまらずにエミルに駆け寄った。


「母様! 父様!」

「エミル!」


 エミルは母の胸に飛び込み、ブリジットも息子のぬくもりを確かめるように強く抱きしめる。

 数ヶ月ぶりに見る息子の姿は疲れていながら、以前よりもたくましくなったように見えた。

 きっと様々な困難に耐えるために強くならざるを得なかったのだろう。

 そう思うとブリジットの目にも思わず涙がにじむ。


「よく辛抱しんぼうしたな。よく帰ってきてくれた。エミル」

「うん……うん……」


 エミルは次に父のボルドと抱擁ほうようを交わす。

 ボルドはいつものように柔和にゅうわな笑みでエミルを迎えてくれたが、エミルを抱くその手の力がいつもよりわずかに強く、そしてわずかに震えていた。


「おかえり。エミル。よくがんばったね」


 父のいつもの優しい声にエミルは声を上げて泣いた。

 そこにつえをつきながらプリシラが近付いてくる。

 ボルドは立ち上がり、今度はプリシラを抱き寄せた。


「プリシラ。おかえり。エミルを連れ帰ってくれてあリがとう。2人とも無事に帰ってきてくれて良かった」

「父様……勝手なことをして……心配をかけてごめんなさい」


 そう言うとプリシラは今度は母と向き合った。

 プリシラにとって最も緊張する瞬間だ。

 張り手の1発や2発は覚悟している。

 だが母であるブリジットはプリシラをそっと抱き締めた。


「傷は痛むだろう?」

「うん。母様。ごめんなさい。ばつを受けます」


 悄然しょうぜんとそう言うプリシラだが、ブリジットは鷹揚おうよううなづいて微笑ほほえんだ。


「もちろん脱走のばつは与える。軍規違反は女王の娘でも平等にばっせねばならんからな。だが……今は顔を上げて胸を張れ。おまえは命をかけて弟を救い出した。勝手な行動は女王として容認できないが、おまえの勇気は母として誇らしく思う。よくやった。立派だぞ。プリシラ」


 母の温かな言葉にプリシラは思わず涙があふれてくるのを止められなかった。

 それでも彼女は母の言葉の通り、顔を上げて胸を張る。

 拍手と喝采かっさい、そして温かな声援で迎えてくれる群衆にプリシラは手を上げて答えた。

 これがいつも母が見ている光景なのだ。


 いつか自分が女王になった時、母のように民の信頼を得られるかは分からない。

 それでもプリシラはこの日の光景を目に焼き付けるのだった。

 生涯しょうがい忘れることのないように。

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