第324話 『いつか強き女王に』
妹のすぐ傍に戻っていくクローディアを見送ると、手当てを受け終えたプリシラは石床に座ったまま、冷静に周囲を見回していた。
チェルシーとの戦いに勝利した。
エミルを取り戻し、クローディアたちとも合流できた。
そしてここにはいないがアーシュラや仲間たちも無事なようだ。
(だけど……まだ油断は出来ない)
皆で無事に共和国やダニアに帰らなくてはならない。
ここはまだ敵陣の真っ只中。
ジャイルズ王のいる王城の中なのだ。
クローディアたちが王国側との交渉による平和的解決を目指しているが、油断していい状況ではなかった。
そんなプリシラの背中に声がかけられる。
「見事な最後の一撃だったな」
その声に振り返るとそこに立っているのはガイだった。
彼も右肩を銃撃されたらしく、巻かれた包帯は痛々しく赤い血を滲ませている。
「ガイ。あなたもずっと戦い通しで傷も痛むでしょう? 生きていてくれて良かった」
「まだだ。エミル殿を無事に国に送り届けるまでは任務は終わらない」
傷の痛みなどおくびにも出さず、ガイはそう言うとプリシラに手を差し出した。
「手を貸そう。クローディアの会談。あんたも立ち会うべきだ」
そう言うガイの目には真摯な光が滲んでいた。
以前のように小娘を見る目ではない。
相手に対する敬意を宿した眼差しだった。
プリシラは思わずドキッとしながら気圧されるように彼の手を取る。
ガイは力強くも優しくプリシラを引き起こすと、しゃがみ込んでその背を向けた。
「乗れ。背負う」
「え? 悪いわよ。あなただって右肩をケガしているじゃない」
「その足じゃ歩けないだろ。黙って乗れ」
そう言うガイにプリシラはバツが悪そうにおぶさった。
ガイは軽々とプリシラを背負って立ち上がる。
「……後であなたに剣を返さないとね」
プリシラの腰帯に差した鞘にはガイの湾曲刀が収まっている。
「ねぇ……この剣と同じものを作れないかしら。アタシも欲しいわ」
おそらく断られるだろうと思いながらもそう言うプリシラだが、ガイの答えは意外なものだった。
「共和国に馴染みの刀匠がいる。プリシラの体に合う長さのものを見繕わせよう」
「え? いいの? 本当に? 絶対断ると思ったのに……」
戸惑いながらプリシラがそう言うと、ガイはいつものようにぶっきらぼうな口調で答えた。
「その剣を手にしてからのプリシラは……急激に強くなった。それまでとは違う武器を持つことで武人が急に成長することは時折あることだ。おそらくもっと使いこなせるようになればプリシラはもっと強くなるだろう」
そう言うガイの背中がとても大人びて見え、プリシラは思わず胸が高鳴るのを覚える。
そんな彼女の気持ちをよそにガイは珍しく熱を帯びた言葉を口にした。
「プリシラは強い女王になる。そうなるべきだ。そうすればダニアの国はもっと強くなり、民は幸せになれる。それはおそらく……共和国を助け、この大陸に平和と安寧をもたらすだろう」
「ガイ……」
強い女王。
母であるブリジットのような女王になりたいとプリシラは幼い頃から憧れていた。
だがそれはもう憧れでは済まされない。
自分は強くなり女王として先頭に立って民の希望にならねばならないのだ。
今回の戦いを経てプリシラの胸には新たな自覚が芽生えていた。
女王の座に就くのはまだ先のことだろう。
だが、いずれその日は必ず来る。
その日を迎えるまで多くのをことを学び、心身ともに強くなる必要があのだ。
「なるわ。皆を守れる……強い女王に」
プリシラは奮い立つ気持ちに高揚した表情で、そう決意を口にするのだった。
☆☆☆☆☆☆
クローディアが王国の貴族会会長であるイーモン・ウォルステンホルムとの面会、そして王妃ジェラルディーンとの調印式を立て続けに済ませた頃には、東の空が白み始めていた。
夜明けだ。
結局、ジャイルズ王は体調不良を理由に最後まで姿を見せなかった。
だがウォルステンホルム父娘の影響力は王国内でも絶大であり、この2人と調印を取り交わしたことでクローディアは一定の安心感を得ていた。
さすがに現在は敵対している両国なので調印式でも笑顔は無い。
しかし王国と共和国は争うよりも取引関係にあったほうが互いに有益だという共通認識の元、粛々と取り決めを交わすことが出来た。
どちらも互いの希望を飲むということで合意し、これを受けて王妃は王城内、王都内、そして王国内での即時停戦を命じ、各地に伝令の早馬や鳩便を出したのだ。
そしてブライズは伝令の隼を飛ばし、北の港町に攻め込んでいた妹・ベリンダ率いるダニア海軍に停戦を求めた。
こうして緊張状態は解け、戦いは終わりを告げたのだ。
さすがに宴は開かれなかったがプリシラたちには休憩所や食事が与えられ、皆が一息ついていた。
停戦が完全に済んだら、昼前には皆ここを発って帰国の途につくことになる。
王国の公国への侵略に端を発した大陸の混乱は、とりあえずの終局を迎えたのだった。
☆☆☆☆☆☆
ショーナはかすかに目を開けた。
自分が今どのような状態なのかは分からないが、見えているのは天井だ。
どこかの部屋に寝かされているのだと思ったが、遺体安置所ではないかと疑ってしまう。
なぜなら体にまったく感覚がないからだ。
自分が拳銃で撃たれたことは覚えている。
だが痛みはない。
自分はもう死んでいるのだとショーナは思った。
だが……。
「ショーナ。気が付いたのね」
その声がしたかと思うと見慣れた顔が自分を上から覗き込んでくる。
チェルシーだった。
ショーナは唇を震わせながら弱々しく口を開く。
「チェル……シー……さま」
喉がひりついて掠れた声がわずかに出るだけだった。
チェルシーは疲れ切った顔をしているが確かに生きている。
そのことを知ってショーナはひとまず安堵した。
だが、チェルシーの目が赤く充血していることと、すっかり覇気のない表情をしているのを見たショーナは不安に駆られる。
チェルシーがついに復讐を遂げてしまったのかと思ったのだ。
体は動かせず、ろくに喋ることも出来ないが、ショーナは必死に視線を巡らせる。
すると……チェルシーの背後にもう1人、誰かがいることに気が付いた。
それは銀色の髪を持つ美しい女性だ。
その女性の姿を見るショーナの目が大きく見開かれる。
「ク……クロー……ディア」
そう言ったきりショーナは何も言えなくなる。
チェルシーの背後に立っているのはクローディアその人だ。
チェルシーは何も言わないが、同じ部屋にこうして2人が敵対することなく居合わせることが夢のようであり、ショーナは思わず感極まった。
生き別れの姉妹が手を取り合う日をショーナは夢見てきた。
それが今、実現しようとしているのだ。
クローディアはショーナに目を向ける。
「ショーナ。目が覚めて良かった。どうか体を治して。これまでチェルシーを支えてくれて感謝しているわ。これからもチェルシーの傍にいてあげてほしい」
クローディアはそう言うとチェルシーの肩に手をかけた。
チェルシーは姉を振り返ることなく、困惑した表情を浮かべてただショーナを見つめている。
おそらくどう姉と接したらいいか分からずに戸惑っているのだろう。
それはそうだ。
姉妹として接するのはほとんど初めてのようなものなのだから。
(まだ死ねない……チェルシー様にはまだ……私が必要だ)
この2人の橋渡しをするのは自分しかいない。
そう思うとショーナはその目に涙を浮かべて、クローディアの言葉に頷く。
そしてチェルシーに弱々しい笑みを向けた。
姉との再会を祝福する気持ちを精いっぱい込めて。




