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第320話 『託された剣』

 プリシラの剣が折れた。

 チェルシーとのたび重なる打ち合いによって刀身のなかばからへし折られてしまったのだ。

 そんなプリシラの首を目がけてチェルシーは鋭く自分の剣を一閃させた。


「くっ!」


 プリシラは残った剣の根元部分で必死にそれを受け止めるが、短い刀身では相手の剣の勢いを殺し切れずに剣はプリシラの手から弾き飛ばされてしまった。

 プリシラは咄嗟とっさに後ろに下がるが、チェルシーはそれを追撃する。

 腰帯に帯刀している短剣に手をかけるプリシラだが、それではとてもチェルシーの剣を受け止められないと思い、くちびるんだ。

 背後には傷ついたクローディアがしゃがみ込んでいる。


(くっ……ここからは下がれない。クローディアの出血量も増えている。これ以上は負担をかけられない。クローディアを守らなくちゃ)


 少し離れた石床の上にクローディアが落としたものとおぼしき長剣がある。

 だがそれを拾い上げに向かう猶予ゆうよはないだろう。

 プリシラがわずかでもこの場を離れればチェルシーはクローディアをねらう。


(どうする……とうすれば……)


 迷いの表情を見せるプリシラにチェルシーは狂気じみた笑みを浮かべる。


「迷っているひまなんてないわよ。あなたもクローディアも地獄に送ってあげる」


 そう言うとチェルシーは剣を左(なな)め上段に構えた。

 その時だった。


「プリシラァァァァァ!」


 ここ数日で聞き馴染なじんだ男の声がバルコニーに響き渡る。

 そして何かが飛来する風切り音が聞こえてきた。

 プリシラが咄嗟とっさにそちらに目を向けると、1本の刃が飛んでくるのが見える。

 一直線に飛んできたそれは……ガイが投げて寄越よこした彼の刀だった。


「はっ!」


 鋭く飛んできたその剣の柄をプリシラは見事につかみ取る。

 それはバルコニーに降りる手前の階段のおどり場からガイが投げたものだと分かった。

 ガイは大きな声を上げる。


「使え!」


 先ほどエミルを取り戻したプリシラはガイたちと共にバルコニーに戻るべく走り出したが、クローディアのことが心配なプリシラは他の面々が追い付けないほどの速度で駆けてこの場所に向かって先行したのだ。

 追い付いてきたガイの背後にはエミルとヤブラン、そしてジュードがいる。


「恩に着るわ!」


 そう叫ぶとプリシラはガイから受け取った彼の剣の柄を両手で握る。

 ガイの湾曲刀を握るのは初めてのことだったが、心地よい重量感と握りやすい柄はプリシラにとって好感触だった。

 湾曲していることと、刀身の幅がプリシラの剣よりもせまいことで重心が異なるが、不思議ふしぎと違和感は気にならなかった。


(これで……まだ戦える!)


 新たな剣を手に構えるプリシラに、チェルシーは猛然と斬り掛かってくる。

 プリシラはチェルシーの剣を受け止めるが、刀身が湾曲しているため先ほどまでとは違って衝撃を逃がして受け流しやすくなっていた。

 そして刀身が先ほどまでの剣よりも軽いため、斬りつけられた後の反撃に移るまでの間が明らかに短縮されている。

 チェルシーの一撃を受け流した後、プリシラは連続で反撃の刃を振るった。


「はあああっ!」

「チッ!」


 チェルシーもプリシラの剣筋の変化に戸惑っているようで思わず舌打ちを響かせる。

 だが戸惑っているのはプリシラも一緒だった。

 いくら手に馴染なじむ柄とはいえ、先ほどまで持っていた自身の剣とは重さも形状も違う。

 プリシラ自身、まだうまく扱えていないことを自覚していた、


「そんな付け焼き刃で上手くやれるつもり?」


 そう叫ぶとチェルシーは再び攻勢に出る。

 プリシラは守勢に回りながら、懸命けんめいに湾曲刀の感触をつかもうと集中した。


(ガイの動きを思い出せ。彼がこの剣をどう扱っていたかを思い出すんだ)


 ガイとの偶然ぐうぜんの出会いから始まった彼との短い旅路たびじ

 その間にプリシラは彼の剣技を見て学んだのだ。

 それはプリシラにとって新鮮な体験であり、今まで知りもしなかった剣技に触れた貴重な経験でもあった。

 それを今、この場でかしたい。

 

 チェルシーは付け焼刃とさげすんだけれども、それだって自分の技術の一つに出来れば立派な武器だ。

 プリシラはガイとの短い特訓で得た歩幅や歩調、そして上体の動かし方や剣を振るう角度を微調整しながらチェルシーへの攻撃を仕掛けていく。

 チェルシーはプリシラの動きが明確に変わったことで警戒し、思わずその攻撃の手が止まっていた。

 おそらくチェルシーにとっても初めて見る剣技なのだ。


 それを見極めようとチェルシーは慎重にプリシラの動きを観察している。

 だがそれはプリシラにとっては好都合だった。

 動くたびに体が慣れていく。

 実際にガイの湾曲刀を握ってみて分かるが、自分の剣を握って特訓していた時よりもガイの剣を握っている今の方がこの動きに合っているのだ。


 それはまさに剣と体が一体になってこそ真価を発揮はっきする剣技だった。

 律動リズムと呼吸が重なり合っていく。

 ガイの剣技は不規則な律動リズムな動きが特徴だった。

 荒れ狂う風に舞いおどの葉のようにとらえどころがない。

 それは大いにチェルシーを惑わせた。


「くっ! こざかしい!」


 チェルシーもさすがに疲労の色をその顔ににじませている。

 だがプリシラの体力も限界が近かった。

 王国までの長い旅路たびじ

 王都の外でのオニユリとの戦い。

 そして王国兵らを倒しながら王都内を駆け抜け、王城に入ってからは怪人ドロノキとも戦った。


 さらに先ほどはエミル相手に戦い、今は最強の敵であるチェルシーと戦っている。

 連戦に次ぐ連戦だ。

 厳しい戦いがいくつも続き、プリシラの体は細かい傷だらけだった。

 それでもここを乗り切らなければ全ては水の泡だ。


(必ず勝つ。勝利と安寧を仲間たちに……大事な皆に必ずもたらしてみせる)


 プリシラはここまでの長い旅路たびじで得たことを全てこの戦いにぶつけるために、最後の力を振りしぼるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


(くっ! 何なの? プリシラのこの身のこなしは……)


 チェルシーは内心の戸惑いを顔に出さぬよう努めながらプリシラの動きを注視した。

 プリシラがそれまでとはまったく異なる動きを見せている。

 それは初めて見る剣技だった。


 プリシラの剣をへし折るところまではチェルシーの優勢だったが、プリシラが仲間らしき男から別の剣を受け取ってから風向きが変わった。

 湾曲したその剣を手にしたプリシラが意図いと的に動きを変えてきたのだ。

 得体の知れない動きをするプリシラを相手に、チェルシーは簡単には踏み込めなくなった。


 相手の動きが見慣れないからというだけではない。

 戦士としてのチェルシーの勘が告げていた。

 今のプリシラは危険だと。

 だが踏み込まなければプリシラの不規則な攻撃を受けるばかりになる。


(くっ……こんなところで手こずっている場合じゃない。もうすぐ……もうすぐワタシの目的が果たせるというのに)


 プリシラの後方には傷ついたクローディアがしゃがみ込んでいる。

 あと一押しでチェルシーの刃がクローディアの命を奪えるところまで相手を追い込んだ。

 今のクローディアは傷付き、見るからに疲労困憊ひろこんぱいだった。

 だが、そこでチェルシーは思わず目をしばたかせる。


(えっ?)


 疲弊ひへいしたクローディアの姿に、亡き母の姿が重なったのだ。

 チェルシーが幼い記憶で覚えている母は人生の晩年を迎えており、いつも元気がなさそうだった。

 今のクローディアの姿が、まるであの頃の母のように見える。


 クローディアは傷つき倒れ、悲しみに打ちひしがれている。

 それは……チェルシーがそう追い込んだからだ。

 だが途端とたんにチェルシーの胸に、幼い頃に感じていた母への愛と、母を失ってしまう悲しみがよみがえってきた。

 チェルシーは思わずくちびるみ、プリシラの剣を避けて大きく後方へ下がる。


(違う……母様と姉様は違う。姉様はワタシたちを捨てたむくいで今、傷ついているだけだ。まどわされるな)


 そう自分に言い聞かせるチェルシーだが、クローディアに目を向けるとどうしても母の姿が重なって見えてしまう。

 おのずとチェルシーの動きはにぶくなり、プリシラの攻撃に対して防戦一方になっていく。

 先ほどまであれほど胸の奥で燃え盛っていたはずの復讐ふくしゅうの炎がひどく弱まり、代わりに幼かったかつての自分の声が頭の中に響き渡った。


(もうやめて! 父様と母様だけじゃなく、姉様まで奪わないで!)


 それは幼き日に自分が神にいのり続けていた願いそのものだった。

 まだあの頃の満たされない自分が、チェルシーの胸の中にいるのだ。


「ううっ……ワタシは……ワタシはこの道を進むと決めたのよ! 今さら引き返すことなどないわ!」


 チェルシーは困惑の表情でそれでも剣を強く握って叫ぶ。

 だがそれはまるで幼い子供が泣き叫んでいるかのような、悲痛な声だった。

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