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第319話 『女王の魂』

「母様。戦うことが怖いと思ったことはないの?」


 10歳になったばかりのプリシラは母であるブリジットから剣の稽古けいこをつけられる日々が続いていた。 

 稽古けいこの際の母は厳しかったが、戦うことは好きだった。

 母の振るう剣を間近に見られることはプリシラにとって何よりも喜びだった。


 もちろん真剣ではなく練習用の木剣ではあるが、それでも冴え渡る母の剣筋を見てプリシラは心をおどらせたのだ。

 だが、打ってこいと言われて剣を手にした母と対峙たいじすると、怖いと思うことは多々あった。

 自分では絶対にかなわない相手を目の前にすることは怖いことなのだと知り、稽古けいこの合間の休憩時にプリシラは母にそうたずねたのだ。


「そうだな。もしアタシが自分のためだけに戦うなら、怖いと思うこともあるだろうな」


 そう言うと母は水を一口飲んで息をつき、木剣の柄を軽くでる。

 プリシラは不思議ふしぎそうに母の表情を見つめていた。

 そんな娘の視線に気付き、ブリジットは力強い笑みを浮かべる。


「だが、大事な誰かを守ろうと思う時は、自分でもおどろくほど怖くなくなるんだ」

「でも……自分が守らないと大事な誰かが死んじゃうって考えたら……怖くない?」

「そうだな。だがプリシラ。いつかおまえはアタシの後を継いで女王になる。ダニアの女王は一族の皆にとって希望なんだ」

「希望?」


 首をかしげるプリシラの頭をブリジットは優しくでてうなづいた。


「そうだ。ダニアの女王は一族全ての希望であり続けなければならない。女王が果敢に戦っている姿を見て、一族の戦士たちは皆、希望と勇気を得るんだ」


 それはプリシラにも想像がついた。

 もし母と一緒に戦場に立ったとして、母が先頭に立って剣を振るっている姿を見れば安心するし、自分もやるぞという勇気がいてくるだろう。


「そう考えるとどんな戦いでも絶対に負けるわけにはいかない。そういう時にアタシ自身も勇気がいてくる。皆のために勝つんだという勇気がな」


 そう言うとブリジットはプリシラの肩に優しく手を置き、娘の目をじっと見つめて言った。


「プリシラ。おまえはアタシの娘だ。きっといつかアタシの気持ちが分かるようになるさ。女王の血とたましいを受け継いでいるんだからな」


 その時のプリシラには母の話のすべてを理解できたわけではなかったが、自分の母が堂々とした女王であることを何よりも誇らしく感じたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「あきらめないで! 生きることも……分かり合うことも……あきらめたら何もかも終わりよ! アタシの目の前で……絶対にこんな悲しい結末は許さない!」


 りんとしたプリシラの声が響き渡る。

 剣と剣が押し合っていた。

 片や復讐ふくしゅうの刃であり、片やそれを許さぬ刃だ。

 実の妹に斬りかかられ、それをめいが止めてくれた格好だった。

 クローディアはそんな事態を目の前に思わず声を上げる。


「プ、プリシラ! 危険よ! 今のチェルシーはあなたでは止められない!」


 だがプリシラはチェルシーの強い力に耐えながら一歩も引かない。

 その両目は勇敢に見開かれ、その口は強い意思を表して真一文字に引き結ばれていた。


「クローディア……妹と戦うなんて辛いわよね。アタシもさっきエミルと戦う羽目になったから良く分かる。こんなことは……誰が何と言おうと間違っているのよ!」

「プリシラ……」


 有無を言わせぬプリシラの強い口調に彼女の覚悟を見て取り、思わずクローディアは言葉を失った。

 一方のチェルシーは苛立いらだちもあらわに怒声どせいを響かせる。


「プリシラ……あなたはいつもいつも邪魔ばかり……いい加減にして! これはワタシと姉様の問題よ!」

「いい加減にするのはあなたの方だわ! クローディアはアタシにとって大事な人なの! あなたの勝手な復讐ふくしゅうの犠牲になんてさせない!」


 プリシラは決然とそう叫んでチェルシーの刃を押し返す。

 彼女は体の芯が熱く燃えるような感覚を覚えていた。

 そんな感覚は初めてのことだった。

 今、プリシラを突き動かしているのはチェルシーへの怒りでも、戦いへのたかぶりでもない。

 もっと別の気高くて大きな意思だ。


(クローディアが悲しんでいる。やっと妹と会えたのに……こんな残酷な戦いをしなければならないなんて……)


 今こそ自分が刃を振るう時なのだとプリシラは強く感じていた。

 自分が負ければクローディアを救えない。 

 母であるブリジットがかつて話していたことを思い返す。


(大事な人をこの手で守る。アタシは……そういう女王になるんだ!)


 絶対にチェルシーをクローディアに近付けさせない。

 プリシラは気迫のこもった剣でチェルシーを押し返す。


「チェルシー! クローディアはね、女王の責任を果たすために王国から離脱したの! 妹のあなたや母君ははぎみを置いていくのは身を切り裂かれるような辛い気持ちだったはずよ! それでもクローディアは女王なの! 民を導く立場なの! 自分の気持ちより一族の幸福を優先したのよ! 今のあなたならそれが分かるはずよ!」

「くっ……分かったようなことを!」


 チェルシーは歯を食いしばり、目をいてプリシラの剣を押し返そうとする。

 だが以前までなら圧倒できていたはずのプリシラを押し込むことが出来ない。

 プリシラの底力にチェルシーは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


「チェルシー! あなたは自分のことばかりなのよ!」

「な、何ですって!」

「あなたがさびしい思いや悲しい思いをしたことは事実でも、それで他者をしいたげていい理由にはならない! 自分のことしか考えていないあなたは周囲を不幸にしても復讐ふくしゅうげようとしている。そんなのは……いじけた子供のすることよ!」


 プリシラの言葉にチェルシーは怒りで肩を震わせる。


「だ、だまりなさい!」

だまっていられないわ! いい加減に大人になりなさい! そんなことも分からない人は……こうしてやる!」


 プリシラは思い切り剣を押し込むと、至近距離からチェルシーの頭に頭突きを浴びせた。

 ゴツッというかたい衝撃にチェルシーはたまらずにのける。

 プリシラ自身も頭が痛んだが、それでも構わずに二度三度と頭突きを繰り返す。


「この分からず屋! どうしてクローディアの気持ちを少しでも考えないの! どうして自分ばっかり辛いと思うの!」

「ぐっ……調子に乗らないでよ!」


 チェルシーは怒気どきを爆発させてプリシラの腹に膝蹴ひざりを突き刺す。

 たまらずにプリシラは後方に吹き飛んだ。


「ごはっ!」

「ワタシの復讐ふくしゅうを止めたければ力づくで止めてみなさい!」


 チェルシーは渾身こんしんの力を込めて剣を最上段から振り下ろす。

 だがプリシラも負けじと腰を落として踏ん張り、剣を下から振り上げる。

 けたたましい金属音が響き渡り、猛烈な衝撃が両者の全身を襲った。


「くうっ!」

「ううっ!」


 そこからはたがいに意地の張り合いだった。

 あらしのように激しく剣がぶつかり合う。

 刃こぼれするのも構わずに両者は高速で剣をぶつけ合った。


「はぁぁぁぁぁっ!」

「おおおおおおっ!」


 プリシラもチェルシーもどちらも一歩も引かない。

 たがいに歯を食いしばり、鬼気迫る表情で剣を打ち合う。

 

「チェルシー! これ以上……これ以上誰も傷付けさせない!」

「プリシラ! あなたにワタシを止めることなんて出来やしない!」


 たがいに至近距離で剣を打ち合うため、刃が時折2人の肌を傷つける。

 プリシラもチェルシーも体のあちこちに切り傷を作っていた。

 互角ごかくに見える戦いだが……次第にチェルシーがプリシラを押していた。

 やはり戦士として一日の長はチェルシーにある。

 2人の戦場経験の差が徐々に形成を決定付けていく。


「フンッ!」


 チェルシーの渾身こんしんの一撃をプリシラは懸命けんめいに受け止める。

 だが……ギンッというにぶい音が響き渡り……プリシラの剣が刀身のなかばから真っ二つにへし折れてしまったのだ。

 思わずプリシラは愕然がくぜんと声を上げる。


「あっ……」

「これで終わりよ! プリシラ!」


 チェルシーが横一線にぎ払った剣は……プリシラの首を目掛けて吸い込まれていくのだった。

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