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第318話 『復讐の鬼』

「はああああっ!」

「くっ!」


 チェルシーの連続攻撃が続き、クローディアはその苛烈な攻撃を必死に受け止める。

 しかし一撃受けるたびに銃撃で負傷した脇腹の傷が激しく痛むようで、クローディアは顔をしかめていた。

 チェルシーは一向に手をゆるめることなく攻撃を続ける。

 その胸の内に燃え上がる復讐ふくしゅうの炎は彼女自身もおどろくほど激しいものだった。


 幼い頃に感じたさびしさ、悲しみがまりまって強いうらみの燃料となり、その炎を燃やし続ける。

 クローディア本人を目の前にすれば親愛の情などがいてきて、うらみを忘れてしまうのではないかとチェルシーは危惧きぐしていた。

 だが今、彼女の胸の内からき上がるのは「憎い相手を今こそ殺せ」という怨嗟えんさの声だ。

 チェルシーはその声に従って攻撃を加える。


 クローディアが苦しげな顔を見せるたびに、心の中の満たされなかった自分が歓喜の声を上げるのだ。

 ざまあみろと。

 いい気味だと。

 この無念を晴らすためにここまで生きてきたのだ。

 それをどうして止められようか。


 チェルシーは怒りのままに剣を振るった。

 心の奥底でざわつく別の感情にふたをするように。

 チェルシーは今、自分がどのような顔をしているのか分からなかった。


 復讐ふくしゅうを果たせると笑っているのかも知れない。

 だが……実際の彼女の顔は強張こわばっていて複雑な感情にいろどられていたのだ。

 怒りとうらみをぶつける声にかき消されてはいたが、彼女の心の奥底では別の自分がずっと問いかけ続けてくる。


(本当に……本当にこれでいいの?)


 絶対に果たすべき復讐ふくしゅうに身を投じながらも、自分は取り返しのつかないことをしようとしているのではないかという、わずかな迷いが消えずに胸の奥でくすぶっている。

 それを押さえ込むようにチェルシーは自身を鼓舞こぶした。


(これで……これでいい! これを果たさねば、ここまで生きてきた意味はない! ワタシのうらみをもっと知れ! クローディア!)


 感情的に振るう剣は勢いこそあるが、チェルシー本来の緻密ちみつな剣筋を微妙に狂わせている。

 それでも若いチェルシーの連続攻撃はクローディアを疲弊ひへいさせていた。

 それがチェルシーの復讐ふくしゅう心をより一層加速させる。

 だからこそチェルシーは気付かなかったのだ。

 防戦一方のクローディアの目に、すきねらう鋭い光が宿っていることに。


☆☆☆☆☆☆


「はあっ!」

「くうっ!」


 クローディアは苛烈なチェルシーの攻撃に耐えながら一瞬のすきねらっていた。

 チェルシーは攻撃を繰り出すたびに動きが大きくなっている。

 感情がたかぶっているのだろう。

 言い換えればわずかずつだが攻撃が雑になっているのだ。


 だが一瞬のすきを突くならこれ以上ない好機を待つことが重要だった。

 今のクローディアは手負いであり、チェルシーを制圧するのも命がけなのだ。

 ひとつ間違えれば自身の死に直結する。


(もう少し……もう少し耐えるのよ)


 クローディアはチェルシーの剣を押し返しながら感情をほとばしらせて声を上げる。


「ワタシも……ワタシも出来ることならあなたと暮らしたかった! こんなふうに争いたくなんてなかった! でも……ワタシの力不足なの。ごめんなさい。チェルシー。どんなに謝っても謝り切れない」


 クローディアは本音を吐露とろする。

 苦しい胸の内から自然にあふれ出た声だ。

 だがチェルシーはより怒りを増幅させて声を荒げる。


「謝罪なんて今さら何の意味はないわ! 聞きたくもないのよ!」


 チェルシーは怒りを吐き捨てて鋭く2連撃を繰り出した。

 それを剣で受けたクローディアは勢いに負けて後方にのける。

 それを見たチェルシーは一気に3撃目となる突きを繰り出した。


「終わりよ!」


 だがその動作がいつもより大きなことをクローディアは見逃さない。

 剣を縦にしてその腹でチェルシーの突きを受け流す際、少しだけひじで剣の腹を押してチェルシーの剣を外側に跳ねさせたのだ。

 これにより剣を握るチェルシーの右手がわずかに外側に開いた。


 全てはほんの一瞬の出来事だ。

 クローディアは剣を捨てて一気にチェルシーのふところ深くに踏み込むと、その腕をつかんで体当たりを浴びせるように組み付いた。

 弾みでチェルシーも剣を落としてしまう。


「くっ! 何を……」


 クローディアを振り払おうとするチェルシーだが、クローディアはたくみな体さばきでチェルシーを自由にさせない。

 クローディアとチェルシーはほぼ同じくらいの体格であり、組み付かれると若いチェルシーも簡単には振りほどけなかった。

 しかもクローディアは左手でチェルシーの右腕をガッチリつかんでその自由を封じている。


 そしてクローディアはそのままチェルシーに足をかけて床に押し倒した。

 2人は組み合ったまま床に倒れ込む。

 クローディアは体重をかけてチェルシーを押さえ込んだ。


「チェルシー。一度戦いを止めてちょうだい。ショーナを今すぐ治療しないと死んでしまうわ。彼女を手当てしたらその後、もう一度1対1であなたと戦うわ。お願いよ」


 クローディアの言葉にチェルシーはしばしだまり込む。

 だがすぐに嘲笑あざわらうような声をその口かららした。


「ふふ……ふふふふ。姉様はやはり分かっていない。ワタシは……復讐ふくしゅうのためにこの国の将軍となり、戦場に立って多くの人間を斬ってきた。全てはあなたの住む共和国に攻め込むためよ。もう忘れた? あなたの大事な部下であるジリアンとリビーをワタシが斬り殺したことを」

「あなた……」

「ショーナが死ぬ? それは悲しいことだわ。だけど仕方ないじゃない。ワタシは復讐ふくしゅうのために他者をしいたげてきた。ワタシだけが大事なものを失わずに済むなどと虫のいいことは考えていないわ。それがワタシの選んだ道よ!」

「馬鹿なことを……ぐっ!」


 クローディアは激痛に顔をゆがめた。

 チェルシーが自由な左手でクローディアの負傷した脇腹を強くつかんだのだ。

 銃弾が貫通したその負傷箇所(かしょ)には手拭てぬぐいをきつく巻いて止血をはかっているが、チェルシーに容赦ようしゃなくつかまれた手拭てぬぐいは、見る見るうちに赤く染まって血をしたたらせるようになった。  


「あなたの大事なものは全て壊す! 奪う! あなたがワタシから全てを奪ったように! 母様の痛みを……ワタシの痛みを思い知れ!」

「あああああっ!」


 クローディアはこらえ切れずに悲鳴を上げる。

 チェルシーの鬼気迫る表情にはすでに復讐ふくしゅうの鬼が宿っていた。 

 激痛でクローディアの体に力が入らなくなったのを見ると、チェルシーはものすごい力でクローディアを跳ねのけて起き上がる。

 そしてすぐ近くに落ちている剣を拾い上げた。


「まずいっ!」


 その様子を見たブライズがショーナの傷口を押さえたまま必死に口笛くちぶえを吹いた。

 残り少なくなった夜鷹よたかが次々と飛来してチェルシーに襲い掛かる。

 だがチェルシーは全く動じない。


「もう慣れたわ」


 風のように彼女が剣を振り回すたびに、切り刻まれた夜鷹よたかあわれな遺骸いがいが床に落ちる。

 そしてついに全ての夜鷹よたかが息絶え、チェルシーはクローディアに襲い掛かった。

 ブライズは思わずショーナの傷口から手を放して立ち上がるが、もう間に合わない。

 チェルシーが気合いを込めて上段から振り下ろした剣はクローディアの脳天に吸い込まれるように落ちていくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 体が動かない。

 痛みと疲労がクローディアの体を重くしていた。

 だが、何よりも彼女の体にのしかかっていたのは、チェルシーを復讐ふくしゅうの鬼に変えてしまったという自責の念だった。

 それゆえにクローディアは自分の脳天に剣が振り下ろされるのを見ても動くことが出来なかったのだ。


(ああ……ワタシはチェルシーに殺されるのね。でも……それが当然のむくいなのかもしれない)


 クローディアは見誤っていた。

 チェルシーのうらみがこれほど深く、憎しみがこれほど強いということを。

 どれだけ謝罪の言葉を重ねようと、どれだけ妹への愛情を伝えようと、凍りついたチェルシーの心を溶かすことは出来ないのだ。

 ならばもう自分に出来ることはチェルシーの仇敵きゅうてきとして、彼女に討たれることだけではないのか。

 そう思うとクローディアはもう動く気力を失っていた。


(イライアス。ヴァージル。ウェンディー。ごめんなさい。皆の元へ帰ることはもう出来ない。これでワタシは……)


 クローディアは甘んじてチェルシーの刃に討たれようと目を閉じた。 

 無念の思いを胸に抱いたまま。

 だが……響き渡ったのは金属がぶつかり合う音だった。

 

 ハッとしてクローディアが目を開ける。

 すると自分とチェルシーの間に割り込んで、振り下ろされる剣を自身の剣で受け止める者の姿があった。

 クローディアは思わず声をしぼり出す。


「プ……プリシラ」


 そう。

 そこにはチェルシーの剣を歯を食いしばって受け止めるプリシラの姿があった。

 プリシラは怒りに声を張り上げる。


「あきらめないで! 生きることも……分かり合うことも……あきらめたら何もかも終わりよ! アタシの目の前で……絶対にこんな悲しい結末は許さない!」


 プリシラのその声が……その背中が……一瞬だけ盟友であるブリジットの姿に重なる。

 クローディアは確かに感じたのだ。

 プリシラの姿に、その声に、その立ち振る舞いに、女王のたましいが宿っていることを。

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