第304話 『正念場』
「うう……」
ジュードは遠くから聞こえてくる激しい金属音に意識が呼び起こされるのを感じていた。
ハッとして目を開けると、夜空を篝火が赤く染めている。
しかし視界はぼやけており、今自分がどこで何をしているのか茫洋とした頭でジュードは考えた。
そんな彼の脳裏に金髪の少女の姿が浮かび上がる。
(そうだ……俺は……プリシラと一緒に……)
ジュードは身を起こす。
途端に頭が激しく痛み、彼は顔をしかめた。
異様な姿の巨漢が大砲を放ったところまでは覚えているが、その後の記憶がない。
自分の体を見るとどこにも大きな傷などはなく、骨も折れてはいないようだ。
体は動く。
頭部に痛みがあるということは、頭を打つなどしたのだろう。
そう思い、ジュードは慎重に首を傾ける。
すると……彼の視線の先では5人の若い赤毛の女たちが異様な姿の巨漢と戦っていた。
巨漢は先ほどプリシラと戦っていた男だ。
5人の女たちは見たことのない者たちだった。
しかし革鎧に身を包んだ彼女たちの身のこなしから、戦闘経験の豊富な者たちであるとジュードにはすぐに分かった。
「ダニアの戦士たちだ……プリシラはどうなったんだ?」
広場を見回すがプリシラの姿はどこにもない。
だが5人は恐らくプリシラの加勢に駆け付けてくれた者たちだろう。
彼女たちは巨漢の相手を引き受けて、エミルを救うべくプリシラを先に行かせたのかもしれない。
ジュードは立ち上がり、若き戦士らの戦いを見守る。
そして自分に今何が出来るのかを考え、黒髪術者の力で周囲を探った。
頭を打ったせいか、まだ思うように細やかな力の使い方は出来ないが、周囲から脅威が近付いて来る気配は無いことが分かった。
(せめて彼女たちの戦いの邪魔をしないよう、自分の身は自分で守ろう)
ジュードは少しでも安全な場所に向かうべく、塀に垂らされた鉤縄を伝って塀の上へと避難していくのだった。
☆☆☆☆☆☆
塀の上から黒髪の男が手を振っている。
いつの間にか目覚めて、塀の上に上ったようだ。
それを見たハリエットは斧を構えながら相棒のエリカに笑いかけた。
「彼、目が覚めたみたいよ。塀の上に避難してる。これで思う存分に戦えるわね」
「ええ。いい加減にこの男を倒さないと。5対1で負けるなんて赤っ恥もいいところだから」
エリカ、ハリエット、エステル、オリアーナの4人は四方からドロノキを取り囲む。
そして少し離れた場所ではネルが弓に矢を番えて狙いを定めている。
もう彼女の矢筒も矢は残っていない。
今、弓に番えているのが最後の1本だ。
オリアーナとエステル、エリカとハリエットで2人1組となって互いを守りながらどちらかが防御をし、どちらかが攻撃を繰り出していく。
しかしドロノキは自分の頭部が剥き出しとなっていることから、頭を中心に堅実な防御を見せた。
5人がかりでもドロノキの頭部に一撃を加えることが出来ない。
そしてドロノキの繰り出す鉄棍を受け止めるのは不可能で、避けるしかない。
エステルは頭を下げて必死にそれをかわしながら考えた。
(ドロノキの右手を封じられれば流れは一気にこちら側に傾く)
そう思ったエステルは覚悟を決めるとオリアーナにチラリと目を向けた。
後は頼むという意思を込めて。
それに気付いたオリアーナが止める前にエステルは両手の鉄棍を放り出してドロノキの右腕に飛び掛かってしがみつく。
驚いてエリカとハリエットが声を上げた。
「エステル!」
ドロノキは右腕にしがみつくエステルを振り払おうとした。
だがエステルは両手両足でその右腕に絡み付いて離れようとしない。
苛立ったドロノキは破壊された左腕でエステルを叩こうとする。
だが、そうはさせまいとエリカとハリエットは槍と斧でドロノキの左側を攻め立て、左腕を使わせないように封じ込んだ。
ドロノキは怒りのまま吠えて、右腕を高々と振り上げる。
「もぉぉぉぉぉ! おまえたち邪魔ぁぁぁぁ!」
右腕にしがみついているエステルをそのまま地面に叩きつけようとドロノキは腕を振り下ろした。
だがそこでドロノキは不意に動きを止める。
見るとエステルが短剣をドロノキの二の腕に突き刺していたのだ。
「いだぁぁぁぁぁい!」
勢いよく振り下ろした腕をドロノキが途中で止めたことと、短剣を刺すために片手を離したことが相まって、エステルは振り解かれて背中から地面に叩きつけられる。
「っはぁ……」
苦痛の声を漏らすエステルの腹をドロノキは右足で踏みつけて体重をかける。
「踏み潰してやるぅぅぅぅ!」
「うぐぐ……」
咄嗟に両腕を体の前で交差させ、エステルは胸と腹を守った。
それでも彼女は目を剥いて苦痛の声を漏らす。
そんな彼女を救おうとエリカが、ドロノキの右足に向けて槍で狙いをつけた。
しかしドロノキは右足1本でエステルの体に乗ると、左足を蹴り上げてエリカの槍を蹴り飛ばし、そのままエリカをも蹴り飛ばす。
「あぐっ!」
「エリカ!」
ハリエットはドロノキの左腕を封じるために斧による攻撃を止めることは出来ない。
そこでオリアーナが背後から短剣でドロノキの後頭部を狙った。
だが……ドロノキは半身で振り返ると自由になった右手をオリアーナに向ける。
途端に銃声が鳴り響き、オリアーナの胸に弾丸が直撃する。
弾丸はオリアーナの革鎧の胸当てを抉り、彼女は後方へ仰向きのまま倒れた。
それを見たドロノキが得意げに言う。
「えへへぇ。本当は1発だけ残っていたんだよねぇ」
「オ……オリアーナァァァ!」
ハリエットは叫び声を上げて目を剥いた。
弾切れのまま弾倉を交換できずにいたかと思っていたが、まだ弾切れはではなかったのだ。
ドノロキが意外に狡猾であることを知り、ハリエットは唇を噛んだ。
(ネルは……ネルは何やってんのよ!)
前方のネルに目をやると、彼女はまだ弓に矢を番えたまま動かない。
ハリエットは苛立ったが、ネルが矢を放てずにいるということは、おそらくまだドロノキに決定的な隙を見出せないのだと理解した。
隙があればネルがそれを見逃すはずがないのだから。
ハリエットは折れた肋骨の痛みで脂汗を額に浮かべながら、それでも斧を振るう。
ドロノキの左腕である大砲の残骸と斧がぶつかり合う度に、その衝撃であばらに激痛が走る。
皆が傷付いていた。
ドロノキに踏みつけられたまま苦しむエステル。
蹴り飛ばされて地面に倒れているエリカ。
そして……銃撃を受けてしまったオリアーナ。
ハリエットが無念の思いでそちらに目を向けた瞬間だった。
胸を撃たれて仰向けに倒されてしまったはずのオリアーナがいつの間にか起き上がり、ドロノキの背後に組み付いたのだ。
「オ、オリアーナ!」
「お、おまえ……死んだはず……」
ドロノキの動揺した声に、オリアーナは憤然と言葉を返す。
「アタシの仲間を……友を傷つける奴は……許さない!」
オリアーナが吠えた。
その顔が鬼の形相に歪み、彼女はその腕力で巨漢のドロノキを持ち上げようとする。
オリアーナの腕や足の筋肉がパンパンに膨れ上がった。
するとドロノキの足がわずかに宙に浮く。
「っはあっ……」
その隙にエステルはドロノキの足の下から抜け出した。
オリアーナはそのまま両腕を上方へとずらし、今度はその顔に両腕をかけて絞め上げる。
視界を塞がれたまま頬骨を万力のようなオリアーナの両腕で絞め上げられて、ドロノキは苦しげに暴れ狂った。
「放せぇぇぇぇぇ!」
だがオリアーナはどんなに振り回されても絶対にドロノキから離れない。
そして彼女はネルに目を向けると大きな声を上げた。
「ネル!」
声をかけられたネルはその額に玉のような汗を浮かべて集中していた。
「無茶を言いやがる。その状態で射ろってのかよ……下手すりゃてめえの頭をブチ抜いちまうことになるんだぞ。オリアーナ」
オリアーナに密着された状況で激しく暴れるドロノキの頭部を射る。
ネルの腕をもってしてもそれは至難の業だ。
誤って仲間を射殺してしまうかもしれないという重圧の中で、ネルはかつてないほど集中力を高めていた。
彼女の頭に浮かぶのはアーシュラの顔だ。
憎らしい隊長だったが、言っていることはいつも正しかった。
ここで仲間を救う一撃を放てなければ、アーシュラに鼻で笑われるだろう。
そう思ったネルだが、脳裏に浮かぶアーシュラは笑うどころか澄ました表情でただじっとネルを見据えていた。
まるでネルの命中を微塵も疑っていないという顔だ。
(ケッ。見透かしたようなその目がムカつくんだよ。頭に来るが、あんたの教えが正しかったことを……)
ネルは指先に全ての神経を集中させる。
そしてここだというタイミングで引き絞った弓弦を放した。
「証明してやるよ!」
ネルの放った執念の一矢は、戦場の熱気を切り裂いて飛ぶのだった。




