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第303話 『命を燃やせ』

「クソ野郎が。調子に乗っていられるのも今のうちだ」


 ネルは油壺あぶらつぼに残ったわずかな油をこそぎ取るようにして油紙に染み込ませ、それを矢に巻き付けた。

 そしてエステルが地面に残した篝火かがりびで着火し、火矢を弓につがえる。 

 前方では怪人ドロノキが首に巻き付いたオリアーナのむち手繰たぐり寄せ、そうはさせまいとオリアーナとエステルが2人がかりで必死に抵抗している。

 ネルは弓弦ゆんづるを引きしぼってねらいを定めた。


「燃やしてやるぜ。てめえの脳味噌のうみそまでなぁ。くたばりやがれ」


 ネルの放った火矢は夜のやみを切り裂く流星となり、一直線にドロノキの頭へと命中した。

 火矢のやじりが鉄仮面に当たって弾かれる。

 その瞬間、先ほどネルが浴びせた鉄仮面の油に引火して、一気に炎が巻き起こった。

 それは鉄仮面におおわれたドロノキの頭部を包み込む。


「……あ? あ……あぎゃあああああっ!」 


 夜空に噴き上がる炎と共にドロノキの悲鳴が響き渡った。

 会心の一撃にネルは握り拳を突き上げてえる。


「しゃあっ! ザマー見やがれ! そのまま灰になっちまいな!」

「ぎゃあああああっ! あづいぃぃぃぃぃぃ!」


 ドロノキは悲鳴を上げてその場にのたうち回る。

 鉄仮面が熱されてドロノキの顔を焼いていた。

 燃焼のせいで酸素が奪われて呼吸もままならない。

 ドロノキはたまらずに鉄仮面を脱ごうとするが、強固に結んであることがあだとなり簡単に脱ぐことは叶わなかった。

 地面の上をのたうち回りながらドノロキは頭を地面にこすりつけ、必死に炎を消そうとする。


「んぐあああああっ! あづいよぉぉぉぉ! ぐるじいよぉぉぉぉぉ!」


 そしてついにドロノキは鉄仮面を無理やり脱ぎ取って投げ捨てた。

 その頭部は無残に焼けげ、顔中に火傷やけどを負ってなお、ドロノキは立ち上がってくる。

 頭から白煙を立ち上らせながらドロノキは鉄棍てっこんを拾い上げ、怒りの声を上げた。


「お……お……おまえたちぃぃぃぃぃ! もう許さなぁぁぁぁぁい!」


 その執念しゅうねん形相ぎょうそうが相まってドロノキはまるで悪鬼のようだ。

 だが、これはすべてエステルの計算通りだった。

 ついにドロノキの頭部が露出したのだ。

 もうその頭を守るものは何も無い。

 エステルは叫ぶ。


「勝てます! もうドロノキは恐れるに足りません!」


 そう言うとエステルは2本の鉄棍てっこんを手にドロノキに向かっていく。

 オリアーナもむちを手放し、腰帯から短剣を引き抜くとドロノキに襲い掛かる。

 そしてネルも残り数本となった矢を矢筒から取り出して弓につがえた。 

 3人ともねらうはき出しの頭部だ。


「んぐぐぐぐ……俺は……負けない! 勝ってシャクナゲ様にご褒美ほうびもらう! 誰にもご褒美ほうび、邪魔させない!」


 ドロノキは真っ赤に焼けただれた顔を怒りの形相ぎょうそうに染め、向かってくる3人に応戦する。

 左腕の大砲は破壊され、右手の銃の弾丸は尽き、顔は焼かれて鉄仮面は奪われた。

 それでもドロノキはその体に刻まれた戦いの本能に従い、女たちを圧倒する。

 前後からエステルとオリアーナにはさまれて攻撃を受けながら、それらを右腕の鉄棍てっこんと左腕の大砲の残骸ざんがいで受け止める。

 さらにすきねらってネルが放った矢が頭部に接近しても、首を傾けてそれを避けてしまう。


「あ、あの男……見た目や振る舞いは狂人だけど、すごく繊細せんさいな戦闘技術がある」

「ええ。体力もあるししぶとい。悔しいけど、このままじゃ負ける」


 ネルたちの奮闘を見ながらそう言うのは、負傷中のエリカとハリエットだ。

 2人は倒れているジュードのそばで彼を守りながら仲間たちの戦いを見守っている。


「ねえ。エリカ」

「何よハリエット」


 そう言うエリカにハリエットは倒れているジュードを指差した。


「……彼、めちゃくちゃいい男なんだけど」

「……今言うこと?」

「見てよこの綺麗きれいな顔。彼女とかいるのかな?」

「知らないわよ」


 そう言い合いながら2人は立ち上がった。

 減らず口を叩きながらも2人ともにやるべきことは分かっているのだ。

 もしネルたち3人がドロノキに敗れたら、こうして2人でジュードを守っていても守り切ることは出来ないだろう。

 守るためには攻めるしかない。 


「こんないい男は守らなくちゃ」 

「プリシラから託された男だからね」

「未来の彼氏よ」

「……絶対彼女いると思う」


 ハリエットとエリカは各々の武器を手に、負傷箇所の痛みに歯を食いしばって耐えながらドロノキに向かっていく。

 どちらも死を覚悟しながら死を恐れていなかった。

 ダニアの女としての熱い血潮が彼女たちに告げているのだ。

 今こそ命を燃やして立ち向かう時だと。


 ☆☆☆☆☆☆


 金と銀の髪が篝火かがりびに照らし出されるやみの中で舞いおどる。

 激しく剣のぶつかり合うけたたましい金属音が響き渡っていた。


「はあっ!」

「ふっ!」  


 プリシラとチェルシーがたがいの剣をぶつけ合っている。

 不思議ふしぎなものでこの短期間の間に幾度いくども剣を交わし合った2人は、それぞれの剣技のくせや間合いを理解し合っていた。

 プリシラが自分より実力が上のチェルシーを相手に序盤は互角ごかくに打ち合うことが出来るのは、チェルシーの剣の呼吸に慣れてきたからだ。

 チェルシーから見れば皮肉なことに、自分との戦いがプリシラを大きく成長させていた。


(チェルシー様……)


 そんな2人の戦いを後方から見守るのは黒帯隊ダーク・ベルト隊長のショーナだ。

 彼女にとってプリシラの来訪は想定外だった。

 ここでチェルシーがプリシラを傷つけてしまえば、この後この場所を訪れる人物らが態度を硬化させるかもしれない。

 

 それはショーナにとってはまずい状況だった。

 また、可能性は低いことだがチェルシーがプリシラに敗れてしまうこともあり得る。

 それでもショーナには2人の戦いを止めるすべなどなく、来訪者の到着を今か今かと待ちび、黒髪術者ダークネスの力を強めて念を送るしかなかった。


【アーシュラさん。早く来て下さい。全てが手遅れになる前に】


 この時、ショーナはあせりから一つのあやまちを犯してしまっていた。

 強めた彼女の力を感じ取る者がいたのだ。

 その男は今、天空(ろう)へと向かっていた。


 ☆☆☆☆☆☆


「……これは」


 天空(ろう)に向けて階段を上るシャクナゲ一行の中で、ヴィンスは不意に足を止めた。

 階下から強い黒髪術者ダークネスの力を感じ取ったためだ。

 それは馴染なじみ深い上官の力だった。

 ヴィンスは直感的に行動を起こす。

 彼はエミルとヤブランを担ぐ部下たちに先に行くよう告げ、先頭のシャクナゲに声をかけた。


「シャクナゲ様。先に天空(ろう)へ。私は気になることがありますので」 

「何があったの?」

「ショーナ隊長が何やら不穏ふおんな動きをしております。それを見極めねば」


 そう言うとヴィンスはシャクナゲに一礼し、今来た道を引き返して階段を降りていった。

 彼の胸の内ではこれは大きな好機だと感じている。

 ショーナが何か良からぬことをたくらんでいるのは間違いない。

 それが何かをあばければ、ショーナを失脚に追い込むことが出来るかもしれない。

 そうなれば自分が黒帯隊ダーク・ベルトの隊長に昇格することになるのだ。


「シャクナゲ様がこのまま覇権はけんを握れば、黒帯隊ダーク・ベルト直轄ちょっかつ部隊にしていただける。そうなればこの俺の元に大きな権力が集中することになるのだ」


 ヴィンスは想像する。

 隊長となったおのれの姿を。

 そしてそんな自分にかしずく多くの部下たちの姿を。


「……そうだ。俺はこんな程度の身分で終わる男ではない。もっと力を得るべき男だ」


 そうつぶやくヴィンスの足取りが早くなる。

 その顔が野心に燃える。

 口のはしいびつり上がった。


「ショーナ。おろかな女め。貴様は俺が飛躍するための踏み台にしてやろう」


 ヴィンスは自身の接近を気付かれぬよう、黒髪術者ダークネスの力をせてバルコニーへと戻っていくのだった。

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