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第301話 『隠された思惑』

「ここです」


 アーシュラはクローディアとブライズを引き連れて王城の裏庭に当たる廃材置き場へと到着していた。

 そこには警備の兵が15名ほど見張りに付いていて3人とはち合わせをする。

 王国兵らはおどろきに一瞬動きを止めるが、その一瞬の間にクローディアとブライズは動いていた。


「はああああっ!」

「うおおおおっ!」


 クローディアの剣がひらめいて王国兵らの首を連続で飛ばし、ブライズの鉄棍てっこんかぶとごと王国兵の頭を叩きつぶす。

 2人はあっという間に15名もの敵兵を全滅させた。

 クローディアもブライズも共に30代であり全盛期は過ぎている。

 それでもなお並の兵士では相手にもならぬほど圧倒的だった。


「まだまだ現役でいけるな。ワタシたちも」


 ブライズは血に染まった鉄棍てっこんを肩に担ぐとニッと笑ってそう言った。

 そんな彼女に笑みを返すとクローディアはアーシュラに目を向ける。

 アーシュラは裏庭のすみに乱雑に散らばる廃棄済みの破損武器の山の中に、金属製の小箱を見つけた。

 先ほど黒髪術者ダークネスの力を通じて黒帯隊ダーク・ベルト隊長のショーナから聞いた通りの場所にそれは置かれていた。


 アーシュラは黒髪術者ダークネスの力で箱の内部を探る。

 そこに悪意のようなものは感じない。

 どうやらわなのような仕掛けはないようだ。

 しかしその箱には開けられないようにかぎがかけられている。


「手が込んでいますね」


 アーシュラは2本の針金を腰袋こしぶくろの中から取り出すと、それを鍵穴かぎあなに差し込んでいとも容易たやすく開けてしまう。

 小箱の中には……一通の手紙があった。

 その表紙には【誇り高き銀の女王殿】と記されており、クローディアにてた手紙であることを示している。

 その差出人がショーナであることは疑いようもない。

 

 アーシュラはその手紙を手に取ると中身を感じ取る。

 やはり悪意は感じられない。

 ニオイをいでみたが、毒物のような香りはしなかった。

 アーシュラは了承を得るようにクローディアに目を向けると、クローディアは静かにうなづく。 

 

 それを見たアーシュラは手紙を開封し、中の便箋びんせんを取り出した。

 そしてその内容に目を通す。

 思わずアーシュラは目を見開いた。

 そしてそれをクローディアに手渡す。

 クローディアもすぐにその内容に目を通した。


「……ショーナはチェルシーを思って危険を承知でここまでしてくれたのね」


 クローディアは感慨深げにそう言い、ブライズにも手紙を渡した。

 ショーナがしていることがジャイルズ王に露見すれば、彼女は反逆罪でしばり首になるだろう。

 クローディアの記憶の中のショーナはおとなしくひかえ目な印象だった。

 その彼女がこれほど大胆なことを企画していたのは、チェルシーを大事に思うからこそだとクローディアはヒシヒシと感じ取れる。


「危険なけだけれど……それでもうまくいった時の成果ははかり知れないほど大きいわよ。これは」


 ショーナの計画が上手くいけば、この局面を乗り切れるだけでなく王国の戦争そのものを止められるかもしれない。

 クローディアのふところには切り札となるイライアス大統領の書状と東側諸国連合からの通達書があるからだ。

 ショーナの計画と合わせれば、それはジャイルズ王の戦争続行を困難なものにするだろう。

 クローディアは決然と言った。


「先を急ぎましょう。案内してアーシュラ」


 クローディアの言葉にアーシュラはうなづき、感覚をませる。

 だが駆け出す前にアーシュラはショーナから届いたばかりの意思に思わず顔色を変えた。

 そして切迫した表情でクローディアに目を向ける。


「クローディア。プリシラ様が……王城内でチェルシー将軍と交戦中です」


 その言葉にクローディアは見る見る内にその顔を青ざめさせる。

 そのとなりではブライズも目をいていた。


「プリシラの奴、本当に王城に辿たどり着いていたとはな」

「プリシラが……アーシュラ。急いで行かないと!」


 自分のめいと妹が刃を向け合うというその恐ろしい事態が再び起きてしまった。

 その深刻な事態に表情を強張こわばらせるクローディアとブライズを先導し、アーシュラは駆け出すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「決〜めた。このデカい女から殺そうっと。こいつ俺をむちで叩いた嫌な奴だし。どこからつぶそうかな〜。腕かな。足かな」


 楽しげにそう言いながらドロノキは倒れたまま気絶しているオリアーナに向かっていく。

 エリカもハリエットも負傷してすぐに立ち上がることが出来ない。

 だが、それに待ったをかけたのはネルだ。


「待ちな! デカブツ!」


 ネルは弓に矢をつがえたままドロノキへ向かっていく。

 弓兵にあるまじき接近戦を挑もうとしているのだ。

 そんなネルの姿を見てエステルは、アーシュラの指揮下しきかけものたちと戦った山での出来事を思い返す。


 あの時、調子をくずしていたネルは弓矢をうまく操ることが出来ず、なかばヤケクソになって自ら敵に近付いていった。

 だが今は状況が異なる。

 ネルの弓の腕は以前にも増して冴え渡っている。

 わざわざ近付かなくとも、十分に敵を矢で射ることが出来る。

 だが今、ネルは仲間たちを助けるためにえて危険をおかそうとしているのだ。


(あのネルが仲間のために体を張っている。アタシも……この状況を切り抜ける方法を考えなければ)


 エステルはドロノキの仮面をどう外すかを考える。

 オリアーナのむちで激しく撃たれても鉄仮面は外れるきざしすら見せなかった。

 恐らくかなりしっかりと留め具で固定して被っているのだろう。


(仮にあの男に近付いて手で鉄仮面を外せる機会があるとしても一瞬だろう。でも、本当にその一瞬で外せるだろうか……)


 しかしそれはあまりにも危険なけだとエステルは自戒じかいする。

 先ほどからの動きを見てもドロノキはオリアーナ以上の怪力を誇り、そんな相手に捕まってしまえば逃れるすべはない。

 そのまま首をひねられて殺されてしまいかねないだろう。

 エステルの見つめる先ではネルがドロノキの周囲を駆け回り、その注意を引き付けていた。


 ドロノキは苛立いらだって鉄棍てっこんを振り回しながらネルを追っている。

 ネルは身軽にそれをかわし続けるが、いつまでしのげるかは分からない。

 その様子を見守る内にエステルはドロノキが大汗をかいていることに気が付いた。


「あれだけ着込んで動き回ればそれは暑くなるか……暑く……」


 そこでエステルはハッとして思考をめぐらせる。


(そうだ……鉄仮面をぎ取れないなら、自分から脱ぐように仕向ければいい。火だ。火が欲しい)


 エステルは頭上を見上げる。

 広場の四方を囲む塀の上の通路には、数多くの篝火かがりびかれている。

 その火を手に入れるために塀の上に上がることは難しくない。

 しかし気絶しているジュードを少しの間、1人で残すことになる。


 万が一ドロノキにそこをねらわれたらジュードは一巻の終わりだ。

 プリシラから託されたこの男をみすみす死なせるわけにはいかない。

 エステルは状況を打開するために大きな声を上げた。


「エリカ! ハリエット! 立って下さい! オリアーナを抱えてこちらへ!」


 エステルの必死の叫びを受けてエリカとハリエットは懸命に立ち上がる。

 どちらも苦痛に顔をしかめているその様子を見る限り、2人ともどこかしらの骨に損傷を抱えたのかもしれないとエステルは思った。

 痛みには強いはずの2人だからだ。

 それでもエリカもハリエットも共にオリアーナの元へ駆け付け、気絶して横たわる大柄おおがらなオリアーナを2人がかりで抱え起こす。


 オリアーナはひたいが割れてその顔を血で染めていた。

 鼻は折れていないようだが、脳震盪のうしんとうを起こしているのかもしれない。

 ハリエットはその足の運び方から見るに、恐らく左の肋骨ろっこつが折れているのだろう。

 エリカは大盾おおたてに激しい打撃を受けた衝撃で、左腕が動かせなくなっている。

 恐らく彼女も腕の骨に異常をきたしているのだろう。


 3人ともドロノキの攻撃で負傷したのだ。

 今は1人でネルが戦っているが、彼女も一撃でも浴びれば負傷して一気に形勢は苦しくなるだろう。

 この5人の中では最も身のこなしが軽くすばやいネルだが、いつまでドロノキの攻撃を避け続けられるか分からない。

 ドロノキは精力的に動き続けているが、まったく疲れた様子を見せない。

 体力も相当なものなのだ。


(プリシラを苦戦させただけあって、とんでもない力量の持ち主だ。銃火器を使える状態だったら、アタシたちはとっくに全滅していただろう。だけど……人間である以上、必ず弱点がある。そこを突いて勝つ)


 エリカとハリエットがオリアーナを抱えてすぐそばまで退避してくるとエステルは彼女たちに言った。


「エリカ。ハリエット。アタシに考えがあります。少しの間、このジュードさんを守ってあげてくれますか」


 その言葉にエリカとハリエットは顔を見合わせるが、すぐに快諾かいだくした。

 

「エステルの考えなら乗るよ。アタシたち」

「エステルはアタシたちの頭脳だから。信頼してるわ」


 2人の言葉にエステルは思わず心が震えるのを感じ、嬉しさを抑えてうなづく。

 そして腰に巻いてある鉤縄かぎなわを解くと、それを鋭く頭上で回転させて塀の上に投げた。

 鉤縄かぎなわは塀のへりに引っかかる。

 なわを引っ張りしっかりと固定されていることを確認すると、エステルは両手に手袋をしてなわ手繰たぐり寄せながら、かべをすばやく昇っていくのだった。

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