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第300話 『姉妹のように』

「ショーナ。姿が見えないから退避したのかと思っていたけれど……黒帯隊ダーク・ベルトのほうはどうなっているの?」


 チェルシーはいつものように落ち着いた表情でショーナにそうたずねる。

 王城の3階に位置する大バルコニーで待機するチェルシーの元に、黒帯隊ダーク・ベルト隊長であるショーナが姿を現した。

 この王国でチェルシーが最も気の置けない姉のような存在のショーナは、その顔に決意を秘めていることが一目で分かる表情をしている。


黒帯隊ダーク・ベルトの半数は北の港へ派遣しております。残り半分は今、城内各所に配置されているところです」

「そう。で、あなたは何をしにここへ?」

「チェルシー様の助けになるために。これまで私はいつでもそうしてきましたよ」

「……そうだったわね」


 そう言うとチェルシーはため息をつく。


「母様がこの国に頼らざるを得なかったのは一族を守るため。ワタシを産んだのも王家との結び付きを強くするため。そうした母様の思いと苦労を全て無駄むだにしたのは姉様……いえ、クローディアよ」

「……それは確かに否定できない側面です。しかし……あのままクローディアが王国に残っていたとしたら、今頃は王陛下(へいか)の命令に従い、この戦争の矢面やおもてに立って戦っていたことになりますね。私にはそれが想像できません」


 ショーナの言葉にチェルシーはまゆをひそめる。


「何が言いたいの?」

「今あなたが感じている、この王国のための戦争へのむなしさを、クローディアも同じように感じたのだろうな、ということです」


 チェルシーはハッとして、それからショーナを軽くにらんだ。


「心を読んだの?」

「心など読まなくてもそのお顔を見れば分かります。私はあなたが赤ん坊の頃からおそばにいるのですから。おそらくクローディアがここにいたら、今のあなたと同じような顔をされていたことでしょう。一族を王国の尖兵せんぺいとしてこき使われ、戦争になれば一番に駆り出される。私も黒帯隊ダーク・ベルトを預かる身ですから、そのむなしさは分かるつもりです」


 王国はかつては赤毛の女たちを、今は黒髪の者たちや白髪の者たちを戦争の道具として使っている。

 使われる者たちはそれなりの待遇たいぐうは受けるが、その職を辞することは許されない。

 王国のためにその身が動く限り時間と労力をささげなければならないのだ。

 それは……むなしい人生に他ならない。


「クローディアがしたことの是非ぜひを今さら議論するつもりはありません。ですが……遅かれ早かれクローディアは国を出ていたと思います。もし……その時期が遅ければ、おそらくあなたを連れて行かれたことでしょう。幼かったあなたはそれを幾度いくども想像したのではありませんか? ですが……それももう昔の話。今のあなたは1人の大人です」


 ショーナの話にチェルシーは感情的に声をらす。


「ワタシのうらみは子供じみている。大人なのだからそんな昔のことは忘れろ。そう言いたいの? ショーナ」

「いいえ。人として当然の感情です。子供も大人もありません。ですが……もうそのうらみからご自身を解放される時が来たのではありませんか?」


 チェルシーは怒りの視線をショーナに向ける。

 だがショーナは目をらさずにその怒りを真正面から受け止めた。

 ショーナ自身にも罪の意識があるのだ。

 この年になるまでチェルシーの怒りやうらみをやわらげるために自分は全力を尽くしてきたのか?

 答えはいなだ。


 姉代わりとしてチェルシーをさとすのが自分の役目であったのに、それをしてこなかった。

 ショーナ自身も先代を失って傷付き、王国の強大さの前におのれの運命をあきらめてきたからだ。

 たとえ衝突したとしてもきちんと向き合うべきだった。

 本当の姉妹のように。


(私は今、そのツケを払う時が来ているんだ)


 ショーナはとうに心を決めている。   


「クローディアはあなたにとって血を分けた唯一の姉です。娘たちが殺し合うことになる、そんなあなたの復讐ふくしゅうを先代が望まれると思いますか?」

「ショーナ……だまりなさい」

「クローディアにも夫や子がいるのです。あなたが復讐ふくしゅうを果たすということは、彼らから妻や母を奪うことになるのです。彼らがあなたにうらまれるようなことを何かしましたか?」  

「……だまりなさい」

「クローディアの子供らを母のいない子供にすることがあなたの望みなのですか? 彼らが自分のように母のいない子供になれば満足なのですか?」

だまりなさい!」


 チェルシーはとうとう我慢がまんできずに声を荒げた。

 しかしその顔には怒りよりも動揺どうようのほうが色濃くにじんでいる。

 そして彼女は肩と声を震わせて言った。


「ショーナ。ずっと私を見てきて、私がどんな思いで生きてきたか知りながら、それを言うの?」

「……本来であればこんな話はもっと前にすべきだったんです。あなたときちんとぶつかり合うことを避けてきた私の責任です」


 そう言うとショーナは静かにチェルシーの目を見つめた。


「だから私は私に出来ることをしようと思い、そのために動いてきました。今日……あなたがちゃんと自身の過去と向き合えるように。チェルシー様」

「……一体何をしようとしているの? ショーナ。あなた……」


 だがそこでチェルシーは口を閉ざした。

 ショーナの肩越しに見える後方に良く知る人物がバルコニーに乗り込んで来たからだ。

 それは金色の髪の少女だった。

 その少女の姿を目にしたチェルシーは軽く感嘆かんたんを覚える。

 そしてショーナの肩に手を置いた。


「ショーナ。下がっていなさい。話をしている場合ではなくなったわ」


 そう言うチェルシーの視線の先では金髪の少女がこちらに気付いて足を止めた。


「チェルシー! エミルを取り返しにきたわよ!」


 そう言ってさやから剣を抜き放ったのはダニアの女王ブリジットの娘、プリシラだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ドロノキとの戦いを代わりに引き受けてくれた仲間たちに送り出され、プリシラはひたすらに走り続けた。

 エミルを抱えた男たちやシャクナゲがどこに向かったのかは分からない。

 それでもプリシラは一番大きな廊下ろうかを選んで走り続けた。

 途中で出くわした兵士たちは容赦ようしゃなく斬り捨てる。

 そうしてしばらく進み続けると廊下ろうかの突き当たりが大きく開けていて、その先に大きなバルコニーが広がっていた。


(ここにも兵士が大勢いるかもしれない)


 プリシラは警戒しつつバルコニーに出て、大きく目を見開いた。

 バルコニーにいたのはたった2人。

 黒髪の女と……銀髪の女だった。

 その顔を忘れるはずもない。

 プリシラは考えるよりも先に叫んでいた。


「チェルシー! エミルを返してもらいに来たわよ!」


 そう言うとプリシラは足早にチェルシーに詰め寄った。

 チェルシーは剣を握ったままプリシラを迎え撃つ。

 黒髪の女は戸惑いの表情を浮かべて後方に下がっていった。

 プリシラとチェルシーは数メートルの距離をはさんで対峙たいじする。


おどろいたわ。プリシラ。こんなところまで乗り込んでくるなんて。あなたの執念しゅうねんには敬意を払わないとね」

「敬意なんていらない。エミルを返して」


 そう言ってプリシラはチェルシーを鋭くにらみつける。

 すぐにでも剣の切っ先をチェルシーの首元に突きつけられるほどの殺気を放って。

 だがチェルシーは泰然たいぜんとして言った。


「エミルなら先ほどここを通って天空(ろう)に連れて行かれたわよ。見えるでしょ? ワタシの後ろの建物が」


 プリシラはわずかに視線をずらしてチェルシーの後方の建物を見た。

 それからチェルシーの言葉をいぶかしむようにその眉根まゆねを寄せた。

 そんなプリシラの表情にチェルシーは肩をすくめて見せる。


「このおよんでうそなんてつかないわよ。ここまで弟を取り戻しに来た健気けなげな姉に対して失礼だもの。でも……ここを通りたければ実力で押し通りなさい」


 そう言うとチェルシーは右手に握った剣を上段に構えたまま、プリシラと対峙たいじする。

 ここまでの3度に渡る戦いのたびにプリシラはチェルシーとの実力の差を徐々に縮めてきた。

 自分よりも強い相手との戦いはプリシラに急成長をうながしたのだ。

 プリシラは剣を下段に構えて呼吸を整えながら、チェルシーとの間合いを測る。


「チェルシー。あなたを倒さなければ進めないのなら……あなたを倒す!」

「プリシラ。もうあなたを子供とも未熟な相手とも思わないわ。ワタシにとって最大の敵と思って……あなたを倒す!」


 そうえるとチェルシーは一足飛びに間合いを詰め、プリシラの頭上から剣を振り下ろす。

 プリシラも下段から剣を鋭く振り上げた。

 鋭い金属音が大バルコニーに響き渡る。

 ここまで数え切れないほど交えてきた2人の剣がここでまたぶつかり合うのだった。

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