イケメンはごめんなさい!!8
ネル君から任された"修練場の除草作業"は順調に進み今日で5日目になる。内容としてはシンプルな草むしりと備品の交換等であった。
「セナ様、これが終わったら休憩にしましょう。僕メイドさん達にお茶の用意たのんで来ますね」
「うん、わかった」
走り去るアヴィ君の後ろ姿はまるで子犬の様に見えるのが不思議だ。
「さて、これでさ〜いごっと!」
セナが最後の一振りを振り下ろせば、ザクッと草の切れる良い音が広い修練場に響いた。
一口サイズのサンドイッチを頬張りながらセナは。
「はぁぁ〜今日もおやつが美味しい♡」
今日の午後のお茶タイムに出て来たのは具材たっぷりのサンドイッチ。最初はちょっとしたお菓子だったけど、私もアヴィ君も夕飯までお腹の虫が我慢出来ずこっそり使用人様の台所でご飯を食べていたのをネル君に見つかってから、午後のティータイムもしっかりとした軽食が用意されるようになった。
「はい!セナ様のお陰で僕も夕食までフル稼働ではたらきますね」
アヴィ君はそう言うと残りのサンドイッチに手を伸ばし口に放り込み美味しそうに咀嚼していく。私は少しだけ温くなってしまった紅茶に口をつけ綺麗になった修練場を見渡した。
綺麗になったと言ってもそこまで汚れていたり壊れていたわけでもない。長い事使っていなかった場所を使える様に綺麗にしたと言った方がいいかもしれない。修練場は実は2カ所あり普段はもう一つの方を使っていたそうなのだがリアム様の指示でこっちの使用人屋敷のある方の修練場を使う事になり、急遽整備したと言うのが課外授業の事実なのだけど長いこと使ってなかったみたいで場内は草がボーボーだった。
この草が意外と私とアヴィ君を困らしてくれたのだが、本日やっと全部の工程が終わったのである。
初日の作業の時アヴィ君に私は魔法でちょちょいと作業出来ないのかと聞いてみた。普段、庭の水やりも魔法でしていたのを見ていたので何となく聞いてみたのだが。
『ここの修練場が壊れても良いのらな』
出来ない事はないが綺麗にするの結果が違ってしまう事になるので聞かなかったことにした。
それにしてもたった2人で良くやったなとしみじみと辺りを見回しているとアヴィ君が。
「……それ、気になるんですか?」
「えっ?」
私は"どれ?"と、言う顔で正面のアヴィ君を見た。
「コレですよコレ」
アヴィ君が自分の首元を指さす。
「あっ……」
私は言われた事に気付き少し困り顔をしてしまった。アヴィ君が指差した場所。私の首にはチョーカーが付けられている、細身の赤紫色をした帯にワンポイントの可愛いらしいリボン。よく見るとリボンの中央に白銀の石があしらわれたチョーカーだった。
保護契約の時、契約者はその相手に自分が契約者である証を刻む。刻むと言うより何か身につける物を持たせるらしい、例えば髪飾り、腕時計、ピアスetc。
私の場合はチョーカーだったと言うわけで、でも普段からネックレスもといピアスすらつけない私にとってチョーカーは中々に違和感が拭えない代物である。しかも取り外しは契約者本人しか出来ないときたら更に気になってしまうのは仕方がないと思う。
試しにハサミで試してみたがびくともしなかった……。
「う〜ん、なんか首元に何かがあるのに慣れないと言うか……違和感と言うか……取り外しが出来なくて余計気になって……」
「そっか、セナ様はコレがどんな御守りよりも凄いかまだ分からないんだね」
「御守り?」
「うん、とっても凄〜い世界最強の御守りだよ」
「??? ……世界最強?」
私はクエッションマークを頭の上に乗せて正面で最後の一口を美味しそうに食べるアヴィ君の顔をマジマジと見たのだが、それ以上の答えを聞けそうにないなと分かると温くなりすぎた紅茶を一気に流しこんだ。
***
「予定より、早く終わりましたね」
執務室に行くとネルがちょこんと席に着き、書類整理をしていた。
格好はいつものトラウザーズの執事服。きっちりと上から下まで長袖で背筋もピンと伸びてお手本の様な座り方に、見た目通りの年齢ではないんじゃないかと最近思っている。
「はい、思ったほど修練場内も劣化してなくて助かりました。ただ中が草原みたいなってたのには驚きましたが何より、セナ様が頑張ってくれたので」
アヴィ君はニコニコしながら書類整理をしているネルに報告する。
「えっ!そんな事ないよ、私なんてむしろアヴィ君の邪魔ばっかりしちゃって……」
そう最初、鎌で草が切れなくて悪戦苦闘していたのが懐かしい。
「いえいえ、セナ様は頑張っていました!」
2人のお互いを褒め称えあう話に発展しそうだったのをネルが遮る。
「はい!そこまで」
「「あっ…」」
2人は顔を見合わせて照れながらネルの方に顔を向ける。
「アヴィはこの後、第一修練場から必要な物の移動を頼みます、それと後ほど外からの荷物が届くのですが小鬼達がこちらまで運んでくれるそうなのでそちらも第二修練場内に運んでおいて下さい」
「了解で〜す、使用人何人か連れていっても大丈夫ですか?」
「ええ、今ほとんどの使用人達が温室の方に行ってしまってるので屋敷内にいる使用人を連れて行って下さい」
「それじゃお借りしてきます。じゃあね、セナ様」
「あっ、うん」
アヴィ君はそう言って執務室を出て行った。
「それでは、セナ様こちらへ」
ネルが指差す先は紙束が大量に積まれた机。執務室にはネルが座っているのともう一つ机が置かれていたのは入って直ぐにきづいていた。
(まさかの、まさか?じゃないよね?)
「ささ、セナ様座って下さい」
私はちょこんと座る。嫌な予感しかしませんけど。
「この書類の再確認だけお願いできますか?」
「再確認?」
「はい、数字があっているかだけお願いします」
ニコニコと笑うネルを横目にとりあえず一枚取って後悔した。
「ヴっ!?」
夥しい数字の呪文。
あぁ………切実に電卓が欲しいと思ったのは初めてかもしれない。
窓の外が暗くなり始めた頃。
「うっ〜………んっっっ」
大きく伸びをしながらこの数時間で悪くなった血流を流すように肩を揉む。
「お疲れ様ですセナ様。今日はここまでにしましょう」
「……お疲れ様です」
(今日はって事は明日もあるんだ……)
私がそんな事を考えていると扉をノックして入ってくる2人組がいた。年恰好は私より頭一つ分低くネル君よりは少し大きい。服装は2人とも同じ紺色のお祭りの時に着る法被の様な袖のない和風チックな制服を着ている。
身体つきや筋肉の付き方をみるに多分男の子の2人組だと思う。違いがあるとするなら顔には赤と青の鬼の仮面を付けていた。
(………仮面、この世界では普通なのかしら?)
「二人ともお疲れ様、運びこんだ物に問題はなかったようだね」
二人はコクリと頷く。
「それじゃ、温室の方の………」
ネル君が2人組に話ているのをなんとなく聴きながら窓の外に視線を向ければ、最後の太陽の光が深い森の向こう側へと消えていく。
光が消えた次は淡い光が森の向こう側から発光しだす。ネル君が言うには森の向こう側には王都があるらしい。
このお屋敷は結界で覆われていてその結界が蜃気楼みたいに揺らめきボヤっとしているのしか見た事がない、そもそもこの世界に落ちてきてからの生活圏がこのお屋敷の敷地内でしかなかった事を今更気づいた。
「………どんな所だろう?」
ボソッと言葉が溢れた。
「行ってみたいですか?」
溢れた言葉は拾われ、自分に向けて返ってきた。
「あっ、え〜と……」
周りを見ればいつの間にか鬼面の2人組は居なくなっている。
「一緒に行きますか?」
「えっ?でも、外は危険だからと……」
最初に目の前に居るネルファデスにそう教えられた。
「リアム様との契約も終わりましたので大丈夫でしょう。それに、こちらの世界で生活をするわけですから勉強を始める前に実際に自分の目で見て感じるのも必要でしょうし、そろそろ外に息抜きがてら行くのも良いと思いますよ?」
ネル君のその一言で明日は外に行く事が決まった。