イケメンはごめんなさい!!6
覆面メイドに連れられてこの世界の服である少し豪華なワンピース風の服に着替えさせられ、髪も軽く整える程度にし血色が良く見えるよう化粧もされたらあら不思議。
ちょっと良いとこのお嬢さんに出来上がり。
「このくらいで勘弁してください、ネル君」
私は上から下。下から上。ぐるりと自身の周りを険しい顔でチェックするネル君を謝罪の念を込めた瞳で見つめる。
「………まぁ、良いでしょう」
「本当?良かった」
私はホッと緊張を緩めた。
「あちらの服はまた次の機会の時にしましょう」
「えっ!?……私にはちょっと……無理が……」
セナはリアムとの対面で用意された服を見る。それはそれは大層ゴージャスでヒラヒラのフリフリな服だった。
まさかのコルセットが出てきた時はまだ良い、何となくこの世界での服装がヒラヒラ&フリフリの中世ヨーロッパ風だと言うのは予想はついていたので驚きはないけど……。
私の平凡な体にあのガッツリデコルテ部分が開いて、尚且つコルセットとバッスルのダブルコンボのドレスは無理。
せめてメイド服くらいの動きやすくギラギラしてない服でとお願いしたのは数十分前。
そしたら、どこかの商人のお嬢さん風で落ち着いたのは良かった。
「さて、準備も終わりましたしリアム様が書斎の方でお待ちです。行きましょうかセナ様」
ニッコリと少年らしい笑顔で笑うネル君に連れられいざ!イケメンボスの待つ部屋に!
***
最初は立ち入り禁止になってる森の見回りだった。
いつもなら騎士団が巡回するのだが、現在人員不足の為たまたま手が空いたリアムが見回りに出ていた。
それは突然だった。
何かが、侵入した形跡とむせかえるような甘い血の匂いが辺りを充満し空から何かが落ちてきた。
途中で止まる気配がない為、防御用の魔法陣を展開しスピードを緩めてやる。
「………人間?」
落ちてくるのは人間。近づいていくとその人間はクルリと回転し私の上に落ちてきたのだ。
少し、言葉を交わし。敵ではなくただの異世界人の変わった女だと認識した。
(……今、騎士団は人員不足で異世界人にまで手が回らないだろうから警ら隊に任せるか?だが、ここはまだ彼らも禁止区域になっているか……?さっきからするこの匂い血だけじゃ……)
「えつ!?有名人か何かなの!?……っ!」
立ち上がりかけた女は、正面から射す朝日で一瞬動きを止めると人の顔を凝視していた。
他人から見られる事には慣れている、自分の顔の造形も分かっている。
誰も彼もが、自分の顔に魅せられる様子を数え切れないくらいみてきた。
この女もきっとそうだ、頬を染め目を潤ませるに違いない。
けど、この女は
『見たくなかった』
そんな表情をして、倒れた。
朝靄の日差しの中見た女は酷い怪我をしていた、血の匂いがしていたので怪我をしている事には気づいていたがここまで酷いとは思ってはいなかったが切り傷と、何かに当たったのだろうか?腕の向きが少々おかしい。
いや、少々どころか普通の人間であれば随分おかしいのかもしれない。
「………」
この森は魔獣が住む。現に今も血の匂いに誘われて近くの茂みからこちらを伺い低い唸り声と滴る水滴の音が近づいてきている、そして魔獣の臭気も少しずつ濃くなっている。
「…………………」
ここは立ち入り禁止区域。
本来なら、異世界人もこの森には落ちてこないはずだが何かイレギュラーがあれば落ちないこともないがそれでも数年に一度くらいだ。それが今月に入り2度目。
(何かが起きている?………)
女をここに置いていけば魔獣達は喜ぶだろう。
人の肉、特に女の肉は柔らかくて程よく脂がのっている。もう少し甘味が欲しければ子供の肉が良い。こちらは、闇市で高値で取引されることもあるそうだ。
成人女性なら、骨と皮より少し肉があるほうが質としては良いのだとか誰かが言っていた気がする。
見たところ、魔獣達には質が良い肉に分類されるであろう。チラリと女が落ちてきた空へと視線を向けるが何もない。
「……少し、気になる事もあるし仕方がない、か」
血だらけで意識を失った女を抱き上げると、ため息混じりに森の奥へと歩き出した。
森は魔獣が住む。
魔獣達は肉を好む。
特に、女子供の肉。
新鮮であればある程魔獣達は喜び、興奮しもっと欲しくなる。
欲しくなったら狩れば良い。
新鮮な肉のある場所へと。
***
リアム邸は爵位の割には大きくない。二階建ての部屋数は8部屋とプラスαで、お屋敷の使用人達の寮と言うより別宅のお屋敷がもう1つ敷地内に建っている。
その他にも色々と細々した建物があるがそれはまた別の機会。
そんな広大な敷地面積を持つ、リアム様が公務から帰ってきたと知らせてを受けたのは少し前。ネル君からの話では2、3日での予定が何か王都の方で問題が発生し片付けるのに10日程。なんだかんだで予定よりも2週間近くも空いたのはセナにとって僥倖であった。
広い敷地内を借り、鈍った体を動かし頭を空っぽにするには走るのが一番。ランニングは健康目的ではなく頭の中を整理する為の行為だと気づいたのはこの世界にきてから。
ある意味で現実逃避していたかもしれないが8割かもしれない。今日も平穏な日だと思っていた矢先に、悪魔の宣告を受け着飾りを阻止しはしたが主人との対面は拒否回避不可。
リアム様の待つ書斎の扉の前に立つとヒト呼吸。
「……………死ぬかも」
「えっ?どこか具合が?」
隣に立つネル君が私の顔を心配そうに覗き込んできた。
「…あっ、そうじゃなくで………精神的に………」
少し苦笑いを浮かべるセナにネルファデスは少年らしくニッと笑う。
「大丈夫、対策は立てておいたので」
「えっ、…対策?」
「ええ、だから気にせず行っちゃってください」
ネル君は書斎に声をかけるとドアを開けセナを無理矢理押し込んだ。
「ちょ、ネル君?!!」
ドアノブも扉もビクともしないので恐る恐る後ろを振りかえる。リアム様は書斎に座り山と積まれた書類の山に埋もれていて薄紫色の髪をした頭が隙間から見えた。
セナの喉が緊張のせいかゴクリと嚥下する。
「あっ……、あの。こ、この度はお日柄も良く」
(私の口が勝手に……!!)
バシバシと両手で自分の頬を叩くがギシリっと椅子の軋む音に反射的に体が硬直した。
「………はぁ、体の方はもう良いのか?」
「あっ!…はい。医療魔術で治してもらったお陰で直ぐに完治しました」
「………そうか」
「………」
謎の沈黙と緊張でセナは視線をぐるぐるさせていたが、椅子から立ち上がり衣擦れと歩く足音がセナの方に近づいてくる気配を察知する。
思わず、ぎゅっと目を閉じて体を硬くしているとセナの正面で立ち止まり、そこから動かない気配に薄く目を開けた視線の先にはリアム様の足先……と言うか綺麗に磨かれた靴が見えた。
「………お前の名をもう一度聞こう」
ビクッとする程の美声が頭の上から聞こえたかと思ったら名前を聞かれた条件反射で普通に答えてしまった。
「わ、私は紅野瀬奈」
セナが名前を言った瞬間。一瞬周りがと言うかリアム様が持つ何かが光る。
「……ふむ、なるほどこれが契約の証か」
(はっ?えっ?契約?)
私が若干パニックになっていると、リアム様の手にあった物がウニョウニョと形を変え突然私の首目掛けて襲ってきた。
「きゃぁ!!?……………?」
何とも、ない?
いや、何か違和感が首にある。手で触って見ると小さなリボンの付いたチョーカーのような物が装着されていた。セナは訳がわからないと言うように正面に立つリアムを見上げてしまい………。
そう、思わず見上げて絶句した。
「……えっと、………その……それは一体なんでしょう?」
リアムの顔には可愛いらし猫の面が装着されていた。
(対策てコレのこと?だよね、たぶん…)
確かに、リアム様の顔面兵器は可愛い猫仮面で封印されてはいるけれど………。
「ネルが用意した物だ、気にするな」
「……………」
気にするなと言われて、気にならない物なら良かったけどその仮面はちょっと………可愛いすぎでしょ。
私は思わず俯き、笑いを堪えるのに必死で耐えていると。
「………………外すか?」
「っ……いえ!そのままでお願いします!」
リアム様の大きなため息を仮面の向こう側に聞きながら、セナはさっきとうって代わり背筋を伸ばしネルファデスに教えてもらった通りの上級貴族への挨拶と礼を述べた。
「貴族側としたら赤点補習だが、異世界人としては及第点だ。もう少し精度を上げるようネルに言っておく」
「うぐっ!!」
「………その様子では、鬼教官ネルファデスが顔を見せたか?」
仮面の向こう側でニヤリと笑ってる気配を感じるのは気のせいではないだろう。
"鬼教官ネルファデス"名前を聞いただけで体が震えてきそうな体験をしたのは言わずもがな。
「…はい」
「まぁ、まだあの姿であれば安全だがな」
(…………安全とは?)
セナは顔面笑顔で硬直していると、リアムの山積みの本やら紙束でいっぱいの机の上から逼迫した叫び声と暴れ回る何かの騒音が室内に響渡った。
『緊急事態!緊急事態!リアム様!!私共ではもう抑えられません!!どうか!早くお戻り……ぎゃぁぁぁ!!』
誰かの叫び声と剣戟音が聞こえたと思ったら、机の上からコロコロとビー玉より少し大きめな透明な石が転がってきた。
ビー玉はそのまま机から落ちそのままリアムの足元まで転がっていきコツンとぶつかり止まる。
「?」
セナが拾い上げようと屈んだ瞬間。ビー玉に亀裂が入りそして粉々に跡形もなく消え去った。
「???」
「…緊急の呼び出しのようだ、契約書も交わしたので私はまた王都へともどらねばならない。ネル!」
「はい、リアム様」
音もなく現れたネルファデスにビックリしつつも色々と急すぎて私の感情がついていけないでいる。
「セナ。詳しい話しはネルから聞いてくれ。ネル、次に私が戻るまでにアイツを起こして……いや、温室のが先か……温室の樹の準備が出来たらアイツを起こしてやってくれ」
リアム様の書斎の部屋には扉が3つ。私達が入ってきた扉ではない扉の前に立ち淡い光の中何かの陣を描いてる。
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませご主人様」
ネルが言い終わる前にリアム様は書斎とは別の扉を開け行ってしまった。
言いたいことはいっぱいある!あり過ぎるくらいある。
が、とりあえず。
「えっと……大丈夫なんですか?」
「ええ、いつもの事なので問題ありません」
ニコニコしながら問題ないと言うネル君。
「……本当に大丈夫かな?」