イケメンはごめんなさい!! 51
「食人花?」
「それに近い物です」
「……何が違う?」
「食人花は魔物の一種です。宿主である人間に寄生し操り、最後は宿主の中から突き破り出てそれを糧にし次の宿主を探すのが食人花です。今回報告されているのは宿主が人間なのは同じなのですが、花自体が魔物ではありません」
マクシミリアンは紙ナフキンで口元を拭き、片手を上げる。次の料理が載せられた皿はマクシミリアンの前に置かれる事なく銀製のキッチンワゴンへと片付けられた。
「花自体が魔物ではない、と言う事は別の部分が魔物と言うことか?」
皿の代わりに白のソーサーとカップに暖かいコーヒーが注がれ、マクシミリアンの前に置かれた。
「はい、今まで見つかった遺体の体内にこんな物が入っていたそうです」
ユリウスはポケットから小瓶を取り出し、それをマクシミリアンに渡す。小瓶は手のひらよりも小さく中には黒い塊が1つ。軽く振れば中でカラカラと言っている。
「随分と硬いな。これは……何かの種かな?」
「はい、これは魔物の一部です」
その瞬間、周りがざわつく。マクシミリアンとユリウスがいるのは砦内の食堂だ。昼はとうに過ぎているが食事をする者や隅で仕事をしている者や雑談を楽しんでいる者もいる。マクシミリアンはと言うと、ハノーヴァ家お抱えの料理人を塔内に常駐させている。ちなみに今日のメニューは肉肉しい赤身の肉料理、ユリウスの報告を聞きながら食べていた。
「一部?この種らしき部分が魔物の一部ってことかい?」
「いえ……その種もですが、食人花の一部を使い人工的に何かを加えられ物が種以外にもあるようです」
すると食堂内のざわめきはピタッと止まった。食事をしていた者も、隅で仕事をしていた者も雑談をしていた者達でさえユリウスの今の言葉に動きを止める。人が居るはずなのにまるで凪の静けさの中にいる様だ。ここでは他の団員達の目と耳がある。
「……場所を移そうか」
マクシミリアンは残りのコーヒーをグイッと飲み干し席を立つ。だが、後ろを振り返り苦笑した。
「君は今日、夜勤明けだったかな?」
夜勤明け。既に昼を過ぎているので残業時間はとうの昔に過ぎているはずだ。ここ最近頻発している商業地区の放火犯を追うのに手間どっているようで、超過勤務中のユリウスの目の下は隈が薄らと出来ている。食事もまともに取っていないのだろう、少し見ない間に若干頬が痩けていることに気づけたのは普段から彼と顔を合わせる頻度の高いマクシミリアンだけだ。ユリウスの視線は手をつけなかった食事に注がれていた。ハノーヴァ家の料理人はマクシミリアンが自分の好みの味になる様、一から育て上げただけありこだわりの強い料理で一度食べると忘れられない。と、言うのがハノーヴァ家の料理を食べたことのある人間の感想だ。
そして、例にもれずユリウスもその1人である。
「はい。この報告が終わった後、一度宿舎に戻る予定です」
予定は未定。ユリウスの事だ、どうせ宿舎に戻らずにそこら辺の床で寝ているに違いない。
「……私の払い下げの食事で良ければ後で君の部屋に届けさせよう」
「!!!?」
ユリウスのキラリと光る瞳が眩しい。ユリウスは元々孤児院の出だ。他の貴族と違い払い下げの食事にも抵抗はない、むしろ喜んで受け取る節があるのはそろそろ止めるべきか。だが、休める時に休んでもらわなければ困るので部屋に帰る為の口実は必要だろう。
「…………真面目なのは美徳ではあるけれど真面目過ぎは良くないよ?」
「???」
分かっているのか、分かっていないのかそんな顔のユリウスに再度苦笑する。
「行こう」
「はい。団長」
2人が居なくなった食堂ではまたざわめきが生まれた。彼らの口からは先程のたわいもない会話から、魔物の一部から作られた人工的な魔物の種の話に変わっていた。
ガラガラと木屑や石の塊が黒煙の中降ってくる、その視界の悪い黒煙の中を真っ赤な髪が動き回っていた。
「おいっ!!ゴホッ、ゴホッ……大丈夫か?」
瓦礫をどけその下に埋もれていた颯人とレイズが連れて来た男性の無事を確認しホッと肩を下ろす。
「痛っててて……クッソ〜やられたー!!」
爆発の瞬間、庇った男性をレイズに返し颯人はぶつぶつと文句を言っていた。普段の『ベルフルールの店長』の仮面をつけた颯人にしては珍しい言葉使いだが、レイズにとっては懐かしい。
「何があった?」
男性を脇に置き、颯人に手を差し出すがその手は払われた。代わりに握り拳を作り勢いよく瓦礫の上を叩く颯人は怒り心頭中だ。
「……解呪に失敗したっ!」
「ちょ、そんな事したら颯人の手が駄目になるからっ!!」
何度か拳を瓦礫に打ちつけていたら、何処か泣きそうな顔をしたレイズに止められ颯人も怒りを押さえるしかない。だが。この怒りはそんなもんで治るはずはなく。
「……ああ゛ッ!!ムカつく〜!!」
頭をガシガシと掻きむしり両手両足を投げ出した颯人は怒りを発散するように叫んだ。
「本気で腹立つぅぅ!!ただの呪い瓶のくせに罠なんか張りやがって!なんなんだ瓶は!粉々に踏み潰してやれば良かった!!勝手に自爆しやがってからにっお陰で店も吹っ飛んだし!!!どうすんだコレっ!!」
叫ぶだけ叫んで颯人はその場で脱力した。
「ご、ごめん。俺が連れて来たから……」
その場に倒れた颯人を除き込むようにしていたレイズの頭の耳はペしょんと力無く垂れ、いつもは吊り上がっている金色の瞳がウルウルとしているではないか!これはもうとうとう泣くんじゃないのか!?と、颯人は一瞬ギョッとしたがいつもの様に頭に手を置き優しく撫でる。
「……違う。俺の実力不足だから。だから泣くな」
その場に座り込んだレイズはフルフルと頭を横に振る。颯人の手を避け様と身じろぐがその大きな手からは逃げらず直ぐに捕まった。
「泣いてないし!」
「へぇ〜?じゃぁこっち見てみな」
颯人の手はレイズの顔を鷲掴みにし、強制的に上を向かせる。
「なっ!?何ぃすんだよっ!!」
思いのほか柔らかい頬をムニムニと揉みながらジタバタと暴れるレイズだが、相変わらず颯人には敵わないらしい。筋力的にはそろそろ獣人であるレイズのが上になっていてもおかしくはない。「離せ〜」と、両手で引き剥がそうとするそんな様子を楽しんだ後、颯人の手はパッと外れた。
「う?えぁ!!」
急に自由になった反動で後ろに転がるのを見るのは何度目だろうか?けれど、流れた月日はその顔を見れば分かる。
「少しは大人の顔になったな、レイズ」
ニッと笑う颯人の顔はいつもと変わらない。あの日と同じ笑顔を自分に向けてくれる事にレイズは嬉しくなった。
そして、その様子を心配で駆けつけた瀬奈と赤鬼は影から見ていた。
「尊いっ!!どう言う状態なのかは分からないけど!!尊すぎて私が昇天しそうっっ!!」
瀬奈はどこから取り出したのかハンカチで涙を拭い、緩んだ顔で2人を観察していた。
「!!?」
赤鬼は瀬奈の背後でアワアワとしているが、瀬奈は気づかない。
「あの2人、やっぱり知り合い……ううん。知り合いなんかじゃなくもっと深い絆で結ばれているのね!!颯人さんの叫び声に驚いて隠れたは良いけど……良い物が見れたわ」
キラキラとした瞳で瀬奈は2人を見守っていたが。しだいにバタバタと足音がこちらに向かって来る。大通りから現れたのは黒の団服を着た黒の騎士団。瓦礫の中心にいる彼等に走り寄り。
「確保しました」
「良かった〜騎士団の人達が来てくれたのね。これで……えっ?確保?」
騎士団が来てくれた事で、安堵していた矢先。爆発した原因を探すでもなく、怪我はないかと問うでもなく、何故か騎士団の人に両脇きっちり固められ、手首はかっちりと手錠の様な物で拘束され連行される颯人。
「えっ?えっ!!?何で!!何で俺連れて行かれるの??!!」
颯人も連れて行かれる理由が分からないらしい。レイズも瀬奈も連れて行かれる颯人をただポカンと見つめるだけ。
「どうしよう……颯人さんが連れて行かれちゃった。こんな時はどうしたら良いのかしら?さっきの騎士団の人達を追いかけてっ!!」
瀬奈が足を踏み出した瞬間、さっきの爆発で崩れかけの屋根が音を立てて瀬奈の前に崩れ落ちてきた。思わず踏み出しかけた足を後ろに引っ込める。多分、赤鬼に腕を掴まれなければ今頃はあの瓦礫の下だったかもしれない。
「……っ」
冷や汗が背中をツゥーと伝う感触が気持ち悪い。
「……っおい!誰かいるのか!!大丈夫か!!?」
連行される颯人を呆然と見送りつつも、ハッと落ちる瓦礫音に反応し、レイズが物陰から現れる。音を聞きつけた近所の野次馬だろうと思っていたのに目の前にいたのは瀬奈。その金色の瞳は大きく見開かれた。
「!!?セナ!?何でこんなところに?」
「……はははっ、街に入ったら急に爆発音がして。それがお店の方だったから心配で来てみたんだけど……颯人さんが」
瀬奈は未だに自分の腕を掴む赤鬼の手をギュッと掴んだまま俯いた。
「そっか…心配して……ん?セナ、ここ怪我してる」
「えっ?怪我?」
「違うこっち」
レイズの指が瀬奈の頬に伸びる。冷んやりと冷たい指が撫でる様に傷口に触れた。
「っ!!」
「あっ、悪い!痛かったか」
「ううん、大丈夫。多分さっきの瓦礫の破片が飛んで来たんだと思う」
不思議なことに、そこに傷が出来ていると知るとその部分がジンジンとするのは何故だろう。
「そっか、深い傷じゃなさそうだし……あれ?今日は1人なのか?いつもの鳥ヤローか小っさい執事はどうした?」
「今日は2人ともお屋敷で仕事。でも赤鬼さんがいるから……赤鬼さん?」
瀬奈は路地の暗闇を警戒している赤鬼に気がついた。なんの変哲のない路地の先を赤鬼は警戒していた。
「どうしたの?他に誰か居た?」
ベルフルールの周りには騒ぎを聞きつけ徐々に野次馬が集まってきていたからその1人が路地の先にでもいるのだろうと、瀬奈は思っていたが姿を表したのは白衣を着た中年男性。
「セナ……下がってろ」
そう言ってレイズも瀬奈の前に出る。
「レイズ?」
「……」
赤鬼も警戒態勢に入る。
「おや?怪我をしてると聞こえたのですが……違いましたか?」
瓶底の様な眼鏡にボサボサの髪。肩には大きな黒のがま口鞄をかけている。
「あっ……祭りの時に見かけた昭和風のお医者さん?」
瀬奈は異世界横丁で運ばれて行く彼を見たことがあった。医者ならばと足を踏み出そうとするが何故か2人に止められてしまう。
「近寄るな……お前から変な匂いがする」
赤鬼も同意するようにコクコクと頭を縦に振って頷いている。
「変な匂い?まぁ、僕は一応医者だからね薬とか薬品とか色々と持ってるから君の言う変な匂いがしてもおかしくないと思うんだ」
「違う、この匂い。”死臭”だ」
医者は笑ったままピタリと足を止め、眼鏡をクイッと指で押し上げ笑みを深くしまた近付いてくる。
「……ああ、先程亡くなってしまった方がいたのでその方の匂いでしょう」
ジリジリと距離を詰めてくる医者に流石に瀬奈も違和感を感じ2人の背中から様子を伺った。




