イケメンはごめんなさい!! 48
冷たい石造りの回廊をいつもの様に規則正しく歩く音が響き渡る。時刻はまだ陽が登る前で辺りにいるのは夜勤明けだろう、少し疲れた顔をした騎士団の制服を着た数人とすれ違った。ユリウスの手にはいつもの様に大量の報告書が積まれ、目的の扉の前に着くと向こう側にいるであろう人物に声をかける。
(?………返事がない。いつもならすぐに開けて下さるのに……)
ユリウスはもう一度、中の人物に声をかけた。だが衣擦れと共に中から現れたのは自団長であるマクシミリアンではなく、別の人物。
「黒の団長は今は不在だ。用があるならまた後ほど……おや?君は確か…副団長のユリウスと言ったか?」
そう言って、扉を開けたのは真っ白な制服を纏った白の騎士団団長リアム様だ。普段から美丈夫であるマクシミリアン団長で耐性があるはずなのに、この常人離れの魅了する様な美しさを持つリアム様の登場にユリウスでも一瞬戸惑ってしまう。図らずも初対面では固まってしまったが……。
「……っ、リアム様?何故ここに?」
最近は他の団員達同様、自分も忙しくしていた自覚がある。気づかぬうちにぼんやりとしていて別の部屋の扉を叩いたのだろうか?ユリウスは一歩後退し、扉の上に掲げられた銀のプレートを確認した。そこには現黒騎士団のマークである黒の狼の印と団長の名前『マクシミリアン』と書かれていた。
(部屋は、合っている)
そのままリアム様と対面したままのユリウスはふと視線を感じ、視線の先の人物を探す。キョロキョロと今歩いて来た回廊辺りを見回すも誰も居ない。黒騎士団の団長室は2階奥、あまり人通りが良いとは言えない場所にある部屋なので人が来ればすぐに分かる。
(気のせい……ではないが……姿が見えない。どう言う事だ?)
不審に思っているユリウスに、リアムは扉を手前に引き。
「気にするな、いつもの事だ。マクシムは外出中だが報告書を持って来たのだろう?私が入室を許可する。入りなさい」
そう言われた瞬間、纏わりつく視線が強くなる。
「ありがとうございます。失礼します」
両手の塞がったユリウスに代わり、リアムが扉の様にズレ中に入る様促された。背中では扉が閉まる音がする、だがその扉の向こう側からはなんとも言えない気配が複数ある事にユリウスはビックリした。
纏わりつく視線とは比べ物にはならない不気味な感覚に背中がゾクゾク、ぞわぞわする。ブルリと体を震わせ扉を振り返り凝視する。
(なっ、何だ?この妙な気配は)
「仕事の邪魔だ、去りなさい」
来客用のソファで寛ぐリアム様が一言そう発した瞬間。ユリウスを取り巻く妙な気配は跡形もなく霧散した。
「???……今のは一体なんだったのでしょうか?」
ユリウスは扉とリアムを交互に見るも何もない。
「………君が気にする必要はない。マクシムに用があるのだろう?彼には少し用事を頼んでいてね、そろそろ戻って来ると思うが……ユリウス。君は甘いものは大丈夫なくちかな?」
「甘いものですか?……どちらかと言えば好きですが」
リアム様の質問の意味を測りかねていると何処から出て来たのか、お茶セットのテーブルが突然部屋の中に現れた。見慣れた部屋に見慣れないテーブルの出現、とりあえず報告書をマクシミリアンの机に置き、ユリウスは首を傾げた。
「そうか実はある人物から珍しい茶葉を貰ってね。待っている間に君も一杯どうだろう?」
既にコポコポと湯の沸いたポットに見慣れない筒の様に少し縦長のコップが2つ。
「自分は茶の味は良く分からないのですが……宜しいのですか?」
リアム様のお茶好きは有名だ。つい先日まで名前だけで顔すらまともに知らなかったユリウスですら、その噂を聞いた事がある。珍しい茶葉が入ったと聞けば自ら足を運んで行く。それが貧民街だろうが、国外だろうが関係ない自分で行き確認し気に入れば何処だろうと足繁く通う。そんな噂をユリウスは昔同僚から聞いた事があった。
「かまわん。飲んでみた事がない物の合う合わないは飲んでみてからで良い。味の良し悪しも大事だがまずは自分の口に合うかが大事であろう?」
熱くなった湯をポットと縦長の厚い陶器のコップに注いでいく。その間に小さく四角い皿に何らや黒い物を置いている。
(何だろう、あの黒い物体は……食べ物なのか?)
「……それならば、有り難く頂戴致します」
「なら、立っていないでそこに座りなさい」
座る様促され、空いている反対のソファへとユリウスは腰を下ろした。リアム様のお茶を淹れる手つきは慣れたもので一つ一つの所作に無駄がない。
(なるほど、この方が男性はもちろん女性達から人気があるのが分かる気がする。容姿で目を引かれ力や財力で気を惹かれ、数々の武功で畏れられているがこの姿を見たら自分も……)
そんな事を考えているうちにユリウスの目の前には静かに見た事のない縦長のコップが置かれた。中を覗き込めば氷と緑色の液体。
(緑色?薬草茶か何かだろうか?薬草独特のあの匂いはなかったと思うが)
その謎の液体から正面に座るリアム様を見れば両手を添え平然とした顔で飲んでいる。その後、隣に置かれた黒い物体をこれまた小さな竹のナイフで切り口に運んでいた。その一連の流れを見たユリウスは覚悟を決め、みよう見真似で液体を口に流し込み竹のナイフで刺した例の黒い物を口に放り込んだ。
「…………美味しい」
モグモグと口を動かしながらユリウスは目を輝かせ残りを食べ始めた。
「………それは良かった」
リアムはフッと軽く口の端を上げ笑う。思わずその瞬間をみてしまったユリウスは盛大に咽せた。
2人はつかの間の休息を楽しむと。
「リアム様。美味しいお茶と水羊羹でしたか?ありがとうごさいました」
ユリウスがリアムにお茶の礼を言い、次の仕事の為に部屋を退出しようと扉に手をかけると。逆に外側から声がかかった。どうやらこの部屋の主のマクシミリアン団長が戻ってきたようだ。リアムが返事をしユリウスが扉を開ける。
「おや?ユリウスもいたのかい?」
「はい。団長に報告書をお持ちしました」
ユリウスは団長であるマクシミリアンに一礼する。
「丁度良かった。急ぎで持っていってもらいたい物があるんだ。少し待っていてくれるかい?」
「はい。お待ちします」
扉横でいつものように姿勢を正し、待つ。その姿はまるで忠犬の様だ。
「お待たせしましたリアム様。こちらが頼まれていた物です」
マクシミリアンはいつも以上に柔らかい表情でリアムに近づき、小さな箱を手渡した。受け取りリアムが中を確認する。
「確かに。マクシム、忙しいのに私の私用を頼んでしまい悪かった。すぐにお暇しよう」
リアムはソファから立ち上がり扉に向かう。
「そんな、リアム様のお願いであれば私はいつでも大歓迎です……もう行かれるのですか?」
「ああ、とても助かったありがとう。それとユリウス……口元に」
「ユリウス、顔が汚れているよ」
口元にと、リアムの指が伸びる前にマクシミリアンのハンカチがユリウスの口周りをグイグイと拭いていく。
「………す、すみません?」
ヒリヒリする口のままマクシミリアンに謝る。一瞬キョトンとするリアムだが次の瞬間には口の端を上げ。
「また茶を飲もう。次はマクシム、君も」
目の錯覚かリアム様が微笑みを浮かべたとたん、辺り一面に花と眩しい程の謎のキラキラが飛んだ。やはり先程見えたのは錯覚ではなかった、と思った瞬間にユリウスの視界は真っ暗になり、どこからか何かが倒れる音まで聞こえる。パタリと静かに閉められた扉の後に、ユリウスの視界はまた明るくなった。どうやらマクシミリアンの手がユリウスの視界を覆っていた様だ。
(一体なぜ?)
「あの、団長?」
いつものように優しい微笑みを浮かべているマクシミリアンだが、何処かいつもと違う雰囲気にユリウスは一歩後退。たが、背には扉、正面にはマクシミリアン。変な空気に汗が額を伝い顎先からポタリッと落ちる。
バンっとマクシミリアンの両手がユリウスの顔横に勢いよく添えられた。
「!!?」
自分より頭一つ分低いマクシミリアン団長だが、自分を見上げる団長の笑みが自分を小動物にさせる。
「……詳しく、聞こうか?」
「えっ?あの……一体何を」
その後、最近頻発している事件の報告に別の団員が部屋に来るまでマクシミリアンによるリアム様至上主義の講義が続いた。




