イケメンはごめんなさい!! 47
「びっ、びびっビックリしたぁ〜」
瀬奈は誰も居なくなった部屋で1人、床に座り込んでいた。
「あの、颯人さん?何してるんです?」
あの後、颯人は我に返ったように。「うわっ!ごめん!ちょっとコレ抜いて良いかな?紐の部分が眼鏡に巻きついてるみたいで取れないんだ!……ヨシっ、抜けた。部屋行って来るからちょっと待ってて」そう言って団子頭から瀬奈自作の簪を抜き、慌てて部屋を出ていった。残された瀬奈はと言うと驚きすぎて床に座り込んだ次第である。
「颯人さんってばいきなり頭の匂い嗅いでくるんだもん、乙女としてはちょっとショックが……」
火照る顔に手を当てて、速くなった鼓動を鎮める。香水をつけているか?と聞かれたその後に自分の頭に顔を埋める颯人に瀬奈は動揺の嵐だった。
(なっ!!何!何で頭の匂い嗅いでるの!昨日もちゃんとお風呂に入ったし、今日の朝だってシャワー浴びて洗ったし臭くないはずなんだけど……何で!臭いの!私の頭!そんなに臭ってるんですか颯人さん!!)
そんな心境にぐるぐるしている瀬奈とは反対に匂いの元を探すように頭の匂いを嗅いでくる颯人。そんななすがまま状態に気が気でなかった瀬奈。ふと、今自分が男性の腕の中にいると言う事を目の前の颯人に意識させられた。
目の前には男性らしい太い首元、少し襟周りの空いた服を着ているせいか浮き出た鎖骨の部分が良く見える。顔の真横にあげられた腕は体にフィットした薄手の長袖、その服の上からでも分かるくらい、締まった筋肉が付いていた。
(うっわあぁ〜、細身なのに筋肉すっごい!…………でも、でもこれはちょっと……)
速くなる鼓動と並行し、自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。颯人から見えないよう少しだけ俯く。
(絶っっ対今、真っ赤になってるっ!!)
こんな時、赤面症な自分が嫌いだ。ただ普通にしているだけなのにほんの少し意識しただけでこんなになってしまう。それに、流石にこの状況はもう無理!恥ずかし過ぎる!意識するな!!なんて言われてもコレは無理!恥ずかしさで距離を取った事により逆にグイッと近づかれてしまう。そして、未だに頭の匂いを嗅ぐ颯人にそろそろ限界だと思った瀬奈は声をかけたのだ。
「うぅ〜……熱い……」
熱くなった顔を手で仰ぎながら先程のことを思い出していた。それに同じ日本人だと言っていたけれど、色眼鏡をかけていない颯人はいつもの軽そうなチャラ男感が無くなり、むしろキリッと整った顔立ちと少しグレーの瞳は異国の地を感じた。
「しかも垂れ目キャラかと思っていたのに意外にも鋭い目つき……。そのギャップがちょっと……」
何やら今度は、恥ずかしさを飛び越え別の興味に思考をずらしぶつぶつと部屋で呟いている頃。
颯人は部屋を飛び出し1人隠れられそうなトイレへと逃げ込んでいた。
「〜〜〜っ……あっぶな!」
便座に座り自分が激しく動揺していることに項垂れ、こちらも瀬奈と同様速くなった動悸を鎮めていた。
「なんだ、アレは?」
真っ赤な顔で見上げる瀬奈を見た瞬間、理性が飛びそうになった。自分がたったそれだけで飛ぶ筈がないと理解している颯人は珍しく眉間に皺を寄せて考え、そしてあることに気づいた。
微かに香るあの匂い、元の匂いを探しても何処から香っているのか分からない匂いにいつの間にか夢中になっていた。ただ、昔何処かで嗅いだ事のある匂いが思い出せそうで思い出せない。
「ん〜何処だったかな」
頭を抱えようとし、自分の手にある物に気づく。
(あっ、眼鏡と瀬奈ちゃんの頭に刺さっていた簪)
手にしたそれからもフワリとした甘い匂いが微かに香る。簪の先に付いた蜻蛉玉の紐に絡まった眼鏡を取りながら。
(絶対に知ってる匂い何だけど……どこだったかな〜。こう言う時、思い出そうとすると何故か思い出せなくて後でフッと思い出す事ってあるけどアレって自分が歳とったな〜って思うよな)
ハハハなんて自嘲気味に笑っている颯人の顔は、みるみる血の気が引いた様に青くなっていった。絡まった紐を取る指先が震える。
「あっれ〜おかしいな〜」
いつもの余裕ある笑顔はどことなく引き攣り、額には変な冷や汗が流れる『そんなはずはない!』と、心の中で願いつつも恐る恐る自分の服を嗅いでみる。やはりその匂いには心当たりがある。むしろあり過ぎるくらいに心当たりがあるその匂いを忘れていた自分が不思議だ。
颯人はトイレから飛び出し、目的の人物を探す。
「ちょい待ちっ!」
丁度別の部屋に入ろうとしていた人物を見つけ、転がり込む様に一緒に部屋に入り勢いよく扉を後ろ手で閉める。
「……颯人?」
突然部屋に押し込まれた人物は、少々不愉快と言った顔で抗議の声を上げようとしたがその前にガシッと肩を掴まれた。
「師匠と連絡取れるか?」
普段なら断るところだが、颯人の青白い顔と掴まれた肩から感じる微かに震えた手。何かを感じたハーフエルフの3人のうちの1人。リーフは。
「………貴方には言っていなかったが、彼は少し前から目覚めている。何か急用?」
「急用!急用と言うか確認したい事がある!」
「確認したいこと?」
一体なにを?リーフが頭を傾げると颯人はそのままリーフに抱きついた。
「………私にそんな趣味はないのだけど?」
抱きつかれたリーフは冷静に颯人の行動について突っ込むが、フッと微かに香る匂いに顔をしかめる。
「颯人……この匂い……」
颯人の腕の中。さっきまで瀬奈がいた部分からは甘い甘い香り。リーフにも心当たりのある匂いに。
「……師匠に頼める?」
そんな颯人のお願いはすぐに聞き届けられ。
「了承したと返答がきた。ただ詳しい話が聞きたいと言っている。どうする?」
腕の中のリーフはそろそろ離して欲しそうに身じろぐが、颯人の腕は全然緩む気を見せず半ば諦める。
「う〜ん、そろそろメンテナンスもして欲しかった所だからそっちに顔出すって言ってくれる?」
ほんの少しの沈黙の後。
「………材料の確認もあるから……うん、明後日なら大丈夫だそうだ」
「分かった。宜しくお願い」
颯人の師匠と言われる人物とのやり取りも終わりリーフは満面の笑みを浮かべる颯人と顔を合わせ。
「…………」
「…………」
チッチッチと時計の針が聞こえる程の沈黙が2人の間で再度流れると、何故か一向に離れない颯人にリーフが迷惑そうな顔で。
「抱きつかれた理由は分かったし、暑いから早く離れてくれない?」
「俺も離れたいのはやまやまなんだけど、力が抜けて……」
ハハハと笑う颯人をリーフは冷ややかな眼差しで見据え、大きなため息を吐いた。この香りの効果の一つに弛緩もあるのでそのせいだろう。
「なら、早く言って欲し……ん?」
すると、扉を叩く軽い音と共にガチャリと扉のノブが回され瀬奈が顔を出した。
「リーフいる?私も手伝いに来たんだ、け………ど」
3人の間に不思議な沈黙が流れた後。瀬奈の「お邪魔しましたー」と小さな声がし静かに扉が閉められた。
ガタガタと揺れる馬車の中。瀬奈はまだ明るい空を眺めていた。帰り際、颯人さんからネル君宛ての手紙を預かった以外はいつも通りに見えた。けれど、どこか違和感が拭いきれないのは気のせいではない気がする。
(あれから颯人さん、顔色も青白くていつもの元気がなかったな。それになんだか足元もふらついていたみたいだし……ちょっと心配)
心配。そう、心配であるのに何故か頭の隅で違う場面が先程からチラつく。
(…………何で!あんな腐女子心を弄ぶ様な事がっ!!)
割と早めに復活をした瀬奈は皆の手伝いの為、荷物整理に向かったリーフを探していた。荷物の置かれた部屋は2階にあり扉を開けた先で見たのは抱き合う2人。その時の映像が何故か、キラキラエフェクトに花まで添えられた状態で焼きついている。
「っ、うん゛……」
少し顔を赤らめたまま瀬奈は空を見上げた。まだ青い空に向かって。
「夕焼けまだかな〜」
などと言っている瀬奈の横ではアヴィが本日の収穫分を見てほくそ笑んでいた。
「いや〜今日もツヤツヤのぷりぷり、何にしようかな?やっぱりこれから夏場に向けて発酵食品にしといた方が良いかな?あ〜でもそのままの味も捨てがたいっ……」
紙袋に入った新鮮な野菜達に頬擦りするアヴィ。最近はベルフルールの裏庭にあった家庭菜園が拡大し、取れる量も多くなった。それもこれもアヴィのおかげだと言えよう。コツコツと畑の整備をし、肥料や水やりは勿論季節にあった食材を埋め毎日話かけていた。教室に通う生徒さん達も最初は不審がっていたがそんなアヴィの甲斐甲斐しい姿を見て、いつの間にか生徒さん達の個人畑が出来ていることを瀬奈は知らない。
そんな2人を乗せた馬車が屋敷に着く頃にはだいぶ日も落ち茜空が広がっていた。
「お帰りなさいませセナ様」
「ただいま。颯人さんからネル君にってお手紙預かってるよ」
瀬奈は手提げ鞄の中から何の変哲もない封筒をネルファデスへと差し出した。受け取ったネルファデスは裏面を確認し、その場で封を開け中を確認する。普段何かあれば通信用宝珠で連絡が来るはずだが、わざわざ手紙にした理由があるはずだと思ったからだ。手紙の書き手はやはりエルフの誰か、多分リーフと呼ばれていた彼だろう。綺麗なエルフ文字で書かれている。
「成る程……店主の方には私からお返事差し上げますとお伝え下さい。さっ、今日もお疲れでしょう?鞄お持ちしますよ」
手紙を内ポケットにしまい、いつもの様に差し出された小さな手に鞄を預け。
「いつもありがとう。ネル君」
「…どう致しまして。本日の夕食ですが…」
いつもの日常にホッとしながら瀬奈は屋敷に続く道を歩いていく。




