イケメンはごめんなさい!! 46
そろった
そろった
わか〜いなえどこ
うえよう
うえよう
たからのたねを
さいた
さいた
きれいなはなが
めでよう
めでよう
いつまでも
「嗚呼、なんて美しいんだ」
男は目の前で咲き誇る花にうっとりとした表情のまま眺めた。
「でもまだ足りない…1番美しい花が足りない」
男は今までのうっとりとした表情から突然、冷たい何の感情もない顔つきへと表情を変えた。目の前に咲く花を一輪。
「僕が求めているのはこれじゃない」
そのまま手に力を込めて抜き取る。
「ーーーー!!」
言葉にならない叫びを上げる苗床は無視し、男は更に数本抜き取った。抜き取るたびに勢い良く噴き出る液体が男の顔を濡らしていく。
「そろそろお時間です」
そんな声をかけられ、男はピタリと花を抜くのをやめた。
「そう……分かった」
男の周りには抜いたばかりの赤い花が無惨な姿で落ちているが、なんの興味も無さそうな表情の男はその場を離れていく。
男が部屋を出るのを確認すると、声をかけた彼は一瞬だけ後ろを振り返り。
「綺麗に掃除を」
闇に佇むだれかにそう告げ、彼もまた部屋を出ていく。
一瞬だけ闇が蠢いた様に見えたが、部屋に残されたのはまだ花を咲かせていない蕾達。
蕾達はフルフルと震えていた。
花を咲かせたら自分達も同じ道を辿る未来しか見えないに恐怖。
たった今、大輪の花を咲かせ咲き誇ったばかりの花は彼らの目の前で散らされたばかりだ。蕾達は青い葉を寄せ合い視界を封じる。自分達の目の前には真っ赤な液体を垂れ流し項垂れる元苗床が恨めしそうにこちらを見ていたから。
***
リアム邸裏の湖と言う名の池の周りでは、小気味の良い音が朝早くから響いていた。遠目から見れば、彼らは朝からずっと座り込み何かを磨いている様に見える。朝の洗濯をしに使用人屋敷裏に来ていたメイドは心の中で『ご苦労さまです』と、ねぎらいの言葉を心の中で唱え朝の仕事をする為に屋敷へと戻っていく。
過ごしやすかった朝に比べ、少し動くだけでジンワリと肌に汗が浮いてくる時間になった頃。ゴシゴシとブラシを擦り続けていた瀬奈はふと空を見上げた。
「うっ〜んっっ!首周りがガッチガチっ」
そのまま首と肩を大きく動かせばゴキゴキと音が聞こえてきそうだ。フゥッと深呼吸をし自分の手元を見る。手の中には瀬奈の手の平よりも一回り以上も大きい貝殻、その表面に付着した苔をブラシで綺麗に擦っていくのが本日の仕事。ブラシで擦ったそれを水の張ったバケツに浸けて汚れを落とせば、キラキラと輝く真珠層が太陽の光を反射し輝きをまして眩しい。
「はい、綺麗になりました」
瀬奈は洗い終わった貝殻にそう声をかけた。すると貝殻は返事をするかの様にパクパクと上下の殼を開いた後、手から飛び出しブクブクと気泡の泡を吐きながら湖の奥底へと戻っていく。続いて次の貝殻が水中から飛び出し瀬奈の前に落ちてきた。
「………」
瀬奈はそれを拾い上げ、湖の中をチラッと覗き込む。中では掃除待ちの貝殻がずらりと列をなし今か今かと待っているのが見える。
「順番待ちしてる……」
その呟きを拾ったのは。隣で同じ様にブラシをかけているロッシュだ。
「綺麗に磨かれて嬉しいんだろう。真珠貝っていっても一般的に流通してるヤツとは違って、コイツらは魔物の一種だから言葉は話せなくとも多少の意思の疎通は出来るし、何よりも綺麗好きだって俺も話には聞いた事がある」
「綺麗好き?」
「そう、湖の中綺麗だろ?」
そう言われて瀬奈は湖の中を覗き込む。透明度の高い湖の中は空の青さよりも青く湖の底まで目視出来るくらいに澄んでいた。それに他の魚や生物、水草一本すら生えていなく少し寂しさを感じる。
「ビックリするくらい青いだろ?その中じゃゴミも微生物すらも生きられないらしい」
「えっ?微生物もですか?」
「コイツらが全部食べちまうんだと。だから湖の中が青くて綺麗なのに、綺麗過ぎてコイツら以外何も寄せ付けない。どっかの誰かさんに似てるけどなハハハ」
そう言って楽しそうに貝殻にブラシをかけてあげるロッシュに、瀬奈も手元の貝殻にブラシをかける。
「綺麗過ぎて誰も寄せ付けない……か」
確かに、一瞬誰かが頭の中をよぎった気はしたが「この子達、魔物なんだ」と呟きながらもマジマジと観察してしまう。魔物なんて聞いたら怖いイメージしかないけど、この綺麗な真珠貝達なら全然怖くないかもなんて思っていると隣から『いってぇー!!このヤロー』と叫ぶロッシュとそのロッシュに噛み付く貝。人と貝の喧嘩なんて一見シュールなこの光景もすでに何度みたことか、瀬奈は苦笑いしながらも作業の手は止まらない。何故なら。
湖の中で列をなしている貝達の最後尾が全然見えないのだ。この終わりの見えない作業に、2人はその後もブラシで貝達を綺麗に掃除し続けた。気づけば昼食を持ったネルファデスが2人の背後に立ち、声をかけられるまで自分達のお腹が空いているのにも気づかなかった。
「お二人とも時間ですよ」
その瞬間、隣から盛大な腹の音が響く。
「おっ?昼飯か?」
ロッシュは磨き途中の貝を手早く仕上げさっさと用意された昼食へと手を伸ばす。瀬奈は湖の中を覗き込み『また明日来るね』と、声をかけてやれば列をなしていた貝達は散り散りに湖の中を漂い始める。それを見届けると瀬奈も用意された昼食へと手を伸ばした。今日のメニューは塩の聞いた握り飯に厚焼き卵と新鮮なサラダ、更に味噌汁まで付いてまるでお山の上のピクニック気分だ。
「この握り飯!美味いな!腹にも溜まるし持ちが良い!!」
用意された山盛りの握り飯をパクパクと食べるロッシュにネルファデスは。
「ええ本当に。こんなに大食漢だとは聞いていませんでしたよまったく……セナ様が『握り飯』と言うのを提案して下さらなかったら、この男は夕食分の材料まで食べ散らかす所でした。さっ、どうぞお熱いのでお気をつけ下さい」
コポコポと水筒から味噌汁を注ぎながら怒るネルファデスはちょっと可愛い。
「ありがとうネル君」
渡された味噌汁に口をつける。疲れた身体には丁度良い塩加減に舌鼓を打ちながら、いつもの様にネルファデスを愛でていると。その様子を見ていたロッシュがおもむろに爆弾を置いた。
「なぁ、嬢ちゃんは『ショタコン』ってやつなのか?」
その瞬間、瀬奈の時間は止まり鳥のさえずりさえ聞こえて来そうな時が流れまた動き出す。
「………………グハッ!!」
ロッシュの不意打ちなる質問に、瀬奈は空中にキラキラとした物を吐き出した。
そのキラキラの中にはネギやワカメが混じっていたそうだ。
午後、ベルフルールにて。
「瀬奈ちゃんどうしたの?随分と『複雑っ!』って顔してるけど」
颯人にそう聞かれ、ピクリと一瞬だけ動きの止まる瀬奈だが淹れたばかりのコーヒーに口をつけ一旦落ちつく事にした。
真珠貝のブラシかけはお昼までで、午後は今まで通りベルフルールにて野外研修中の瀬奈の本日の護衛はいつものアヴィ。ご近所さんから頂いたおやつのクッキーを頬張りながら瀬奈の代わりに答えた。
「セナ様が『ショタコン』だとロッシュさんにバレました」
ケロリとした顔でそんな爆弾を午後のティータイムの時間にまで投げ込まれた。
鎮まりかえった空間にはポリポリとアヴィが食べるクッキーの咀嚼音。隣に座っていた瀬奈はカップを置き、皆の座るテーブルから1人離れ壁際で頭を打ち付け始めた。
「キャー!!?セナー!!」
シャルはそんな瀬奈を急いで回収する。
「そんなの最初から皆気づいてたよね?」エバーは隣のリーフに問いかける。リーフもお上品にコーヒーを一口飲み、そしてコクリと頷いた。何を今更?と思う一同であったが本人は違ったらしい。今はシャルが痛いの飛んでけーと瀬奈の頭を撫でている。
「………で?その『ロッシュさん』とは?」
話を戻す様に颯人はアヴィに視線を向けた。もちろん、クッキーの乗った皿はアヴィから自分の方に引き寄せておく。
「……ロッシュさんはネル様の代わりにセナ様の教育係として任命され、数日前から屋敷に住み込みで来ているリアム様の元部下です」
「元部下?って言うと騎士団の人?」
「詳しいことは僕も分かりませんが、ネル様が言うには元副団長だったとか何とか…」
それを聞いた颯人は皿をアヴィに返し、お客さん達の噂話の中の1つを思い出した『異色の副団長』。そもそも白の騎士団は団長自体も人気なのは有名な話だ、その裏で2人の副団長も実は噂話としては結構有名らしい。その1人は最近普及しだした『通信用宝珠』を開発した引きこもりの副団長。名前は『染谷凛太郎』聞き馴染みのある日本の名前で覚えているが、確かもう1人の副団長が『ロッシュ』と言う名前だった気がする。特質するのはその風貌、褐色の肌に熊の様に大きな身体、全身には入れ墨が入り大の酒好きで大酒飲み。騎士団の中でも白、黒、赤の花形とまで言われている団の中でも白の団長は在籍期間も長く聖騎士とまで言われている役職についていると聞く。そんな団であればどんな人種が集まるかは想像がつく、団長同様に清廉潔白、謹厳実直な団員が多いのだろ。その中にそんな人物が副団長としているのであれば噂にもなるだろう。
「それで、その人に瀬奈ちゃんが少年趣味だとバレてしまったと。それの何処が問題なのか分からな……?」
颯人はそこで何かに気づいた。俯いたままの瀬奈はフルフルと震えている。良く見れば耳まで真っ赤だ。
「……うんです」
「ん?」
瀬奈は立ち上がり、拳を握りしめ顔を上げる。
「私!ショタコンじゃなくて唯の隠れオタクなんですっ!!」
店の外まで聞こえそうな力強い声量に皆が目を見開いた。そんな中最初に動いたのは颯人だ。
「そ、そうなんだ」
瀬奈の迫力に一瞬だけたじろいだ颯人だったが、辛うじてそう答えた。
〜隠れオタク女子〜
オタクを自認しているオタク女子。その中でも隠れオタク女子と言われている者が約半数だと言われている。
そう、オタクを自認してはいるのだが絶対にオタクだとバレたくない!と思っている女子が半数もいるわけである。バレたくない理由としては、どうしてもまだマイナスイメージを持たれやすいのが理由の1つとしてあげられる。オタクは日本の文化だ!今は多様性の時代だ!なんだと掲げてはいるが、全てのオタク達を受け入れるまでにはまだまだ時間が必要である。特に特殊すぎるオタク趣味を持っていたら尚更隠してしまう傾向にある。だからと言ってオープンにしてしまうとこれまた面倒で、誹謗中傷を受けてしまうことも多々あり。まぁ、一般的な倫理観から外れてしまうオタク趣味の人はしょうがないとして。他にも、オタク同士でも好きのジャンルが違う!とか、熱量が違うとか!仲間は欲しいけど基本は1人で楽しみたい!とか色々あるのがオタクなのです!!隠れオタク女子である私も普段は普通に生活をし、推し活中は1人楽しみたい人間なので『隠れオタク女子』だと言うことがバレたくないのです!!
「ハァ、ハァ、ハァ!!」
切らすことなくひと息で言い切った瀬奈。拝聴していた皆は「おおー」とか「 すごいー」とか言って拍手までしている。
「なので何も聞かなかったことにして下さい!!」
若干の酸欠状態の上、額には汗粒を浮かせ肩で息をしながらも瀬奈は皆にそう伝えた。
「えっ?もうバレてるのに?」
「そうです!」
「それって隠す意味があるの?」
「私は隠れオタク女子として楽しみたいので!!」
何だか良く分からない理由に同じ顔の3人は首を傾げる。
「まあまあ、本人がそれでお願いしてるなら良いんじゃない?それと、瀬奈ちゃんはちなみに何オタクなの?ショタが本命ってわけじゃないんでしょ?」
颯人はコーヒーのお代わりの為に席を立ち、瀬奈の横に立った。
「………ショタと言うより可愛いものは私にとっては全て癒しなんです。ハーフエルフの皆もレイズもお屋敷のメイドさん達やネル君も女性とか男性とかは関係ありません」
颯人は空いたグラスに氷を入れ、まだ暖かいコーヒーを注ぎ入れる。
「成る程、いつもネル様とニャンコを見て『萌え的癒し〜』って言ってるのはそう言うことなんですね」
アヴィ君。余計な事は言わないで。顔はそのまま笑顔を貼り付けた瀬奈は、内心そう思いつつ皆を見回せば隣の颯人と視線があった。
「あっ……」
色眼鏡の向こうの瞳だけが何故かわけ知り顔だ。きっと『萌え的癒し』の本来の意味に気づいたのは颯人だけだろう。
(うっ……恥ずかしい……)
視線をずらし、瀬奈は手で顔をパタパタと仰ぐ。隠れオタク女子の特徴として『普段とのギャップの違い』が良くあげられる。瀬奈も普段の生活ではクールビューティーを目指し推し活中はその仮面が外れてしまう。なのでオンとオフの演技をしていると言っても良いくらいだ、それに赤面症でもある。ほんの少しのことで直ぐに顔が真っ赤になるのが昔からの悩みなのだが、演技中はそれも抑えられている事を発見した。それも人には言いたくない秘密だ。
「う〜う〜。今日はもう帰りたい」
「まぁまぁ、そんなこと言わないで。俺なんてもう忘れたし!ね?」
いつものように頭をポンポンと叩く颯人に、ねっ?と言われた所で信じはしないけど聞かなかったことにはしてくれるらしい。相変わらずの大人な対応に礼を言うべく、瀬奈は伏せていた顔を勢いよくあげた。が、何かにぶつかる鈍い音と慌てた颯人の声。
「おっと、あっ、ちょっとまって」
「えっ?」
ちょっと待ってと言われたのについ頭を上げてしまうのは反射の様なものなのでしょうがない。髪がピンっと引っかかる感触に瀬奈はすぐに気づいた。
「あっ、眼鏡が絡まったんですねごめんなさい」
頭を上げた拍子に、髪飾りの1つに颯人さんの眼鏡が引っかかった様だ。今日は暑かったので頭の上でお団子にしている。ちなみにお団子には自分で作った蜻蛉玉を細い木の棒に付け、それを頭に刺しているだけ。
「こっちこそごめんね〜今取るから。あーっと、誰かお客様来たみたい誰か対応して〜それと外の釜の」
来客を告げるベルを皮切りにどんどんと指示をしていく颯人さん、階段を降りる皆の足音を頭を下げたまま聞いていた。さっきまで賑やかだった休憩室は今は2人になり静かだ。
(あっ、喉仏。こんな間近で見る機会なんてそうそうないからちょっと面白いかも)
ほんの少し視線をあげた先には上下に動く喉仏、それに興味深々の瀬奈。グイグイと近づいてくる瀬奈の頭が顎下まで入ってくる、何故か少々興奮気味の瀬奈の鼻息が首元にかかり颯人は我慢出来ず。
「アハ、ちょっとくすぐったい…瀬奈ちゃんちょっと離れてっ……」
身じろぐ颯人から少しだけ離れた瀬奈、それを目の端で確認する。さっきから時々鼻を掠める微かな甘い香りはなんだろうと颯人は思っていた。
「瀬奈ちゃん、なんか香水とかつけたりしてるの?」
「ほっ!へい?な、何もつけてませんが?」
ほっ?へい?変な返事が聞こえたけど。まぁ良いや、この匂い何かな?
クンと鼻先が匂いの元を辿っていく、香水でないならシャンプー?とかかな。先程よりも強くなった匂いに惹かれ、探していると腕の中にいる人物が。
「あの……颯人さん?何してるんです?」
そこには顔を真っ赤にした瀬奈が困った様に見上げていた。




