イケメンはごめんなさい!! 45
「ん?んん?」
瀬奈は目を疑った。
まだ夢の中にでもいるのだろうか?だが頭はしっかりしている。
なら、あれは夢ではなく現実なのかもしれない。
「あれは……何?」
瀬奈の部屋の窓の外には大きな木が一本生えている。いや、リアム邸敷地内の屋敷の周りには等間隔に整えられた木が立っている。太陽光を求める身の瀬奈としては非常に邪魔としか思えない時もなくはない。
そんな木の幹に知らない人が仁王立ちで立っていた。しかも…多分…。
「……変質者かしら?」
そんな第一印象だった。
そんな朝の出来事は、いつもの日課を終え部屋に戻って来た時にはすっかり忘れていた。そして、隣から聞こえるネル君の怒りに満ちた声で理解した。
(あっ、朝のって隣りの人だったんだ)
聞こえてくる声はネル君と、聞き慣れない野太い声。瀬奈はいつもなら店に向かう準備をするが今日と明日は臨時休業と言う事で、屋敷内の図書室から借りてきた本を読んでいた。
「今日はお店の棚卸しって言ってたっけ?私もお手伝いしても良かったんだけど……」
椅子に座ったまま腕を伸ばしてググッと固まった身体全体を伸ばす。
瀬奈は昨日の帰り際を思い出した。私もお手伝いしますよと言った瞬間4人が全力で顔を横に振った。確かに、ちょっとおっちょこちょいな部分もあるかもだけどそこまで拒否されるとは思わなかった。
瀬奈としては少し傷ついたのだが、思い返せば瀬奈が歩くたびに棚から物がコロコロと落ちてくるのは日常茶飯事。大体誰かが自分の近くにいるか、そこから動かないでと言われる事が多々ある。自分では気をつけているつもりだけれど何故だろう?
「……まぁ、迷惑をかけるのもねぇ?」
1人納得していると、自室のドアを叩く音の後に自分の名前を呼ぶネルファデスの声が聞こえた。
「はい?」
今日は一日予定があるとかで瀬奈は丸一日自由時間をもらっていた。読んでいた本に栞を挟み、ノックされた扉を開く。
ドアの向こう側にはネルファデスが立っていたのだが、何故か困り顔だ。
(困り顔も……可愛い)
ついつい頭を撫で撫でしたくなる衝動に駆られながらも、瀬奈は平常心を装いながらネルファデスに挨拶をした。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「おはようございますセナ様。せっかくのお休みですのにお邪魔してしまって申し訳ありません」
深々と頭を下げるネルファデスに瀬奈は慌てて、頭を上げるよう要求する。
「や、辞めて下さい!私に頭を下げるのは!」
瀬奈はネルファデスと視線を合わせる為、膝をつき顔を覗きこもうとするよりも早くネルファデスは床に頭が着くのでは?という勢いで。
「……ですが、僕のせいでセナ様には朝から不愉快極まりない思いをさせてしまいました!」
瀬奈はその一言で、ネルファデスが何を指しているのか何に対して謝っているのかを理解した。
多分、朝の……。
「ああ…」
遠い目をした瀬奈。それを見たネルファデスは一度「クッ」と苦虫でも潰した様な表情で顔を背ける。
「やはり……ここは一度、厳しく躾けた方が宜しいですね。紹介させて頂きたいのですがもう少しお待ち下さいませ」
再度、深々と頭を下げたネルファデスは静かに扉を閉めた。次いで聞こえるのはドスンドスンと何かが暴れる物音と、野太い男の叫び声。その中に『裸の何処がいけないんだー!!』と、聞こえてくる。
「裸は……うん、ちょっと……」
瀬奈が朝見たモノは朝日に照らされ、仁王立ちで立つ裸の男だった。瀬奈は本を片付け、引き出しに入れてある自分の鞄から携帯を取り出し、イヤホンを耳に付ける。ほんの少しだけボリュームを大きくして心を落ち着ける為の癒し時間とし、次に扉がノックされるまでの間を過ごした。
「いやーハッハッハッハッ。まさか普通の人間の女性がいるなんて思って無かったから。朝から変なもの見せて悪かったな」
そう言って使用人屋敷用の食堂にネルファデスが連れて来た男性は、瀬奈の前に立ち無精髭の残る顔でニッと笑い差し出された手を瀬奈は恐る恐る握る。
(えっ?普通の人間の女性?どう言う事かしら?アンジェリカさん達以外のメイドさん達は普通じゃないの?)
そんな疑問が出て来るがそれよりも瀬奈の正面に立つ男性は随分と傷だらけだった。それに加え体格も良く、貸し出しであろう真っ白なワイシャツのボタンは今にも弾けそうだ。スラックスタイプのパンツも太腿の辺りが随分ときつそうである。確かリアム様の部下の人とは聞いていたがまさかこんな筋肉ムキムキの厳つい戦士が来るとは思わなかった。予想とは違うことに内心ドキドキしながらも瀬奈はじっくりと観察した。男の手は大きくてゴツゴツとしていて、元の世界の兄を思い出す。
(あっ?手の平にタコが出来てる。やっぱり武闘家って感じだけどそう言えば颯人さんも両手に出来てたよね?颯人さんのは職人タコかな?)
そんな事を思いながら。握り返した手は男の見た目とは違い思いのほか優しかった。
「俺の名はロッシュ・ローデンステイン。白の騎士団副団長の1人だが今はただの使用人だ。よろしくお嬢ちゃん」
「えっ!あっ、宜しくお願いします」
ニカッと白い歯を出して笑う男に、瀬奈も挨拶をした。それよりもまさか副団長クラスがくるとは……更に予想外。パンパンと手を叩く音に瀬奈は音のする方へと顔を向けた。
「2人の顔合わせは出来ましたね。他の使用人達やメイドとも時間があれば紹介しますので。とりあえずお2人は私についてきて下さい」
そう言われ、食堂からネルファデスに連れて来られた場所は裏の湖だった。普段から瀬奈が朝の日課として走っている場所だ。ここに何が?不思議そうな顔でネルファデスを見るが答えは隣り立つロッシュから発せられた。
「おっ?団長が忙しそうにしてたのはコレがあるからか。雪華樹用の真珠貝がこんな場所にあったとはね」
ニヤリと笑い、無精髭の生えた顎に太い指を置き何やら物知り顔だ。
「真珠貝?」
瀬奈の不思議そうな顔はネルファデスからロッシュに移動する。その"?"顔を見たロッシュは湖に近づき手で来い来いと瀬奈を手招きした。
「この湖の中見てみな。何か見えるだろ?」
そう言われてロッシュの立つ場所に瀬奈も立ち、ロッシュの指差す下を覗き込み瀬奈は驚いた。
「何これ?いままで全然気付かなかった」いつもは太陽が上がりきる前だったので暗い湖の中には気づかなかったのだろう。そうでなければ、先日落とした時に気づいたはずだ。今は太陽が真上にあり湖の中がよく見える。
湖の中には真っ白な貝殻が所狭しと生えている。生えていると言う表現が合っているのか不安であるが、表現としては適切だろう。
湖の岩肌に真っ白な貝殻がまるで白い小花のようにびっしりと生えているのだから。
貝殻達はパクパクと呼吸でも吸う様に貝殻の上下を動かし、細かな気泡を吐き出しているその光景も光の中で見るとその光が反射しキラキラと輝いていて神秘的だ。
「綺麗だろ?あれが真珠貝だ」
真珠貝と言ったら、私の世界での真珠貝を思い出したのだが全然違う事に瀬奈は驚いた。私の知る真珠貝は見た目は黒っぽいか茶色の貝殻で中に真珠が入っているのが良く知る真珠貝で、この目の前にあるのは貝殻自体が既に真珠の様に真っ白でまるで水中に咲く白い花。
「少し待ってろよ……」
そう言ってロッシュはワイシャツの袖を捲りあげ、そのまま水中の中へと腕を突っ込んだと思った次には手に貝殻を一つ掴み取っていた。
「ほら、持ってみな」
差し出されたのはまだ小ぶりの貝。瀬奈は両手で貝殻を受け取り、更に驚いた。
「……この貝殻、冷たい」
そう、水中にあったのにもかかわらずまるで雪の玉を持っているみたいに冷んやりと冷めたいのだ。
「お嬢ちゃん、夏の風物詩のひとつの城で開かれる舞踏会の事は誰かから聞いたか?」
ロッシュは瀬奈の手から貝殻を受け取り、また湖の中へと戻してやった。すると貝殻は上下の殻をパクパクと動かし泳いで元の位置へと戻っていってしまった。まるで貝殻に意識があるみたいだ。
「はい、先日アヴィ君……ここの庭師のアヴィ君に舞踏会があると言う事は聞きました。庭に大きな雪華樹が埋められて避暑地になるんだとか……」
瀬奈は見た事がないので自分で言っていてどういった光景が広がるのか良く分からなかった。
「んーお嬢ちゃんはまだ夏の舞踏会見た事ないんだよな?」
「はい、この世界に来てまだ数ヶ月なので」
「だよな?舞踏会と避暑地。雪華樹はまだ良いとしてもそれだと雪華樹と真珠貝の関係が分からなだろ?」
ロッシュは指で無精髭を撫でながら瀬奈に首を傾ける。瀬奈もつられて首を傾けた。
「ええ、そうなんですよね。真珠貝は今見たので分かるんですが雪華樹って何なんです?」
瀬奈はロッシュに質問した。そんな様子を2人の少し後ろでネルファデスは静観していた。
実は、ネルファデスの屋敷内での仕事が忙しく瀬奈に勉強を教えるのが難しいと判断したネルファデスはリアムへと相談していたのだ。自分の代わりに、瀬奈へこの国内でのルールや一般的な生活の基礎、それに加えて歴史や国内外の政治などの一般教養などを教えられる人を通いでも良いので雇って貰えないだろうか。と、いざリアムからの紹介で来た人物を見た時は心配でしかなかったが……この様子を見るに流石リアム様としか言えない。若干の問題行動には目を瞑る事にし少しばかりホッと胸を撫で下ろす。
「これなら大丈夫そうですね……お2人共。宜しいですか?今日はここの貝達を掃除して欲しいのです」
ロッシュと瀬奈は振り返り。
「掃除?」
「掃除ですか?」
息もピッタリのようだ。
「ええ、湖の中に居るので貝殻が苔で汚れてしまうのです。当日まではまだ日数がありますがいかんせん数が多いので今からやっても間に合うか分かりません。ですので、2人をメインに他の使用人達やメイド達で貝達の掃除をお願いします」
ネルファデスは本日何度目になるか分からない深いお辞儀を2人にしその場を後にする。




