イケメンはごめんなさい!!5
暖かな昼下がりの、瞼が重くなりそうなそんな時間。
緑豊かな木々と木漏れ日の中を鼻歌混じりに歩く人物がいた。
目的地までは後少し。
天然の樹のアーチを抜けると、目的の人物は机に向かって難しい顔をしている。
「おや?リアムのそんな表情なんて珍しいね」
考え事をしていたリアムと呼ばれた男は、視線を庭へと向ける。外の光を取り込める様に執務室と庭の間には大きなガラスの扉があるだけ。その扉の向こう側に1人の青年がニコニコしながら立っていた。
「……お前か、エリアス」
エリアスと呼ばれた青年は天使の微笑みの様な顔をさらに親しい者に向ける顔へと変えガラス扉に手をかける。
開けた瞬間、緩やかに風が室内を駆け抜けていく。
そしてエリアスの長い金髪を風に乗せ、花びら達が彼を讃えるようにヒラヒラと回りを飛び回っていた。
女性が喜びそうな甘いマスクに風の精霊達も喜んでいるのだろう。
特に女性の姿をした精霊達はキラキラして綺麗な物が好きなのだ。
「こんにちは。少し散歩のついでに君の執務室に来たんだけど、紅茶を一杯頂けるかな?」
「……今は仕事中だ」
リアムは忙しいとばかりに手元の書類に視線をもどす。
「さっきから、その書類進んでないみたいだけど?」
小首を傾げニコニコとしているエリアスをいつから見ていたんだと言わんばかりに軽く睨み付ける。
いや、そこら辺を飛び回っている精霊達が彼に雑談ネタとして提供したのかもしれない。彼女達は彼とおしゃべりするのが好きでネタ探しにいつも国内どこへでも飛び回っているから。
「……………ふん、今日は?」
リアムは諦めて、執務室から外へと続くガラス扉をくぐり庭の方へと足を向ける。
エリアスはいつの間に持っていたのか、両手一杯の花びらをリアムへと差し出した。
「風の精霊達が今日のオススメだってさ♪」
差し出された花達は目で楽しむ物とハーブ系が数種類。その中の幾つかを手際良く抜き取り、残りは花瓶代わりの水盆へと浮かべてやる。
「なら、今日は花茶だな」
リアムはさっそく準備を始めた。彼は茶とスイーツに目がない、東西南北ありとあらゆる茶葉を常にキープしている。
温度管理もバッチリで、スイーツも色々とこだわりがあるらしいのは置いといて。
最近の彼の様子と、周りの噂を確かめるべくエリアスは今日ここへ来たのだが。
「……最近、君の部隊の子たちが噂してたんだけど君は知ってるかい?」
「噂?そんな物、年がら年中だろう?したい奴にはさせとけば良い。それに噂でストレス解消出来るなら安上がりだ」
コポコポと沸騰させた湯を透明なカップへと注ぐ。
「……君の様子が少しおかしいって噂なんだけど?」
砂時計をテーブルに置き、落ちて行く砂を二人で静かに見つめる。砂が落ち切るとカップの湯を捨て、代わりに琥珀色の茶がカップに注がれる。カップは透明で注がれるたびに小さなな花がクルクルとカップの中を踊っているのが見えた。
「……少し、疲れていただけだ」
注いだ茶をコクリと飲み少しだけ近寄りがたい彼からはいつも以上に近寄るなオーラが出ているようだ。
眉間のシワがいつも以上に深い。
「ふ〜ん……そっか。なら良いけど」
エリアスも入れてもらったばかりの茶を一口飲み、顔を綻ばせながら。
「今日も美味しいね。君たちもありがとう」
そう言うと回りの花や木が答える様にゆらゆらと揺れていた。
「ねぇ、リアム」
対面に座るリアムは視線だけエリアスに向ける。
「この、万能お茶会セットテーブル僕に頂戴?」
「断る」
即答だった。リアム特製『万能お茶会セットテーブル』は名前の通りいつでもどこでもお気軽にお茶会が出来る仕様になっている。
わざわざ台所でお湯を沸かさなくとも、いつでも最適温度のポットがこのテーブルに収納されておりお湯どころかカップや茶葉、スイーツまで収納されている。
現に、何処から出できたのか杏仁豆腐が出てきてそのうえに食べる様の花を置いて差し出され、ありがたく頂く。
リアム曰く、知り合いに特注で作ってもらったらしい。
「このテーブル万能すぎ」
「だろ?」
珍しいリアムのドヤ顔に笑いながら、2人は午後のほんの束の間を楽しんだ。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……」
暖かい風が肌をなでる。
自分の荒い息づかいが聞こえる。
学生時代ぶりに久々に走った。
けれど、走れば走る程―――ここが違う世界なのだと実感する。
見慣れない景色。
見たこともない文字に、食べ物。
そして、
「セナ様~、リアム様がお呼びですよ~」
長い黒のロングのメイド服を着た女性が遠くから走ってくる。
最近見慣れた光景に最初の驚きと感動と萌え心は落ち付きを取り戻していた。それなのに…
リアムその名前に心臓がビクリと反応する。
私がこの異世界に来て、ひと月。
予定していた対面よりも少し伸びてしまっていた事に内心はホッとしていた。けれど、ついに………
ついにこのお屋敷のご主人様と対面する時が来てしまった。
一番、会いたくない人物である。