イケメンはごめんなさい!! 44
サラサラと流れる水、太陽の光に照らされて眩しい程にキラキラと反射している。空模様は本日も快晴だ。緩やかに素肌を撫でる風もどことなく夏の匂いが混じっている。そんな2人の居る噴水広場は感謝祭が終わった事もあり人はまばらだ。
そんな中、木陰のベンチに座る瀬奈は隣に座る彼の落ち着きなく動きまわる尻尾を眺めていた。
(顔は普通なのに、尻尾だけはさっきからずっと激しく動き回ってる……)
瀬奈の視線の先には、パタパタとベンチを打ちつける様な動きをしている細くて長い彼の尻尾があった。そのままチラッと視線を上げて彼の顔を見るもいつもと変わらない表情だ、赤い髪に少し釣り上がった金色の大きな瞳。小さな鼻と小さな口。まだ幼さの残る顔は何故か徐々に苦悶の表情に変わっていく。
(??どんどん顔色が悪くなっている様な……)
瀬奈は心配になり隣りに座る彼との距離を詰める、だが彼の表情はさっきよりも苦しそうに見えるのは気のせいだろうか?良く見れば額に汗の粒が浮かんでいる気がする。するとその小さな口から何か呟きが聞こえてくる。
「……かい」
その呟きが聞き取れなくて瀬奈は聞き返した。
「えっ?貝?」
「違う!近い!近すぎるんだよお前っ!!自分の顔の横に顔があったら気になるだろうがっ!!」
真っ赤な顔をしたレイズは隣に座る瀬奈の顔に指を突き付ける。近すぎると言われた瀬奈は渋々とベンチに座り直した。プンプンと怒るレイズに瀬奈はクスッと笑い「ごめん」と謝る。確かにもっと近くで見ようと思ってついつい調子に乗ってしまったことは認めよう。
「それで?そんなに悩んでどうしたの?」
あまりからかい過ぎると本気で怒りそうなので、本題に入る。
「悩み……って訳じゃないんだけど……」
と、言ったレイズの顔は悩んでいる様にしか見えない。が、瀬奈はさっきまでの様子を思い出す。
2人が出会ったのは数十分前。
瀬奈は正面に居たレイズの背中に声をかけた。その背中はビクッとしたものの、ゆっくりと振り返り声の主である瀬奈を確認にしホッと胸を撫で下ろす。
「おはよう、レイズ」
「おっ、おう。おはよう」
「今日も巡回?」
「おっ、おう。いや、違う今日はこの後騎士団本部に呼ばれててそっちに行く」
「騎士団本部?警ら隊って騎士団に所属してるの?」
「いや、そう言うわけじゃないけど……黒騎士団の奴に呼ばれてて……それで……」
「………成る程、それでさっきからお店の周りをウロチョロしてたんだね」
「ウロチョッ!!間違ってはないがその言い方はやめろ!!」
恥ずかしそうに顔を赤らめ尻尾をブンブン振る猫様ことレイズ・カメリアは瀬奈が買い物から帰って来ると、颯人さんの経営するお店『ベルフルール』の周りを深刻そうな顔でグルグルと徘徊していた。
大通りから少し脇に入ったこの店は普段から人の出入りは多くはない。むしろゆったりと店内を見れる。
なので、そんな店の周りを赤い髪の獣人が険しい顔付きでウロウロとしていれば当然目立つのだが、本人はそれに気づいていなかった。その様子に買い物から戻った瀬奈は気づき、そんな不審者の様なレイズの行動をたっぷりと堪能した後、窓から中を覗いていたレイズに話かけたのだ。
気まづそうな顔で腕を組み、壁に寄りかかる姿は誰かに似てる気がする。
「………………」
そんなレイズを見ていると瀬奈の鼻腔に焼き立ての小麦の匂いが掠めた。
「あっ、そうだ。今、近所のパン屋で皆の朝ごはん買って来たんだけど食べる?」
瀬奈の両手には大きな紙袋。いつもの店で朝食を買って来た帰りだ。レイズもこの店のパンは好きみたいなのでそう聞いてみた。
「いや、腹は減ってないから……」
「……中、入る?」
「…………」
聞こえてはいるはずだけど無言のレイズ。いつもはピンッと立った猫耳も今日は何だかシオシオと力なく見える。
「……近くの広場にでも行く?」
「……おう」
そう言って、2人は近くの噴水のある広場に向かったのが数十分前の事だ。
そして。
「黒の騎士団の人ってもしかして副団長さんのこと?」
先日会ったばかりの上から下まで黒一色だった背の高い青年を思い出す。瀬奈にとって顔の分かる黒の騎士団と言ったら彼しか知っている人は居ないのだが、そう聞いてみた。
「知ってるのか?」
レイズは意外とでも言う顔つきで瀬奈の方に顔を向けた。
「知ってると言うか…先日……」
先日の異世界横丁の事を話した。
「また迷子か……」
話終わった瀬奈にレイズの呆れた瞳が刺さる。
「いや、私が迷子になった訳じゃないんだけど……まぁいいや。それで?レイズは何で騎士団に?」
「それは俺も良く分からない、ただ推薦がどーとかって話ていたのは覚えてる……その辺の話は俺が居ない間にボスと話してたみたいで詳しい事は直接会ってから聞けって言われてさ。ついでにこの間の事件の事も聞きたいからって、わざわざあの店を指定してきやがった」
ベンチの背もたれに疲れた様に寄りかかるレイズを横目に。
「………成る程」
先日、エバーとシャルが連れ去られた事件について今お店に黒の騎士団が来ている。詳しい事が聞きたいとオープン前のお店にやってきたのだ。その間、邪魔になるだろかと思いいつもより早く瀬奈は買い出しへと行き、帰り際にレイズを発見したと言うわけだ。
(通りで、あの副団長さんやたらお店の中をキョロキョロしてると思ったらレイズを探していたのね)
ユリウスが店に来た時を思い出し、納得した。
「でも、何でお店……あっ。もしかして2人を迎えに行ったのがレイズだったから?この店の関係者だと思われたのかしら?」
確か、2人を迎えに行ったのは颯人さんではなくレイズだったと聞いた。しかも2人からのご指名で。
「………たぶんな。あいつは俺が教会の人間だって知っているはずなのにここを指定してきたんだ」
面倒だ、なんだとぶつぶつ文句を言っているレイズだったが瀬奈は1つ疑問に思っていた事を聞いてみた。
「………ねぇ?レイズはお店の皆の事知ってるの?」
「ああ……あ?何?」
レイズと颯人の関係を。先日、颯人にも聞いてみたがやんわりと逸らされた。
「2人は知り合い同士なの?」
「あ………うん。知り合いかな……」
「そう……」
颯人と同様、レイズも聞いて欲しく無さそうな空気を醸し出してきたので瀬奈はそれ以上は辞めておく。これ以上は踏み込んで来るなっ!そんな壁を感じた。
それよりも今は目の前の誘惑に負けそうだ。
触り心地の良さそうな尻尾が目の前でパタパタと揺れている。ウズウズとする気持ちが徐々に身体の奥から溢れてきそうになるのを抑える、が。
そんな瀬奈に奇跡が起きた。
「その手っ!!」
ワキワキとかってに蠢く瀬奈の手はレイズの尻尾で叩き落とされた。
「………!!?」
一瞬だけ触れたモフモフの感触に瀬奈は思わずニンマリしてしまう。なんの痛みのない、ただのモフモフに叩き落とされた両手をギュッと握りしめる。
「だ・か・らその気持ち悪い動き……何、その顔」
今の自分の行動に気づいてないのだろうか?少しだけドン引き気味なレイズは、パタパタと尻尾を動かしている。
(あれ?今のは無意識なのかな?それとも今のは触った事にカウントされないのかしら?)
「幸せを噛み締めてるの!気にしないで」
今の感触を大事に手の平に握りこみ、それをニンマリした顔で喜んでいるそんな瀬奈からほんの少しだけ距離をおいて座るレイズ達のもとに、黒の騎士団の副団長ユリウス・ラシッドが現れるまで時間はかからなかった。
「すまない、自分が呼んでおきながら君を待たせてしまった」
見た目通り真面目な性格なのだろう。ユリウスは自分達の元に到着するなり頭を下げて謝罪した。
「……頭は、上げてくれ。俺がかってにここで待ってただけだから。それよりもう良いのか?」
レイズはクイっと顎をユリウスの背後に向けた、その後ろには1人の表情が豊かとはいえないハーフエルフ。
「事件の話はもう終わりましたよ。君がいつまで経っても現れないから、彼に私が君の行きそうな場所に案内したんです」
そう言って、ユリウスの背後から現れたのは大人しそうな微笑みを浮かべたリーフだ。リーフはレイズに近づき一言二言、言葉を交わしていた。普段あまり表情のないリーフとまだ青年になりきれていないレイズ。その様子は何故か大人と子供みたいに見える。
「あの……やはり知り合い同士なのでしょうか?……あっ、失礼。立ち入った事を聞いてしまいました」
ユリウスも同じ事を感じたのだろう、つい思った事が言葉に出てしまったようで失敗したと言う顔をしている。
「ふふ、私も詳しい事は知りませんが多分そうなんだと思います」
瀬奈は優しい雰囲気を醸し出す2人を見て思わずホッコリしてしまう。
「そうですか……」
逆にユリウスは険しい顔で2人を見ていた。
「そう言えば副団長さん」
「はい何でしょうセナ殿」
「先日はありがとうございました。お礼を言う前に居なくなってしまっていたので」
「……いえ、当たり前の事をしただけですので気になさらずに。それよりも、自分の事はユリウスと呼んで下さい。副団長ですと他の騎士団の副団長もいますので」
キリっとした瞳が瀬奈を見下ろしていた。
「……そう、ですよね。副団長違いもあるかもしれないですもんね。分かりました、これからは『ユリウスさん』とお呼びします。それと、私には敬語は必要ありませんから普通に話て下さい」
一瞬だけユリウスの瞳が大きく開かれたが、すぐに。
「…ああ、お願いする。どうやら2人の話が終わったようだ」
そう言って、ユリウスの視線は正面の2人に向けられ、リーフと入れ替わる様にユリウスはレイズの横に立ちリーフは瀬奈の横に並んだ。
「それでは2人共、失礼する」
お辞儀をして去って行くユリウスと横目でチラリと一瞬だけこちらを見たレイズを送り出し私達は店へと向かった。
「あっ!アヴィ君!!あの子がまだ」
「大丈夫ですよ。彼なら先に戻って来ていますから」
「えっ?そうなの?またネル君に怒られちゃうかもって心配してたのに」
そう怒る瀬奈を横目にリーフの視線は屋根の上を見ていた。そこには1匹の鳥が静かに街を見下ろしている。実は2人が広場に居ることを考えてくれたのはアヴィなのだかそれは黙っていよう。
「セナ、重いでしょ?荷物持ちますよ」
リーフは瀬奈の両手から紙袋を奪い歩き出す。
「ありがとうリーフ。今日はね、パン屋の隣のおじさんが……」
たわいない話をしながら2人は店に向かって歩き出した。




