イケメンはごめんなさい!! 36
午前中、颯人が個人作品の依頼の為作業場に篭っていたのでベルフルールのカウンターで店番をしていた。
「あっ、これも可愛い」
瀬奈はホコリ取りのモップを手に、棚に飾られた商品の一つを手に取った。店内は相変わらず静かで、誰の話し声も聞こえない。
「う〜ん、こっちも可愛い。迷うな〜。好きな猫選んで良いとは言われたけどどれも可愛くて迷っちゃうな」
そんな大きな独り言に返答する者はいなく、瀬奈は朝の店内掃除を進めた。
度々、誘惑に時間をとられながらも一通りの掃除が終わると店内が更に綺麗に見えてくるのは頑張ったからだろうか?店は大通りから一本逸れ、裏路地に構えているせいか朝日が店内に差し込む時間は少し遅い。
アジアン雑貨半分、ガラス細工半分の不思議な空間に遅い朝日がキラキラと店内を照らしだす。掃除したばかりだが、空気中に舞うホコリとガラス細工の乱反射で店内は光の幻想空間になった。
ほんの束の間の出来事ではあるが、瀬奈はこの瞬間が以外と好きだったりする。
「……写真とかでこの瞬間を切り取れたらな。………あっ!」
瀬奈は何かを思い出し、カウンターに置かれた自分の鞄の中から携帯を取り出した。
お昼を告げる鐘が鳴ったのと、階段を疲労困憊で降りてきた颯人に気づいたのは同時だった。
「お疲れ様です。颯人さん」
カウンターから見上げれば、クタクタになった颯人が階段の手すりに寄りかかって下を見ていた。
「瀬奈ちゃんも、店番ありがとう。あの3人だと店番すら危なっか過ぎて安心して作業が出来ないから、本当助かる」
作業終わりではあるが、服は昨日のまま。ジャラジャラと付けたアクセサリーも今日はなんだか燻んで見えるのは気のせいだろうか?
「昨日あの後、そのままお仕事してたんですか?」
黄色の色ガラスの眼鏡の向こうの颯人の目の下には、ここからでも分かるくらいの隈が出来ているのが見えた。
確か、昨日も徹夜明けだったはずなのだがそのまま更に一日中作業をしていたとなるといくら体力があるとはいえ心配になってくる。
「ふぁぁ〜、少し気になる部分があってね〜熱中してたらこんな時間になってた」
欠伸を噛み殺しながらヘラヘラと笑う颯人に瀬奈は呆れを通り越して笑うしかなかった。この店に通い出し少し経つが分かった事が1つ。多分、颯人は根っからの職人気質なのだろう。見た目は軽そうな軟派男にしか見えないのだが、作品を作っている時や作業中にそんな意外な面を見せられそのギャップに『キュン』としてしまう人もいるのではないだろうか?
店裏で定期的に行われる、教室の最中に数人の女性達がチラチラと颯人さんの事を見ているのを何度か見かけた事がる。
確かに、一般的にみたら身長も高いし服から見える腕や首なんかも意外と筋肉質で引き締まっている。窯焼きの作業中なんて流れる汗と背中の引き締まりがカッコいいなんて私でも思ったことがあるくらいなのだから、一定数のファンもいそうなんだけど。
「そんなに見つめてどうしたの?俺に見惚れちゃった?」
手すりに肘を付けながら、下の瀬奈に言ってのける。この軽口がなければな、と思う事は度々だ。
「いえ、考えごとをしていました。颯人さんはお昼どうしますか?」
瀬奈は鞄から布包みを取り出し、解いていく。
「相変わらず、ツレナイねぇ〜瀬奈ちゃんは」
そう言いながらも、全く気にしていない様子の颯人がカウンター内の瀬奈の横に立ち何が出て来るのか布包みを解く手元を覗きこんでいた。
中からは、海苔で巻いた小さな俵握りと卵焼きに赤と緑のカラフルな野菜サラダに鶏の照り焼き。とても素朴でシンプルな弁当の出現に瀬奈ではなく、颯人が食いついた。
「おっ!美味そう!!瀬奈ちゃんが作ったの?」
「お米が手に入ったので作ってみました」
そう、この国ではお米の需要は高くはないけれど探せば手に入ると知り瀬奈は常連さん達から話しを聞き先日、やっと入手したのだ。ただ、便利なボタン1つで出来る炊飯器は無かったので土鍋で作るしかなかったのが1番大変だった。
「へぇ〜…………」
「………、颯人さんも食べますか?」
食べたい光線に耐えられず、持ってきた弁当を颯人に差し出した。
「えっ?良いの?」
「私は別のも持って来ているので……わぁ!」
言い終わる前に颯人からのキスを頬に受ける。颯人のこの日本人には見られない過剰なスキンシップは海外留学をしていたせいだと本人は言っていたけど、だからってそうはならないんじゃないかしら?多分、元々人に触るのが好きなんだと思う。
「颯人さん!そうゆーのは困りますっ!!」
「え〜何で?感謝のキスなのに〜?駄目なの?」
颯人は弁当箱を受け取ると、解いた布をまた縛り直す。多分、これから一度寝てからその後ゆっくり食べるのだろう。
「駄目です!私にそんな過剰なスキンシップの習慣は無いので困りますっ!!」
赤くなった顔を隠すようにプイッとそっぽを向く。
「困る……か、ふ〜ん」
颯人はニマニマしながら瀬奈を見ていたが、机に置かれていたそれに目を止めた。
「あれ?携帯?俺もまだ持ってるけどこの世界じゃ電波がないから使えないでしょ?」
「そうなんですけど、電波がなくても使える機能ってあるじゃないですか」
瀬奈は携帯の電源を入れて起動させる。
「オフラインで使えるやつ?メモとか電卓とか?」
颯人は少し考えるように首を傾げるが、オフラインで何が使えるのかは良く分からないみたいだ。普通ならそうかもしれない、電話、LINE、動画etc。どれも電波があってこそだと思うけど私の場合。
「そうですね、メモ、電卓、目覚まし時計なんかも使えますが私が使っているのは音楽です。クラウドデータで保存しているものもありますが、普段から聴く曲は携帯に直接保存しているので再生するだけなら問題なく使えるみたいです、それに」
私がオフラインでも使える機能を説明している最中、颯人はホーム画面を見ながら。
「あっ?写真機能も使えるの?」
「もちろん使えますよ、ただデータがいっぱいに……ちょ、颯人さん?!」
颯人は瀬奈から携帯を取り上げて、カメラのマークのアプリを開く。
「はい!瀬奈ちゃんくっ付いて〜」
そう言って、颯人は瀬奈の顔に自分の顔を引っ付ける。頬が密着する程の距離感にあたふたしつつも抗議の言葉が上手く出てこない。
「ほらほら、ちゃんとカメラ見て〜」
カシャ
写真には自撮り慣れしていない自分の顔と、少し前に流行ったピースサインを自分が如何にカッコよく見える角度で撮る颯人の顔。
「うっ………」
「次はもう少し笑ってみようか?」
まだ撮るつもりらしい颯人に。
「え?!まだ撮るんですか?これで…」
これで十分と言いかけたが、別の乱入者達にかき消された。
「なになに!何してるの2人共」
「いつの間に、開かずの間から出てきたのさ颯人」
「昼食をどうするか聞きに来たのですが……」
三者三様の台詞を吐きながら現れたのは、ハーフエルフの3人組。
中でも好奇心旺盛なシャルは、颯人の持つ私の携帯に釘付けだ。
「颯人!その板何!」
「これは、俺達のいた世界では携帯と言ってな……まぁ、こっちこい3人共」
良くわからないといった表情で3人は颯人の持つ携帯を覗き混みながら上に掲げる。
「はい、皆さん笑って〜」
カシャ
「「「!!??」」」
フラッシュに3人は驚く。
「ほら、見てみろ」
撮れた写真は颯人は言わずもながだが、3人の珍しいポカンとした顔がなんとも可愛らしい。思わず笑ってしまったのだが、シャルに聞き咎められてしまう。
「笑われたー!僕の可愛い顔が変すぎて笑われたー」
「えっ!そんな風には……クスクス」
「颯人!もう一回!僕の可愛いさが伝わるように写してよ!!」
背の高い颯人から携帯を奪うようにぴょんぴょんと跳ねるシャル、他の2人と私は大人しく見守っていたのだが。
カシャ、カシャ、カシャ……
(なんか連写音が聞こえる……)
よじ登りながらシャルは颯人の弱い所を掴む。
「うわっ!耳は辞めっ」
カシャーン
「……………」
颯人の手から離れた携帯は机の上に置かれた充電器へと直撃した。瀬奈は一瞬のフリーズの後、携帯と充電器をササっと鞄にしまい込んだ。
「3人共向こうに行こうか?颯人さんはこれから寝るみたいだし、お店は昼食の札でも出しておくから私の手作りで良ければ今から作るね」
まるで何も無かったかの様に瀬奈はニッコリと笑い、3人を台所のある部屋へと向かわせる。
「あっ、瀬奈ちゃんごめっ……な、さい」
クルリと振り返った瀬奈の顔を見た颯人は一言そう言ってからそそくさと布包みを持って2階の自室へと引きこもった。




