イケメンはごめんなさい!! 33
その日の夜。
いつもの薬湯と、細かい野菜の入ったシチューが夕食として出された。
瀬奈は病人食から少しグレードアップした食事に舌鼓を打っていた。覚醒してから数日、液体系の食事しか摂っていなかったので久々の形の分かる食べ物に感動して食べていたら。
「僕の作った薬湯がそんなにお嫌でしたか?セナ様……グスン」
夕食を部屋まで運んでくれたネルファデスは大きな瞳に涙を浮かべ、悲しそうな顔でそんなことを言いだした。
「ふぇっ!!ち、違っ……違うよネル君!これは久々に噛む食材に私の口が喜んでいるだけだから!!」
びっくりし過ぎて、変な声が出てしまったが瀬奈はしっかりと否定する。
「本当に?」
上目遣いでネルファデスは瀬奈を伺う。その美少年ぶりに瀬奈の中のもう1人が喜び狂気乱舞している。
「う、うん。本当だから!!そんな顔しないで?」
本当はもう少し見ていたい気もするが、それ以上は駄目だとそれ以上行くと別の何かが開花してしまうともう1人の私が言っている。
「なら良かったです♪」
ニッコリと笑うネル少年の瞳には涙の欠片一つ見当たらない。この、自分の見た目を良く分かっているあざとさの使い方に驚きつつも、嫌味にならないあざとさを使いこなせるネルファデスに感心してしまう。
まだ、少年なのに既に大人を魅了する力があるなんて……このまま大人になったら………。駄目だ!オバ様キラーになっているネル君しか想像出来ない!!
「セナ様、セナ様聞いてますか?」
「えっ?あ、ごめん。ちょっと歯で食材を噛む感動に浸っていて聞いてなかった。何かな?」
とてもじゃないが、オバ様キラーになっているネル君を想像してましたなんて言えない。
「……まぁ、そうしておきましょう。お昼にも言いましたが、この後診察をします。そこで異常がなければ本格的にこの世界についての仕組みなどを勉強していきましょうね」
「勉強、かぁ。自分の知らない事を知るのは楽しいけど……まさか、数学とか出てこないよね?私、計算とかは一切苦手なんだよね〜……」
瀬奈は1人になった部屋でのんびりと、ソファに腰掛けながら今日借りてきた本を手にとる。
ネルファデスはと言うと、少し用事があるとかで診察は2時間後に行う事になった。部屋にあるシンプルな飾り時計をみれば時間はまだ八時を過ぎたあたり。普段ならベッドに入り本でも読んでから眠りにつくのだが。
「あれ?栞がない?」
読みかけの本に挟んであった猫のチャームの付いた栞が無くなっていた。パタパタと本を広げてみても見つからない、鞄の中も今日借りてきた本の間にも無かった。
「もしかして、図書室で落としてきた?」
部屋着から、借り物の執事服に着替え瀬奈は急いで図書室へと向かう。瀬奈の部屋からは玄関ホールを通り過ぎ1番突き当たりの扉が図書室になっている。
カチャリと扉を静かに開き中に入れば、柔らかいランプの光で照らされた室内の中にキラリと光る何かが落ちていた。
「あった〜、すぐに見つかって良かった〜」
瀬奈は落ちていた栞を拾いあげる。すると、目の端に別の光る何かが落ちているのに気づいた。ちょうど、本棚の近くにある梯子付近まで近づきそれを拾いあげた。
「これは……螺子?」
拾い上げたそれはまさしく普通の螺子だった。瀬奈の居た世界でも見かけた事のある何の変哲のない、普通の螺子。
「なんでこんな所に?………ん?」
目に入ったのは動かなかった梯子。瀬奈はしゃがんでキャスターの部分をまじまじと観察する。
「あっ!ここ、外れてる」
良く見れば、キャスター部分の螺子が外れ噛み合わせ部分がズレ落ちている。そりゃ、押しても引いても動かない訳だ。
瀬奈は栞をポケットに入れ、梯子を持ち上げキャスターの部分を足の爪先でチョイチョイと動かす。側から見たら少々行儀が悪いが3メートル近くあるステップ付きの梯子なので手だけで持ち上げるには少々重過ぎた。
「後、……もうちょ、……と」
もう少しで梯子とキャスター部分が上手く嵌まりそうで嵌まらないを繰り返し、やっと嵌った!!と、思った瞬間。
思わぬ美声に話かけられた。
「今度は何をしているんだ」
振り向かなくても分かるこの美声。屋敷の主人のリアム様だ。
「………えっ、あ〜、キャスター部分の螺子が外れていたので直そうかと………」
心臓がびっくりしすぎてバックバクしている。
(な、なんでここにリアム様が!?確かネル君の話じゃ仕事で王城に泊まり込みで当分は帰ってこないはずじゃ)
瀬奈の背後に立つ気配に、背中がゾワゾワする。
そして、ヌッと現れた少し青白い手が梯子を掴んだ。
「ヒッ!!」
「持っているから直せ」
背後にたっているせいか、至近距離で聞こえる美声に瀬奈の心も頭も花畑状態になっていた。
(素晴らしい!!素晴らしい美声で御座います!!こんな、理想的な美声が生で聴けるなんてっっ!!私の中の私達が狂気乱舞して萌え悶えて倒れていくっっ!!)
そんな状態になっているとは知らないリアムは、全く動かない、いや……何故だか小刻みに震えているセナの様子に異変を感じ横から覗き込むようにセナの顔を見て眉間に皺を寄せ。
「やはり、ただの変態女か?…まぁ、いい。そのまま梯子を持っていろ」
リアムは掴んでいた手を離し、代わりに瀬奈の足元へしゃがみキャスターの部分を一瞥し。
「螺子は……」
スッと手がのびてきて、その手には螺子が一つ。
「…………」
つまみ上げ、そのままキャスター部分の螺子穴へと差し込み回す。後で、ネルファデスに報告しておこう。用事も済み、立ち上がりかけたリアムの頭にピンッと何かが引っかかる。
「?」
掴めば、何やら薄い板の様なものが釣れた。ブチっと引っ張れば何やら猫のチャームの付いた何か。
「……本の栞か?」
リアムは元々入っていたであろうポケットにそれを戻す。そのついでにチラリと持ち主の顔を見るが。
「……………」
何事も無かったかの様に、リアムはその場を後にした。
瀬奈はと言うと、診察の為に部屋に訪れたネルファデスが居ない事に気づき探しにきてもらうまでお花畑状態で立っていたらしい。
その時に、
「セナ様、大変言いにくいのですが……お顔の表情筋が緩みきっていて……その、あの」
と、目を背けてしまいたくなる程のだらしない顔の私を見せてしまっていたらしい。
家に居た時も家族から避難の声が上がっていて気をつけていたつもりだったのに、余りにも理想的な美声を前にしつい欲望が押し出されてしまったようだ。
(失敗した〜。私の度直球な理想過ぎてつい素が漏れでたか。気をつけないと!)
パシパシと自分の顔を叩きながら瀬奈は。
「あはは、驚かせたよね、ごめんなさい」
そう言って笑ながら謝った。
「僕も聞いていたはるか斜め上だったのでびっくりしました」
「えっ?聞いて?」
「いえ、なんでもありません。さっ、診察を始めますね」
何か上手くかわされた様な気がしないでもないが、いつものネル君の笑顔に頷くしかなかった。
無事診察も終わり、改めて動いても大丈夫だとお墨付きをもらい喜んだのも束の間。
「えっ………」
瀬奈は絶頂から地獄に落とされたかのような顔のまま固まった。部屋での療養期間は終わったが、まだまだ身体中に包帯を巻いている状態なので知らない人が見たならば余命宣告でも受けてしまったかの様な有様に、ネルファデスは若干引いてしまったのは心の中に閉まっておく。
「リアム様の、対面……」
「ええ、数日後にこちらに戻って来られると連絡がありましてね。そろそろセナ様の身体の状態も良くなってきましたので対面を……」
ガクガクと震え出す瀬奈に。
「まだ数日ですが、この世界の仕組みについて勉強をして頂いたセナ様ならリアム様への対面が如何に重要か分かっていると思いますが……」
「ええ、分かって、分かっています……契約するには契約者同士が直接対面しなければいけないのは習いました。けど……」
本来なら異世界人に慣れている専門の契約者と結ぶのだが、今回は少々イレギュラーな契約となる。
「なら、何故そんなに嫌がるのです?」
ネルファデスは少し前からの疑問を瀬奈へとぶつけてみた。
「僕はリアム様の執事で、若干の主人贔屓もあるかもしれませんがリアム様の何処が嫌なのでしょう?」
そう、眉目秀麗で高身長にスラリとした肢体の長い手足。
上位貴族である為、幼少期から一般教養に政治と帝王学その他諸々の勉学にも励み、騎士団長と言う地位に胡座を掻くことなく日々の修練も欠かさず、部下達にも慕われるこの完璧なリアム様の何処が嫌なのかがネルファデスには全く分からない。
だから、セナの次の言葉にネルファデスは驚きを隠せなかった。
「…だからですよ」
「だから?」
「綺麗すぎだからですよ」
“綺麗すぎる”それは褒め言葉なのでは?
それの何処にマイナス部分があるのか分からないネルファデスに対し、瀬奈は一瞬口を開きかけた後目を逸らす。
「ネル君、人の好みは十人十色だと思わない?その中でもネル君のご主人様のリアム様は王道で、容姿も力も持っていて一般的に大勢の人達から好かれるのかもしれない。けど、その反対派の少数派もいるわけでしょ?………私は、その少数派側だと思って貰えれば良いのかな?」
瀬奈は言葉を選びながらネルファデスにそう説明した。イケメンと呼ばれる部類はどちらかと言えば好物だ、ただし二次元に限る。リアム様の場合、三次元でのイケメン。イケメンって言うか耽美イケメンであるが。
「少数派、ですか…」
ネルファデスは少ししょんぼりしながら瀬奈の言葉を繰り返した。しかも不思議な事にこちらが罪悪感が募る気分にさせられるのは何故だろう。
「しょ、少数派でも嫌いって訳じゃないよ?ただ、イケメンとか綺麗なのが苦手ってだけだから」
「苦手?」
少しだけ浮上したネル君に瀬奈はホッとした。
「そっ!そうだよ!あの顔が苦手なだけだから!それにほら!!リアム様のあの美声は大好物だからっ!!!」
そう、声だけは三次元でも大丈夫なのだ。リアム様のあの声を思い出すと身体の中からゾワゾワと何かが溢れそうである。
「苦手……大好物………うん!分かった!!克服出来るように僕頑張るね!」
「えっ!いやっ!そうじゃなくて…」
そう言う事ではないと言う前にネルファデスの小さな手が瀬奈の両手を取る。
「任せて下さい!幼い頃のリアム様の苦手克服にも貢献させて頂きましたので僕が必ずセナ様を克服させて差し上げてます!!」
「あっあの……」
「それでは、数日後の対面に向けて対策を考えておきますね。期待していて下さい!それでは、おやすみなさいませ」
大きな瞳をキラキラさせネルファデスは部屋から出て行ってしまった。
その背に伸ばしたままの瀬奈の手は力無くベッドに静かに降ろされた。
後日、リアム様との対面の日に猫の面が付けられていたのはこれがきっかけだったと気づいたのは対面からだいぶたった後の事だった。




