イケメンはごめんなさい!! 間話 リアム邸 ①
ザッ、ザッ、ザッ。
子気味良く、草を刈る音が修練場内に響いていた。
リアム邸敷地内にある修練場の1つをセナとアヴィが、除草作業と言う名の草刈りと修繕&整備をネルファデスから言い渡された次の日。
「1日で随分と草を刈るのが上手くなりましたね。セナ様」
隣で同じ様に草刈りをしていたアヴィがセナの手捌きを見て驚いていた。
「でしょ!だんだんと刈る時のコツが掴めて来たみたいなの!これなら昨日みたいな事にはならないはず」
初日の昨日は散々な目にあった。
長いこと使われていなかった修練場は使用人屋敷の裏手にひっそりと佇んでいて、入口は壊れかけた木の扉がプラプラと揺れ今にも崩れ落ちそうな天井は所々穴が空いていた。
その空いた隙間から植物の種などがはいりこんだのだろうか?中は一面腰丈まで伸び放題の雑草の絨毯が広がっていたのだ。
私達はまず、崩れ落ちそうな天井と入口の扉を撤去し早速草刈り鎌でサクサクと刈っていくはずが、単純なのに中々に難しい。
逆手で雑草を掴み、根本を狙って鎌を振り下ろす。ねらって、一思いに刈りとるはずが左右にギコギコと刈りとってしまう。
「引くんじゃなくて一点集中で力をいれるんですよセナ様」
「えっ?刃の部分がノコギリ状になってるから木材切る時と同じなのかと思ってたけど違うの?こう?」
鎌首を振り上げてスピードに乗せ振り下ろす。が、雑草のが強かったのか押し返されてしまう。
その拍子に、鎌はセナの手から離れ2人の背後に飛んで行った。
「……………」
「……………飛んだわ」
「そう、みたいですね」
セナは飛んで行った鎌を拾い、再度挑戦するが何故かビョョーンと情けない音と共に弾き返された。
「………自分がやり易いやり方で刈りましょうか?」
「そうね、このままじゃ進まないものね」
そんなやり取りを昨日したばかりだったので、今日の上達の速さにアヴィはおろかセナも内心驚いていたのだ。
昨日の遅れを取り戻す様に草刈が順調に進んでいく。お昼休憩を挟み午後も順調に作業を進めていた2人だったが不意に子犬の様な鳴き声がセナの耳に聞こえてきた。
「仔犬の鳴き声?」
まさか、と思いつつも辺りを見回す。今日1日草を刈ってはいるけれど手作業である為、まだ全体の5分の1くらいしか終わっていない。残りの伸び放題の雑草達をセナは凝視した。
「どうしたんですか?セナ様」
「しっ、少しだけ静かに」
そう言うとアヴィは草を刈る手をとめ、セナと同じ様に雑草達の方を見る。
「………聞こえない。やっぱり気のせいね」
セナは止めていた手を動かしはじめた。
「何かいたんですか?」
アヴィも、セナが作業再開したのを見て刈りの続きを再開させた。
「うん、何か動物の声が聞こえたような気がしたんだけど気のせいだったみたい」
「動物ですか、確かにこの修練場の荒れ具合なら小動物の1匹や2匹いてもおかしくないかもですねー」
ポコン。
ブチブチと草を刈り、ある程度溜まったら入り口近くまで草の束を持って行くを繰り返してを数回。
ポコン。
「……セナ様?」
今度は変な音までする。何かしら?
「………やっぱり聞こえるのよねって、アヴィ君!?それ、草だから!!食べちゃ駄目よ!」
ふと、隣で同じ作業をしていたアヴィを見たセナは驚いた。この、修練場に生えていた草を食べていたのだ。
「えっ?これは食べれる草だから大丈夫ですよ?あっ!セナ様も一本どうですか?」
アヴィはその雑草の先端部分を“ポコン”と、折る。それをセナに差し出した。
(変な音の正体はこれだったのね……)
「ネル様曰く『すかんぽ』って名前の植物らしいです。特に暑い時期にはピッタリの植物だと昔教わったので食べても大丈夫!」
ずずいと、差し出された青臭い匂いの雑草だった物をセナはとりあえず受け取った。
「あ、ありがとう?………でも、私、今はお腹は………」
セナが『お腹は空いていない』と、言う前に盛大な腹の虫が何処からか聞こえてくる。良く聞けばさっきから聞こえていた仔犬の鳴き声にも似ているのは気のせいではないはず。
でも、一体どこから?
「くぅ〜〜〜〜ん」
次はハッキリと聞こえた。発生源は。
「………アヴィ君?」
「はい、何でしょう?」
ニコニコと良い笑顔で雑草の先端部を折りつつ、悲しそうな腹の音を響かせるアヴィ。
ポコン、ポコン。
くぅ〜〜〜〜〜ん。
謎音のダブルコンボに流石のセナも脱力したのは言うまでもない。
只今の時間、午後16時。
この時間の使用人屋敷は静かである。ほとんどの使用人は本邸にいるからだ。だが、イレギュラーな事もあるのが人生の楽しみの1つだとは思うけれど刺激的なスパイスは私には必要ない。
むしろ今の私には『萌え』と言う癒しが欲しいと心の中で思っている。
「あの、アヴィ君?出た方が良いんじゃないかな?」
コトコトと煮立ってきたスープの鍋をかき回すのはアヴィ。お腹が空き過ぎて、いくら食べれるとはいえ雑草を食べ始めてしまった彼の為に使用人屋敷の厨房に入りこんだ私達だったが。
とても気まずい場面に出くわしてしまった。
「えっ?何でですか?もう出来上がりますよ?アヴィ特製野菜スープ」
特製と言うか、厨房にあった直ぐに火が通りそうな野菜をぶち込んでコンソメと牛乳とバターで煮込んだ、普通の牛乳スープである。
「それは分かるんだけど、アレ!私達お邪魔でしょ?!」
セナが指さす場所には2人のメイド。
黒いロングのメイド服を着た2人はお互いの服は乱れ、息も上がり、絡み付くような湿った音がセナの耳に届いていた。
「ん?アンジェリカさん達はいつもの事なので大丈夫!さっ、出来上がりましたよ!」
それなのにスープを2人分、器によそい直ぐにでも食べようとするアヴィをセナは止めた。流石に厨房ではあるがこの場所で食べるのは私の心がいたたまれからだ。
アヴィ特製野菜スープは美味しかった。
ほんのりと汗が出るくらいの暑さと、長時間の草刈りで身体は自分が思うよりも疲れ、そして私もお腹は空いていたみたい。
牛乳の優しさが胃にくる。
「ご馳走様。美味しかったよアヴィ君、料理上手だね?」
使った器は布巾で拭いて食器棚に戻す。使用人屋敷だからなのか、色々な形や色の皿やコップ等か棚には置かれていた。
「ありがとうございます♪僕、このお屋敷に来る前は小さな村で生活してたので自炊は得意なんですよ」
「へぇー、アヴィ君の村はここから遠いの?」
「すっっっっ…………ごい、遠いです!」
うん、凄い遠そうなのが伝わったよ。その後もアヴィはここからどうやって村に行くのか説明はしてくれたものの、この国にきてまだ日の浅いセナには少々難しかった。
「いつか、時間があったらセナ様にも僕達の村を案内したいです!」
「ははは、その時は宜しくお願いしまっ!?」
そう言って、食堂から出た瞬間。柔らかい物に激突した。しかも、良い匂いまでする。
「あら?確か貴女……最近、リアム様に拾われて来た子よね?」
柔らかい肉の塊に跳ね返されたセナは、その人物に見覚えがあった。
(あっ、さっき厨房に居た人……)
厨房ではチラッとしか見えなかったその人は、綺麗な長いウェーブの黒髪に褐色の肌。肉厚で真っ赤な口紅の塗られた唇に、少し垂れた瞳は長い睫毛で縁取られいる。
メイド服の上からでも分かる程の豊満な肢体は、豊満過ぎると逆にメイド服が似合わないんだと初めて知った。しかも、またもや美人さんの登場だ。ここには顔面が整い過ぎてる人達しか居ないのだろうか?
「はい、紅野瀬奈と言います。最近こちらでお世話になってい、ます??えっと、何か?」
セナが自己紹介を言い終わる前に目の前に立つ迫力のある美人が私の顎先をグイッと、細い指で持ち上げる。
「………乾燥してるわね。ちょっとそのままでいなさい」
彼女はそう言うとエプロンのポケットから小さなコンパクトケースを取り出し、人差し指で掬いそれを軽くセナの唇へと塗り込んでいく。
「良い女の基本の1つ」
塗り終えたその指はセナの耳裏や手首にも擦り込むように塗られ。
「食べたくなるような唇で男を惑わすことよ」
彼女の指が再度、顎を持ち上げたと思った瞬間、時既に遅し。
「あっ!セナ様っっ」
アヴィが慌てて手を伸ばすが、伸ばされた手は空しく空を搔くだけ。
「……………」
ちゅっ、と。
軽いリップ音を鳴らし、彼女は満足そうに笑った。
「そのリップクリームあげるわ、練り香水の代わりにもなるから女磨きもっと頑張りなさいね」
颯爽と去って行く彼女のその姿は格好良いと思うけれど、突然唇を奪われた私は唖然とするしかなかなかった。
「ああ〜どうしよう!僕、ネル様に怒られちゃうよ〜」
反対にアヴィは悲壮感たっぷりの顔で頭を抱えていた。何故なら、先ほどの女性はリアム邸のメイド頭“アンジェリカ”と言う名前で魔族のサキュバスと言う種族だとか。
うん、その名前オタク道を走っている人ならすぐ分かる。
「夢魔、または淫魔だよね?」
そんなわけで、ネル君から接触禁止令が出ていたそうだけど……。
本当にサキュバス?
私の知ってるのとは少し違う様な違和感を覚えたが。
「……まっ、いっか。アヴィ君、夕食まで頑張れそう?」
「はい!いっぱい食べたので」
その日の夕食時、アンジェリカの事と使用人屋敷で間食したことはネル君にすぐバレた。




