イケメンはごめんなさい!! 27
あれからどれくらい経った?
エバーは檻の角でじっと座って一点を見つめていた。
耳の奥、頭の中では声にならない叫びがずっと聞こえていた。
「シャル……」
部屋の小さな窓から外の明かりが差し込んでくる。日が上がり気温が少し上がったせいか部屋の中はムワッとした空気を含み、嫌な汗が額から顎へと伝っていく。
王都では気候を和らげる為の結界が張ってあり、夏前だと言うのにそこまで暑くはならない。
王都外、港街のこのヴァレッタは目の前が海の為か光の照り返しによる輻射熱に加えて湿度も高いと誰かから聞いた事があった。
誰だっただろうか?店に来る生徒の誰か?それとも、お客?そんなことより早く起きてくれ。
ギュッと両足を抱え込んだ両腕に自分の指先が食い込み爪が皮膚を突き破る。
「ちょっと!あんた怪我してるじゃないか!大丈夫なのかい?」
こんな怪我、シャルに比べたら大した事ない。
隣の檻の女性がビリビリと自分の服を破りエバーに投げてよこした。クルクルと転がり足元で止まる。が、エバーはある一点から目を離さなかった。
「まったく、さっきからどうしちまったんだい?急に喋らなくなったと思ったら今度は動かなくなっちまったよ」
ガシャんと音を立てて檻に背を預ける女は暑そうにパタパタと手で仰ぎはじめた。
「あ〜暑い!誰かー!誰か居ないのかい!こっちは暑くて干からびちまうよ!水持ってきておくれよー!!」
女は扉の外に向かって話かけるが応答なし。
それもそのはずだ、誰1人この部屋の扉の前で見張りなんかしていないんだから。
「あー!!もうっ!!」
とうとうスカートの両端を持ってバサバサと仰ぎはじめる。すると、部屋の角で動かなくなっていた塊がモゾリと動く気配がした。
「うっ……ゴホッ、ゴホッ」
やっと起きたか。
エバーは立ち上がり檻を挟んで向こう側で倒れている妖精族の少年に話かけた。
「気分はどうだ?もう動けるなら今すぐここをぶち破って脱出する」
妖精族の少年は目覚めたばかりであったがコクリと小さく頷く。彼が回復薬をくれる条件として出したのが、ここの脱出の手伝いをする事だったから。
少年はゆっくりと起き上がる。乾いてこびりついた血を軽く払い落とし自分の身体をチェックするように色々な所を動かす。指、足、羽ぐちゃぐちゃのボロボロだった身体は全て綺麗に戻っていた。
「ちょっと!回復薬飲んだからってそんな直ぐに動かすと危ないから!まだ座っていなさいな。それに、ここをぶち破るったて………!?あっ、あんた盗賊か何かなのかい?」
女はエバーが既に檻の外に出ている事に驚いた。
「まさか、ただの店の売り子だよ俺は」
エバーは檻に付いていた南京錠の鍵穴に針金を差しちょいちょいと動かしたかと思ったら、あっと言う間に鍵は開いた。他の3人の檻もさっさと開けてこの部屋に一つしかない扉へと手にかける。
念の為、再度屋敷全体の索敵をかけ敵のいる位置を確認。敵は全部で18人、3グループに分けられていた。1つは一階の広間、もう1つは俺達を連れてくるのに使った馬車のある厩舎、それと外の監禁部屋に入れられている小屋の周りにそれぞれのグループが時間毎に見張りと休憩とを交代で行っているようだ。
それぞれのグループが交代してから役2時間程経っているころだろう。まずは寝静まった一階の広間から仕掛ける事にする。グッとドアノブに力をかけた瞬間別の手がエバーの手の上に重なる。
「ちょっと!開けるのは危ないって!開けるなら皆で突進とかした方が良いんじゃないのかい?」
扉向こうの誰かに聞こえないよう小声で話す女にエバーは口角を上げて返答する。
「クスッ、大丈夫。俺に任せて」
エバーはゆっくりとドアノブを回し廊下へと出る。案の定、外は随分と明るい。下手したらもう昼を回っているかもしれないがエバーを先頭に忍び足で広間へと続く扉の前へと辿り着き、そっと耳を扉へと押し付け中の様子を伺う。物音や話声はなし。代わりにイビキが扉外まで聞こえていた。念の為、1番後ろにいる妖精族の少年へ目配せする。少年はコクリと頷き透明な羽に光の粒子を纏わせた。
何故、エバーはシャルが連れて行かれたのにジッと檻の中に残ったのか。
それは、シャルが連れて行かれる前に2人で話あった結果、2人だけなら逃げるのは簡単だった。敵もこのくらいの人数なら余裕で倒せるのだが、さっきも言ったがそれは2人だけならの話で実際監禁されていた人数が意外にも多すぎたのだ。ここに連れてこられた人数だけならなんとかなったが他にも居るとなると……2人では流石に厳しすぎる。
だから、騎士団が来るまでシャルが全て引き受ける。そう、2人で話した。すぐ側にいるのに助けにいけない悔しさと焦燥、でもエバーは妖精族の少年に出会った。2人では無理、だが特殊な能力を持つ3人目がいるなら状況は変わる。エバーはすぐさま2人へと念話で計画を伝えた。騎士団を待っている余裕、と言うよりも全てを引き受けると言ったシャルの手前我慢はしたもののそろそろ我慢の限界だ。
「魅了の準備出来ました」
妖精族の少年はエバーに準備が出来たと伝える。妖精族の回復能力は誰もが知っているが、実は魅了という特殊能力は彼らの身を守る為の能力でもあるので限られた人しか知られていない。
その特殊能力の事をエバーは知っていた。今回はその能力を使わせてもらう事にした。
「よし、行くぞ」
ヒュー、ヒューと空気の漏れる音が自分の口から聞こえていた。
声は変な薬品を飲まされて潰され、鉄の首輪をつけられて天井から伸びる鎖に繋がれた。
両手両足は既に使い物にならないくらい潰された。
痛みに耐えて幾度目かの失神に目を覚ませば、シャルの目の前にはカエルの様にデップリとした顔と体型のダイアー男爵がニタニタと舌舐めずりしながら見ていた。
「やぁ、おはよう子猫ちゃん。調子はどうかな?」
部屋の中に窓は無く暗い。原始的な蝋燭が何本か部屋の中に置かれその小さな炎が互いの顔を照らしている。
「………」
シャルは小さく笑みを浮かべた。
「何笑ってるのかな?子猫ちゃん」
ダイアーは手に持っていた鞭の先でシャルの顎先をグイっと持ち上げる。シャルは笑みを浮かべたままダイアーを見ていた。
「何!笑ってるって聞いてるんだよ!」
声は出ないが侮蔑を込めた何かは感じ取ったようだ。手に持っていた鞭を床に振り下ろしカエルの様な顔を醜く歪め、その手をシャルへと振り下ろした。
部屋には鞭の音とダイアーの荒い息遣い。
鎖の音に、飛び散る血潮。
何度か打ち付け満足したダイアー男爵は荒い息を整えた後、小さな箱から葉巻をとりだし口に加え何度か煙を吐く。口から吐きだされる白い塊りがユラユラと空気中に消えていった。
何と無く血が出過ぎて頭の回らなくなったシャルはボーとそれを見ていた。すると、ダイアー男爵は振り返りニタリと笑みを浮かべたままシャルの体に葉巻をグリグリと押し付ける。一瞬ビクッと体が跳ね、重たい鎖の音がジャラジャラと耳障りな音を立てた。
「うるさい灰皿だ、ヒヒヒッ」
何度目だろうか?シャルの体にはもう既に衣服は申し訳程度にしかなく、鞭で打たれ裂けた皮膚からは血が流れ出て足元に血溜まりが出来き、グリグリと押し付けられた葉巻の火は消え、シャルの体には丸い焼け焦げた痕が無数に付いていた。
真新しい肉の焼ける臭いにダイアーは花束でも嗅ぐかのように鼻を鳴らしながらシャルの体へと鼻を近付け、太く短い指を這わせウットリと目を細目る。
「ああぁ〜この匂い、たまらんなぁ〜」
気持ちの悪い脂ぎった顔が体を嗅ぎ回る。ドブ臭い息遣いがシャルの顔に近づいた時。
「良いね〜良いね〜、こんな状態でもまだ強気なその目。あの日を思い出すよ」
ダイアーはシャルの裂けた傷口にズブズブと短い指を挿れながら恍惚とした目でシャルを眺めた。
眺めてはいるが、僕ではなく別の何かを重ねて見ているその目が血で汚れた金の髪に留まる。傷口から指を引き抜きその指で髪を触り出し。
「あの子の髪は赤毛、フサフサの真っ赤な赤毛。君も赤くしてみようか?そうしたらもっとあの子に近づけられる。……次こそはあの人に……」
「………」
ブツブツと何か言いながらダイアーが離れて行く。先程から思っていたがダイアーは時々意識が過去と混濁している時があるようだ。だが、今までの言動をみるに何故そこまで赤毛の彼に執着しているのかは謎だが欲しい情報は一通り貰った。ここまでボロボロになった甲斐があったと言うものだ。後はこの変態野郎を殴って退散したい所だがもう体が動かない。
(ごめんエバー、このクソキモ変態ガエルにボコボコにしたい所なんだけどもう体が動かなくて代わりにやってくれる?)
シャルはエバーがもう既にこの部屋に向かっている事には気付いていた。後数秒で到着予定。
「さてさて、子猫ちゃん。これで真っ赤な髪にしようか?金髪の君も綺麗で捨てがたいけど、きっと君なら赤毛も似合うよ」
ニタニタとした笑みで近づいてきたダイアーの手にはギザギザの刃の付いた鋏が握られている。それを一体どうしようと言うのだろうか?
ダイアーの短い指がシャルの髪を掴み、鋏の刃が髪に触れる瞬間。
「その汚い手をシャルから離せ」
ダイアーの頭を誰かが鷲掴みにしその巨体をぶん投げた。シャルの目の前から一瞬で消えたかと思ったら部屋の壁に頭からめり込んでいる。
エバーはめり込んだダイアーを壁から引きずり出しそのまま問答無用で顔が変形するまで殴りつけ始めた。
「ちょっ!……おま、お前は……うがっ!!」
「五月蝿い黙れ」
(代わりにお願いはしたけど……ほどほどにね)
実は3人の中で1番喧嘩ぱやいのはエバーだったりするんだよね。クスリと笑みを溢した瞬間、頭の中で盛大な怒り模様のリーフの無言の圧が流れ混んできた。
(………ご、ごめんリーフ)
謝るが返答はない。
((帰ってきたらマスターからのお仕置きしてもらうから))
(えっ!!ちょ!それは!!)
((…………決定だから))
(なっ……そんな〜)
ガックリと肩を落とすシャルだが、リーフの怒り模様の理由は自分のせいなので何とも言えない。マスター格であるリーフは僕達と違い、念話の他に感覚の共有もしているそうだ。どのくらいの感覚共有になっているのかは不明だが……うん、怒るのはしょうがない。
とりあえず、この後の事をリーフと軽く相談してからエバーの方を見れば。
僕の敵は随分ととってくれたようでありがたい事になっていた。
(エバー……そろそろ僕の首が取れちゃいそうだよ)
そんなシャルからの念話で殴るのを辞めて、天井からぶら下がった鎖に繋がれていたシャルの首輪を開錠し解放する。手持ちの回復薬をとりあえず飲ませてからシャルを抱き上げた。
「もう、終わったから帰ろう」
(うん、そうだね。予定よりちょっと時間かかっちゃったけど夕方には帰れるかな?)
「それは……シャル次第?」
(えっ?僕?)
「鏡見る?……ボロボロすぎて目も当てられない姿になってる。やっぱりもう少し痛めつけとく?俺は全然足りないと思ってるけど」
返り血を浴びた無表情のエバーの顔は何処か怒りを抑えていた。
(再起不能にしたら僕達が怒られちゃうよ)
「………自己防衛とでも言っておけば」
(はいはい、また次の機会にしようね。それより騎士団に行った後はどうする?)
「どうとは?」
(リーフがそれとなく正体をバラしたみたいだし、僕達も彼に会いたいと思わない?)
「……………」
(よし!決まり!!迎えのご指名は『レイズたん』で!!)
2人は屋敷を離れるとそのままヴァレッタの騎士団の駐在所へと向かった。
既に少数精鋭が待機しており、2人が現れると現場は多少の混乱はあったが2人からの情報のおかげで屋敷内の盗賊と攫われた人達は全員無事に救出され、同時に港にあったダイアーの船も回収した。
船内にも国外へ売り飛ばされる寸前の女子供が数人乗っていたと後日連絡が私経由で届いている。
「と、まぁ〜こんな感じで一旦僕達は返されたってわけ」
既に冷えてしまったお茶をシャルは口に運ぶ。細かい部分はだいぶ端折っての説明だったが大丈夫だろう。
颯人はと言うと、両腕を組み難しい顔で何やら唸っていた。
「いや、う〜ん。色々と突っ込み部分がありすぎて………」
「妖精族の彼は魅了と言う特殊な術で僕達に協力してくれた後。騎士団から私達のマスターの元で一旦預かる事になったよ?」
シャルはコテリと小首を傾げる。
「………何であの人の所、いや。考えるのは辞めとく」
「レイズは相変わらず怒りっぽかった」
エバーもコテリと小首を傾げる。
「それは…うん、元気そうで何よりだ」
「少し見ない間にますます誰かさんに似てきていると感じた」
エバーの追加攻撃。颯人の眉間が深くなる。
「その誰かさんは俺じゃないよな?」
3人のやり取りを見ていたリーフは溜息を1つ吐き。
「颯人、アレはまだ原型を留め生きている」
そんな言葉に颯人の動きが止まる。
「…………」
表情には出なかったが握りこんだ拳に力が入ったのを3人は見逃さなかった。
「今は騎士団の監視下に置かれているから奴も下手に身動きはしないはずだ。だから……」
「分かってる、その時が来たら……」
静かな言葉だった。だが。
俯き、激しい怒りを抑えるよう静かに座り込む颯人を部屋に残して3人はベルフルールを後にした。外は暗いがまだ感謝祭の最中なのでいつもより明るい大通りを背に、路地の影に声をかける。すると、影の中からカラカラと軽い車輪の音を闇に響かせ一台の馬車が現れた。
御者席の男はフワリと音も無く飛び降り、馬車の扉を開けた。3人は無言でその馬車へと乗り込む。
そしてまた闇の中をゆっくりと馬車は走っていった。向かうは魔法学院。




