イケメンはごめんなさい!!3
世界がスローモーションで流れていく。
オレンジに輝く夜の光。
誰かの悲鳴。
遠目に漆黒に染まった公園の木々。
赤いテールランプが尾を引いて遠ざかっていく。
突然の衝撃と浮遊感。
硬いアスファルトへと引き寄せられる恐怖に、
自分の【死】を感じた。
だが、衝撃は来なかった。
恐る恐る開いた目に映り込んできた景色は闇色。
何もかもが闇に染まり、自分が闇の海へと直行ダイブしようとしているのに気づきたくはなかった……。
「……っ!」
声にならない悲鳴は風と一緒に消えていく。
迫り来る闇の恐怖から縮こまるとクルンと、体が空中で回転し闇だと思っていた空間に黄色に輝く月が目に入った。
「あっ、月?……」
鋭い三日月の光に一瞬だけ心に余裕が出来た私は両手を胸の上で組、迫り来る闇と風の恐怖を背面で感じながら目を瞑る。
「…………………」
「…………っ!」
「どうしようもないと分かって覚悟を決めてみたけど!やっぱりムリっっ!!」
風の音で消えていく自分の叫び声を腹の底から搾り出す。自分って意外と大きい声がでるんだなって頭の何処で思いながら更に早くなる落下スピードに身体が千切れそうだと思った瞬間。
ポワン
何か柔らかいモノを通り過ぎた感覚がした。
ポワン ポワン
その後も連続で何かが背面に当たる感触と周りの風景がスピードダウンしている事に気づく。
まるで、某アニメのあるシーンのように真綿に包まれたようにゆっくりと地上へと落ちて行くと、高い木々の先端が目の端に映り込んできたのが分かった。
(どうしよう…多分もう地上だよね?ここでクルンっと回転して着地したほうが良いよね??)
何を思ったか瀬奈は軽く反動をつけてクルリと回転した。
「えっ!?」
視界が回転し飛び込む景色は地上ではなく、まだ空に近い高さの森の上。
「わっ!キャッ……!!」
ゆっくりと降下していたのに急にスピードが上がりそのまま真っ暗な森の中に急落下して行った。
***
始まりは突然。
終わりも突然。
私の人生も突然の終わりだった。
親にも、友人達でさえも一歩引いてしまう位にオタク道が凄いのも自他共に認めている。
こんな時でさえも、自分のイケボ声優好きにはビックリだと思う。
漫画、小説、アニメ、ゲームetc…
一通り好きではあるがここ最近はある声優さんの声がお気に入りすぎて彼の出演作品は網羅している程推している。
今ハマってしまったアプリゲームも彼がメインだったので声が聴きたいが為にプレイしているに過ぎないと言っても過言ではない。
だが。私のなかで、1つだけルールがある。
イケボ声優達の素顔厳禁!!
確かに、最近ではイケメン声優や声優さん達のライブとか色々ある。
もちろん私だって、本当はライブとかにも行きたい。
直接、生の声とか聞きたい!
でも素顔を見てしまったら……
声と、顔のギャップが違い過ぎて期待していた分だけ落胆も大きいと思う。
自分勝手な意見だとは思うけど、それなら最初から見ない方がいいと…私は思う。
結果、まだ中学生くらいの時期に自分の部屋でライブ映像を直接見ないようにヘッドホンと目隠しをしながら聞いていた私を見た親のドン引き具合は凄かった……。と、思われる。
目隠し&ヘッドホンをしていたので、その時の顔はわからなかったけどユックリと部屋の扉が閉められた気配と、夕飯時の見てはいけないモノを見てしまった気まずさはなんとも言えなかった。
確かに、自分の子が目隠ししながら発狂して部屋で暴れていたら……………。
暴れると言っても、キャーキャー言いながら萌え悶えていただけだが、客観的に見れば気持ち悪いことこのうえないかもしれない。
まぁ今思えば、懐かしいものである………?
***
頭が割れるような衝撃と体の痛みで少し意識が飛んでいた私は次の声に反応した。
「…っおい、お前!!………いい加減に」
一瞬で覚醒!……耳が、だが。
「っ……誰っ!!」
「それはこっちの台詞だ!お前こそ誰だ?」
今までで聞いた事のない声だった。
少し低い男性特有の声。
「おい、聞いているのかっ!」
若すぎでも、渋いおじ様でもない青年男性。
私のド・ストライクゾーンのキャラに合いそうな、悪役美男子系の甘くて危険な香りのするイヤらしい声質。
「……もっと!!」
「はっ?」
「もっと何かしゃべって!!」
もっとちゃんと聴きたくて、声のする方へとすり寄る。
まだ、辺りが暗闇過ぎて見えないのだ。
「………………ただの痴女か変態か?」
「ええ、私は変態です」
「………………………………………っ」
自分の体の下でドン引きする気配がする。
『こいつ、言い切りやがった』そんな心の声が聞こえてきそうだ。
ん?体の、下?
「あの、つかぬことをお聞きしますが。私、もしかしなくても貴方の上にいます?」
暗闇の中、手で辺りを確認してみる。
ペタペタと触れば誰かが自分の下敷きになっているらしい。柔らかな布地と硬い胸板の感触、誰かの体温が伝わってくる。
「……そうだ。もしかしなくても、人の上に乗っている。だから早くどいてくれないか?変態女」
なるほど、アスファルトに落ちた衝撃ではなく通行人のだれかにぶつかった衝撃だったのだろう。
あんまり痛くなかったのはそのせいかも……。
ぶつかってしまった相手には申し訳ないないが、私は運良く生き延びたらしい……?
そんな事よりも、大事な事がある。
「あの……声優デビューとかされてます?」
「"せいゆう"?なんだそれは?」
ああ、声優すら知らないレア人さんなんだ残念。
こんなにイイ声なのに、後々は声優界のアイドル……いえ、レジェンドにもなれる素晴らしい声をお持ちなのに…………。
これで、聞き納めなんて…………。
私は、残念さと悲しみで涙が溢れてきた。
「おい、だからいい加減って……何故泣く!?」
「いえ、色々と残念だなと………」
「……まぁ、良く分からないが女に押し倒される趣味はないんでね。早くどいてくれないか?」
確かに、いつまでもアスファルトの硬い道路の上に転がっていてもしょうがない。
それよりも、涙でぼやけてはいるが私を宙に突飛ばしてくれたあの車は居ないみたいだ。
ライトの1つも明かりが見えないので、私はそう察した。
なんて薄情な車だ、私が死んでたら捕まるのは貴方よと言ってやりたい。
せめて、救急車位呼んでよね。
そう思いながら、重い体をノロノロと引き起こす。
でもおかしいな?私が車にヤラレたのは割と人通りも車の行き来も多い交差点の信号だったはず…。
誰かの悲鳴も聞こえてた気がするんだけど…それになんでこんなに暗いの?
今さらながら体のあちこちが痛い事に気づいた。頭の辺りも切れているのだろう、顔に血がベッタリと付いている感触がする。
きっと、この下敷きになってしまった美声年も…………!!
「…………あの、貴方のお名前と電話番号を教えてもらっても良いですか?後でクリーニング代とか色々と」
他にも色々と下心が、なんて思ったり思わなかったり。
後で録音の精度確認しなきゃ、なんて思ったり等々と思っていると。
「なんだ、私と知らずに襲いかかったのか?本当にただの変態だったんだな」
呆れた声も素敵、なんて心のどこかで思いながら。
「………えっ!?有名人か何かっ………!!」
突然の有名人かもしれない発言にビックリして立ち上がりかけた時だった。
正面からの突然の光に目がくらむ、さっきまで暗闇の中にいたせいで目が慣れるまでに時間がかかった。
私の頭が――――視界が少しずつ覚醒していく。
辺りは朝靄に包まれた森だった。
さっきまでいた賑やかな交差点ではない。
足下に感じる感触は柔らかい芝生。
硬い、アスファルトの感触でもない。
何よりも、私の目の前に居る人物が現実だとは思えない。
非現実だと思う。
ああ、そういえばさっきまで命綱なしのスカイダイビングしてたっけ。
これはリアルに近い夢に違いない。
いや……夢であって欲しいと切に願いながら視界が白く遠ざかって行った。