イケメンはごめんなさい!! 26
薄暗い屋敷の中をゆっくりとシャルは歩いていた。2階の窓からは先程まで降り続けていた雨は止み、黒く厚い雲の隙間からほんの少しだけ藍色の空と暗い海が見えた。
「ゆっくり歩いたところで何も変わらないぜ?ゲヘヘっ」
背後に立つ下卑た笑の男にシャルは一瞥しまたゆっくりと歩き出す。リーフとの情報共有は済んでいる。今はエバーが追加で情報を共有しているはずだ。
それにしても、本体から離れ過ぎてるせいだけなのか?僕達の念話がしづらいのは。うん、戻ったら私を交えて改良しよう!そんな事を考えながら歩いていたら目的の部屋の前まで来たようだ。
「ほらよ、ご主人様の部屋だ。可愛がってもらえよ」
男に背を押されて倒れ込むように部屋の中へと入れられた。
「痛っ…さっきから乱暴な!」
振り返った時にはピッタリと扉は閉められ、変わりに部屋の奥から絡みつくような視線を向けられる。
「やぁ、君が新しい子猫ちゃんかな?」
シャルは立ち上がり服に付いた埃をパッパッと手で払い落す。服装を整えてからいつもの表の顔で男を見た。
「……ここは何処ですか?僕達、突然ここに連れてこられて……」
瞳を少し潤ませ、眉を八の字にしてから下から少し見上げる様にすれば完璧なあざと可愛いさの出来上がりだ。だが、男はフンと鼻で笑った。
「僕達、と言ったかな?」
男はギシリと椅子を軋ませ立ち上がり、ゆっくりとシャルの方へと歩いて来る。部屋の中にあるたった一つのか細い光源は蝋燭のみ。
「はい、僕達生まれてからずっと一緒だったのに引き離されて……早く、僕達を元の場所に返してくれませんか?」
小さい身体を小刻みに震わして視線は下の床と呼ぶには随分と劣化し汚い絨毯の敷かれたそこに視線を落とす。
「なるほど、2人は兄弟なのかな?」
男の声は嗄れていて老人のようだ。シャルの視界に男の足元が入る。
「僕が弟で向こうはお兄ちゃん、です」
シャルの正面に男は立ち、真上から気持ち悪い視線を受け少し後退るがガシッと手首を掴まれる。
「おっと、逃げずに良く顔を見せておくれ」
恐る恐ると言った表情でシャルは男を見た。声の割りには随分とまだ若い、と言っても50代前半くらいの男がニヤニヤと気持ち悪い笑顔でシャルを見ている。
「おおっ!これはまた随分と綺麗な顔をした子だね。もう1人の子とセットで売ったら今までの最高額で売れそうだ」
「離してっ!」
男の手に力が入り、シャルの手首の骨をミシミシと言わせる。
(コイツッ!折る気かよっ!)
「痛い!離してってば!」
シャルは空いたもう片方の手で男の手を引き剥がそうとしたがビクともしない。
「私はね、元々商人なのだよ。まぁ、今も商人みたいな事はやっているがね」
ミシミシッ……
「放しっ………」
「此処にお前を連れてきたヤツも長年私の元で良く働いていてくれてね、私の事を良く分かっているんだ」
ミシミシッ………ボキッ
「いッ!!!?」
男の手は次にシャルの顎を掴むとそのままグイッと上へ向かせられる。
「普通の子はね、骨が折れたらそんな顔をしないよ」
男はニヤリと笑いシャルを見た。先程までの嘘くさい仮面が少しだけ剥がれ、今は目尻を釣り上げ睨んでいる顔が何とも欲情をそそる。
まるで、あの日のあの子のように。
「さぁ、君はどんな声で鳴いてくれるのかな?」
ピクッ。
「どうした?」
ベルフルールの2階、応接室の隣。作品部屋にある小さな休憩スペースでリーフは随時他の2人と念話でのやり取りをしていた。所々、颯人に必要な部分は伝えながらの念話であり必要がないと判断した時は黙っている。
「……いや、何でもない」
リーフがそう言うと棚の隙間から除いていた颯人はまた作業に戻って行った。颯人は今、完成した作品の最終チェックをしている所だ。一個一個手に取り色むらや欠けがないかを見て大丈夫そうなら紙に包んで箱に入れる作業をしていた。本来ならそのまま置いていたのだが、以前セナがこの部屋に入った時棚にぶつかり作品を落とし、服が引っかかって落とし。なんて事があったもんで最近では一個ずつ箱に仕舞う様になったのだ。しかも、手間だと思われるこの作業が意外と効率的だと判明した。箱に名前が書いてあるので探しやすくなったのだ。それにしても……ほんの微かな動きに反応するとは。随分と気を張っていると言うことか……。
まぁ、それも仕方がない事なのだが。
何せ、2人を連れ去った相手が颯人達の因縁の相手なのだから。私自身、その場にいた分ではないから細かい部分は分からないけれど颯人の腕があんな状態になってしまったのも、颯人とレイズが他人の様に疎遠になってしまったのも全部あの貴族。
変態男爵のせいなのだから。
小さな机の上には2つの通信用宝珠が置かれていた、1つは一般的な宝珠。現在、騎士団からの連絡待ちをしている。もう1つはあるお屋敷の執事が置いていった宝珠。今、その宝珠がピカピカと点滅をしている。
「………」
何度か同じリズムの点滅を繰り返したあと光は消え、ただのガラス玉になった。良く見ればこちらは宝珠の中心に白い薔薇が浮き上がっている、通信用宝珠の作製技術はこの国では秘匿されているはずなのだが……。リアム邸専用の宝珠だとか規格外な噂の多いリアム様を筆頭にしたあの屋敷の住人達なので不思議と納得出来てしまう。今は、庭師のアヴィが携帯していると執事は言っていた。
リーフは野盗の裏にいる人物がダイアー男爵だと知るとリアム邸執事へと直ぐに連絡を取っていた。
『レイズを保護して欲しい』
と、条件は色々と出されたが快く引き受けてくれた。本人に気付かれないよう遠くからの護衛の依頼。何せ、レイズは鼻も耳も良いので勘付かれないように遠くからでないと警戒されてしまう、そんな条件に最適な人材があのちよっとポヤっとしていて食い意地のはったあのアヴィが選ばれた事に若干の不安はあるが、あの執事の言う事なら大丈夫なのだろう。
そして、今のはアヴィからの定時連絡。無事だと言うことだ。2人がレイズと関係があるとは知らないらしいが、念には念を。
「………」
リーフの緑色の魔石に触れる指が知らず知らずのうちに力が入っていたのか、指先が白くなっていた。フッと力を抜いた瞬間。
身体の奥が突然熱くなる感覚に襲われた。
胸が苦しい。
呼吸も満足に吸えない程の熱は徐々に鎮火していく。そして、大きく息をする。
「おい、本当に大丈夫か?顔色が悪い」
心配そうな顔をした颯人の顔が突然、リーフの目の前に現れた。
「ッ!!?」
びっくりしすぎて思わず、大事な魔石を落としてしまった。
「おいおい、本当に大丈夫か?」
颯人は転がっていく魔石を拾い、リーフの手に乗せる。
「大丈夫……ただ、離れているせいなのか私達の繋がり特に私と2人の念話が途切れ途切れで集中してないと見失いそうなんだ」
これは本当の事。私達の繋がりが何かに妨害されて繋がり難いのは確かな事で今は原因を調べる余裕はない。
「……本当か?何か俺に言いにくい事なら」
「大丈夫!……大丈夫だから颯人。少し集中したいから少しだけ1人にさせてもらえる?」
明らかに調子の悪そうなリーフにそう言われてしまえば颯人は引き下がるしかない。
「分かった、隣の部屋にいるから何かあれば呼べよ」
「うん、ありがとう」
颯人が出ていき部屋に1人になったリーフは小さな体を丸めえずき始めた。
「ウグッ!カッ……!ハァ、ハァ」
吐瀉物を吐き出し、噴き出る冷や汗を手で拭う。
(シャル!シャル、返事を!)
念話は届いている、だが返事はない。エバーの方も同じなのだろう。気持ちに焦りと苛立ちが伝わってくる。そして今シャルが受けているであろう痛みと屈辱の感情も一緒に流れてくる。
私達は3人で1つ。
私の人格を3つに分け、それぞれの私と言う核をマスターが作った肉体へと埋め込んだ。
肉体の感覚は流石に共有はしていないが、精神の部分では共有している。なので、念話が可能なのだが今はシャルの精神が痛みと屈辱、そして怒りで染められ感情が渦を巻いているようだ。
先程の、身体の奥から湧き上がるような熱も私達の中の核が感情によって共鳴したのかもしれない。身体の奥の熱はいまだ燻りを消していない。
ただ。
声の無い叫び声だけは頭の中でずっと響いていた。




