イケメンはごめんなさい!! 22
長かった感謝祭も今日を入れ残すとこ後2日。
商業地区中央の時計台のある広場には大きな櫓がいつの間にか出来あがっていた。
「……昨日帰る時には見なかった物が出来上がってますね。何でしょうアレは?」
露店オープン前の朝の買い出しにアヴィと2人で歩いていた瀬奈は随分と高い櫓を見上げ。
「これは、櫓ね」
「やぐら?」
一緒に見上げていたアヴィは、キョトンとした顔で隣の瀬奈の顔を見る。
「……確か、颯人さんが感謝祭の最終日は日が落ちてから日付けが変わるまでずっと花火があがるって言っていたから……たぶんここの櫓から打ち上げるんじゃないかな?」
元いた世界と打ち上げ方法が同じとは限らないけれど、多分そう。中央から上げるって言ってたよね?アレ?お城からも上がるんだったかしら?
「花火!城からじゃなくここから上がっていたんですね!いつもボンヤリと遠くから観ていたので直で観れるなんて楽しみです!」
アヴィの瞳は期待に輝きをましツートンカラーの髪の寝癖の様な、耳の様な跳ね上がった髪がピクピクと嬉しそうに動いているのは気のせいじゃない気がする。
(あれって、いったいどっちなのかしら?耳?それとも本当に寝癖?まさかの触角?)
ぴょこぴょこと動くアヴィの耳もどきを改めてまじまじと見ていたら、最近聴き慣れた声に名前を呼ばれて振り返る。
「おはよう、レイズ。眠そうだね?今は巡回中?…………」
レイズは眠そうに大きな欠伸をするが、瀬奈の熱い視線で中途半端に欠伸を噛み殺した。
「………何みてんだよ」
「牙あるのかな〜と?」
また、良く分からない事を考えていたらしい瀬奈に呆れ顔でレイズは答えた。
「…………普通の人間と同じだ」
そう言ってプイッと顔を背けた。本当は少しだけ長いことは黙っておこうとレイズは思った。言ったら最後、口の中見せてとか言うに決まってるからな。
「……くっ、ふぁぁぁ〜」
それにしても、今日は寝不足だ。昨日2人を東砦にある騎士団本部まで迎えに行き、送り届けた帰り道に酔っ払い同志の小競り合いの仲裁に駆り出された。そのまま他でも駆り出され結局朝方まで警邏隊の仕事をし、ほんの少しだけ仮眠をし現在絶賛大欠伸連発中だ。
「……ふ〜ん、何か少し長い気が……」
「気のせいだ!ほら、店行くんだろ?」
瀬奈の頭を掴み進行方向へと顔を向け歩き出した。
「うん、アヴィ君も」
「はぁ〜い♪猫くんって何だかお母さんみたいだね」
「はぁ!?誰が母猫じゃ!!」
「ええっ!そこまでは言ってないよ?」
ひょこひょこと後ろを歩いてくるアヴィの顔はニコニコとしているが、本心ではそう思ってるのが見え見えだ。
「ほぉー、って事は頭の中じゃそう思ってるって事か?」
「えっ?あっ、ほら猫くんって見た目ツンツンしてるのに意外と世話好きみたいだし?」
「……喧嘩なら買うが?」
突然の喧嘩が始まってしまった2人を他所に、瀬奈はいつもの店で飲み物を注文する。あの2人、何故か最初に会った時から相性が悪いのよね。なんて思いながら店員さんから人数の飲み物が入った紙袋を受け取る。いつもより少ないとはいえ飲み物系は少し重い、片手にはパンの入った紙袋を持っているので空いたもう片方で持つとずっしりとした重さがより手に伝わる。
「ほら、持ってやるよ」
すかさず差し出されたレイズの手に今買ったばかりの飲み物の入った紙袋が奪われた。
「あ、ありがとう」
持ってくれた礼を言ってレイズの顔を見たが引っ掻き傷が出来ていた、チラリとレイズの背後を見ればそちらも顔に薄らと引っ掻き傷の出来たアヴィが笑いながら立っている。どうやら勝負は引き分けのようだ。
「なぁ、何か軽くないか?」
レイズは紙袋を持ち上げ重さを確認する、人数の割に重さが無いことを不審に思い中を覗き。
「2人分足りなくないか?」
「えっ?」
「お前と、鳥頭、店の4人だろ?」
いつもならそうだか今2人はまだ行方不明。そんなことはレイズも知っているはず、何せ先日騎士団からの依頼で護衛に来たのは彼本人なのだから。それなのに2人分足りないって?それって。口を開きかけた瀬奈よりレイズの方がはやく口を開いた。
「あっ?もしかして昨日の今日だからまだ連絡もらってないのか?あの2人見つかったぞ」
「……見つかった、の?」
突然の発見報告に頭がまだついていけてない瀬奈は、フラフラとレイズに近づき。
「ああ、俺が昨日ベルフルールに2人を届けたからなっ!!て、おい、大丈夫か?」
頭はついて行けてないが、体は2人が見つかったことによる安堵により力が抜けて瀬奈はその場で崩れ落ちかけた。が、すんでの所でレイズに腕を掴まれ地べたに崩れることはなかった。
「そっか…見つかったんだ………」
ジワリと涙が浮かんでくる。リーフがいつも通りだったから自分もいつも通りに振る舞っていたけど、振る舞っているつもりでいただけで実際は凄く心配してた自分が出てきてしまった。
「おぉっ!?何で?おい、こんな所で泣くなよっ!誰かに見られたらっっ……」
まだ朝の時間で店も人もチラホラと少ないが、だからと言って泣いている女性がいたら目立つことこのうえない。
「ごめん……安心したら涙が」
瀬奈はレイズの胸元で顔を伏せ、思わず流れ出てきてしまった涙を必死に止めようとするがそんな時に限って知り合いが通りかかったりするものだ。
カラカラと自分達の方に向かってゆっくりと近づいてくる車輪の音にレイズは気づいていた。嫌な予感しかないがそのまま気づかず通り過ぎろ!と、心の中で願うが。彼等が見逃すとは思えない。
レイズの背後でピタリと馬車が止まり、馬車の扉がゆっくりと開くと中から幼さの残る声で。
「あれ〜?こんな場所で女の子泣かしてるの誰?いけないんだー」
振り向けば案の定。ハーフエルフの3人が馬車の中からレイズ達を見下ろしていた。
「……っ俺じゃねぇ!どう見ても両手塞がってんだろうが!」
レイズの両手には飲み物の入った紙袋と瀬奈がさっき落としそうになっていた朝食入りの紙袋が収まっていた。
「何言ってるの?レイズには3本目の手が後ろに生えてるでしょ?」
「あ゛!!?俺の尻尾はそんな器用に動かねぇーよ!」
「え?そうなの?いつもブンブン楽しそうに揺れてるからてっきり……」
アヴィ参戦。
「楽しいから揺れてるわけじゃねぇ!」
「怒りっポイなら今度新鮮な魚でも持ってこようか?」
心配そうな顔とは裏腹に、声は楽しそうなアヴィにレイズは両手の荷物を押し付け。
「うるさい!黙れ!俺に話しかけるな!」
馬車と瀬奈の間にいたレイズはブンブンと尻尾を振りながら何処かに歩いて行ってしまった。
「わっかりやすー」
「はははっ」
いつの間にか涙は引っ込み、瀬奈は馬車を見上げる。そこにはリーフはもちろんエバーとシャルが居た。たった2日かもしれない、けれどとても長く感じた二日間は2人の無事な姿を見て終わりを告げた。
「お帰り2人共!」
***
東砦にある騎士団本部。
団長室内、こちらはの戦場はまだ終わりが見えていなかった。
通信用宝珠からは延々と呪文の様に戦況や報告が流れてくる。森の討伐隊の方は最初は順調だったがイレギュラーな乱入があり混戦中。商業地区での連れ去り事件の方は先日ハーフエルフの子達からの情報で、屋敷と関係者はほぼ捕まえる事が出来た。ほぼと言ったのはその屋敷の持ち主が貴族だった為だ。下級とはいえ貴族は貴族、段階を踏み後日令状と共に捕まえる予定だ。
現状報告を書き終え、ユリウスは一旦伸びをする。かれこれもう何日寝てないだろう。室内を見渡せば床で転がっている団員達が数人。端に追いやられた質の良いソファーにも紙束と屍が転がっている。獣人系の多いこの黒の騎士団は普段からの鍛錬もそうだが、体力には自信がある団だ。それにも関わらず自分と団長以外は全滅、これは強化訓練をした方が良さそうだと次の訓練の時の強化メニューを頭の中で組み立て始めた。
「ユリウス、ひと段落ついたのなら君も少し休んだらどうだい?」
死屍累々の団長室の中、疲れひとつ顔に出さないマクシミリアン団長も一区切りついたのかお茶の準備を始めた。部屋に備え付けられた簡易湯沸かし器に置かれた金属製ポットから、熱い湯気が立ち昇っている。
「コーヒーで良いかね?」
「自分が!」
立ち上がる前に手で制される。本来であれば身の回りの世話をする下級騎士団員か見習い騎士がいるのだが、今は出払っているかこの屍の中の何処かに埋もれているのだろう。早急に強化訓練をしなければならないとユリウスは固く誓う。
「砂糖とミルクはご自由に」
待っている間に机周りを少し片付けスペースを開ける、熱々の湯気と豆の良い匂いが部屋に充満するころには何とかそれっぽく見えるくらいにはなった。
「どうぞ」
白いカップには熱々の黒い液体が波打っている。
「頂きます!」
疲れた頭と体に染み渡るようにゆっくりと味わいながら流しこむ。ユリウスはこう見えて実は甘党である。本来ならブラックコーヒーは苦手であるのだが、騎士団に入り黒の騎士団の副団長になった頃やっとブラックの良さが分かったくちではあるが普段はたっぷり砂糖を入れる派だ。今日はいつに無くこの苦味が美味い。
「マクシミリアン団長。もう一杯頂いても?」
「いっぱい作ったからね、どうぞ」
窓辺に立ち、外を眺めていたマクシミリアンに断りを入れデキャンタに並々と入っているコーヒーを注ぐ。
「そろそろ朝になるね」
マクシミリアンの立つ窓の向こう側は森だ。先程まで空と森の境目すら分からなかった境界線が筋の様に白く輝いている。
「その様ですね、連れ去り事件の方は何とかなりましたが討伐隊の方は今日動きますかね?」
「どうだろね、あの方が戻って来て下されば直ぐに方がつくと思うのだけど……」
リアム様が不在の時は次期聖騎士候補のマクシミリアン団長が代わりに務める事が多い、がユリウスは不思議に思っていた。白、赤、黒の団長は大貴族が代々務めるのが通例なのだが白のリアム様はそこまで爵位自体は高くはないはずなのだ。どちらかと言えばマクシミリアン団長のが貴族階級的には上で、聖騎士になっていても不思議ではない。ユリウスが騎士団に入団した時にはすでにマクシミリアン様は団長で、リアム様も聖騎士の位についていた。噂では、マクシミリアン様が辞退し代わりにリアム様が聖騎士になったのだとか色々と噂自体は耳にする。本当のところはどうなのだろうか?別の団の団長との接点は副団長であってもあまりない、団長会議であっても代理で副団長が出席する事が多い団もあればそうでない団もある、後は式典など遠目で見かけるのが殆どかもしれない。考えて見れば、この目でしっかりと聖騎士であるリアム様と対峙した事がないことに気づいた。ユリウスはマクシミリアン以外に興味がないが、皆が噂をするリアム様とはどんな人なのだろうとほんの少しだけ興味が沸いた。マクシミリアン様でさえ尊敬をすると言うあの方に一度会ってみたいものだ。カップの底のコーヒーをグイッと飲み干した頃。室内に鈴の音が響いた。
「……こんな時間に来客?」
「今現在、白、赤、青以外の団はこちらで対応しているからねこの時間に来客があっても不思議ではないよ」
団長室にはまだ朝も空け切れてないと言うのに来客のベルがもう一度鳴り響く、本来ならば面倒な手続きなどがあるが今は人手も何もかもが足りないので簡略してベルで知らせるようにしていた。
「何か急ぎの連絡でしょうか?私が迎えに出ますよ」
そう言って、ユリウスは団長室を出ようと扉に手を掛けた瞬間扉の反対側から引っ張られた。
「おわっ…!!?」
「おっと、すまない。マクシムは中に?」
扉の向こう側に立っていたのは来客者であろう人物。予想外の人物にユリウスは固まった。いや、予想外は予想外なのだがその姿があまりにも神々しすぎて固まってしまったと言った方が良いかもしれない。
「は、い。どうぞリアム様」
ユリウスはサッと扉の前からどき、リアムを中に招きいれた。
「やぁ、マクシム。宮廷内の本部に行ったら東砦の本部に居るって聞いたからこちらにきたんだが……立て込み中だったか?私が居ない間に何か問題でも?ほとんどの騎士達が出払っているようだが?」
リアムは部屋の中を一蹴し、正面で驚いているマクシミリアンを労うような瞳で見据える。
「リアム様!!いつお戻りに?言ってくだされば迎えに上がりましたのに!どうぞこちらに」
普段の落ち着いた雰囲気とは違い、マクシミリアンは白皙の美貌を薄らと桃色に染め喜色に満ちた顔で訪問者であるリアムを歓迎し、この部屋で一番質の良い団長室の柔らかな布張の椅子を差し出した。
「いや、確認したら直ぐに出る。マクシム君こそ椅子に座り少しでも体力を回復をした方が良い。随分と顔色が良くないぞ」
そう言って、無造作に置かれた椅子へと腰掛ける。
「………流石ですねリアム様。何故貴方には直ぐ分かってしまうのか謎なのですが。それで?何の確認にいらっしゃったのでしょう?」
マクシミリアンは苦笑いを浮かべながら椅子に腰掛ける。貴族であれば表情ひとつで全て包み隠すことなど容易い、大貴族であれば尚更息を吸うのと同じくらい普通にやってのける。それなのに、毎回リアムには読み取られしまうのが悔しくて精神面でも鍛えているのは内緒だ。
「アレが見つかったと聞いた、本当か?」
「……情報が早いですね。私の周りの者達を疑いたくなる程ですが、貴方なら仕方がありません。本当です」
白の騎士団は他に比べて少数精鋭。リアム様の『アレ』も偶然発見し、隊に組み込んだのもほんの数日前なのにもう情報を掴んでいるなんて流石としか言いようがない。
「……今は何処に?」
「森の討伐に行ってもらっています。今はイレギュラーな乱入があり混戦しているそうなので戻ってくるまでもう少しかかると思いますが……」
「アレが大人しく戻るとは思えないな。私が直々に行って連れ帰ってくるとしよう」
「ええ、あの人は危機察知能力と鼻が馬鹿みたいに良いですからね……その方が宜しいかと」
『アレ』と、呼ばれたあの人は追いかければ追いかける程痕跡を消すのが上手いので敢えて放置しているのが現状だ。
今回みたいに偶然捕獲しても直ぐに逃げらてしまう。アレの手綱を握れるのはリアムだけ、後は2人のスピード勝負になるだろう。
「では、引き続き私の代理を頼む」
「かしこまりました」
マクシミリアンは颯爽と去って行くリアムの背に深々とお辞儀をし、いつ見ても神々しい姿に思わず感嘆のため息まで出てしまう。恍惚とした余韻を密かに堪能したマクシミリアンはユリウスに声をかけた。
「さっ、ユリウス。森の方は今日中に終わりそうだから皆をそろそろ起こしてあげてくれる?………?ユリウス?」
先程から動かないユリウスを不審に思い視線をむければ、ガチガチに固まったまま動かなくなっていた。
「………リアム様に当てられてしまったか」
リアム耐性がないと良くあることなのでマクシミリアンは気にしない。固まってしまったユリウスはそのままに、部屋に転がる屍達を起こしてやる。リアムが直々に討伐隊の方へと向かった為、もう少し長引くと思われた禁止地区の討伐は夕方頃に騎士団本部へと討伐完了の報告が上がってきた。残りの作業はマクシミリアンとユリウスが引き受け、他の団員達には半日だが休暇を出した。何せ今日は感謝祭の最終日。夜通し花火が上がる祭りだ、こんな日くらいは家族やパートナー、友人達等と過ごして欲しいとマクシミリアンは思っていた。数十年前隣国の戦禍に巻き込まれてしまったこの国は酷いものだった、あの時代を考えれば随分と平和になったものだと思う。
「マクシミリアン団長、ご機嫌ですね?何か良い事でもあったのですか?」
今日も慌ただしく日々が過ぎていった。先程まで団員達でざわめいていた室内は今とても静かだ。朝まで転がっていた屍の様な団員達も、報告書や資料も今は完璧に片付いている。部屋にあるのは段々と色が濃くなり始めた夕日だけだ。
「ご機嫌?」
窓に映る自分の顔を見たマクシミリアンは納得した。どうやら随分と顔が緩んでいたようだ。
「……ユリウス。君はこの後どうするんだい?」
「自分ですか?自分はこの後は寮に戻って寝るだけですが」
真面目な顔で言い切るユリウスに、マクシミリアンは背後の机の上に置かれた紙束を見る。持ち運びしやすい様に小さな箱が置かれているが多分この後あの箱に詰めて持ち帰るつもりだろう。
「……資料や報告書の類いは持ち帰り厳禁だと言っているだろう?」
そう指摘すればユリウスはギクリとした顔でマクシミリアンから視線を外す。真面目過ぎるこの男はもう少し遊びを覚えた方が良いだろう。まぁ、どっかの誰かみたいに遊び過ぎるのも良くないが。
「ユリウス!」
「はっ!」
「私に着いて来なさい。君に少し話がある」
マクシミリアンは外套を手に取り歩き出す。
「今から外出ですか?お供します」
ユリウスも外套を手に小走りで付いて来る。真面目なこの男のことだ、仕事の話か何かだと思っているのだろう。ここから馬に乗って行くのも良いが今日の厩は何処も混んでいそうだ、これから馬車で行くのも時間がかかる、かと言って歩きで行くのも酷だろう。と、なればここは商業地区付近にある黒の騎士団の詰所へと転移扉を使って移動するのが良さそうだ。本部にある転移室に向かえば白の騎士団の1人が衛兵を努めていた。行き先をつげ転移先を登録する。そして、暗くなり始めた街には煌びやかな明かりの代わりに色とりどりの光が夜の空を染めていく。




