イケメンはごめんなさい!! 21
「あっ、どうしよう」
午後も順調にお客様を捌きつつ、売り上げの確認をしていたセナはある事に気づく。
「どうしたんです?セナ様」
「うん、ちょっとお釣りが足りないかも」
この世界にはATMや銀行みたいにお金がサッと出てくるような場所はあるのだろうか?
「一度、お店に戻って颯人さんに頼んだ方が良い?」
セナは後ろを振り返り、内職中のリーフに声をかけた。
内職と言っても、買ってもらった商品を入れる為の紙の小袋だが意外と無くなるのが早すぎてせっせと内職で作っているところだった。一応、準備はしていたんだけどそれでも追いつかないとは、予想外。
「お店に行くより、商業ギルドに行った方が早いかな……レイズ、セナと一緒に行ってきてもらえる?」
一緒に内職をしていたレイズにリーフがそう頼むと。
「なんで俺が!」
「……何でって、この4人の中で商業ギルドの場所分かるのは私と君だけなんだけど……まぁ、私がセナと一緒に行っても良いけれど大丈夫?」
チラッと、リーフは横目でレイズをみた。セナとリーフがここを離れることになったら護衛としてレイズかアヴィのどちらかが護衛としてもれなく着いて行く事になる。露店の店番もあるのでどちらか1人はここで留守番だ。そうなると、わざわざ護衛として来たはずのレイズがここに残るのも可笑しな話だが、何よりアヴィ1人をこの場所に残すのも不安でしかない。だからと言ってリーフと2人にされるのも今は気まずいとなれば、選択肢は1つだろう。
苦虫を噛み潰した様な顔で仕方なくレイズは立ち上がり、セナを一瞥し歩き出す。
「……………行くぞ」
長い尻尾をブンブンさせレイズが商業ギルドへと向かう背を、セナは急いで追いかけた。
「2人とも気をつけて」
「猫くん!セナ様を宜しくね!」
リーフとアヴィの見送りの言葉に手を振って答える。
「誰が“猫くん”だ!!」
「ふふっ、行ってきます」
商業ギルドは思っていたより近かった。
上城地区の貴族街寄りに商業ギルドの立派な建物は立っており、大通りに面しているのにもかかわらず出入りする人は意外にも少ない気がした。
「お待たせ、意外と空いてて助かっちゃった。ギルドって言うくらいだからもっと強面の人とかいっぱい居るのかと思ってたけど……普通だね」
ギルドの広いロビーで待っていたレイズの元に戻ってきたセナは開口一番、感想を述べる。その顔は何故だか落胆している様に見えるのは何故だろう?
「……何を期待してたのか知らないけど。この時期だからこんなに空いてんだよ、祭りが終われば長蛇の列が出来てて受付まで行くのも大変だぞ。それに、大型ギルドなんかと鉢合わせた日には自分の番がその日のうちに来るとは限らないしな」
ガランとした広いロビーをセナは見渡した。窓口が幾つかあり、職員がそれぞれ対応しているのを見ると一見どこか役所の様な雰囲気だと感じる。
「そうなんだ。それじゃあ他にもギルドがあるってこと?」
異世界あるあるの1つであるギルドが、この商業ギルドのみだとは思っていなかいが念のため聞いてみる。
「あ?他か?……商業ギルドの他に、冒険者ギルド、流通に海上ギルドなんてものもあるな」
「冒険者ギルド!!」
異世界と言ったらこの冒険者ギルドは外せないわよね!他にも、主人公最強系や悪役令嬢にループ系、食べ物系も多くなったわね。アレ読んでると深夜の飯テロ動画並にお腹が空くのは頂けなかったわ。でも。
「おわっ!とっとと、冒険者ギルドがどうしたんだよ」
ロビーから外に続く階段を下りながら歩いていたせいで、突然のセナの声にビックリしたレイズは階段を踏み外しかけた。
「何となく言いたかっただけ」
でも、この世界は?
前を歩くレイズの服に指が伸びる。
「………チッ、用事も終わったし戻っ……何なんだよさっきから」
服を掴まれる感覚にレイズは面倒くさそうな顔で後ろを振り向くが、聞こえない振りでもして歩いて行けば良かったと思う。セナの指が振り向いたレイズの鼻先を掠め。
「あそこ!ちょっと寄って良い?」
キラキラと瞳を輝かせたセナが指すそれはレイズの知らない文字で『万屋』と、書かれている旗が掲げられていた。
一体、この身体のどこにそんな力があるのか?と思う程の力でセナに拉致されたレイズ達は商業ギルドの向かいに立つ店。
の、裏手に構えていた店へとやってきた。
(あんな隙間みたいな路地裏にある店、良く見つけたなコイツ)
そう言えば昔、誰かが『女性との買い物は諦めも必要』だとか言っていたがこんな気分なのかもしれない。
怪しげな模様で書かれた暖簾を2人でくぐれば、すぐに店員らしき男に声をかけられた。
「いらっしゃい、お嬢さんに獣人のお兄さん。ゆっくり見ていってねー」
店に入るとくたびれた感じの着物を着た40代後半の男性が出迎えてくれた。昭和漂う店の雰囲気に懐かしさが込み上げてくるのはもう自分のいた世界に戻れないと分かっているからなのだろうか。
外から見た店構えの時は分からなかったが、随分と奥行きのある店のようで奥が見えない。壁際には取り付け型の棚が隙間なく壁に付けられ、見たことがある様な無いような商品が並べられている。その中で1つ、セナの目に懐かしいとは言えないが見覚えのあるものが入った。
「凄い……これ、おばあちゃん家で見たことある」
セナが手に取ったのはダイヤル式の黒電話。当たり前だが通話口に耳を当ててみてもなにも聞こえない。その様子を見ていた男性が。
「おや?お嬢さんは日本人の異世界人かな?」
銭湯の番台みたいなカウンターに座っていた男性は、こちら側に身を乗り出しながら長いキセルに火をつけ咥える。深呼吸でもするように肺いっぱいまで満たし、そして煙をゆっくりと吐き出していく。
「はい、日本人です。えっと……」
「俺のことは万屋さんとでも呼んでくれ、おじさんって呼ばれるのは好きじゃないんでね」
無難に“おじさん”と呼ぼうとしたが、提案された名前でセナは呼ぶ。
「はは、分かりました。万屋さんも日本ですか?」
「おう、お嬢さんと同じな。何か買うなら同郷価格で安くしとぜ」
「本当ですか?それなら……」
実は1つ、探している物があった。この世界では必要が無さそうだったので半ば諦めていたのだが、もしかしたらこの万屋にそれがあるかもしれない期待にセナの心が踊る。
商業地区、ベルフルールの出店している露店に戻って来たのはあれから少し経ってからだった。
「2人とも、お帰り。遅かったね………何か良い事でもあったの?セナ」
リーフは不思議そうな顔で問いかける。
「えっ?あっはは、ちょと欲しい物が手に入りまして」
(自分の趣味と欲望の為に、万屋さんで長居してましたとは言えない………)
ちょっと挙動不審なセナに疑問を持ちつつも、リーフはレイズへと視線を向けた。
「そう?それはおめでとう、かな?それからレイズ、君にお客様が来ているよ?」
「俺に客?」
どこに?と、視線を巡らせればすぐにそれが自分の客だと分かった。露店の向かいのテーブルで珈琲を飲んでいる客の中に違和感ダラダラなヤツが1人。
「チッ、面倒な奴か」
そこに居たのは黒の騎士団、副団長ユリウス・ラシッドであった。
午後の露店作業も終わり、ベルフルールの作業場でネルファデスの迎えを待つセナは先程手に入れた物を大事に鞄へしまう。
「うふふ♪」
ついつい、嬉しみの声が漏れてしまった。
「瀬奈ちゃんは随分とご機嫌だね」
作業場で、明日の準備をしていた颯人が瀬奈の嬉しそうな声に反応し作業を止めて顔をあげた。
「はい!良いものが手に入ったんです!」
瀬奈は今日の昼間に寄った万屋で『例の物』を手に入れていた。瀬奈にとっては大事な大事なソレが入った鞄をギュッと抱きしめる。
「良いもの?何だろう?」
瀬奈の大事そうに鞄を抱える様を見て、一体何を買って来たのか颯人は少しだけ興味を惹かれた。
「ふふふ。内緒です」
「内緒か、それは残念」
嬉しそうな顔をしながら内緒だと言われたら諦めるしかない、少し興味があったので残念なのは本当だ。明日の準備の為の作業を再会するべく顔を作業台に戻したが、チラチラとこちらを伺う瀬奈の気配を視界の端で感じていた颯人に意を決して瀬奈は話かけた。
「…………あの。颯人さん、聞いても良いですか?」
先程とは打って変わって深刻な表情の瀬奈に、颯人も再開するはずだった手を止め瀬奈の方に身体を向けて待つ。
「うん?俺で答えられるなら」
***
王都の東側。商業地区と魔法学園の丁度中間の辺りに騎士団の本部がある。
王城内にある騎士団本部は、どちらかと言えば会議や式典等の時に使われる事の方が多い為『騎士団本部』と言われたら東砦にあるこちらのことをさす。
王城内にある騎士団とは違い、普段なら鍛錬場で己自身を切磋琢磨する団員達がいるのだか今日は誰もいない。
目的地に向かっている間も忙しなく走り回る団員達の姿は片手で数えられる程だった。そして、静か過ぎる砦内を歩き案内された場所は誰が見ても騎士団内で偉い人が居るであろう扉を開けた。
「………はっ?」
部屋を開けた瞬間、レイズは口をあんぐり開けた。いや、レイズじゃなくてもこの状況を見たら誰でも同じ状態になるはずだ。
黒の騎士団副団長ユリウスに連れられ騎士団本部に到着し、通された場所はなんと団長室と言う名の戦場だった。
「マクシミリアン団長!南から宝珠通信来ました!!奇襲は成功!敵は全て確保!ほとんどの敵が戦闘不能になっていたそうで、こちらの負傷者無し!囚われていた者達も情報通りの人数を確認しました!!」
静か過ぎる砦内が嘘だったのでは?と、思う程にその部屋の中は戦場と化していた。
1人の団員が複数の宝珠を持って団長らしき人物に報告をしている。
他にも、高く積まれた書類の山に顔を青くしながら作業する者。
いくつもの宝珠と地図とを見比べ指示をする者。
部屋の隅では雑魚寝状態で仮眠をしている者達がいた。
「分かった、引き続き取り逃しがないよう周辺を警戒しながら捜索して。問題がなければ西の討伐隊にそのまま合流」
「団長!西の方ですが何やら問題が……」
何やら部屋を飛び交う内容がレイズの耳へと聞こえて来る、先日の野盗と禁止地区の討伐隊の事だと分かるがそんなことよりもこの部屋で1番異質な物達がいる事にレイズは1番驚いている。
「なっ、………何でここにいんだよっ!」
今まさに、この部屋で飛び交ってる内容の中に『野盗』の件があったはずだ。教会を襲った野盗と連れ去り事件を起こしている野盗が同じグループだと、ここに案内される間に副団長であるユリウスから聞いていた。
なのに何故?
「彼等が君のことを名指しで、迎えを寄越して欲しいと言うので君を連れて来たのだが。知り合いだったのか?」
ユリウスは部屋の中の状況には触れず、簡潔にレイズをわざわざ騎士団本部に連れてきたのかを述べる。
状況が把握出来ないまま、部屋の扉を開けたままで固まっているレイズを見つけた2人は。
「もう!遅かったじゃない!何してたの?」
「………寄り道と言う名の迷子?」
部屋の隅に追いやられていた小さなソファに座っていた2人は、忙しない大人達の間を抜けレイズの正面に立つと開口一番そんな言葉を投げた。
「何で、ここに?」
投げられた言葉は全部無視し、最初の疑問が口から出る。同じ顔の2人は互いの顔を見合わせ。
「「騎士団に情報を流して逃げてきた」」
「逃げてきた?……絶対嘘だろ?それ」
レイズは信じない。ジト目でリーフと同じ顔の2人を見据えた。そう、部屋から出て来たのは連れ去られた筈のエバーとシャル。
「ひどい!僕達が嘘つくわけないでしょ?こんな儚げな美少年の僕達が嘘だなんて……グスン、」
泣き真似までしだしたシャルにレイズは脱力する程呆れた。何故自分が騎士団に呼ばれたのか?今回、西の討伐隊に選ばれなかったがもしかして状況が変わったのかもと内心考えていただけに脱力具合が大きい。
とりあえず、考えていた悪い状況でなかったのはありがたい。
「あっ、レイがシャル泣かしたー」
「…………」
今度はイラっとしてきそうだ。そう思ったところでユリウスが救いの手を差し伸べる。
「すまん、大丈夫そうなら一度戻ってもらえるか?これからもう一山越さなきゃならい事案があってな。それが終わってから2人には今回の事で詳しく聞きたいんだが、良いだろうか?」
ユリウスは目線を合わせる為に腰を落とし2人の少年にそう聞いた。2人は顔を見合わせレイズをみてからユリウスの方へ顔を向ける。
「聞きたくなったら『ベルフルール』に来て。僕達はだいたいそこにいるから」
シャルはそう答えた。エバーもコクリと頷く。
「ああ、分かった。後日必ず行かせてもらう。今日は君達のおかげで状況が好転したんだ、とても助かった。ありがとう」
ユリウスはそう言って戦場に飛び込んでいき、レイズ達3人は見習い騎士によって騎士団本部の外まで送ってもらい用意されていた馬車に乗り店に着く頃には夜も深くなり始めていた。店にはまだ煌々と明かりが灯っており馬車が着くと同時にリーフが中から出てくる。
「お帰りシャル」
「ただいまー、はぁ〜疲れた。颯人は中にいる?」
いつも通りの挨拶を交わし、シャルは中に入っていく。
「ああ、まだ作業場にいるはずだよ。エバーもご苦労様、正確な場所の特定が出来たから助かったよ」
「……そっちもね」
エバーもシャルと同様にいつも通りの挨拶を交わし中へ入っていく。煌々と輝く扉を背にレイズは路地裏へと歩き出した。2人が戻り、野盗達も捕まった。
騎士団の方から頼まれていた護衛も今日で終わり。明日からはまたいつもと同じ生活へと戻るのだ。
「……レイズ、颯人には会って行かないの?」
路地裏の闇に消えかけているレイズの背へと声をかける。月は出ているはずなのにソコは随分と暗い闇に落ちているようだ。
「………ああ、まだ無理だ」
「颯人は気にしてないと思うよ」
“知ってる”
「分かってる!ただ、俺が今のままじゃ嫌なんだっ!!」
そう言って闇の中へ消えて行くレイズの姿を見送りながら、リーフは深い溜め息をつく。
「………はぁ、残念。相変わらず頑固すぎて感動の再会はお預けみたいよ?颯人」
扉の後ろを覗けば、作業場にいるはずの颯人は壁に背を付けて残念そうな顔で笑った。
「そう、だな。楽しみはお預けってことで」




