イケメンはごめんなさい!! 〜レイズ少年と颯人 ②〜
猫耳少年レイズが俺の店に通うようになって数週間。街ではある噂が広まっていた。『豪商カメリア家の子息が行方不明になった』と、たまたま買い出しついでに外に出た時に聞いた噂話に俺は首を傾げた。
何故なら、今俺の目の前に居る奴がその『豪商カメリア家の子息』だからだ。以前、確かに行方不明になっていた時期もあったがその時は何も騒がれてはいなかったはずだ。俺が拾って、治癒師に見せてその後身元確認をしてレイズがカメリア家の次男坊である事を知り尚且つ一月近く行方不明になっていたと知らされたのは後の話。
(でも、今騒がれてるって事は長男の方かもな……次期、カメリア家後継者で今はなんだ?え〜と、辺境伯?違うな)
「辺境騎士見習いだよ、颯人?」
「……あ?悪りぃ、声に出してたか?」
颯人の膝の間にちょこんと座りながらレイズは轆䡎を真剣な表情で回していた。実際に足で回しているのは颯人だがレイズは慎重に手元を動かしている。
「……僕の兄様は、雪山での訓練中に遭難してしまったんだって。遭難してから一週間たつけど、今日王都の騎士団が派遣されるって母様に聞いた」
何だか他人事みたいに冷静だな、普段見た目年齢同様な言動と行動が目立つ分、時々こう大人びた顔をする時は少し心配になる。颯人は膝の間に座るレイズの頭をポンポンと撫でた。
「そうか…兄ちゃん無事に帰って来ると良いな」
「うん、毎朝王宮の教会で母様とお祈りしてる」
最近、店に来る時間が遅くなったとは思っていたがそう言う理由だったらしい。長男が雪山で遭難一週間でこんな街で噂になるくらいの騒ぎなのにレイズの時は?一月近くも行方不明になって噂も聞かなかったが……ああ、考えるのは辞めよう。人様の家の事に首突っ込んで良いことなんか無いからな。
「なぁ、そろそろ疲れたんだかもう良いか?」
かれこれ数時間、レイズの短い足が届かない為に轆䡎を代わりに回しているが流石の俺もそろそろ足が攣りそうだ。
「もうちょっと!……ここをこうして………出来た!!どう!颯人!」
まず、どうやってそんな所に泥が付くんだとツッコミたい。手は勿論、髪はまだ良い。何で鼻の上にちょこんと可愛らしく泥がのるんだ?色々と……色々と我慢しながら、期待の眼差しで見上げてくるレイズの手元を覗きこんだ。
「…………ナニこれ?」
花瓶か何か作っているのかと思ったら謎の生き物が出来上がっていた。
「魔獣!!」
魔獣?コレが?どちらかと言ったらウーパールーパーだろ?ってか、魔獣って……やっぱりまだ子供だな。
「………なっ、なんだよ!」
とりあえず、レイズの頭をガシガシと撫でておく。ついでに猫耳もニギニギだ。
「じゃ、乾かして次の時に焼くか」
「うん!宜しく!」
その日の午後。切子の図柄で悩んでいた颯人の耳に盛大な水飛沫とレイズの叫び声が改築中の裏庭から聞こえた。2階の自室兼応接間の窓から裏庭に顔を出してみると。
「………何やってんの?泥んこ遊びなら他所でやってくれる?」
裏庭の畑が一面水浸し。その中に泥塗れになったレイズが座り込んでいる。
「ちがっ!!水魔法が上手く出来なくて……あっ!」
レイズの手元で浮いていた水球の一つが颯人めがけて飛んで行き、案の定。
「………ご、ごめんなさい」
「……………」
「僕、何か役に立ちたくて……あの」
「………これで、何度目だ?」
顔面から水球をくらった颯人は全身水浸し。癖のある髪をかき上げ、下のレイズを見る。
「あ、う〜んと……3回、目?」
「馬鹿やろう!5回目だ!今日は流石に許さん!!そっから動くんじゃねぇーぞ!ガキィ!!」
「ひぃぃ!!」
颯人は凄い勢いで2階から降りていき、怯えるレイズを裏庭で追いかけること数時間。
「はぁ、はぁ、はぁ……ちょこまか逃げやがって。動くなって言ったろが」
「痛い!痛いよ颯人!!」
必殺!こめかみグリグリの刑をお見舞いし、水と泥でビチャビチャになった畑でレイズと颯人は倒れた、仰向けになり空が見える。晴れ渡った青い空に入道雲、まるで自分の知ってる夏空のような空。
「……世界が変わっても、空は同じなんだな」
ボソリと呟いた颯人の台詞に返答するのは同じく、泥まみれになって仰向けに倒れているレイズ。
「そう言えば颯人は、異世界人なんだよね?」
以前、魔法はどのくらい使えるか話た時にレイズには俺が異世界人だと話してある。
「……俺からしたらコッチのが異世界だけど、そうなるな」
車や電車、ビルもなければ飛行機もない。聞こえてくるのは雑踏音ではなく風に揺れる木々や葉や虫の音ばかり。
「………颯人のいた世界では、僕みたいなのはいるの?」
「あっ?獣人がって事か?俺のとこはそもそも人間しかいないから……獣人や魔族やらはいないな」
「そっか……」
「でも、それっぽいのは居るな」
レイズはガバッと起き上がり、横で転がる颯人を興味津々で見ている。
「それっぽい?」
「ああ、中身は人間だけど天使や悪魔みたいな格好を真似て楽しむんだ」
いわゆる、コスプレってやつだが。こっちの世界なら多分普通に居るんだろ?
「なにそれ?格好だけ真似するの?そんな事して楽しいの?」
「まぁ……本人達も楽しいからやってんじゃねーの?日常から非日常な感覚なんだろ?それに、それをわざわざ見にくる奴等もいれば撮るヤツもいるくらいだし」
そう言えば俺の友人にカメラやってる奴いたな。
「へぇ〜、変わってるね。見るのは分かるけど、“撮る”って何?」
「あ〜こっちじゃ、写真文化がないのか………近いのは、絵に納める?だな。知ってるか?その中でもこんなレイズみたいに猫耳生やしたヤツなんか大人気なんだ……ッおい!何しやがる!」
突然、レイズが泥を飛ばしてくる。
「………別に、何となく投げつけたい気分だっただけ」
「あ゛!?何となく?」
「ひぃっ!!……わっ、ぷ!!」
しまった!って顔をしたレイズに泥団子をお見舞いしてやった。その後はまぁ、いつもの流れで日が沈むまで遊んでやった。夏空とはいえ夏ではない季節の為、夜はまだ肌寒い風呂に入り泥だらけの体を洗い、簡単な飯を食いレイズを家まで届け帰路につく。
「あれ?そう言えばなんでレイズをわざわざ家まで送ってるんだ?」
***
「師匠これは?」
現在、保護契約の状況報告の為、颯人は朝から王都内にある魔法学園の一室に足を運んでいた。部屋のプレートには『特別教員用研究室』だとか書かれていたが、俺は師匠用の引きこもり部屋だと認識している。そもそも『魔法学園』とか漫画やアニメの世界だろ?が、実際に目の前に現れて興奮したのは一瞬だった。俺って、自分が興味を持たないと周りの環境とかもろもろに関心が向かないんだなと気づいたのはこの世界に来てからだ。
「それは最近研究している魔法陣の試作品。それじゃなくてだね……あった!これこれ、これだよ!!」
師匠と呼ばれた長身の男は、紙束の入ったダンボールに頭を突っ込み何を見つけたのかその中の一枚を颯人に差し出した。
「………だから、なんなのコレ?」
渡された紙を見た所で良く分からない文字と模様が描かれているだけで、全く理解が出来ない。ただ師匠が渡してきた物なので何かしらの魔法陣ってやつなのは理解した。何せ、師匠は『魔法陣オタク』だから。
「ふふん♪良い質問だ。それは、無限に湧水が出る魔法陣!今度硝子細工で水盆作った時に模様代わりに刻んでみてくれないかな?」
師匠はワクワクした顔とキラキラした瞳で俺を見る。何だろう、誰かと同じ様な既視感を感じる。
「それはまぁ、構わないけど………今日は経過報告の作成するんじゃなかったんですか?」
今日はその為に魔法学園に足を運んだはずである。颯人の住む商業地区から馬車で片道1時間程のところを節約の為、歩いてきていた。
「大丈夫、大丈夫!適当に書いておくよ。それより、目の方はどう?順調?」
そう言って、近くの椅子に俺を座らせ顔を上げるよう要求された。冷たい指が俺の瞼に触れる。何をされてるのかは分からないが次第にじんわりと目の奥が暖かくなってくる。
「さっ、開けてみて」
瞼を開けば正面には師匠の顔。長い耳にサラサラな綺麗な長い金髪。エメラルドグリーンの瞳に、均整のとれた身体と長身。軽く微笑んだら黄色い声が聞こえてくるであろう、完璧な白馬の王子様な見た目のエルフが俺の師匠だが……。実際は白衣を着て、部屋に閉じこもり魔法陣の研究をしているただのオタクエルフだ。
俺の保護契約の相手はこのエルフ。契約の証として身に着けているのは指に嵌めている金と銀に緑色の宝石が付いた指輪。その他にシルバーアクセサリーを着ける羽目になったのは、契約の証の指輪が左手薬指だったから。……なんか、嫌だろ?それって。
「順調……か、どうか分からないけど最近は自分の意思でコントロールしながら視ることは出来てきていると思う」
俺の顔を両手で挟んで持ち上げる。師匠が言うには俺の瞳の奥に魔法陣が浮き上がっているのが見えるんだとか。それを見るため顔を近づけなきゃならないのは何とかして欲しい。今は椅子に座っているが身長がデカいせいか圧迫感が凄い。俺も身長が高い方だが、師匠はそれよりも頭一つ分デカかった。
(俺の中の知ってるエルフ像は普通位の背丈で森の狩人的なイメージだったのに、この人デカすぎるだろ!本当にエルフか?巨人の間違いじゃないのか?)
「う〜ん、瞳の中の魔力の虹彩も安定はしてるけどもう少しこのままコントロールの訓練かな?」
俺の魔力。もともと魔力も何もない世界出身の俺がこの異世界に来て開花した魔力とやらは、モノの本質を視る魔力だった。本質を視ると言っても簡単に言えばオーラが視えると言えば良いだろか?例えば、熱いお湯なら赤色、冷たい水なら青色で表現したら分かるだろ?それをもっと細分化して視るのが俺が開花した力。魔力開花しない異世界人もいるので、俺は視るだけしか出来ないがラッキーな方なのだとか。
「あっ、そのまま上向いてて。安定はしてるけど魔力の流れが綺麗じゃないから目薬さすよ」
(………首が痛い、見上げるって意外と疲れるな)
ふと、いつも自分を見上げる真っ赤な髪の子猫を思い出した。
「はい、滲みるよ〜」
師匠手作りの目薬。魔力回路がどうとか言ってたが俺にはサッパリだった。それよりも。
「〜〜〜っっう!!滲み……」
滲みる目を抑えていたら部屋の扉がノックされ師匠の返事も待たずに突然開いた。
「オーバスト先生、ちょっと聞きたい事が……………キャ♡ごっ、ごめんなさいアタシったら!お邪魔しました!!」
扉が壊れるんじゃないかと思う程の勢いで扉は閉められた。そして、扉の向こうで何やら奇声をあげて走り去っていく女生徒の声。男二人が顔を寄せ合い見つめ合っていた、しかも片方は(目薬で)涙を流した状態だった。きっと明日の学園内でとんでもない噂が広まるのは時間の問題。
「あれ?私達ってそうゆう関係だったの?」
「っざけんな!どつき回すぞ!!」
これで一体何度目だろうか?学園に来るたびに俺を見る皆の視線が生温くなっていく。さすがの俺も顔が綺麗だからって、師匠は無理!俺は小さくて可愛い子女の子がタイプだから!!
あの後、師匠の所で今現在の経過報告を何故か俺が書いた。本当ならこの世界での保護者であるオーバストが書かねばならないのだが、次の研究アイデアが降ってきたと研究室内にある自室に閉じこもってしまったのだ。商業地区の自分の店がある上城に着いた頃にはだいぶ日が落ちていた。店の正面を通り過ぎ、裏庭へと続く観音開きの小さな扉を抜け作業部屋へ直行していると。
「はぁ、まったくあの人は。残念バカ王子オタエルフのくせに……おわっ!!!」
暗くなり始めた裏庭を通り過ぎ、小さな畑の前で何かにつまずく。先日、水没した畑は掘り返し畝を作っている最中だった。その時に出てきた石は横に除けていたはず。積み方が雑だったか?
「痛ってて……何?デカい石でも転がって」
薄暗闇の中、何に躓いたのか?うっすらと見える黒いシルエット。石であれば動くはずのないそれはモゾモゾと動き出し、颯人に襲いかかった。
「………悪ぃ。つい手が出た」
颯人の膝の間に座る真っ赤な髪の頭に付いている猫耳は今はシュンと力無く下がっている。気のせいか背中も猫背気味だ。
「お前だって悪いんだぞ?あんな暗闇で座ってるなんて。流石の俺でも気づかないからな」
レイズの濡れた頭をタオルで拭いてやる。さっき裏庭に居た黒いシルエットはレイズだった。幽霊とかだったらどうしようかと思ったが実体があって内心ホッとしている。
(俺、幽霊とかお化け屋敷とか……うん。苦手だから本当、レイズで良かったわ〜)
どうやら今日は店が閉まっている事を知らなくて、俺が帰ってくるまで畑でアリの行列を見ていたらしい。
(確かに、昨日の帰りに店が休みだって言わなかったけど。いや、あんな暗くなるまで行列見てるとかありえないだろ!あ〜でも、俺も小さい頃はアリの行列見てた記憶があるかも?)
そんな幼少期あるあるを思い出しながら、目の前の頭をガシガシと力任せに拭く。
「まぁ、まさかそのまま畑の中に転がっていくとは思わなかったけどな?」
颯人が躓き蹴り転がしてしまったレイズはそのまま畑の柔らかい土の中に頭から突っ込んでいった。しかも、盛り土をしたばかりの畝に。
「………なぁ、機嫌直せって」
そのまま脇に手を入れてレイズを立たせてやる。勿論、服も泥だらけになり颯斗の服を着せてやってるがレイズにはデカ過ぎて今にもズリ落ちそうだ。小さな体が余計に小さく見えてしまう。
「……服が乾くまで時間があるから飯にするか?」
「する!!」
即答だった。さっきまでの意気消沈した様子は何処へやら飯の一言で吹っ飛んだらしい。目を輝かせながら俺を見上げるレイズの額には、真っ赤に腫れたタンコブが出来ていた。
「……………ぷっ」
襲われると思った俺はつい手を出してしまった分けだが。なんとも笑いを誘う顔になってしまったレイズの顔に俺はまた笑ってしまった。
「あ!!また笑った!もうっ!!」
プンとまたそっぽを向いてしまった。
「ごめん、ごめん。そろそろ飯にしよう。今日は俺の得意なアレ作ってやるから」
きっと飯で機嫌は直るはずだと思いたい。
「…………僕のは多めにね」




