イケメンはごめんなさい!! 〜レイズ少年と颯人 ①〜
最初は野良猫だと思った。
周りの音が聞こえない程の土砂降りの雨の中、路地裏の暗がりで小さく丸まって落ちていたソレは寒さで震えていた。
「……一緒に来るか?」
俺は問いかけるが返事はない。
代わり金色の色をした瞳が俺を見る。
寒さで動けないだけなのか、それとも何処か怪我でもしているのだろうか?ピクリとも動く気配のないソレに俺は手を差し出した。
「………どうする?」
ソレの瞳は死んではいない。恐怖と不安と疲労の色は見えるが『無』ではなかった。
だから俺はもう一度聞いた。
「………どうする?」
雨音が強く、自分の声さえもかき消される音の中。
「ーーーー」
「おいで、子猫ちゃん」
俺は小さなその手を掴んだ。
***
「なぁ、颯人!これは?これは何に使う物?」
真っ赤な髪と頭にちょこんと生えている可愛いい猫耳はピコピコと動き、尻から生える細長い尻尾の先は小刻みにピクピクとした動きで見る者の目を楽しませていた。
「これはバーナー、硝子を溶かす時に使う物。火が出て危ないから近づかないの!」
颯人はガスバーナーの元栓をキュッと閉める。
「火?僕も火くらい出せるよ?」
少年は一言何かを唱え、両手に大輪の炎を纏わせた。
「あっ!こら!この部屋で魔法なんか使うな!」
颯人は比較的熱に弱い素材達を彼から遠ざける。
「へへっ!どうだ!そんな小ちゃな火なんかよりも僕のが凄いもんね〜」
両手に炎を纏わせながら部屋の中を走り回る少年を颯人は追いかけた。
「こら!待ちなさい!……良い加減にしないと今日の夕飯は野菜だけにするぞ!」
「えっ!!それはヤダ!!」
颯人の『夕飯は野菜』発言に顔面蒼白で少年は固まった。
「なら、大人しくこっちにきなさいレイズ」
「……はぁ〜い」
大人しく自分の元に来たレイズの頭を颯人は優しく撫でる。髪も耳も尻尾の毛艶も拾った時より良くなっていた。
「今日は裏庭の改築だ、それが終わったら買い出しに行こう」
「お肉?」
「いっぱい働いたらな」
「やったー!」
レイズはぴょんぴょんと跳ね、裏庭へ続く扉を潜っていく。
あの雨の日に拾った少年はあの日、俺が通りかからなければ死んでいたかもしれない程の重症だったらしい。家に連れ帰ると少年は突然苦しみ出し、身体中の血が全部出るんしゃないかと言うほど吐血した。俺はすぐさま近くの治癒魔法師を呼び、治癒師の口から出た言葉に愕然とした。
『この子は身体の表面はそこまで傷は付いていないが、中身が酷い拷問にあったのか生きているのが不思議なくらいボロボロになっている。今も、飲まされた毒の影響で身体の中から針を刺すような痛みと、それと幻覚作用のある薬も打たれていてどちらが現実か分からなくなりかけているようだ。何日も食事を与えられていなかったのか飢餓も酷い……。この子が今生きていられるのは獣人の血が濃かったおかげだよ』そう言って、治癒師は自分の力だけでは全て治すことが出来ないからと専門の知識のある病院を紹介してくれてその後、病院内で身元を確認してもらったところ上城区のある豪商の次男だと分かった。
話によると約一月程前に行方不明になっていた事も分かり、無事に治療も終わり両親のいる家に帰ったはずだったのに、数日後。随分と血色の良くなった顔で俺の前に現れた。
「あっ!ちゃんと居た!」
彼は混濁した意識の中見た俺を匂いだけで探し当てたらしい。探す理由は想像つくが、匂いで探すとは……。
ちゃんと、風呂に入っているはずだけど俺……臭うのか?
「僕の命の恩人に、お礼がしたい!」
そう、意気込んで来ること何回目だろうか?俺は今日も丁重にお断りした。
それにしても、異世界とは不思議な場所だと颯人は常々思っている。自分は日本と言う場所からこの異世界に来てまだ数ヶ月、こちらの世界の師匠の話では学校に通いながらこちらの世界の事を学か外で学か選んで良いと言われた。師匠は学校の教師らしくもちろん俺も学校に通いながらな学ぶのだと思っていたらしいが、俺は後者の外で学ぶ方を選んだ。
師匠は残念がっていたが、もう一度学生時代を謳歌しようなんて気分は俺にはさらさらなく。むしろ早く自立したいと思っている。元の世界では切子職人をしていてこれから!って、時に異世界なんぞに来てしまったが為に色々と創作意欲が溜まっている俺としては、とりあえず師匠にお願いし工房になる場所を探してもらった。本人曰く、変な知人が多い師匠の知り合いが商業地区で工房が出来そうな場所を貸してくレルと言うので、内見に行った俺はその場で契約をした。家賃などは出世払いで良いとか世の中にはそんな事を本当に言ってくれる人がいるなんて驚きだ。そして、俺は迷うことなくその場所でひたすら作品作りに夢中になっていたある日。
俺は餓死寸前で倒れた。目を覚ますと師匠から1つ提案があると聞いてみれば。
「せっかくなら工房だけじゃなくてお店でも開いてみたら?」
と、言われた。飯も食べずに、ひたすら作り続けていた俺は工房内で倒れていたらしい。師匠と保護契約を結んだ時、保護した人間の居場所と心身と言うか健康状態が分かるように契約を結んでいたようだ。用は高性能のGPSみたいなもんだと俺は思っている。おかげで疲労と腹を空かし倒れた俺を発見してくれたわけだけど。そんな師匠の一言で俺は小さな店を開く事になった。最初は作りぱなしの作品を無造作に置いておいただけだが、時々覗きにくる師匠と近所の店の人達のおかげでちゃんとした店らしくなっていった。
最近では、工房の裏手が草ボーボーの庭になっていたので窯焼きにも興味があった俺は、修行時代にお世話になったある先輩宅にあった窯場を思い出し見よう見まねで作っている。そして現在。
「なぁ、これ食べれるの?」
レイズの手にはヒョロヒョロの人参が一本。裏庭の一部を畑にしたのは良いが、良く放置してしまう俺には向いていないようだ。他にシナシナになった物を引っこ抜いてみたがどれもこれも食べる為よりも漢方薬にした方が良いんじゃないか?な、状態だった。
「………いつもの店で食わしてもらうか」
「えっ!やりぃ〜!あのおばちゃん所のご飯美味いから僕あの店好き!」
レイズは嬉しそうに笑っている。まだ幼いせいなのか大きな頭と小さな体がなんだかミスマッチで、グリグリと頭を撫でくり回すと取れそうだ。
「うわっ!止め、止めてよ颯人!頭取れるって!」
ついでに猫耳も両手でニギニギと触っておく。
「っ〜〜……!!だぁ!くすぐったいってば!」
「おっ?悪い悪い。なんか触り心地良くてついな、じゃっ行くか」
良いせいと立ち上がり、裏庭出口へと足を向けるがレイズがついてこないので振り返る。
「どうした?」
俺はもう一度しゃがみ込み、俯いたレイズの顔を覗きこんだ。そんなに猫耳を触られるのが嫌だったのだろうか?
「僕も…」
「ん?」
「僕も!颯人みたいに大きくなれるかな!」
どうやら、杞憂だったようだ。少年時代だれでも一度は考える事で悩んでいたらしい。
「なんだそんな事か」
「そんなことって!僕は、ふぎゃ!!」
とりあえずまだまだ成長過程の低い鼻を指で摘んでみた。
「お前まだ、10才だろ?獣人と人間の成長過程は良く分かんねぇーけどまだまだこれから伸びんだろ?そんな事気にしてねぇ〜で、何にもしなくても野菜が育つ方法でも考えてくれよ」
両手をレイズの脇に差し込み、ついでにそのまま立ち上がる。
「……野菜は颯人が毎日ちゃんと面倒みてやれば育つよ」
ブランブランと揺れるレイズと尻尾。顔はこっちを見ているが猫耳はイカ耳ってやつか?
「はっ!言ってくれるじゃねぇか!このまま店に連行だ」
両手でレイズを掲げて颯人は走り出す。
「やだー!!降ろしてー!!怖いよーー!!」




