イケメンはゴメンなさい!!2
甘いもの。
それは食べ物であり物語でもある。
「はっ?」
仕事終わりの居酒屋で、同僚であり大学時代からの友人は意味が分からないと言う顔で生ビールを一気に飲み干し追加でビールと焼き魚を頼んでいる。
「食べ物はわかるけどさ、物語って何よ?」
「綿アメに包まれたような…話?」
「……………」
「……………」
「追加のビールお持ちしました〜。空いてるお皿さげますね〜」
まだ大学生くらいの若い男の子が空の皿とグラスを持って次のテーブルに向かって行くのを横目に正面に座る友人の目は座っていた。
ビシッと、差し出された友人の人差し指が私の鼻先を掠める。
「あんたさ、物語の中じゃなくてもっと現実的な恋愛をしなきゃダメよ!」
「し、してるよ!…い!一応」
先程の現実逃避しかけた発言をしたのは自分だが、反論したくても出来ないのが私である。
「一応?SNS上でも良いけど生身のが絶対良いって!」
友人は来たばかりのビールを口に運んでいく。いや、グビグビと喉に流し込んでいくと言ったほうが良いだろか?少々ワイルドな友人は先日ラブラブな彼氏と大喧嘩をしたらしく今日は花金DAYつまりはストレス発散の為の飲みに誘われた。
若干いつもよりペースが早いのはしょうがないと思っている。
「ぷっはー!」
一気に飲み干したジョッキグラスをガンっと卓に置くと、追加でもう2杯分すかさず頼む。
「………」
まだ、一杯目である私はお酒には強くないのでちょっと甘めのカシスオレンジ辺りをチビチビと口に付けている。チラリと友人の方へ視線をむければ赤ら顔で頬杖をつきながらこちらを見ていた。しかも、盛大なため息を吐きながら。
「あんた学生時代からモテるのになんで付き合わないの?昨日も営業部の……田島くん?だっけ?言われたんでしょ?」
「なっ、なんで知ってるの?」
「何でって、彼。結構お姉様方から人気あったからね今日は振られた彼を連れて皆で飲みに行くってLINE来てたし」
「そ、そうなんだ」
(田島くん、同期だけど直ぐに営業部に行っちゃったし時々顔合わしたら挨拶して、たまに食堂で一緒になるくらいの接点しかなかったし……お姉様方から人気があったとは……思いあたる節がなかったか?と、聞かれればないわけではないけれどなる程ね)
来週からの仕事がなんだか憂鬱になりそうな情報に自分の前に置かれた赤とオレンジの可愛らしい色のお酒を一気に喉へと流し込む。
「それに社内じゃあんたの隠れファン多いから、人気者も大変だよね」
「…だからってお姉様方からの回りくどい変な言いがかりとかしてくるのやめて欲しいんですけど………」
平々凡々が絵に描いたような私が何故?私の何に惹かれているのかが私には全く理解出来ないのだが昔から一定数でモテている。と、他人の口から聞く事は良くある。
しかも本人不在で色々な噂が飛び交い、最終的にお姉様方からチクチクとされる事は入社してから周期的にあったりはしていた。今回はそれが『田島くん』という餌だと言う。
どっと疲れてため息しか出てこない。
空になった自分のグラスの中の氷をストローで回しながら机の上に置いてあるスマホに目を向ければ新着メールのお知らせが点滅している。
「だから、早く彼氏つくりなって」
「う〜ん」
「理想が高すぎるんじゃない?」
「そんな事ないと思うんだけど……」
「取り敢えず告白されたら付き合ってみるとかさ」
「それはもう試したんだけど、それはそれで色々と面倒だったと言うか」
ちなみにこれは大学に入って直ぐくらいの事だったので目の前友人も知らない。
「じゃあ…、あっ、ごめん電話出て良いかな?」
軽快な音と共にバックの中のスマホを取り出した友人はそのまま話始める。今の着信音は多分、彼氏さん。話が長くなるかもしれないので私もさっき届いたメールのチェックをする為に携帯を手にし内容を確認する。
"セナさんこんにちは。次のイベント参加…"
"運営からのお知らせ…"
"近日‼︎10万人突破記念ガチャ…"
「………はぁ」
届いていたのは登録しているゲームからがほぼほぼである。
大学を卒業し、一応彼氏らしき人も何人かいたけれどあまり長くはつづかなかったのは見た目と違ってオタク気質だからだと思うのは自分でも分かっている、ゲームなしの生活なんて考えられないのでそれを理解してくれる人じゃないと無理かな?と、気付いたのはつい最近。
なんとなく焦って好きなゲームを封印してまで行ったのはゲーム好き限定恋活パーティー。確かに話は弾んだし、それなりに楽しめながら参加してみたけれど……。
"何かが違う"
と、心の何処で壁を作ってしまっていたのは自覚済み。最近ではその恋活にも疲れてきたので、アプリゲームの再開をしたら夢中になってやってしまったのは言わずもがなである。
「ゲーム内のキャラが理想です!」
なんて、現実的ではないのは分かっているけど……。
ブブブブ……
新しいメールを開いて見る。
「……えっ?」
「ごめん!セナ!」
メールの文と、友人の急な謝罪にビックリしてスマホを落としそうになりかけた。
「彼、謝りたいからって近くに来てるみたいなの!」
うん、女の子同士の飲みだと良くある展開。
「うん、私は大丈夫だから行ってきなよ」
「本当!ごめん!!次、またゆっくり飲もう!」
友人は自分の分の会計をとっとと済ませて足早に店を出て行く。
私は机の上に残った料理を片付けてからお会計をすませる。
女の友情なんて、大体こんなもんよね。
私自身もベッタリな友情よりもあっさりとした関係を好む方なので、このくらいフラットに付き合える方が気を使い過ぎなくて落ちつく。
外は息が白くなる程に寒い、ブルリと体を震わせて駅まで歩いていく。
駅までの道のりにすれ違ったカップル達の幸せそうな雰囲気に憧れがないわけではない。
むしろ羨ましいとさえ思える。チカチカと信号が点滅し始めたので私は横断歩道の前で立ち止まり鞄からスマホを取り出すと先程来ていたメールを開く。
(このメール…何だろう?文字化けしてるのかな?……でもどっかでみたことがある様な気がするんだよね)
ピロリン♪
新たなメールが届く。
(今日は金曜日だから多いな…)
文字化けは後にし、新たに来たメールを開くと私が最近とてもハマっているゲームのお知らせだった。
(ふむふむ、重大発表?そろそろクリスマスイベとかのお知ら……)
「えっ!?嘘ッ!」
私がメールの文に夢中になってると、車のクラクションと明るいライト、周りの人達の叫び声。
世界が一瞬真っ白になったかと思うと高いブレーキ音と……。
ドンっ!
と、いう鈍い音と共に私は冬の夜空に舞い上がった。
(ああ、今日は満月だったんだ…)
そんな事を思ってしまったのは今起きている現実を受け入れない為だろうか…。
突然の浮遊感が終わり、次は引っ張られるような引力で硬いアスファルトへと向かって落下して行く。
薄れゆく意識の中で月の光に照らされた携帯が視界にはいった。
(そう言えば……っ!)
目前に迫ったアスファルトへの恐怖で目をグッと閉じた私はいつまで経っても来ない衝撃に首を傾げる。
(あれ?まだ落ちてる?そこまで高く上がってないと思うけど…)
未だビュウビュウと風の切る音が耳元を撫でる様に過ぎていく、心無しかさっきまでより寒さが一段とましている様な気がするのは何故だろう。なんとなく嫌な予感はするけれどそんなことある筈がないと自分に言い聞かせ閉じた瞼を無理やり開くと。
「…えっ‼︎」