イケメンはごめんなさい!! 18
その日は朝から天気が悪かった。
曇天の空に雨の匂い。
そう言えば、雨の日は苦手だって言っていた。
彼は僕の命の恩人だから何かしてあげたい、恩を返したいといつも思っていた。
けど、彼は何もいらないと言う。
でもそれじゃぁ僕の気が治らない。
そうだ、僕の家は豪商でモノであればなんでもある。
彼にアレをあげよう。
父様が隣国から買い付けたとっておきのモノがある。これをあげたら喜んでくれるかな?
僕は商品部屋にあった小さな箱を持って彼の店へと駆けていった。
その日の夜、本格的に雨が降り出した。
雲間からは龍のような稲光が走り。
僕の目の前にはニタニタと気持ち悪い笑を浮かべる男が1人立っていた。
「うわぁぁ!!」
「やめろ!」
男の背後には雨の中、燃え盛る炎。
ついさっきまで自分達家族が住んでいた屋敷が燃えている。
「うぁぁ!放せっ!!」
「駄目だ!離さない!」
誰かに羽交締めにされている。どんだけ馬鹿力なんだコイツは。
でも、僕は行かなきゃいけないんだ!アイツの所にだから離してくれ!
「うがぁぁーーっ!!」
言葉が上手く出てこない。
「あはは、まだ力の制御が出来ていないんだね子猫ちゃん」
誰が子猫だ!そんな事より早く放してくれ!そうしないと……。
「っ!見るな!レイズ!!」
誰かの腕が僕の視界を遮る。
でも…。
腕の隙間から見えた景色は。
雨と。
雷と。
燃え盛る屋敷。
そして、生きたまま食べられていく両親。
僕は、
……俺は。
怒りで我を忘れた。
最後に覚えているのは、口に残る鉄錆の味。
***
「っ!!」
カランカランと整形用のコテが転がる。
「大丈夫ですか?草間さん」
瀬奈は落ちたコテを拾い、颯人に手渡した。今は感謝祭3日目。露店で出していた商品が以外と売れしまい急遽追加ですぐ作れる物を!っと、お願いしたのは朝のこと。
露店の方の店番はハーフエルフの3人組に任せて、瀬奈は休憩がてら様子を見に一度『ベルフルール』に戻ってきていた。
「ああ、ごめんね瀬奈ちゃん。ちょと古傷がね」
そう言って右腕を捲った颯人の腕には、どうやったらこんな風になるのか分からないような酷い傷跡があった。
「あっ……ごめんなさい」
颯人はフッと笑うといつもみたいに頭をポンポンと叩く。
「何で瀬奈ちゃんが謝るの?俺が勝手に見せびらかしただけだから気にしないで?」
相変わらずのチャラ男ウィンクで対応してきたので少しホッとした。
「痛くは、ないんですか?」
「うん、もう痛くはないけどその時直してくれた治癒師がまだ見習いでね。綺麗に治らなかったんだ、だから時々手が痺れるみたいで感覚が無くなっちゃうんだよね」
颯人はサラッとそんな事を言っているが、職人にとってそれはとても大変な事ではないのだろうか?特に颯人は元々切子硝子職人だ。模様を描く為に手は大事なはずなんだけど。
「ゴメン、ゴメン。そんな深刻そうな顔しないで。ほら、瀬奈ちゃんに頼まれた品はちゃんと出来てるから」
颯人の作業台には色々な硝子細工が並べられていた。私が作る素人作品と比べるのはおこがましい。
颯人の作品は、感謝祭の主人公である豊穣の女神をイメージして作られたらしく花をモチーフにした物が多かった。花といっても私みたいに点打ちじゃなく、硝子のなかに花を閉じ込めたような作品。
「……綺麗ですね」
「はは、ありがとう」
流石『ベルフルール』の店長兼職人。同じ素材を使っているのにここまで違うと、尊敬してしまう。
「そうだ、草間さん。先日はありがとうございました。無事に猫さ、レイズ……にお守り渡せたので」
まだ、慣れない呼び方に口がむず痒い。しかも呼び捨て。
「そっか、彼に渡せて良かったね。1号の護符印は結構強力だから危険な仕事が多い警邏隊の彼にはピッタリだと思うけど……」
先日の蜻蛉玉の護符印はハーフエルフの3人組の一人。リーフが魔法で付与してくれた物だった。三人とも出来るそうなのだが、特に特殊な魔法に関する事ならばリーフが一番適任だと私の先生であるネル君と草間さんからの推薦もありお願いした。付与をかけてもらう為に色々と条件は出されたが、無事に出来上がりレイズの手に渡ったのだ。
それよりも、なんだろう……。
「あの……なんでしょう?草間さん」
「それ!」
ビシッと顔の正面に指を突きつけてきた。
「……それ?」
「そう、俺も名前で呼んで欲しい!」
「颯人、何か空が暗くなってきたから外に………キモっ何その顔」
3号ことハーフエルフのエバーが作業部屋に入るや否や、颯人の顔を見てそんなセルフを投げた。
「ちょっ!人様の顔見てそれは酷いよ!!どちらかと言うと、俺は自他共に認める爽やか系ハンサム!!」
ドヤ顔でそんなセリフをはく颯人をよそにエバーはセナの手元を覗きこんだ。
「……短時間だったけど、結構いっぱい出来たね」
「うん、颯人さんが頑張ってくれたお陰かな?エバーは?露店の方は何も問題なし?」
一瞬だけどエバーは颯人をジト目で見るがすぐにセナへと視線を戻す。
「あ〜うん。問題はない……いや、ありなのか?」
「???」
どっちつかずな返答にセナは首を傾げる。
「まぁ、とりあえずそれ持って来て貰えば分かるから。その為に俺が迎えにきたわけだし………それと颯人!いつまでもニヤニヤ気持ち悪い顔してないで外の洗濯物しまって!!」
エバーの指が颯人のニマニマした顔に刺さっているがいつもの事なので苦笑いしながらセナは残りの作品を籠に入れていく。
そして、露店に着いたセナはエバーの返答の曖昧さに納得がいった。
露店はセナが思っていたよりも繁盛し、尚且つ最後尾がギリギリ見えるくらいの列をなしていた。それは嬉しいことなのだが、列をなす人達はほとんどが女性。初日はどちらかと言えばカップルのお客さんのが多かったはずなんだけど……。
「一体これは?何?女の人ばっかり」
「セナ……あれだよ。原因は」
エバーが露店を指さす。そこには、リーフとシャルそしてアヴィがいるはずの場所に何故かアンジェリカがいた。
「ちょっ、アンジェリカさん?!なんでここに?」
「あら、遅かったわね。私達も感謝祭見物に来たんだけどたまたまアヴィを見つけてね、挨拶でもと思ったら貴女は店に戻ってるって言うし。待ってる間暇だったから手伝ってただけよ」
感謝祭見物と言うだけあって、いつものメイド服ではなくアンジェリカの豊満ボディを余す事なく強調した胸元パックリ、裾は太腿まで見える際どいスリッドの入った短いスカート。いや、スカート……と、言うよりむしろ下着なんじゃなかろうか?足を組み、長いキセルを吹かしながら椅子に座り真っ赤な唇で。
「ごめんなさい、これで良かったかしら?効果は1日だけだから上手く使うのよ?」
「はい!ありがとうございます!アンジェリカ様!!サバトの時以外でお会いできるなんて光栄です!次のサバトの時もまたお願いします!!!」
女性は顔を赤らめながら、たった今アンジェリカから手渡された硝子玉を大事そうに持って去って行った。
「………あの、アンジェリカさん?今のは?」
「……恋焦がれる乙女達におまじない」
「おまじない……ですか」
そんな甘酸っぱい響はアンジェリカには程遠い事を知っているセナは。ボソリとネルの名前を出す。
「後でネル君に……」
「やっ、やぁ〜ね。本当におまじないだから。この子でしょ?護符印をあの玉に刻んだのは。だから私も真似してみたけど意外と難しくって、だから1日で切れるような軽め〜のおまじないをかけただけだから!そんな顔しないでセナ!」
いったい、私ったらどんな顔をしていたのかわからないけど。アンジェリカが隣に静かに座っているリーフを引き寄せる。が、セナの顔を見て何故かあらぬ方へ視線を向けるリーフ。
「どうしたんですか〜?アンジェリカさん人の流れが止まって……あっ、セナ様おかえ………ひぃ!!?」
列最後尾で人員整理していたアヴィ。流れが止まっているからと様子を見に来たのは良いがそのままUターンして行ってしまった。
女性人気の高いアンジェリカのお陰で、追加で持って行った作品達は全て完売。アンジェリカ達はそのまま夜の祭りを楽しむそうで女の子達を侍らせながら人混みの中に消えていった。
私達も予定より早く切り上がってしまったので、一度店に戻り留守番の颯人も連れて祭りを楽しもうとしたのだが。
ゴロゴロゴロゴロ………
強い稲光と遠くの方から聞こえる雷鳴。
午後になり、空模様は厚い雲が遠く見えていたがやはり来てしまった。
突然の土砂降り。
バケツをひっくり返したような雨に、私達はお店まで走る。
梅雨の季節がある場所であれば国でも、異世界でも変わらず同じ様な現象が起きるのだとセナは思った。
「セナ……以外と走るの早いね」
リーフが少し以外だったと言う顔で聞く。
「毎日、お屋敷の周り走って体力作りしてるからね!」
フフンと得意気に力瘤を作ってみせる。
「……っぷ、ごめん」
何故かリーフは後ろを向いて笑っている。そんな身体を震わす程面白いことを言っただろうか?と、首をかしげるセナ。
「皆さん、お待たせしました!」
アヴィが、タオルを持って走ってくる。残念ながら私達はギリギリ間に合わず雨に濡れてしまった。お店の正面からではなく、作業場の方から入り足の早いアヴィが一足先に戻りタオルを持ってきてくれたわけだけど。タオルを持った反対の手には颯人を引き摺っていた。
「えっ?颯人さん?」
「はい、向こうの部屋で倒れていたので連れて来ました」
颯人の巨体を軽々と持ち上げ、作業机の近くにある長椅子へと寝かす。
「倒れてたって……大丈夫ですか?颯人さん!」
セナは覗きこむように颯人の顔をみた。顔色は少し白く、何処か痛いのか眉間に皺が寄っている。呼びかけたら薄っすらと目を開けた颯人と目が合った。いつもはあの黄色いサングラス越しで分からなかったが、同じ日本人である颯人の瞳は黒ではなく少し灰色に近い色をしている。
「ん……瀬奈ちゃん?皆も?……おかえり随分と早かったね」
何事もないような顔をしながら颯人は起き上がる。
「向こうで倒れていたみたいですけど大丈夫なんですか?」
「ん?……ん〜唯の寝不足と頭痛が少しね。薬飲んでおけば大丈夫だから」
と、ポケットから常備薬のピルケースを取り出したが中は空。
「ありゃ?薬切れだ」
はははと、笑う颯人はいつもの元気がない。常備薬として持っているくらいだから痛みが酷いのだろう。そのまま立ち上がりひとつ伸びをすると。
「体冷やさないようにね、俺はちょっとごめん。少し寝るね〜」
パタンと閉められた扉。皆がいる手前、元気に振る舞っていたがとても体調が悪そうな様子の颯人にセナはハーフエルフの3人をみる。3人はいつもと変わらない様子で雨に濡れた頭を拭いていた。
「本当に大丈夫なの?すっごい辛そうだったけど」
「うん、天気が悪いといつもああだから心配はいらない」
リーフは顔に張り付く髪を煩わしそうにかき上げ、普段通りの声音で言った。
「そうそう、颯人曰く……天気頭痛?とか何とかって。雨が近かったりすると気圧の変化で頭痛いって倒れてる」
シャルは拭いた頭をフルフルと水浴びした時の犬みたいに振っている。エバーはと言うと。
「……薬、切れてたみたいだし俺が買ってくるよ」
外はまだ雨。空はまだ暗く今日はこのまま雨が降り続く感じだ。エバーは部屋の隅にあった傘を持ってそのまま土砂降りの中駆け出した。
「………シャル、これ」
リーフは懐から小さな袋を取り出し、シャルの手に置く。硬貨の音が聞こえる。
「あっ!エバーったら、どうやって買うつもり?僕も行ってくるね!!」
シャルは何も差さずに飛び出しエバーの後を追っていった。
「………良いの?いつもなら止めるのに」
普段であれば3人はいつも一緒に行動をしている。離れていてもお互い何処にいるか把握して動いているとこの間シャルが言っていた。今回の感謝祭みたいにお互いが離れる時は大体、私か颯人さんかアヴィ君も一緒のことが多いのだけど。
「颯人がいつも使っている薬屋はここから大通りを出てすぐの場所にあるから大丈夫だと思う」
リーフはそう言って二人が出て行った扉を閉める。
「さぁセナ様達もそのままじゃ風邪引いちゃいますから、二人が帰ってくるまでこちらで暖まっていて下さい」
アヴィは作業場内にある小さな煖炉に火を入れる。そこまで大きくない部屋はすぐに温まり私達は止まない雨の音を聴きながら2人が帰って来るのを待っていたのだが。
その日、私の迎えの馬車が来る時間になっても二人が帰ってくることはなかった。




