イケメンはごめんなさい!! 16
慌ただしい数日が過ぎ、豊穣の女神様への感謝祭前日。
商業地区はいつもよりも賑わいをみせていた。明日から始まる感謝祭で気分が高揚しているのもあるかもしれないが、最近は国の外からわざわざこの感謝祭目当ての観光にくる者達があちらこちらで騒ぎを起こしていると聞いた。ここ連日メイン通りでは聞き慣れた街の人と観光客と、それを取り締まる騎士団と警邏隊の人達の一触即発な雰囲気がビリビリと漂っている。
上城区にある『ベルフルール』もいつもなら割と上品な客層が多い所だが感謝祭の影響で、今日も通りで喧嘩が始まろうとしていた。
「こんにちは、おばさん。……今日も相変わらずバチバチしてますね?」
セナがひょいと『ベルフルール』から続く路地裏から顔を出せば男達の罵声が響渡っていた。
「あら、セナちゃんこんにちは。今日も店長さんのお手伝い?」
「はい、今日中には仕上がるそうなんですが明日の感謝祭の準備までは流石にまだ手が回らないみたいで……今日もいつもの6個下さい。それと、草間さん用の夜食もお願いします」
セナが訪れたのは『ベルフルール』で開いている体験教室に通う生徒さんの一人。
「はいよ〜いつもありがとね」
名前はノジルさん。小柄で、恰幅の良いおばさんだ。ノジルさんは店の中に入って行き奥の厨房へと消えていった。お店は小さな軽食店、いわゆる『カフェ』的なお店でご夫妻とその息子夫婦の家族で経営している。今は息子さんのお嫁さんが臨月を迎え、代わりにノジルさんが接客全般を一人で回しているらしいのだが大変パワフルなお母さんである。
今はまだお昼前だというのにお店はいつもより混雑していた。少しすると両手に紙袋を持ったノジルさんがやって来て。
「お待たせセナちゃん。店長さんにお野菜のおまけ付けといたから」
紙袋の中は軽食用のサンドイッチと透明なカップに入ったサラダ。と、ここのお店の自慢のスイーツ。
「ありがとうございます。草間さんにもそう伝えておき………!?」
ノジルさんから受け取った瞬間、紙袋が両手から離れ宙に浮く。けたたましい音と叫び声、そしてセナの正面に倒れ込んでくる人。全てがスローモーションの様な動きの中、赤い塊が目の前に現れた。
「吹っ飛ばしすぎんな!!この辺の店なんか壊したら後でリーダーに半殺しにされんぞ!」
赤い塊こと、巡回中の猫様である。猫様はセナと吹っ飛ばされた男との間に上手いこと割り込み衝突を防いでいた。
片手でセナの襟首を掴み、空いたもう一方の手で男の頭を鷲掴みにしていた。
「すいません兄貴、まだ力加減が……」
「言い訳は良い」
細身で締まった肉体に、流れる様に動く尻尾がたまらない。
触りたい!
触りたい、触りたい、触りたい!
「……おい!触ったら殺す!」
「………」
ワキワキと蠢くセナの両手は大人しく引っ込めた。レイズは鷲掴みにしていた男とセナを放し代わりに宙に浮いていた紙袋を両手で受け止める。
「兄貴〜、黒の騎士団の奴らが来ますよ?どうします?」
紙袋をスンスンと嗅ぐレイズ。
「げっ!?もう来たのか?面倒くさいからズラかるぞ!!……おい、コイツ気絶してるから置いてくぞアイツらが来たら渡してくれ………それと、これはセクハラ料な」
レイズは紙袋の中に手を突っ込み、一つを掴み残りをセナの両手に置き人混みの中へと走り去って行った。
(リアル泥棒猫!!)
そんな感想と共にセナが感動していると、ノジルさんは笑いながら彼を見つめていた。
「あらら、レイ坊ったら相変わらず忙しない子だね〜。近くまで来たんなら店に顔出して行けば良いのに」
その言葉はあの彼を知ってる者の言葉だった。
「レイ坊?おばさん彼を知ってるの?」
セナは興味津々顔でノジルを見る。
「知ってるも何も、元々ここいらの子……と、言っても前は貴族様も出入りする様な豪商の次男坊だったんだけどね。アタシも詳しくは知らないけど今は警邏隊に入団して、ホラ、あそこに見えるだろ?あのお山の上にある教会の牧師様の世話になっているそうだよ」
ノジルが指を指す山には遠目からでも分かる立派な教会が建っていた。
「教会?牧師様?」
「そうよ、警邏隊の仕事がない時は……あら?はぁ〜い今行くわね〜。ごめんなさいセナちゃん、お店の方で呼ばれてるから行くわね。店長さんにも感謝祭が終わったらまた教室の方に顔出しますって、お願い出来るかしら?」
「ええ、もちろん伝えておきます」
さっきより忙しくなってきた店内へと足を向けるが、何かを思い出しノジルさんは振り返り。
「そう言えば、店長さんとレイ坊は仲が良かったはずよ?」
「え?!そうなんですか?初耳です!」
お店の奥からノジルさんを呼ぶ声が聞こえる。もう少し聞きたい気もしたがこれ以上引き留めてしまっては迷惑になってしまう。
セナはもう一度山の方を見た。立派に聳え立つ教会に目をやり、そして猫様の置き土産である足元に転がる男を見る。
(……これは責任を持って私が見張っておけと?)
今はまだ白目を向いて気絶しているが、いつ目を覚すか内心ドキドキしなから騎士団の人達が来るのを待つ。
(それにしても、草間さんが猫様と知り合いだったなんて……。そんな素振り全然感じなかったな。どちらかと言えば街で見かけるくらいの認識だったしそれに愛猫家である草間さんであれば紹介とかしてくれそうだけど……)
二人の関係は興味本位で聞かない方が良いのかも。待ってる間にそう結論付けた。すると、赤髪の彼が去った反対方向から黒づくめの格好をした数人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「ご苦労様です。通報であった暴漢とはこの者で合ってますか?」
全身上から下まで黒づくめ。纏うマントも騎士団の制服も黒、唯一胸当てに使っている部分は革で胸の部分に狼の刻印が刻まれている。
「はい、たぶん」
(この人、暴漢だったんだ……いつものちょっとした小競り合いなのかと思ってた。それにしても黒騎士団っていつ見ても本当に黒いわね)
商業地区の巡回警備は普段は黒騎士団の仕事らしく、街では良く見かけていた。それに、黒くて大きい人が多いので目立つのだ。
この国の騎士団は色つきの名前で呼ばれる事が多い。代々の伝統色であったりその騎士団の特色で付けられる事もある。ちなみ現在黒騎士団は団長が黒狼な為、黒と狼の刻印だとか。某ゲームの中の騎士団みたいにキラキラとゴテゴテの仰々しい名前ではなく、シンプルで覚えやすくてこの国の勉強期間中は大変助かりました。
「なぁ、コイツ……」
転がっている男の顔を見た一人の騎士がもう一人を呼んだ。
「ああ、確かに……」
二人は顔を見合わせ頷く。一人の騎士が近づいて来る。何だか嫌な予感。
「あの、すみません。簡単で良いので話を聞きたいのですが近くに臨時の騎士団の詰所があるので一緒に来て頂けないでしょうか?」
「えっ?え〜と……」
困った。ただの迷惑な暴漢じゃなかったのだろうか。私は両手に抱えた紙袋をよいしょっと抱え直す。
「すみません、私この人の見張りをお願いされただけなのでお話する様なことは何も……」
何だろ、本当の事しか言ってないのに不思議と怪しく聞こえてしまうのは。騎士の一人は通信用宝珠でどこかと連絡を取っているし、もう一人は何故か警戒しながら近づいてくる。
「すぐに終わりますから一緒に…」
騎士の一人が私の腕を取る瞬間。間延びした声が割って入ってきた。
「あ〜セナ様、ここに居たんですか〜?戻りが遅いので僕が迎えに来ましたよ〜って!?何かあったんですか!?」
現れたのはリアム邸の庭師アヴィ。
「あっ、アヴィ君」
本日は私の手伝いでお屋敷から一緒に来てくれている。いつもの庭師スタイル麦わら帽子とオーバーオールの作業着ではなく、黒のスラクッスに白シャツと縦ストライプが入った黒のベスト姿。テーマは執事見習いだとネル君が言っていた。
ツートンカラーの黒と茶色のいつものボサボサ髪は今日は綺麗に整えられている。
(いつものぴょこんと両サイドから出てる髪は健在だけれど……)
「えっ!?事件!?セナ様……とうとう……」
「なんでよ!」
あわわわ見たいな顔で言ってくるアヴィに思わず突っ込んでしまった。そもそも、なにが「とうとう」なのかが分からない。アヴィ君から見た私はやらかしてしまう程、狂暴な女にでも見えてるとでも言うのだろうか?そして私の足元に転がった男を見たアヴィ君は。
「ん?その人……」
何かに気づいたアヴィ君が倒れた男をよく見ようと近づく。
「あ!危ないから駄目だよ近づいたら」
騎士の一人がアヴィを静止させる。
「えっ?でもその人……」
「どうした?」
私とアヴィ君の背後から、黒い大きな壁があらわれたかと思った矢先に騎士団の一人がビシッと敬礼していた。
「あっ、副団長。さっき通報にあった暴漢をこの方が捕まえたらしく」
もう一人も敬礼し、現れた黒い大きな壁に向かって挨拶をする。
「いえ!捕まえたのは私じゃなく猫耳、赤髪の…」
捕まえたのは私ではないと抗議するように首を左右に振る。黒い壁は、壁ではなく2メートル以上ありそうな大男。全身黒づくめに胸元には狼の刻印が刻まれた胸当て、更には短いツンツンとした黒髪に褐色の肌だったのでより黒くて大きな塊に見えた。
男は私とアヴィ君を交互に見てから、足元に転がる暴漢の男を一瞥すると。数俊何か考えたのち。
「赤髪の……分かった。状況は理解した、後はこちらで処理するのでお二人はお帰り下さい」
「えっ、あっ、はい……?」
二人が路地裏へと入って行くのを見届けてから黒い塊こと黒騎士団副団長と呼ばれた彼は、倒れている男を応援に来た他の団員達に運ばせる。
「あの、副団長。行かせて良かったのですか?あの暴漢、例の売人との繋ぎ役の奴ですよね?もしかしたらさっきの二人も……」
最初に駆けつけた団員の一人がそう告げるも。男は問題ないと首を左右に振る。
「大丈夫だ、あの二人は白騎士団団長リアム様の屋敷の者達だった」
「えっ、そうなのですか!?」
二人が消えて行った路地と副団長の顔を交互に見ながら、団員の一人は驚きを隠せないでいた。
「……そうだ、執事見習いの様な格好をした男の方は見たことがあるので間違いない」
ニコニコしていたあの男。以前、自分の団長の付き添いで行ったリアム様のお屋敷で見た……と、言うより一方的に見られていたと言った方が良いかもしれない。暗闇から獲物を見定める猛禽類の様な瞳が屋敷に居る間ずっと付き纏っていて、このまま狩られるのではないか?そんな感覚に屋敷を出るまで晒され続け生きた心地がしなかった事を覚えている。あの時の視線と同じだった。直ぐに隠されてしまったがあの時の瞳は彼で間違いないだろう。それと、あの女性。首元に紫と白銀の石のチョーカーを着けていた。見た感じは『普通』の女性に見えたがリアム様の色を身に付け、尚且つあの従者が一緒にいたのであれば関係者であるのは間違いない。
「あの、どうします?」
団員の一人が突然無口になってしまった副団長を伺う様に話かけた。
「ん?ああ、すまない少し考え事をしていた。さっきの暴漢は臨時の詰所で他の団員に任せて、我々はあの山に行こう」
副団長は山の中腹に建つ教会を指さした。
「教会、ですか?」
「ああ、あそこに行けばおのずと『赤髪の彼』に出会うだろさ」
暴漢を引き渡し、お話と言う尋問もなく呆気なく解放された私達が『ベルフルール』に戻ると『開かずの間』から出て来たばかりの草間さんが階段の途中で倒れていた。




