イケメンはごめんなさい!! 15
荘厳な大聖堂。
口から入ってくるのは肺を刺すような冷たい空気。
冷たく暗い闇夜を照らすのは天に掛かる明るい月。
目の前でクルクルと回るは白い翼を持った堕天使達。
広い大聖堂に響くのは大きな大きなパイプオルガンの旋律。
地を這うようなおどろおどろしい音を聴きながら男は妖しく笑う。
「ふふふ、楽しい楽しいお祭りの始まりだよ。君も楽しんでくれるかな?あは、あはは」
「あははははっ!!」
男は笑いながら堕天使達の踊りの輪に入っていき、一緒にくるくると回り。
そして、踊り子の一人の首に唇を当てる。
最初は舐めるように。
トクトクと血管内を流れる血潮の音を唇で感じ。
グッと力をこめれば暖かい液体が口の中に溢れていく。
「うん、血は新鮮が一番美味しいね」
男の口元から滴る赤い液体は、男の長い舌で絡め取られた。
首から噴き出る暖かい血を浴びながらチロチロと舌で啜っていく。この血は思った程美味しくなかったのか男はまだ噴き出ている血に興味が失せたかのように無表情になった。
「………僕、もうお腹いっぱいだから残りは君達でお食べ」
無造作に踊り子達の輪に同類だったモノを投げ入れた。
ソレはまだ四肢をピクピクと痙攣させ、これから食べられる恐怖に瞳が染まる。
「……いいね、その瞳」
ニヤリと笑う男の指は二つの穴へと滑り込み、ブチブチっと引き抜いた。
ソレを月の光に照らせば金色の瞳が輝く。
男はそれを口に含みゴクリと飲み込んだ。
「…………不味っ」
これもまた期待した味ではなかったのかさっきまでの高揚感は何処かに消え、辺りはバサバサと煩い羽の音と硬い何かを砕く音だけが響いていた。
「………はぁ、早く君に会いたいよ」
男は恍惚とした表情で金色に輝く月を見つめ誰かの名前を囁く。
―――「 」
***
何事も無く平和な一日で終わるかと思われた午後の時間。
リアム邸敷地内で事件は突然起きた。
屋敷が揺れる程の爆音と振動。屋敷からの外出禁止令を出されていたセナは、朝アンジェリカに頼まれていた物が出来上がったのでそれを持ってアンジェリカの研究室にきていた。
「わっ!!………っ〜〜」
今の振動で倒れた幾つかの小瓶の中の液体をセナは頭から被った。
「………あの馬鹿の羽、一本一本抜いてやろうかしら……」
転がってきた小瓶を手に取り軽くズレた黒縁メガネをクイッと指で押し上げるアンジェリカ、いつもの艶かしい肢体は今は大人しく真っ白な白衣に包まれ形を潜めている。
「はい、拭くものないからとりあえずこれで拭いて」
「ありがとう……?」
白衣のポケットから取り出し渡された黒のレース付のハンカチで髪を拭く。ベタベタはしてないけど甘い匂いと……何か、不思議な匂いもする。
「人には害はないから大丈夫だと思うけど、獣人には中々キツめの匂いなの。ここの屋敷には魔族だけで獣人は居ないけど中々匂いが落ちないから良く洗ってね」
「うん、分かった。コレも後で洗って返すね」
コレとは黒のレースの付いた黒のハンカチ。でもハンカチにしては小さ過ぎる気もするのは気のせいだろうか?
「気にしなくて良いわよ、貴方が履いても良いし」
アンジェリカは空になってしまった小瓶に不思議な色合いの液体を注ぎ入れ、キュッとコルク栓をした後に息を吹きかける。
見た事のない光る文字列が円を描きながら小瓶に巻き付き、小瓶を締め上げるように巻きついた文字列は一瞬だけ強く光、霧散した。
アンジェリカ曰く、特定の人しか開けられないように魔法をかけたのだと言う。
魔法の使い方は人それぞれだと勉強した。このお屋敷のネル君は手を翳すだけだし、アヴィ君は毎回言っている事が違う。アンジェリカさんに至っては息を吹きかけるだけだと言う。ようは本人が一番イメージしやすければ何でも良いらしい。
(それにしても私が履いて良いって……もしかして)
開いたハンカチはハンカチではなく黒のレースのパンツだった。しかも、紐パン。
「…………いえ、丁重にお返しします」
「あら?遠慮しなくても良いのに。セナもそのうち使うでしょ?」
「使いません!それに私は肌触り重視派なので!!」
黒の紐パンを握りしめセナは力強く良い切った。
「ふ〜ん……過激でセクシーなのも良いけど、隠されたら暴いてみたくなるのもたまには良いわよね〜♪」
厚めの唇をペロリと舐め獲物でも見つけたかのような妖しい光を瞳に一瞬煌めかせ、アンジェリカの長い指がセナのスラックスのパンツへと伸ばされる。が、それは二度目の振動と爆発音で阻止された。
「今度は何かしら?あの子ったら屋敷の庭の地形でも変えるつもり?」
使用人屋敷の地下にあるアンジェリカ専用の研究室の天井が軋み揺れている。
「私、みて来ますね!」
セナが研究室を出たところで3度目の爆発音が鳴り響いた。一階に上がる階段を駆け上り使用人屋敷を飛び出し、音がした方角へと視線を向けた。
本邸の向こう側、温室がある方から黒煙がモクモクとあがっている。
「えっ!?何か落ちてきたの?」
慌てて走り出し、本邸の正面玄関の前を通り過ぎいつも午後のお茶会をする東屋を超えれば温室のある場所へとたどり着く。
「なっ!?隕石!?」
セナの目の前に広がっていたのは所々抉れ上がった芝生、いつも綺麗に整備されていた煉瓦の小道は粉々に割れて飛び散り、いつもの東屋は跡形もなく崩れ、温室は半壊していた。
崩れた東屋の下からガラガラと土埃を立たせながらアヴィが転がり出てくる。
「アヴィ君!?大丈夫?一体何があったの?」
セナは転がり出てきたアヴィの元にかけ寄る。服は破れどこか怪我でもしているのか血が滲んでいた。
「ったた、間違えて踏んづけちゃった」
「へっ?」
聞き間違いだろうか?踏ん付けた?一体何を?アヴィ君は反動をつけて起き上がるとパンパンと服に付いた埃を払い、近くに落ちていた麦わら帽子を頭に装着する。いつもの庭師スタイルの出来上がりだ。
「あ〜も〜!まだ寝ぼけてる!僕が悪かったて!謝るから機嫌直してよ〜」
その途端、周辺が冬の様に寒くなる。今の季節は夏前のまだ比較的過ごしやすい時期、日中は少し動いたら汗ばむくらいなのに今は露出した腕が寒い。
ブルリと寒さで身が震える。
ほんの一瞬、寒さで目を瞑った。
「ーーーー」
風を切る何かが頬を掠めていったと同時に何かが突き刺さる音がセナの背後でする。恐る恐る振り返れば、煉瓦に氷柱が刺さっているのを目撃した。
ゴクリと喉が上下し変な汗が一筋額から流れていく。
「つ……らら?」
セナは見上げるが空は雲一つない青空。
今まで横に立っていたアヴィが音もなく走り出すと同時にシュタタタっと、追いかけるよう連続して打ち出される氷柱を器用に避けて行くアヴィ。途中、割れて瓦礫と化した煉瓦に足を取られる。
「危ない!!」
私が立ち上がるよりも早く次の一歩でアヴィは空高く飛んだ。
そう、跳躍ではなく飛んだのだ。
高く高くまるで鳥の様に飛んで行き、地上からは太陽の逆光になっていてかろうじて黒い点が見えるくらいの高さまで上り、一旦空中に止まったかと思うとそのまま下降してくる。地上からは氷柱が銃弾の様に飛び出しアヴィを狙っていた。すると、パンパンと手を叩く音が割って入ってきて。
「はい、そこまで!毎度毎度寝起きの度に暴れ回るのは辞めて頂きたいのですが……二人共ちゃんと夕食までに片付けておいて下さいね」
いつもとなんら変わらない顔のネル君が現れた。
「セナ様、本日の午後のお茶の時間ですが……今日は2階のサンルームにしましょうか」
跡形もない東屋だった場所をチラッと見たネルは、お茶会スペースへと私をエスコートして行く。
「え?」
甘い匂いと、いつもの紅茶の味。気づいたら既に2杯目のお茶を飲んでいた。
「あれ?私さっき……??ここは??アヴィ君は?」
混乱し過ぎて頭がよく回らない。ここはどこ?それにさっきのは?アヴィ君は無事?聞きたいことがこんがらがる。
「落ち着いて下さい。アヴィのアレはこの時期になると毎度の事ですので気になさらず。怪我も大した事もなく簡単な治癒魔法で直りますしむしろ庭や温室の方の被害のが甚大ですから」
「そっ、そうなんだ。無事なら何よりだけど毎年って?」
「セナ様にはまだ紹介出来てない屋敷の住人の一人が温室で夏眠しだしていまして」
温室で夏眠?仮眠ではなく?
「あの…誰か温室に住んでるんですか?」
そう言えば、この屋敷に来てだいぶ経つけど一度も中に入った事はない。そもそも温室自体に用事もないから行くこともないんだけど……。
「ええ、『雪華樹』を管理する者があの場所に住んでいます」
「雪華樹?」
また、聞き慣れないモノが出てきた。
「夏に王城に献上する花の樹があの場所で温度管理の元、育てられているのです。デリケートな樹なので温度変化に敏感な者が毎日管理しているのですが、そろそろ開花の時期になり少し暖かくなってきたため管理の者が冬眠ならぬ夏眠に完全に入ってしまう前に起こしてあげているのですが、アヴィに任せると大体いつもあんな感じでお互い暴れてしまうのですよ」
様は大事な物を温室で管理していてそれを、アヴィ君に様子見に行かせると毎回あんな感じになっていると。成る程、成る程。さっき『踏んづけた』って言ってたけどまさか……ねぇ?
「それは……色々と大変ですね」
「ええ、本当っに大変です。近いうちに温室の管理者も紹介出来ると思いますが今はまだ寝ぼけているので近寄らないで下さいね。それよりも………リアム様が騎士団に戻られてだいぶ経ちましたが、感謝祭が終わる頃には屋敷に帰られると先程連絡がありました。ですので、一時中断していたセナ様のお勉強も再開となります」
帰って……来るんだ。
最後に見たのは『保護契約』の時。ネル君の提案で仮面を付けての対面だったけど………。
***
最初に目に入ったのは布張りの天井だった。
(どこ?……ここ)
まだ靄がかかる頭で瀬奈は考える。
(え〜と……彼氏と喧嘩した友人と居酒屋で飲んでて……その後は……)
瀬奈の脳裏には、信号待ちをしていた自分の元に車が突っ込んできて気づいたら命綱なしのスカイダイビング。
(……いや、普通あの高さから落ちたら死ぬから……判別つかないくらいにぺちゃんこになっちゃうからね!それに突然のスカイダイビングとか意味分かんないから!でも、生きてるってことはやっぱり……アレは夢だったのかな?)
瀬奈はホッとした。ここはどこかの病院でちょっと変わったベッドに寝かされているだけ。
(良かった、夢で。あの後すぐ救急車で運ばれたのね、記憶全然ないけど。それにあんな人がこの世にいるわけ……誰か来た?)
コンコンと扉をノックし誰かが部屋に入ってきた。私の居るベッドに近づいてくる影がベッド回りを囲っている紗幕に映り込んだ。
(何か、身長がだいぶ低いような?)
目線だけで影を追うのは疲れるのでほんの少し頭を傾げる。
「目が覚めましたか?」
ほんの微かな衣擦れの音に気づいたらしく誰かは紗幕の向こうから声をかけてくるが、私は声が出なかった。気付けば体も全然動かない。かろうじて首から上の頭で合図を送ってみる。
「…………」
「……失礼します」
どうやら微かな音で伝わったみたいでホッとした。ベッドの周りを囲む薄い紗幕が静かに開けられる。一瞬明る過ぎる光に目を細め、そして目の前の子にビックリして目が開く。
「おはようございます。調子の方は如何ですか?」
少年は緑色の髪をしていた。しかもきっちりとしたスーツ……いや、執事が着るような服を着て私に笑いかけている。
(?……???)
「失礼しました。私こちらの屋敷の執事をしております『ネルファデス』と言う者でございます。お気軽に『ネル』と、お呼び下さい」
軽く会釈し私と目線が会うとニッコリと微笑んだ顔は、まさしく美少年!
(し、執事?ネル…ネルファ?外国人??!いや日本語?てか、少年執事とか可愛い過ぎるんですが!本当にここ病院?!)
パクパクと口を動かす事しか出来ない私に気付いたネルは、横になったままの私を起こし、ベッドの背もたれに沢山のクッションを詰め温かい液体の入った器を私の手の平に置いた。
「……怪我の影響で三日間ほど寝込まれていましたので、喉もカラカラでしょう?水分と栄養が吸収されやすいように私が煎じた薬湯です。ゆっくり飲んで下さい」
(飲んで下さいって……看護師さんとかは?こんな少年が勝手に作った物飲めるわけないよ)
渡された器の中の液体はドロドロとしなんとも形容しがたい色をしている。
「大丈夫、見た目はアレですが味は保証します」
「………………」
(いや、うん。そんな可愛い顔で言われたら断れないよ?)
器と少年を交互に見る。器、少年、器、少年……少年はニコニコと微笑みを浮かべているだけなのだが、見れば見る程飲まなきゃいけない気になるのは何故だろう。
瀬奈は意を決して一気に喉奥へと流し込んだ。
(こう言うのは躊躇ったら負けだから!!せっかく少年執事くんが作ってくれたんだから行くしか………ん?あれ?見た目と喉越しはアレだけど……美味しいかも!!)
「んぐっ!ゴホッ、ゴホッ……」
意外と美味だった為、渇いた喉に流し込むように飲んだら咽せた。
「ああ、喉が渇いているかも知れませんがゆっくり飲んで下さい」
ちょと、がっついた感じを見られて恥ずかしくもあるがなによりもサスサスと背中を摩る小さな手が温かい。
「あっ……が、………ッ」
(ありがとう!美少年&執事のダブル萌えで元気が出てくるよ!)
心の中では自由なはず。
「貴方の言葉は後で聴きますから、今は喋らずゆっくり飲んで……そして次に目覚めた時にお話しましょう?」
ネルファデスの小さな手が瀬奈の手に重なる様に添えられる。器に残った液体をゆっくりと飲み干す頃には空っぽだった胃と身体を巡る様な何かが充足感と眠気を誘う、次第に抗えない眠気に瞼が重くなってきた。
(……コレは、まだ夢の中……?)
遠のく意識の中、誰かを見た気がした。
ーーああ、貴方も『夢』?
瀬奈が深い眠りに落ちた頃。
部屋の中にはネルファデスともう一人。
「………眠ったか?」
ネルファデスは瀬奈の顔と規則正しい寝息を確認する。
「はい、無事に眠ったようです。リアム様もお疲れでしょう?後は私が引き受けますから」
部屋のベッドからは死角になる壁に疲れた顔で寄りかかるのはこの屋敷の主人であるリアム。
輝く白銀の髪と深いワインレッドの様な瞳、均整のとれた長い手足にシャツの隙間から覗く無駄のない筋肉が付いた肢体は羨むようなとキメの細かい白い肌。少し疲れ翳りのある顔は見る者がみたら卒倒する程の色気がダダ漏れの主人に。
「………リアム様。解けてますよ?」
「ん?」
ニコニコと自分の顔を指さすネルファデス。リアムは自分の顔にかかる髪をかきあげながら隠蔽魔法が解けている事に気づいた。
「……屋敷に居る間くらい良いだろ?」
「そんな事仰って、先日そのままのお姿で騎士団に向かった事お忘れですか?」
隠蔽魔法を忘れてそのまま騎士団に向かってしまったリアムの白騎士団内はその日、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
リアム耐性がそこまでない新人騎士達は三日三晩うなされ、隊に復帰した時には下半身をモジモジさせながら逃げる者が大多数。その内の半数は夜の街でお世話になったとか。中堅や古株幹部達に至っては予定外の遠征演習に行ってしまった。
残ったのは数人の猛者達。何日間か騎士団が使い物にならなくなってしまったのは言わずもがなである。
「…………」
眉間にシワを寄せ、何とも言えない表情のまま軽く指を鳴らせば足元に淡い光の魔法陣が現れ、光の粒子がリアムを包み込んでいく。粒子が消える頃には薄紫の髪に赤い瞳、ダダ漏れだった色気は抑えられる。
「ほんの少し見た目が変わっただけでそこまで違うものなのか?」
「ええ。全く!全然違いますね!!」
「………そ、そうか」
隠蔽魔法の有ると無しでは人的被害の数が雲泥の差である事を本人は分かっていない。
「うっ、う〜ん」
少し煩かったのかベッドでは瀬奈が寝返りをうつ。二人は目線を合わせて扉まで静かに歩いていく。
「それではリアム様、病人の彼女をゆっくり休ませてあげましょう」
「………ああ、そうだな」




