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29 物語は大団円に

大変お待たせしました。


「よし、冷静になったな。ダニエル」


さっきまで部屋の中をバサバサと飛び続け、キーキーと甲高い鳴き声を上げていた蝙蝠の姿が跡形もなく消えると同時に、ミハエル神父は言った。


わたしは急いで目の前に立つダニエル様の瞳を覗き込んだ。


(良かった…元の色に戻っているわ)

ダニエル様の瞳は、今はもう暖かな光を讃えた黒い瞳に戻っていた。


わたしは安心して、大きく息を吐いた。


「ダニエル様、ああ…戻ったのですね」

「…ごめんよ、キャロル…」

「ダニエル様…」

「曲がりなりにも君の義妹だと云うのに…手加減が出来なかった。申し訳ない」


正直言って義母ライラと義妹レティシア(どういう仕組みなのか分からなかったけれど同一人物だったのだけれど)は、我がイーデン家に来た時から、あまり家族として扱われていなかった…と云うか女中同然だったし、なんならむしろ標的にされてしまっていたから、(真相が分かってしまった今となっては)金輪際関わり合いになりたくない。


しかもわたしの実のお母様は、この魔女の言葉を借りれば、既に――始末されてしまったかもしれないのだ。


「そんな事より…また以前の様なお姿になってしまうのかと…わたくし、とても心配致しましたわ」

「…君を不安にさせて悪かった。大量の魔力を扱う時は、同時に僕自身の生気も対価交換の様に消費してしまう。あんな風に相手の魔力を取り込むと、僕の生気を大量に消費してしまう事は分かっていたけれど、どうしても許せなくて…」


ダニエル様はわたしの手をすっと取って持ち上げたかと思うと、その滑らかな頬を当てて、わたしの手の平へと何回か小さくキスを落した。


「ふぁっ…!」

「キャロルが無事で…本当によかった…」


そう言ったダニエル様は、わたしの手を自分の頬に当てたまま深くため息を吐いた。

わたしは真っ赤なったまま直立不動で固まってしまっていた。


 +++++


レティシアの白い顔を付けたままの黒い物体は、そのままマダムの店を間口を抜けて外へと出ようとした。


「…ぎゃあっ!」

その瞬間バチッと激しく火花が走り、レティシアの身体は弾かれた様に再び店の中へと引き戻された。


「――おっと、待て待て。結界だ…お前は逃がさんぞ」


ミハエル神父は、床にずるりと四方へ伸びて再び外へと逃げ出そうとする黒いヘドロを足で踏みつけた。


「は…ハ…ァなぁ…セ…」

「…残念だが、そう言う訳にもいかない。このモルゴール領の()()()()()()は狩るように、俺はお上から通達されている」

そう言ってミハエル神父は黒い神父服の首元から長い数珠の付いた十字架を取り出すと同時に、呪文を唱え始めた。


「ぎゃっ……」

みるみるうちにレティシアの身体が細長く伸ばされて、ミハエル神父の手の上でくるくると回って毛糸玉の様に小さく纏められて行く。


それからミハエル神父は、最終的に飴玉位の大きさまで小さく丸まったレティシアの塊を指で摘まみ上げると、自分の顔の上に持ち上げた。


「…じゃあ多少狭くて居心地が悪いとは思うが、ちょいとここで我慢してくれ」

「ひゃ…あああっ!ミ、ミハエル神父様!?」

思わず甲高い悲鳴をあげた犯人はわたしだ。


なんとミハエル神父は、わたし達の目の前でレティシアをそのまま口の中に放り込んで、ごくん、と飲み込んでしまったのだ。


「ひえええぇ…」

(あんなモノを飲み込んで…後でお腹壊さないのかしら…)

あんぐりと口を開けミハエル神父を見るわたしの様子を見て、ダニエル様は可笑しそうにプッと小さく吹き出した。


「ミハエルは胃の中にも結界を張る事が出来る特異体質です。例えあの魔女でも出て来れはしない…あいつの身体の中が一番強力で安全な保護場所かもしれないね」

「ま、まあ…そ、そうなのですね…」


(胃…?どういう事??…胃って、身体の中に結界を…?)

一体全体どうやったら普通の人間がそんな事までできる様になるのかはさっぱり分からない。


けれどそれが『聖なる魔法』を使う事が出来る――特に優秀な(元だけど)『聖騎士団員』たる所以なのかもしれない。


ダニエル様はわたしを優しい眼差しで見つめながら薄っすらと微笑んだ。

「…それにしても取り返しのつかない事になる前に間に合って良かった。キャロルのご実家からレティシア嬢の姿が消えてしまったと報告が来たから、嫌な予感がして君を追いかけて来たものの…まさか(こちら)に直接やって来るとは思わなかったよ」


本当に『もしもあのままだったら…』と思うと寒気がする。

たまたまダニエル様が間に合ったとは言え、確実に命の危険があったのだ。


「ええ…本当に助かりましたわ。ダニエル様と神父様には感謝してもしきれない位ですわ」


わたしがしみじみとそう言うと、ダニエル様はいきなりわたしを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「ふあっ!?あの…ダ、ダニエル様…!?」


『こんな皆のいるところで恥ずかしい』と一瞬思ったけれど

「キャロル…本当に心配したんだ、本当に…。大事な女性を失うかと思って…」

わたしの髪に顔を埋める様に小さく呟くダニエル様の声に、胸がぎゅっと掴まれる様に切なくなってしまった。


わたしを強く抱きしめ続けるダニエル様の背中へとおずおずと腕を回したわたしは、そのままダニエル様の背中を小さく撫で続けた。


 +++++


「…ああ、もうしくじりましたわ。すっかり油断してしまいましたわ…」


気が付けば、小さい少女の姿のマダム=オランジェが黒いヘドロから解放されたメルとメロに支えられて、フラフラとよろけながら採寸部屋のある奥の通路から歩いてやって来た。


「まさかわたくしの鋏を奪う為だけに…この店を襲うなんて…」

そしてマダムはそのまま『あたた…』と云って、腰の辺りを押さえた。


それを見たミハエル神父は冷静な声で

「…気を抜きすぎではありませんか。あんなに俺に厳しく結界のやり方を教えてくれたお師匠のお言葉とは思えませんな」

「んまあ…!師匠の身体を気遣う言葉一つ出せないなんて、随分と薄情な弟子ですこと」


マダム・オランジェとミハエル神父の憎まれ口の攻防戦が開始されると、ダニエル様はくすっと笑って言った。


「…そうは言っても、先陣を切ってマダムのアトリエの裏口から強引に入ったのはミハエルでしたよ。僕の制止も振り切ってね」

「あ、馬鹿。今それを言うな、ダニエル。隠しておくつもりだったのに」


少し焦ったようなミハエル神父の声がして、一斉にその場で笑いが起こると、皆の間にほっとした様な明るい空気が流れたのだった。

お待たせしました。m(__)m。次回最終回です。よろしくお願いします。


読んでいただきありがとうございます。

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