27 白馬の『…』登場 ①
大変お待たせしました。
完全にヘドロの魔女と化したレティシアは、真っ黒いその身体から取り出した。
わたしの目の前で、多分マダム・オランジェご自慢の魔法の『裁断鋏』の刃がきらーんと不気味に輝く。
いや、不気味じゃないのよね。
(これからこれにチョッキンされると思うと不気味に見えるのであって…)
ドラゴンの鱗や皮膚も易々と切れる鋏の刃は、わたしの目の前で寒気がする程眩いばかりに美しく輝いているのだ。
「さあ、お義姉様。覚悟なさって…」
とレティシアがそうわたしに言った瞬間――。
『トントン』
いきなりマダムの店の扉がノックされた。
一瞬わたしと能面の様なレティシアの視線が交差する。
「た!、もが…む…っ…」
次の瞬間『助けて!』と叫ぼうとしたわたしの口は、にゅるると素早く伸ばされた黒い触手の様なレティシアの身体によって塞がれてしまった。
「む、む~…」
(放して!)
口元と鼻全体をレティシアの身体が覆っている為に声が出せない。
「…しーですわよ、お義姉様」
レティシアは警戒する様に扉をじっと見つめている。
(…お願い!何か気付いて…!)
誰が来たのか分からないけれど。
お願い、このまま去ってしまわないで。
ドキン、ドキンと全身が自分の心臓だけになってしまったのかと思う位、鼓動が大きく鳴り響いている。
冷や汗がわたしの背中を伝い――恐ろしい程の静寂と緊張の走る時間が流れた。
けれどマダムの店の訪問者は一回ノックをして諦めてしまったのか、わたしの耳にそのまま店の前から離れてあいくコツコツと足音が聞こえた。
(ああ…行ってしまった…)
「うふふ…本来でしたら、ピンチのこの場面で必ず王子様が助けに来るのが定石ですけれど。残念でしたわね。お義姉…」
訪問者が遠ざかるのを確認したレティシアの白い顔は、不気味に口角を持ち上げながら微笑んだ。
「そもそも醜い貴女の助けなど誰も来やしません。可哀想だから、最後のお願いだけは聞いてあげましょうか?ええ…聞くだけで叶えはしませんが」
そう言うなりレティシアはわたしの頭上にマダム・オランジェの鋏を思い切り振り上げた。
(あ!…)
刺される。
(もうだめ…!)
わたしはぎゅっと強く瞼を閉じた。
――と同時に。
バアン!と勢いよく何かが弾ける様な大きな音がした。
*****
(あ、あら…?)
『?????…』
わたしの脳内で沢山の疑問符が浮かんでいる。
「…?、刺されない…?」
(どうして?)
おかしい。
レティシアの攻撃が――来ないのだ。
鋏の刃が皮膚へと刺されるのをリアルに覚悟していたのに…。
わたしはゆっくりと目を開けた。
すると――大きな鋏のキラキラ光る刃がわたしの目の前にあった。
レティシアの能面の顔が目の前にある――。
けれど、彼女の視線はわたしを見ていない。
レティシアの高く振り上げたヘドロの腕が持つ鋏を――しっかりと掴んでいる細く白く長い指――。
(…あ…!!)
その指の持ち主は――。
「…ダ、ダニエル様…?」
+++++
「間に合ったみたいだね…良かった。キャロル」
ダニエル様はレティシアの鋏を掴みながら、わたしの方を見下ろして云った。
涼し気で優美なダニエル様の笑顔と反対に、レティシアの顔が次第に歪み掴み上げた鋏の刃をぷるぷると震わせている。
「お…お離しなさい…!ダニエル=モルゴール侯爵…!」
「嫌です。レティシア=イーデン伯爵令嬢…、いやルミナスを滅ぼした『メレディスの魔女』」
レティシアの能面の様な美しい顔の中でハッと目が大きく見開かれた。
ダニエル様の優し気な声は変らないのに、その中にピリっとした殺気が滲む。
「これ以上僕の大切な女性を傷つける事は許せません。それにマダム・オランジェへの無体も見過ごせませんね」
そう言った瞬間ヒュンと風が渦巻く様な音が聞こえて、わたしの足元にガシャンと音を立てて大きな鋏が落ちたのだった。
お待たせしました。m(__)m
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