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25 『さっさと死んでくださいな』

お待たせしました。

わたしはマダム・オランジェの店の扉を軽くノックした。


すると、暫く待ってはみたけれど、室内からは何の反応も返ってこない。

「…あら?時間を間違えたかしら…」


もう一度、さっきよりも少し強く扉をノックする。


すりガラスの窓からは店内を確認する事ができなかったけれど、やっぱり店の中からは何の物音もしなかった。


「…あら?もしかしてマダムは外出中かしら?」


不思議に思いながらもどうしようかしら考えあぐねていると、メロとメルも同時に不思議そうに小首を傾げていた。


「おかしいですわ。約束されたお時間はあっていますし、どうされたんでしょう?」

「それに、いつも外出される時は外の扉に外出中の札を掛けて行かれるのに」


(そうなのね…)

確かに扉にそんな札は掛かっていなかった。


「そうなの?ではお店の中にいらっしゃるって事なのかしら?」


そのままふと何と無しに店の扉のドアノブを触ると、何故か簡単にくるりと回って、扉が勝手に小さく音を立てて開いてしまった。


「…え?まさかの…鍵がかかっていないわ」

店の出入口とも言える扉が、まるで『どうぞ。お入りください』と云っているかのように、自動で開いた事に驚きながらも、わたしはその細く開いた扉の隙間から店の中を覗き込んだ。


「あら?変ね…電気もつけていないのかしら。お店の中は真っ暗で何も見えないわ。お店を開けていないのかしら」


わたしはそのままもう少しキイ…と扉を開けた。


昼間なのに陽の光も入っておらず、妙に部屋が真っ暗なのである。


「おかしいわね…まさかマダムお休みになられているのかしら?」


わたしは店の奥の部屋にまで聞こえる様にと大きな声で呼びかけた。

「マダム・オランジェ?キャロルです。お約束どおり伺いましたがいらっしゃいますか?」

 

 +++++


またもマダムからの返事はなかった。

妙に店内が静まり返っている。


わたしは思い切って扉を大きく開き、店の中にもう一歩だけ入っていった。


(これでお返事が無かったら…帰るしかないわね)

「マダム・オランジェ?キャロルです…」


そう言った瞬間、わたしの後ろについて入って来たメルとメロは、その猫の目の様な虹彩を更に細くさせ、緊張した表情でわたしに言った。


「キャロル様…この部屋の中、おかしな匂いがします」

「これは…わたくし達何だか嗅いだ事のない匂いですわ」


「…え?」

(変な匂い?)

わたしは店内の空気をクンクンと嗅いでみた。


メルとメロの言う『おかしな匂い』をわたしは感じる事が出来なかった。

「…そうかしら?分からないわ…でも、確かに…」


言われてみれば変な匂いどころか――いつもだったら一歩店に入れば部屋いっぱいにフレッシュなオレンジの香りが広がっているのに、今は全く匂いがしない。


「おかしいわね…」

わたしが小さく呟いた瞬間、店の奥でガシャン!と何かが派手に倒れる音がした。


「!?…マダム!?」

「キャロル様、駄目ですわ。下がって下さい…!」

驚いたわたしが思わず声を上げた瞬間、メルとメロが警戒した様に前へと歩くわたしの肩をぐっと押さえた。


そして次の瞬間、わたしの耳には

「…キャロル様!に…△○×□…!」


マダム・オランジェの悲鳴混じりのくぐもった声がきこえたのだった。


 +++++


「キャロル様、今直ぐに店を出て下さい!」

メルとメロはずいっとわたしの前に立つと、店の奥を見つめながらわたしにそう言った。


「で、でも…マダムが…」

「マダムの事はわたくし達が見てまいります」

「キャロル様はどうぞお早く…!」


一瞬どうしたらいいか分からずパニックになってしまったが、わたしは直ぐに切り替えた。


一体どうなっているのかは分からない。


けれど例えば強盗だったとしても

(わたしはメルとメロの様に動ける訳ではないから…)

下手をすると、この間のダニエル様の時の様にわたしが足手まといになりかねない。


「わ、分かったわ…」

わたしは踵をかえすと直ぐに、真後ろに会った店の出入口の扉のノブに飛びついた。


けれど何故か今度はがっちりと固まった様にノブは回らなかった。


(え…!?どうして?)

さっきはあんなに簡単にくるっと回って、なんなら勝手に扉が開いた位なのに。


「…あ、開かないわ!?どうして…!?」

しっかりと握り、力を入れて左右にノブを回そうとしたけれど、ただのオブジェになってしまったかの様に動かなくなっている。


わたしは呆然としながらドアノブを見つめた。

「どうして…?何でまわらないの?」


その時、ポツッと何かがわたしのドアノブを握る手の甲に落ちて来た。


「…え?何かしら?これ…」

古い油の様に、真っ黒い粘っこい液体が落ちきたのだ。


不思議に思いながらも、同時に部屋の中が一段暗くなった気がしたわたしは、ふと顔を上げて窓を見た。

(日が暮れるにはまだ早いわ)


そして、店の窓のすりガラスを覆い始めた()()を見たわたしは、恐怖で甲高い悲鳴を上げた。


 +++++


「ひ…きゃ、きゃああああああああああ!!何これええええ!?」


窓のすりガラスだけでなく、天井から何か黒いドロッとした粘調性のある液体が、店の壁面全体を伝う様に無数に垂れ落ちてきている。


(何コレ!?気持ち悪いって!グロい~!?)

「ひゃ、ひゃあああああああああああああああ!」


そのまま天井を見上げると、この間見た黒い雲の様に天井全体に真っ黒いヘドロの様なナニかが、うねりながら蠢いているのが見えた。


後ろを振り向いて店の奥へ向かった侍女の姿を捜すと、わたしはまた小さく悲鳴を上げた。

「…!メ、メル!メロ!?…何てこと…!」


わたしからそう離れていない場所で、彼女達は真っ黒い液体に顔全体と手足を覆われて身動きできない様子に陥っていた。

侍女達は激しく抵抗しているが、為す術も無く泥人形のようにヘドロに覆われていく。


その時――わたしの両肩にひんやりとした冷たい手の様な感触を感じた。


()()が――わたしの後ろに、立っている。


「ふふ…侍女の心配をなさってる場合じゃなくてよ?お姉様」


わたしの耳元で聞こえたのは、イーデン伯爵家――わたしの実家で散々聞き覚えのある声だった。


「お久ぶりですわ。思っていたよりもずっとお元気になってしまわれたのですね。本当に忌々しくってよ。わたくし、お姉様が居なくて心から清々としておりましたのに…」


お父様や家令立ちをたちまち魅了しただけあって小鳥が囀るようにとても可愛らしいが――相変わらずわたしを馬鹿にした様な声音だ。


「こんなにわたくしの邪魔ばかりするとはね…思い知らせてやりますわ。さっさと死んでくださいな、キャロラインお義姉様」

お待たせしました。m(__)m


読んでいただきありがとうございます。

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