23 本当のヴィランは ②
「『彼の魔女は自分の顔をいたく愛し候』か。その話…どっかで聞いた事があるぞ」
ミハエル神父はパチンと指を鳴らした。
「――そうか、100年前に滅びた小国ルミナスの話しだ」
「ルミナス?…ルミナス国の事か」
「小国ルミナス…ですか?」
わたしはダニエル様と声を合わせて尋ねた。
マダム・オランジェは深く頷いた。
「そうですわね…『ルミナス国メレディス家事変』と云えば、ダニエル様も聞いた事があるのではないでしょうか?」
ダニエル様も思い出したという様にマダムを見た。
「…その話は聞いた事はある。名家メレディスにいた娘の余りの美しさに、当時の国王が何とかして王宮に上げて侍女として働させようとしたところ、何故か父親であるメレディス卿がカンカンに怒って、しかも国王に手までかけたという話ですよね。けれどそれは…100年も前の事ではないのですか?」
「…ダニエル様。魔女の寿命の長さをご存じでしょう?」
マダム・オランジェの言葉に、ダニエル様はハッとした様にマダムの顔を見つめた。
「実はその娘はメレディスの実の娘ではありませんでした。
あまりにも美しいので何処ぞから連れて来て養子縁組をしたのです。
元々妻に先立たれたメレディスは、後妻も取らずに過ごしてきたごく真面目な男でした。けれどある日、正体不明の娘を連れてきていきなりそのまま養子にして義理の娘としたのです。
最後まで彼女が一体どこから来たのか、素性を知らされる事はありませんでした。
…王を殺そうとした罪でメレディス家長は直ぐに処刑されましたが、最後までメレディスは王に『自分の妻を盗るな。地獄へ落ちろ』と正気を失った様に罵り続けたそうです。そして、国王に牙を剝いたメレディス家は直ぐにとり潰されました」
(まあ…なんとも生々しい話だわ)
「まあ、そんな事が…」
わたしが聞いた事の無かった昔話『ルミナス国メレディス家事変』に頷いていると、マダムはまだ話を続けた。
「そしてメレディスから受けた傷の癒えた王は、行き場の無くなったメレディス家の娘を嬉々として王宮の侍女として向かい入れ、愛人として豪華な金品やドレスをたくさん与えて囲ってのです」
「そして…実はそれでお話が終わった訳ではありません」
マダム・オランジェは真っ直ぐにわたしを見つめた。
「王は――メレディス家の娘が王宮に入って三年後のある夜…何か巨大な物――大蛇が巻き付いて絞めたかのように全身の骨が小さく砕かれ、亡くなってしまったのです」
「え?それは…」
(――え?どう言う事?『大蛇』?)
わたしはさっき空で大きくうねっていたモノを思い出し、ハッとしてしまった。
「まさか…さっき見た、あれのことですか?…」
「ま、察しは悪くない様だな」
ミハエル神父は皮肉っぽく一言余計な事を言うと
「豪華な寝室にひとり裸で全身雑巾絞りの刑に処された王の死がきっかけで、その後王宮内で説明できない不審死が続き『メレディスに呪われている』と世間ではこっそりと囁かれた。
そしてなぜか、元凶になった娘の存在は煙に巻かれた様に王宮からその姿を消してしまった。
それに伴って運悪く王には子供もいなかった為、王家の血筋は途絶え、それで国内の各地で権力争いが起こり、小国ルミナスはあっけなく滅んだ」
「そんな…」
話しの顛末を聞いた後、わたしは呆然としてしまった。
「…で、さっきも言ったが、その魔女はご自分の顔が大好きらしくてな。変えた方が良いにも関わらず顔を変えずに活動を続けている様だ。何でも金髪で華奢な身体をした細面のドえらい美人らしいがな」
――まさか。
(まさか...レティシアが?)
ミハエル神父の話しを聞けば聞く程、その『まさか』だと思っていた件の魔女が自分の義妹である可能性が膨らんで行く。
そんな話を聞いているだけで胸騒ぎが止まらなくなる。
(…どうしよう。今、お父様はご無事なのかしら?)
まさに実家イーデン伯爵家のお父様と義妹レティシアと全く同じ立場になっているではないか。
実家を追い出された立場とはいえ、不安が募っていく。
お父様は大丈夫なのだろうか?
+++++
「心配か…まあ、そうだね。けれど、ご実家の義妹君がその魔女と決まった訳ではないから、君の実家に様子を伺う様に使者を向かわせよう」
マダムとミハエル神父がお帰りになったあと、ダニエル様はわたしのベッドサイドに腰を掛けてわたしを落ち着かせる様に手を握りながら、約束してくれた。
「すみません。ダニエル様…、やはり父の事が心配で…」
「いいんだ。キャロルは優しいね。あんな風にイーデン家で扱われながら、お父上の事を心配するなんて」
「ダニエル様、何故…」
「そんな顔をしないでくれ、キャロル。君の身なりやここに着いてからの態度を見れば、ご実家で君があまり大事にして貰えていなかった事や、ここへ君が望んで嫁いできていない事位…鈍い僕でも分かるんだよ」
(ダニエル様にはもう色々な事がお見通しだったのね…)
「ダニエル様…」
わたしはダニエル様の顔をじっと見つめた。
(今更取り繕っていても仕方が無いけれど)
けれど、今はダニエル様のやさしさに触れて『餌になる為に嫁がされた』などとは微塵も思っていない。
『単純』と言われればそうなのだが、元々深く落ち込んだりする性質でもない。
それに...様々な意味で、実際このモルゴール領に来てからの方が、自分がとても楽に呼吸して生活が出来るようになったのには間違いない。
「わたくし、なるべく早くこちらの土地になじめるように頑張りますわ」
ダニエル様の美しいお顔を見上げ、はっきりとそうお伝えすると、ダニエル様は嬉しそうに微笑んでくれた。
「そうだね。無理しない程度で良いが頑張っておくれ。君は僕の妻になるのだから」
お待たせしました。m(__)m
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